オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
引っ越してきたアパートで出会った青年は一緒に本屋を襲うことを誘ってきた。
例によって伊坂幸太郎のつむぎだす独特な世界。「ちょっと変わった人」と「一応普通の人」で進められるコミカルな会話は、「オーデュポンの祈り」のなかで繰り返された会話と非常に近いものを感じた。
物語は「現在」と「2年前」が交互の進んでいく。「現在」では本屋を襲うことを持ちかけた河崎(かわさき)と僕。そして「2年前」では琴美(ことみ)とブータン人のドルジが近所で発生している動物の虐殺事件に関心を持つ。
「現在」からは過去に少しずつ話が広がっていき、やがて2年の空白の期間が埋まっていく。この独特な世界観は、好きな人にはたまらないのだろう。伊坂幸太郎好きの友人から「これだけは読んでみて」と言われて挑戦したのだが、やはり僕の好みとは若干異なるようだ。
決して退屈ではないのだが、なにか、著者の訴えたいことを十分に理解できていないような読後感を毎回感じてしまうのだ。
【楽天ブックス】「アヒルと鴨のコインロッカー」
カテゴリー: 和書
「猫鳴り」沼田まほかる
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
モンと名づけられた猫の3つの物語。
中年夫婦の元に現れた子猫モン。第一部では子猫のモンを夫婦が飼うことを決断するまでの過程、第二部はその10年ほど後、近所に住む男の視点からモンを見つめ、最後は命の終わりを迎えようとするモンとすでに妻に先立たれた飼い主、藤治(とうじ)を描く。
正直、三部に別れているそれぞれの章にどんな意味があるのか、表面的に文章を読むだけで理解できるもの以上のなにかが込められている気もしたが結局よくわからず、本作品をしっかり理解できたなどとは到底思えないが、それでも最後、死を迎えようとするモンを世話しながらも、すでに自分も妻に先立たれてそう遠くない日に死を迎えるであろうと自らの人生と比較するような描写は、心に染み入るものがあった。
【楽天ブックス】「猫鳴り」
「マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男」マイケル・ルイス
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
オークランド・アスレチックスの総年俸は全チームのなかで下から数えたほうが早い。にもかかわらずレギュラーシーズンの勝利数はトップレベルである。そんなメジャーリーグのなかで「異質な例外」であるアスレチックスの成功を描く。
正直、冒頭から一気に本書に惹き込まれてしまった。打率、勝利数、被安打率、超打率、防御率、出塁率、決定率、打点、得点、セーブ…。数あるスポーツのなかでも圧倒的に数字の評価が多い野球。しかし、本当にそれぞれの数字は、僕らが語るほどに意味のあるものなのか。
きっと誰もがそれに似たような疑問を一度ならずと考えたことがあるに違いない。たとえば僕が昔思ったことがあるのが、「本当にチャンスに強い人を4番打者にすることがもっとも効率がいいのか?」という疑問である。1番から3番までがしっかり出塁すれば確かに塁がもっとも埋まった状態で打席にまわるがそんなことは早々起きるものではない…。などである。本書にその答えは残念ながらないが、世間を惑わしている数字のマジックにしっかりと切り込んでくれる。
特に気に入ったのは、得点期待値によって、個人の試合への貢献度を数値化する部分だろう。それは、たとえばタイムリーエラーをして敵に点を献上した選手は、ヒットを何本打てばその失敗を取り返せるのか、という問題を数値的に表すのである。
さて、本書はそんなアスレチックスのとっている数値的な解析をベースにした選手選びや戦術などのほか、そんな特異なアスレチックスの選手選別によって発掘された選手たちの生き方にも触れている。
スポーツ好きまたは理系人間には間違いなく楽しめる一冊である。サッカーでも近いことができないものだろうか。ついついそう考えてしまう。
【楽天ブックス】「マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男」
「いつかX橋で」熊谷達也
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
