「5A73」詠坂雄二

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
体にある文字のある自殺遺体が都内で数件発生し、刑事部の山本(やまもと)と早川(はやかわ)は事件を追う。その文字は「暃」という読みも意味もない幽霊文字と呼ばれるものだった。

刑事室別室の女性警部山本(やまもと)と警部補早川(はやかわ)が、不思議な文字のついた自殺事件を追うのと並行して、時間を遡って自殺者たちが幽霊文字「暃」と出会う様子が描かれる。そして、その過程で幽霊文字「暃」に対してさまざまな考察がされる点が面白い。

この暃(もじ)は手足をばたつかせている人に見えるから、暃(くるしむひと)と読むのではないか、とか
日(うえ)の部分は貝を省略した形、非(した)の部分は甲殻類で、全体としてはやどかりを象ったものかも

たった12画の漢字に対してこれほど多くの解釈ができることに驚いた。また、漢字の発祥の地である中国と、それに平仮名という文化を加えた日本の漢字に対する意識の違いについても新たな視点を与えてくれた。物語の結末自体に納得できたわけではないが、特に漢字の起源や意味、解釈などについて新しい考え方を運んできてくれる内容である。

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「ユルゲン・クロップ 選手、クラブ、サポーターすべてに愛される名将の哲学」エルマー・ネーヴェリング

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ドイツのマインツ、ドルトムント、イングランドのリヴァプールを率いた名将ユルゲン・クロップについて語る。

クロップについては最近知ったのだが、モウリーニョやグアウディオラとは異なるスタイルでチームを率いながらも、結果を出し、そしてかつクラブに愛されているという点に興味を持った。

序盤はクロップが選手から監督になるまでの経緯を描いている。多くの選手が引退してから監督になるのに対して、クロップの場合は、チームから選手兼監督を打診されたにもかかわらず、選手として限界を感じていたクロップが監督専任という道を選んだという点が他の監督の経歴と大きく異なる点で印象的である。

以降は、マインツ、ボルシア・ドルトムントとそれぞれ7年の監督期間を経てチームを一定の成功と呼べる地位に引き上げるまでの様子が描かれている。7年は、監督の1つのクラブへの在籍期間としては長いという印象である。クラブチームという大きな組織を試合結果だけでなく若手の育成や経営面も含めて改善するためには、経営側も短期の成績に振り回されるのではなく、監督という人間にある程度の期間信頼して委ねることが必要なんだと感じた。

後半は、リバプールでチャンピオンズリーグ優勝を勝ち取るまでの物語である。クロップのサッカーのスタイルはゲーゲンプレスと呼ばれており、守備時に強くプレスをかける戦術で、選手には高い走力が求められるのだという。実際本書でもリバプールの監督に就任した際、過酷なプレミアムリーグの日程とその戦術ゆえに多くの選手が肉離れで離脱する様子が描かれている。

その点で、ゲーゲンプレスはまさに若手主体というチームの強みを活かした戦術とも言えるが、リーグの特徴に合わせて戦術を変えなければならない点も監督業の面白いところだろう。また、グァルディオラであればボールポゼッション、というようにチームの色だけでなく監督の色が最近際立ってきた点が面白い。日本のサッカーにもクラブの文化、サポーターの文化、監督の文化が根付きくまではまだ時間がかかるのだろう。

また、サッカーのスタイルだけでなく、長期視点で若手を時間をかけて育てるというクロップの監督のスタイルがどんなクラブに向いているか、という点について語っている点も興味深い。例えばレアル・マドリードは監督交代が頻繁に行われるのでクロップ向きではないが、「ノーマルワン」と一般人であることを主張するクロップは労働者階級にサポーターの基盤があるリヴァプールのようなチーム向きだと説明している。

監督の色、サポーターの色、サッカーのスタイルの色、など様々な要素が絡み合ってプロのチームのサッカーという文化が出来上がるということを改めて感じた。改めてサッカーについての視点を広げてもらった。

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「サッカーシステム大全」岩政大樹

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
元日本代表の岩政大樹がサッカーのシステムについて解説する。

昨今4バックや3バックなど、サッカーの議論のなかでシステムが頻繁に語られるようになったが、それぞれの長所や短所などもあわせて深く理解したくて本書に辿り着いた。

本書は基本的なシステムと共に、どのような長所と短所があるのか、また、最近流行りの可変システムなど、日本だけでなく世界のサッカーでよく見られるシステムを解説しており、まさに知りたかったことに答えてくれる内容である。