空襲で母と妹を失った裕輔(ゆうすけ)は、靴磨きから生活を再開する。そこで彰太(しょうた)という同年代の青年と出会い意気投合する。戦後の混乱のなか生き抜く若者2人を描く。
戦後を扱った物語となると、その舞台は都心か、もしくは原爆の投下された広島、長崎になることが多いが、本作品は仙台を舞台としている。そもそも仙台に空襲はあったのか、そんなことも知らなかった僕にはその舞台設定が新鮮に感じた。
そして、そんな時代のなかでも堅実に生きようとする裕輔(ゆうすけ)と、そんな混乱の中だからこそ成り上がろうとする彰太(しょうた)や、アメリカ人に体を売ることで食いつなぐ淑子(よしこ)など、時代は違えどそれぞれの生き方に個性を感じる。
裕輔(ゆうすけ)と彰太(しょうた)は「X橋のうえに虹をかける」を合言葉に別々の道を歩むことを決めるが、さらなる困難が2人の行方を阻む。
現代の恵まれたなかで安穏と生きる僕らにはいい刺激になるのではないだろうか。
【楽天ブックス】「いつかX橋で」
「JAL崩壊 ある客室乗務員の告白」
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2010年1月に自主再建を断念した日本航空。その知られざる内部を客室乗務員の著者が語る。
内部で長い間働いていたからこそ語れる内容ばかりである。機能しない評価手法。強すぎる組合によって弱腰な経営方法など、現在の日本航空の状況を作り出した原因らしきものは多々読み取れるが、なかでも印象的だったのはパイロットの世間ずれした感覚だろうか。パイロットというとどこか神格化されたイメージがあるからこそ、本書で語られる内容に驚くかもしれない。
そして後半は客室乗務員に焦点をあてている。出産によるメリットデメリット、外国人乗務員との条件の違いや、珍エピソードなど。それなりに面白く読ませてもらったが、やや全体的な文体が愚痴っぽいのが残念なところ。フライトアテンダントにあこがれる世の女性たちも一度本書を読んでみたらどうだろうか。少し考え方が変わるかもしれない。
【楽天ブックス】「JAL崩壊 ある客室乗務員の告白」
「錯覚」仙川環
オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
結婚直前に失明した菜穂子(なほこ)は人口眼の埋め込みの手術をする。わずかな視力を取り戻した菜穂子(なほこ)の目の前で事件が起きる。
物語の核となるのは、失明と、人口がんによるわずかな視力の間にある人生に及ぶを違いの大きさによって、悩む菜穂子(なほこ)の思いだろう。当事者の菜穂子(なほこ)だけでなく、むしろ婚約者の功(いさお)の反応のほうが興味深い。「好き」という気持ちだけでなく、今後訪れるであろう困難なども含めて、現実的に考えて決断しようとする人間がいる一方、眼が見えるか見えないかで態度を変えるのはおかしい、と主張する人間もいる。
本書はむしろ事件による展開よりも、そんな人々の葛藤のほうが面白く思えた。とはいえ、全体的には事件に焦点をあてているためやや焦点の定まらない物語のように感じた。
【楽天ブックス】「錯覚」
「世界一周!大陸横断鉄道の旅」桜井寛
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
中国、オーストラリア、ロシア、カナダ、アメリカの大陸横断鉄道での旅の記録である。それぞれの鉄道で起こった出来事、知り合った人々、驚きなどを描いている。
中国の長江横断、オーストラリアのナラーバー平原、ロシアのバイカル湖など、間違いなく日本の鉄道旅行とはスケールが違うであろうその景色をもちろん文字でしか感じることはできないが、それでもわくわくしてきてしまう。
鉄道好きな人には間違いなくお勧めの一冊。本書を読めば、きっと誰もが大陸横断鉄道の旅にでかけたくなるだろう。
【楽天ブックス】「界一周!大陸横断鉄道の旅」
「年下の男の子」五十嵐貴久
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大手飲料メーカー勤務の37歳川村晶子(かわむらあきこ)はついにマンションの購入を決意。それはつまり独身で生きることを決意したのか。そんなとき取引先の新入社員と児島(こじま)と出会う。
14歳の年の差の恋愛を描いている。勢いだけで恋愛できる若い児島(こじま)に対して、もはや相手の収入や地位や、世間体など、現実的にならざるを得ない晶子(あきこ)の後ろ向きな考え方を理解できてしまうのは僕自身もそれに近い年齢だからだろうか。
とはいえ、物語を面白くするためだろう、晶子の周囲には意外と恋愛の機会が落ちていて少し非現実的な印象を抱いてしまうが、それでも全体を通じては爽快で、勇気をもらえるような内容である。三十代の独身女性が本書に対してどのような感想を抱くのかが気になる。
【楽天ブックス】「年下の男の子」
「ファントム・ピークス」北林一光
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
長野県の山中で半年前に行方不明になった女性の頭蓋骨が発見された。夫の三井周平(みついしゅうへい)は妻の原因不明の死の真相を知りたいと願いその後も頻繁に現場に足を運ぶ。そんな中、さらに女性が行方不明になる。
序盤に、一人ずつ女性が行方不明になるシーンは、大自然の中にある非科学的なものの存在を感じさせる。なにか得たいの知れない生き物が潜んでいるのか、本人が自ら行方をくらましたのか、それとも一緒にいた男がその女性を殺害したのか。やがて、その捜査線上には一匹の獣が浮上する。
謎めいた事件が起きて、その原因が明らかになり、人々がその原因に対して挑戦する、と物語の展開としては非常にオーソドックスであるが、オーソドックスであるからこそしっかり読者を引き込む力を備えている。何か書けば即ネタばれになりそうで書けないが、一気読みできる一冊である。
【楽天ブックス】「ファントム・ピークス」
「「天才」の育て方」五嶋節
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
五嶋みどり、五嶋龍と2人のヴァイオリニストを育てた五嶋節が、その子育ての考え方を語る。
タイトルを見て、どんな英才教育が語られるのだろう、などと少し身構えてしまったが、実際ここで語られているのは僕らが一般的に思っている子育ての考え方とそんなに大きく変わらない。親はこどもがいろんなものを見聞きする環境を作ってやることが大事なのと、子供に対しても敬意をもって接すること。そもそも、著者本人は2人のヴァイオリニストを「天才」とは思っていない。ただ2人がヴァイオリンに興味を持ったから与えて、教えただけなのだそうだ。
そんな母親の目線で語られる内容、その経験談に触れることで、なにか感じとることができるのではないだろうか。
【楽天ブックス】「「天才」の育て方)」
「フェイスブック 若き天才の野望 5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた」デビッド・カークパトリック
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
Facebookの始まりから現在に至るまで(といっても2009年まで)を時系列に、マークザッカーバーグやその他買収に名乗りを上げた企業たち、よきアドバイザーたちとのエピソードを交えながら描く。
多くの人名や、資金調達のためのベンチャーキャピタルやGooggleやMicrosoftとの駆け引きなど、経済面に関する知識がお世辞にも豊富ではない僕にとっては、なかなかすべてを理解するのは難しく、多くの人にとっても、きっと読みやすいとはいえないだろう。しかし、それでも今までフェイスブックが辿ってきた成長の経緯と、フェイスブックのCEOであるマークザッカーバーグのフェイスブックに対する姿勢、そして、そのフェイスブックという巨大なSNSが持つ可能性はしっかり伝わってくる。
その進化の過程は必ずしも順風満帆なものではなく、フェイスブックが人とのつながりをより容易にしたがゆえに、自ら作った機能によって結束したユーザーたちが、フェイスブックの機能変更やポリシーに対して反対運動を始めるということもあったし、多くの企業が買収に乗り出したりもした。そして、もちろん問題は外部からだけでなく内部からも生じたりもした。莫大な人口に影響を与える会社を運営していくことに伴う障害やその困難、圧力を多少なりとも感じることができるだろう。
そして、本書中盤で触れている、フェイスブックの基本となる考え方が特に印象的である。
たとえばmixiを例にあげるなら、mixiで会社の人間はマイミクにしたくない、と思っている人は多いだろう。これはつまり、その人がプライベートと会社で2つのアイデンティティーを使い分けているためなのだ。