4バックでは「5人目の守備をどういれるのか」をチームとして定めなければいけません。もし5人目を下げない場合は、失点のリスクが増えるデメリットを承知の上で、逆にカウンターに出る人数を増やすなど、リスクを上回るメリットが必要になります。

もちろん、システムの長所や短所が試合中に現れるには、長所を活かした、または弱点をついた素早いプレーをチームとして実現できてこそ可能である。つまり個人としてすぐに実践できるわけではないし、少年サッカーやひょっとしたらJ2、J3レベルでもすぐに役立つ知識なのかはわからない。しかし、間違いなくサッカーを見る視点は広がるだろう。

サッカーを見るときに常に手元に持っておきたい一冊である。

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「琥珀の夏」辻村深月

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
<ミライの学校>の敷地から白骨死体が見つかった。小学校時代<ミライの学校>で過ごした経験のある弁護士の法子(のりこ)は真実を突き止めようとする。

序盤は法子(のりこ)の、小学校時代の<ミライの学校>での様子が描かれる。友達を作るのが苦手だった法子(のりこ)が、<ミライの学校>での出会いによって甘い記憶を作っていく様子が描かれる。

<ミライの学校>ではただ単に正しいことを教えるのではなく、子供たちに問いかける「問答」という時間を大切にしている。そんな<ミライの学校>の理念の中に理想の教育が見える一方で、結局社会で生きるためには社会から離れた場所で教育を行なっても意味がないという意見もあり、教育のあるべき姿についても考えさせられる。

中盤以降は、現代に戻り、娘が<ミライの学校>に関わったという両親からの依頼により法子(のりこ)は発見された白骨死体の身元を知ろうとする。

そんななか、世間では白骨肢体の発見によって<ミライの学校>自体の存在を貶める発言が溢れていく。1つの不幸な出来事や犯罪によって、組織や団体の全てが悪い捉え方をし始めるのは実際にありそうな話だと感じた。

<ミライの学校>をカルト教団のように危険な宗教団体として描く側面もあれば、そこで楽しい時を過ごした人々の意見として、優しい思い出として描く場面もあり、多くの意見を描いている点に著者の優しさを感じた。きっと、世の中で物議を醸した多くの宗教団体も、信者にとってはとても大切で暖かい場所なのだろう。改めて、世間の評判に振り回されて物事を断じるべきではないと感じた。

最近、著者辻村深月作品が少し丸くなった印象を持っているが、久しぶりに初期の作品、たとえば「冷たい校舎の時は止まる」「子どもたちは夜と遊ぶ」のような鋭さを感じた。

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「ペップ・グアルディオラ キミにすべてを語ろう」マルティ・パラルナウ

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
FCバルセロナで最強のチームを作った監督グアルディオラがドイツの強豪バイエルン・ミュンヘンの監督に就任した後の様子を描く。

リーダーシップやマネジメントのヒントがあることを期待して、個性の強い選手たちをまとめるサッカーの監督の本を読み漁っている。本書もその流れでたどり着いた。

グアルディオラ(以下ペップ)についてはサッカー選手としてよりも監督としての印象が強い。2000年代前半成績が低迷していたバルセロナが、ライカールと監督の元で、ロナウジーニョやエトーとともに強豪チームへと変貌し、その後を引き継いだペップ時代には手のつけられない無敵なチームとなったことは記憶に新しい。ただ、その後、ペップがバイエルンやマンチェスターシティそ指揮していることは知っていたが、その成績やサッカーのスタイルについてはほとんど着いていってなかった。本書はペップのバイエルン時代の1年目を詳細に描いている。

興味深いのは、すでに前の年に三冠を獲得しているバイエルンをさらに良いチームにするという挑戦である。すでに三冠を獲得しているチームをさらに良くするとはどのようなチームを言うのか、その達成にどのように挑むのか。そんな無謀とも思える挑戦に対するペップを、選手、周囲の関係者の視点も含めて描かれている。

シーズンが始まると、試行錯誤を繰り返しながら、ペップはバイエルンのサッカーを作り上げていく。バルセロナのサッカーをバイエルンに持ち込むのではなく、バイエルンの文化、ドイツ、ミュンヘンの文化のなかで、バイエルンの選手に合わせた新しいバイエルンのサッカーを作り上げていく過程が面白い。

また、自らがバイエルンに持ち込むサッカーを、カウンターカルチャーと言い続けている点も印象的である。つまりドイツ国民、ミュンヘン市民に受け入れてもらえるサッカーの範囲で、これまでやってきたことと異なることをする。ということなのだろう。

全体的に、もっとも印象的だったのは、選手たちの声を聞いて戦術を決めた結果ホームで0-4で惨敗したチャンピオンズリーグのレアルマドリード戦である。

メアクルパなんだ。自分のアイデアで行かず、代わりに選手たちのアイデアでいった。そこに自分のアイデアはなかった。私は間違いを犯した。

周囲の声に自分の信念を曲げそうになるのは誰しも身に覚えがあるだろう。そうすることによって周りの納得感が簡単に得られるし言い訳が簡単に言えるのだ。しかし、リーダーたるものはそれをやってはならない。それをやっていたら新しいものは生み出せないのである。改めて周囲の意見と闘い自分のアイデアを通すことの重要性を感じた。

また、周囲の信頼を勝ち取るためには、間違ったことを認めること、他人のせいにしないことが重要だと改めて感じた。

改めていろいろリーダーという役割について感じるところがあった。引き続きペップのその後のサッカーを追っていきたいと思った。

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「Pachinko」Min Jin Lee

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1911年、日本の占領下の釜山にある島で家族の経営する宿を手伝っていた少女Sunjaの物語である。

母親の経営する宿を手伝っていたSunjaは市場である男性と恋に落ち、子供を身篭ったことで人生が大きく変わっていく。やがて、キリスト教信者のIsakとともに日本に渡りそこで新たな人生を送ることとなる。

歴史として過去を振り返って見ると日韓併合は日本が一時的に韓国を支配下に置いた時代にしか見えない。しかし、本書を読むと、当時を生きていた韓国の人々にとっては、それまで我が国として信じてきた国や文化が消滅するという不安のなかで生きてきたことが伝わってくる。本書はそんな混乱の時代の中で、自分自身や家族の最良の未来を考えて生きてきた韓国の人々の物語である。

日本で在日韓国人として育ったSunjaの子供たちであるNoaやMozasuの生き方はより複雑になっていく。日本で日本の教育を受けて育ったにもかかわらず、韓国人として差別されつづけるのである。

Living every day in the presence of those who refuse to acknowledge your humanity takes great courage.
自分の人間性を受け入れてくれない人たちとともに毎日暮らすのは本当に勇気がいることです。

やがて、ヤクザなどの犯罪集団やパチンコ店の経営に関わってくこととなる。そこでも韓国人の評判を傷つけないために綺麗な商売をして誠実に生きていきたいという思いと、手を汚さずには生きていけないという思いのなかで揺れ動く様子が描かれる。

… she knew that many of the Koreans had to work for the gangs because there were no other jobs for them. The government and good companies wouldn't hire Koreans.
彼女はたくさんの韓国人がヤクザと一緒に働かなければならないのを知っていました。なぜなら他に仕事がないから。政府や良い会社は韓国人を雇おうとしないからです。
..

基本的には在日として生きていく韓国人の物語であるが、日本人もたくさん登場する。正直、若い世代の人はともかく、上の世代の韓国人はみんな日本人を嫌っていると思っていたので、親切な日本人もたくさん登場することに驚かされた。また、本書のタイトルにもなっているパチンコは、日本と韓国にのみ広がっている文化だということを本書を読むまで知らなかった。

韓国人と比べて几帳面な日本人のいい部分も描かれているが、一方で、日本の他者を受け入れようとしない閉鎖的な考え方にも繰り返し触れている。終盤は、ニューヨークなどのアメリカ文化と比較されて描かれている。韓国、日本、アメリカの文化を体験している著者ならではの視点と言えるだろう。

日本に生まれ育ちながらも韓国籍を捨てない韓国人のことを不思議に思っていたが、そんな彼らの生き方を知ることができた。同時に日本の良いところや悪いところ、日本の韓国人の受け入れ方などいろいろ考えさせた。