しかしフェイスブックはそれを許さない。それはつまり何かどこかで悪い行動をすれば、それが最初は一人の友達が知ることだとしても、たちどころに会社の同僚や恋人に知れてしまう可能性があることを意味する。
僕らがSNSに対して持っている恐怖の根源はこういう可能性にあると思う。しかし、本書が説明するフェイスブックのこの哲学の根源にある考えは、人々の透明性がSNSを通して増すことによって、人々はどんな場所でもどんなときでも自分の行動に責任を持たなければならなくなる。つまり人々の誠実さが増す、というのである。
話が大きくなりすぎて実感がわかないし、ただの理想論のように聞こえなくもないが、SNSというもののなかにこのような可能性を見出しているということ感心してしまった。
間違えなく本書は、読む前と読んだあとで読者のフェイスブックに対する姿勢を大きく変えてくれることだろう。そして今後のフェイスブックの動向を楽しみにさせてくれるに違いない。
【楽天ブックス】「フェイスブック 若き天才の野望 5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた」
「レディ・ジョーカー」高村薫
オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
1999年このミステリーがすごい!国内編第1位
競馬仲間として知り合った男たち5人はある日、企業を脅して大金を得ることを思いつく。お金の使い道も、目的もなく。
久しぶりの高村薫作品である。競馬場通いの男たちが、明確な目的もなく企画したビール会社相手の誘拐恐喝事件。面白いのは、犯人たちの誰一人として、お金が必要な切迫した理由があったわけでもなく、ただ退屈な毎日とすでにこの先にもなんの期待も持てない自分の人生を悟った上で「なんとなく」と犯罪に走ってしまったことだろう。
一方で誘拐されたビール会社社長の城山(しろやま)の、社会における企業の立場、社内における自分の立場。企業の利益を優先するがゆえに警察に嘘の証言をしなければならない葛藤や罪の意識なども見所である。
そして、「マークスの山」や「照柿」など、高村作品にはおなじみの刑事。合田刑事も本作品で重要な役どころを演じている。
さて、これは高村作品においてはどの作品にも共通した世界観と言えるかもしれないが、思い通りにならない世の中、そして、それでも生きていかなければならないむなしさ。そんな空気が作品全体に漂っている。犯人の追跡劇や、優れた刑事の推理劇に焦点をあてたよくある警察物語とは大きく一線を画しているといえるだろう。
一方で、決してスピーディではない本作品の展開は読者によって好みの分かれるところである。僕自身も、この展開で3冊ものページ数を費やすのはやや受け入れがたいものがあった。
【楽天ブックス】「レディ・ジョーカー(上)」、「レディ・ジョーカー(中)」、「レディ・ジョーカー(下)」
「クリエイター・スピリットとは何か?」杉山知之
オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
デジタルハリウッド学長の杉山知之がクリエイター・スピリットについて語る。
どちらかというとこれからクリエイターを目指そうという若い人に向けられた内容ではあるが、すでに社会に出て10年以上経っている僕にとってもところどころ心に残る内容はある。
特に著者が本書内でたびたび繰り返しているのは、日本という国にすんでいるということが、どれほどクリエイターにとって恵まれているか、ということである。
技術的なことももちろんあるが、それよりも特定の宗教を持たないからこそ、多くの国の人が縛られる先入観を持たないために自由に発想することができる、というのが印象的だった。
1時間もかからず読めてしまうないようなだけに値段ほどの価値があるかどうかは疑問であるが、軽い気持ちで手にとって見るのも悪くないだろう。クリエイターの視点で日本という国を外から見ることができるのは新鮮である。
【楽天ブックス】「クリエイター・スピリットとは何か?」
「プラ・バロック」結城充考
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第12回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作品。