英語慣用句
lion's share もっとも大きい部分
the pick of the litter 一番良いもの
blanket statement 曖昧で包括的な意見
pipe dream 叶うことのない夢
pin money 少額のお金
marionette lines 唇の両脇から顎に向かって伸びる2本の線
is game for 〜 〜に乗り気である
flunk out of school 学校を退学する
get into hot water 厄介なことになる

和訳版はこちら

「サッカーの見方は一日で変えられる」木崎伸也

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
スポーツライターである著者がサッカーの見方を語る。

日本代表がアジアカップで惨敗したことをきっかけに、サッカーの戦術をより深く知りたくなって本書にたどり着いた。本書は著者がサッカーを見るための見方をチーム、選手、監督という3つの軸で語っている。どの見方も覚えるだけで今日から適用できるぐらい簡単なものである。いくつかその視点を挙げると次のようなものがある。

攻撃は「水」のように、守備は「氷」のように

いいチーム、悪いチームの見分け方としては次の4点、

  • ボール保持者を追い越す選手がいるか?
  • クロスに対して、ゴール前に3人以上が飛び込んでいるか?
  • 攻撃の布石として、ボールの後ろに素早く戻れているか?
  • 守備のスタートラインが決まっているか?

良い選手、悪い選手の見分け方では次の2点を覚えておきたいと思った。

  • 走っている選手の足元にパスを合わせられるか?
  • 「止める」「運ぶ」「蹴る」がひとつの動作でできるか?

僕自身サッカー経験あるのでそれなりに目は肥えているつもりでいたが、新たな視点を得ることができた。テレビではなくサッカー場でサッカーを観戦したくなった。

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モウリーニョのリーダー論 世界最強チームの束ね方

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
モウリーニョの幼馴染の著者が、モウリーニョのリーダー論を語る。

モウリーニョのリーダーシップの考え方が知りたくて本書にたどり着いた。

自らをスペシャル・ワンと公言するモウリーニョの生き方が存分に伝わってくる。そんな中でも速さについてモウリーニョが語った言葉が印象に残った。

デコ(元ポルトガル代表)を見ろ、もしあいつがボルトと100メートルを競争したら、悲惨な結果になるのは間違いない。だが、フィールド上では俺が知る中でも有数の“速い”選手だ。状況をすばやく分析し、それに対してすぐに対応できる“速さ”をもっている。

複数の速度を考えることで上を目指せるのは、様々な分野に言えることなのだろう。例えば、ある技術の習得するのが速い人がいて、その人に習得速度でかなわないとしても、一つの技術の習得からから次の技術の切り替えを速くするなど、別の速度を上げることで全体的にはそれ以上のパフォーマンスを出すことができる、などである。身体能力で敵わない人や記憶力で敵わない人などと出会った時に持ちたい視点である。

冒頭で書いたように、モウリーニョという人物について、自分がもっとも知りたいのは、どのようにして選手のモチベーションを高めるか、であり。それについてはランパードに語った言葉がヒントになるだろう。

お前はジダンやヴィエイラ、あるいはデコと同格だよ。ただ、それを証明するには勝たなければならない。お前が世界最高の選手であることを、優勝して証明するんだ。

この本人の実力を認めつつ新たな目標を提示するセリフは秀逸で、どんな人にも応用できると思った。サッカーの監督の中ではアーセナルの一時代を築いたアーセン・ベンゲルも有名だが、彼とモウリーニョの違いについても書いている。

本書を読んでモウリーニョも成功から、周囲のモチベーションを高める方法について学べる点を挙げるとしたら次の3点になるだろう。

  • 言語化(試合中だけでなく練習や日常生活におけるまで24時間)
    試合や練習だけでなく、選手が理想のキャリアを描けるよう最適な過ごし方を論理的に説明する。
  • 自分自身のモチベーションと感情を表現する
    誰よりも感情を表現し共感する。
  • 選手のキャリアや人生の向上のためのモチベーションを高めるためのセリフ・気遣い
    プライベートには立ち入らないのではなく、選手の家族との時間などプライベートも含めてベストな人生を送れるよう行動する

使える考え方はすぐに実践してみたいと思った。最近はサッカーの戦術についても改めて面白さを感じているので、リーダーシップと合わせて学ぶことができるサッカーの監督の考え方に触れられる本を、引き続き読んで行きたいと思った。