冷凍コンテナのなかで集団自殺した14人の男女。女性刑事クロハは事件の深部へと迫っていく。
女性刑事を主人公にした小説は決して少なくない。そして、そのどれもが小説という容姿を見せない媒体ゆえに、読者の頭のなかで魅力的な女性へと変わるから、強く賢く美しい女性が生まれるのだ。そんな競争率の激しい枠に本作品も挑んでいるのだが、本作品の女性刑事クロハも決してほかの作品のヒロインに負けてはいない。
クロハは捜査の第一線で働きたいがゆえに、自動車警邏隊から機動捜査隊の一員となる。事件の捜査に明け暮れるクロハの息抜きは、仮想現実の世界である。その世界は、SecondLifeと印象が重なるように思う。一般的にはいまだ抵抗があるであろう仮想現実の世界を、犯人側だけでなく、刑事である主人公の側も日常の一部として描いている点に、本作品の斬新さを感じる。
また、クロハがたまに会う精神科医の姉の存在も面白い。姉が犯人像について語る言葉はどれも印象的である。
そして、次第にクロハは犯人に近づいていく。読みやすく読者を引き込むスピード感。そんな中でも見えない犯人に対する不気味さが広がってくる。非常に完成度の高い作品である。
気になるのは本作品に続編があるのか、というところ。クロハの存在が本作品だけで終わってしまうのであれば非常にもったいない気がする。
【楽天ブックス】「プラ・バロック」
「極北クレイマー」海堂尊
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
北海道極北市民病院に赴任した今中(いまなか)は、問題山積みの病院の現状を目にして改善しようと努める。
本作品の舞台となっているのは財政破綻の極北市という仮想の自治体。しかしそれは、北海道夕張市をモデルにしていることがあとがきで触れられている。
本作品も著者のほかの作品同様、わかりにくく無駄に長い委員会名や肩書き名などとともにスロースタートし、今中(いまなか)の目を通して、赤字病院の体質やその原因を示してくれる。
また、昨今の医療を話題にした内容の本の中ではすでに当然のように語られることではあるが、本作品でも命を救えなかった産婦人科医師に対する、世間の度を越した非難についての医師目線の意見が語られている。
最後まで、医療問題に関心のある人には興味を惹く内容が多く含まれており、世間が医療に対する考え方を変えなければならない、と再認識させてくれる内容である。
さて、そんな一方で、シリーズではお馴染みの姫宮(ひめみや)や世良(せら)の登場など、もはや海堂作品は、初めて読む人は、海堂作品を読み続けている人の半分も物語を楽しめないのではないか、というような気がしてしまった。
【楽天ブックス】「極北クレイマー(上)」、「極北クレイマー(下)」
「弧宿の人」宮部みゆき
オススメ度 ★★★★★ 5/5
瀬戸内海に面した讃岐国・丸海藩。そこへ元勘定奉行・加賀殿が流罪となって送られてくる。やがて領内は不審な毒死が相次ぐようになる。
時代は徳川十一代将軍家斉の。藩内で起きる事件を、そこで生きるさまざまな人の視点から描く。その中心にいるのが捨て子同然に置き去りにされたほうと、引手見習いの宇佐(うさ)である。自分が阿呆だと思い込んで生きているほうは、親切な人に出会うことで、少しずつ成長していき、また、偶然のからほうとであった宇佐(うさ)も、その強い信念と行動力で物事の裏に潜むものに目を向ける力を育んでいく。
宇佐やほうが出会う人々が、物事を説くその内容には、どんな世界にも通じるような説得力がある。
半端な賢さは、愚よりも不幸じゃ。それを承知の上で賢さを選ぶ覚悟がなければ、知恵からは遠ざかっていた方が身のためなのじゃ。
嘘が要るときは嘘をつこう。隠せることは隠そう。正すより、受けて、受け止めて、やり過ごせるよう、わしらは知恵を働かせるしか道はないのだよ
物語は、そんな2人だけでなく、宇佐(うさ)が思いを寄せる藩医の後次ぎの啓一郎(けいいちろう)や、その父、舷州(げんしゅう)。同じく宇佐(うさ)が仕えるお寺の英心(えいしん)和尚など、世の中の裏も表も知りながら、どうやって人々の不安を抑え藩の平穏を保とうかと考える彼らの行動や考えもしっかりと描いている。
そして物語は、終盤に進むつれて、人々の心の中に潜んでいた不安が表に出てきて多きな災いへと発展する。
温和で優しく、つつましい働き者のこの民が、これほど度を失い乱れ狂ってしまうまで、いったい誰が追い詰めたのか。
誰かが原因なわけではなく、誰かが悪いわけでもなく、しかし、人々の心のすれ違いから誤解は生じ、やがてそれは大きな災いとなる。宮部みゆき作品はどれをとっても、そんなテーマが根底にあるが、本作品もそんな中の一つである。。
人の心の弱さ、不安や恐れが災いを生む。そして、時にはその恐れを沈めるためにも、妖怪や呪いなどが生まれるのである。迷信や伝説は決して意味なく生まれたものではないということを納得させてくれるだろう。
物語が終わりに近づくにつれ、この物語が示してくれることの深さに震えてしまった。単に、この物語が200年以上も昔を描いているゆえ、僕らの生きている現代とは別世界の話、と軽んじられるようなものではなく、迷信や伝説は、弱い心の人間がいる限り、
どんなに文明が進もうとも必ず存在し続けるものなのだ。
序盤、やや聞きなれない職業名や地名に物語に入りにくい部分もあるかもしれないが、我慢して読み進めて決して後悔することはない。心にどこまでも染み込むような物語。この域の作品はもはや宮部みゆきにしか書けないだろう。
「運命の人」山崎豊子
オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
新聞記者の弓成亮太(ゆみなりりょうた)は昭和46年沖縄返還交渉の取材中に日米間の密約に気づく…。
以前より何人かから薦められていながらも機会がなかったため今回が初山崎豊子作品となった。物語冒頭で舞台となっているのは昭和46年であり、その題材は沖縄返還交渉という、僕にとっては生まれる前の出来事である。正直、あまり深く考えたことがなかったのだが、冷静に考えてみると、間違いなく沖縄返還というのは歴史的事実だったのだろう。そんな大きな出来事にいままでほとんど関心を持っていなかったことに少し驚かされた。
さて、物語は弓成亮太(ゆみなりりょうた)という、正義感あふれる敏腕新聞記者を中心に進む。沖縄返還交渉に関わるひとつのスクープが、やがて、「知る権利とは?」「外交とは?」という大きな問いかけになり、物語中で描かれる裁判のシーンを通じて、日常よく耳にする言葉の意味まで考えさせられるだろう。
本書を読了後に沖縄返還について調べてみると、本書の内容はかなり事実に近いことが描かれているらしい。きっと年配の人にとっては常識とも言える事件なのかもしれない。教科書には載っていないほど新しく、しかし自分が生まれる以前というほどの古い、この期間に起こった出来事はもっとも無関心にすごしてきてしまったようで、もう少し関心を向けるべきなのだと感じた。
とはいえ、このような内容では仕方がないことなのか、若干登場人物が多すぎて、物語に入り込みにくく、お世辞にも読みやすいとは言えない。また、後半部分はむしろ物語のそれまでの本筋とは外れて沖縄の悲劇の歴史に焦点があたっているように感じ、作者の訴えたいことが不明瞭な印象を受けた。一つの物語としてみるのか、それとも読みやすい現代史として本書を見るのかで評価は変わってくるのかもしれない。
本作品が山崎豊子の他の作品、たとえば「沈まぬ太陽」「白い巨塔」と比較するとどの程度の出来なのかが気になるところである。
「武士道セブンティーン」誉田哲也

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
剣道を通じて知り合った親友、香織(かおり)と早苗(さなえ)という2人の女子高生を描いた物語。
前作「武士道シックスティーン」でほぼ正反対な性格ながらもやがてわかりあった二人。残念ながら早苗(さなえ)は親の都合で福岡に引っ越して、2人は離れ離れになる。本作品はその後の2人を描いている。
前作同様本作品も2人の視点から交互に描かれる。福岡の強豪校福岡南の剣道部に入部した早苗(さなえ)はそこで黒岩レナと出会い、新しい環境での剣道に戸惑いながらも、順応していく。また、一方の香織(かおり)は早苗(さなえ)の去った後の東松高校で、部長かつ魔性の女である河合(かわい)とともに後輩を育てようとする。

全作品は香織と早苗が均等に描かれているように感じたが、本作品で物語性が強いのは早苗(さなえ)の方だろう。結果を重視する福岡南高校の剣道のスタイルに疑問を持ち、武道とスポーツの違い、自分の求める剣道のスタイルとの間で葛藤をし始める。
剣道の経験などまったくない僕でもその緊張感の伝わってくる内容。なんとも剣道がやりたくさせてくれるすがすがしい作品である。すでに単行本としては発刊されている「武士道エイティーン」の文庫化も楽しみである。
【楽天ブックス】「武士道セブンティーン」
「シンメトリー」誉田哲也
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
警視庁捜査一課刑事、姫川玲子(ひめかわれいこ)が関わる7つの事件を描いた物語。
もはやドラマ化もされてしまったゆえに人気シリーズとしての地位を固めつつあるのだろう。「ストロベリーナイト」「ソウルケイジ」に続く姫川玲子(ひめかわれいこ)の物語。
本来短編集は避けようとするのだが、読み進めてみるとむしろ、いままでは面白くはあっても二作品、二つの事件にしか僕ら読者の前で関わらなかった玲子(れいこ)が、本書では7つの物語に登場することもあり、その7つの物語を通じて、より彼女の個性に触れられることだろう。
前二作品と同じように、本作品でも犯人の気持ちに感情移入しやすい彼女の優れた感覚が、ほかの刑事が気づかない小さな手がかりを見つけ、真相に近づいていく。表題作の「シンメトリー」などはそんななかでも秀逸である。その物語のなかで玲子(れいこ)がつぶやいた言葉。この言葉がもっとも、心に残ったし、この言葉にこそ姫川玲子(ひめかわれいこ)の個性を凝縮されている気がする。
【楽天ブックス】「シンメトリー」
「中澤佑二 不屈」
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ドイツワールドカップ、南アフリカワールドカップなど、日本代表だけでなく、横浜マリノスでの出来事など、そのサッカー人生を通じて、日本打表DF中澤佑二の知られざる一面を描く。
僕が彼について知っているのは、テスト生からヴェルディのレギュラーをつかんだということと、ドイツワールドカップ後に代表引退を決意したにもかかわらずバスケット界のパイオニアである田伏勇太と出会って代表復帰をきめたことぐらいだろう。本書はその認識を補いながらも、そのストイックで孤独な生き様を存分に見せてくれる。
本書は3つの章に別れていて、2,3章はそれぞれドイツ、南アフリカワールドカップを中心に描かれている。個人的には1章の「プロへの挑戦」が印象的である。特に高校時代のひとり「プロになる」というモチベーションのもとでサッカーに接するうちに、周囲から孤立していき、それでも目的のために信念を曲げない姿にはなんか共感できるものがある。
文中で中澤が影響を受けたとして引用されている言葉にはどれも重みを感じる。
本書でもドイツワールドカップを大きな衝撃と語っている。中田英寿の「鼓動」でもそうだし、数多くの日本のワールドカップを描いた書籍でも同様に選手同士の内部崩壊が招いた悲劇と語られているドイツワールドカップは、本書でも中澤だけでなく、宮本恒靖の目線からも語られており、興味深いものとなっている。
そして最後は記憶に新しい南アフリカワールドカップ。その内容からは決してそれが外から観ているほど輝かしいものではなかったことが伝わってくるだろう。チーム崩壊寸前の状態にありながら、4年前のドイツワールドカップの経験者たちがその失敗を糧に、崖っぷちの状態からチームを結束させた結果だとわかる。
それでも最終的にカメルーン戦のゴールで波に乗って、デンマーク戦ですばらしい試合をしたあのチームのなかにいて、あのチームとしての一体感を味わえた中澤がうらやましくてたまらない。
中澤のサッカー選手としての成功を語るときに、「彼は努力だけで上り詰めた」という人が多いのかもしれないが、本書を読めばそうは思えない。人生の要所要所で彼は運命的な出会いによって救われている。見習うべきはそんな偶然が近づいてきたときに、それを掴み取る努力をいつの日も怠らなかったことだろう。
「日本代表」とか「ワールドカップ」とかそんな壮大なジャパニーズドリームだけでなく、何かを達成する上ではそれがどんな目標であれそんな意識は大事なんだと思えた。
余談だが、本書で中澤は自身のベストげーむとして、ドイツワールドカップ前のドイツ戦をあげている。中田英寿も「鼓動」のなかで、ドイツ戦での柳沢とのプレーが最高のプレーと語っている点が印象に残った。どうやらあの試合はサッカーファンにとっては見逃してはいけない試合だったらしい。
【楽天ブックス】「中澤佑二 不屈」