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「踏切の幽霊」高野和明

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
心霊現象の記事を書くこととなった、松田法夫(まつだのりお)は、列車の緊急停止が多い都内のある踏切を取材することとなり、過去に起こった殺人事件に行き着く。

踏切で女性を目撃したという心霊現象を取材するうちに、数年前に起こった殺人事件に行き着く。被害者の女性の姿が心霊現象として現れる女性と酷似していることから、心霊現象と並行して、事件について調べるのである。やがて本名も家族もわからなかった女性の人生が浮かび上がってくる。

ホラーの要素と生々しい殺人事件、そして孤独な女性の人生までを描いた作品である。心霊現象や事件とは別に、それを松田法夫(まつだのりお)自身の人生も厚みを持って描かれる。

元々は全国紙の社会部の記者でありながらも、現在は女性誌の取材を務める松田(まつだ)は、40代で妻を失ったため、その限られた妻との人生を思い返し悔やむ点が印象的である。

どうして妻を、もっといい家に住まわせてやらなかったんだろうと。妻の人生は、たった四十七年しかなかったというのに。
仕事熱心な夫。疑いも諍いもない、心安らぐ過程。窓からのそよ風に気持ちが和む毎日。その方が浮かべていらっしゃるのは、そんな笑顔です。

松田(まつだ)は、取材を重ねる中で不思議な現象の助けも借りて。名前も知られず孤独に亡くなった女性の人生を解き明かす過程で、自分自身の人生とも向き合っていくのである。

ホラーというのが、著者高野和明のこれまでの作品になかったので、どのような作品なのか楽しみだったが、読んでみると、しっかりとした下調べと人間への優しを感じられる高野和明らしい作品である。

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「マーガレット・サッチャー 政治を変えた「鉄の女」」冨田浩司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
イギリスの政治家サッチャー時代について描く。

先日読んだ「シャギー・ベイン」がサッチャー政権時代の物語だったことで、当時のイギリスの様子や当時の政治の様子を知りたくて本書にたどり着いた。

本書ではサッチャーが首相になる経緯から、その政権において取り組んだこと、そして退任までを順を追って説明している。

印象的だったのはフォークランド戦争である。サッカーW杯などでイングランドとアルゼンチンが対決する際必ず持ち上がる出来事であるが、どのような経緯で発生したことなのかは知らなかった。本書を読んで、フォークランド戦争のアルゼンチン側の思惑や、イギリス側の民意などを理解すると、日本と韓国の間の竹島問題やロシアとの北方領土問題でも似たようなことは起こりうると感じた。

サッチャーという人物については、思っていた以上に感情的に物事に取り組んだ人物だという印象が強くなった。そんなサッチャーの政治家らしからぬ人間性が、当時の行き詰まっていたイギリスの政治に良い方向に作用したのだろう。

外交の専門家は、本能的に外交というものを、異なる主張についてどこかで折り合いをみつけるプロセスだと考えがちである。…サッチャーの交渉スタイルはこのような外交専門家の「職業病」とは無縁で、…いわば「玉砕型」と呼べるものであった。

また、サッチャーを含む当時の政治家たちの駆け引きや政策を知るにつれて、政治という仕事においても新たな視点をもたらしてくれた。

政治指導者には、時として、政策的には正しくても、政治的に機能しない選択肢を捨て、政策的には不十分でも、政治的に実現可能な選択肢を選ぶ懐の深さが求められる。

これまで政治家の本はバラック・オバマやジョージ・W・ブッシュなどアメリカ大統領に関するものしか読んだことがなかったが、他の政治家の考え方にも触れてみたいと思った。

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「リボルバー」原田マハ


オススメ度 ★★★★☆ 4/5
パリのオークション会社に拳銃が持ち込まれた。それはゴッホを撃った拳銃だという。高遠冴(たかとおさえ)は真実の裏付け調査を始める。

高遠冴(たかとおさえ)は会社の上司、仲間と共に、拳銃を持ち込んだサラという女性に拳銃が委ねられた経緯からゴーギャンの家系にそのヒントがあると考え、家族や愛人などの関係者を調べていく。その過程でゴーギャンの生き方や当時の感情に少しずつ触れることとなる。

そんな調査の中で高遠冴(たかとおさえ)はゴーギャンのさまざまな感情を想像しながらその思考に近づこうとする。ゴッホの絵が大きく進歩していくのを目にして、焦りや羨望を感じるあたりは、何かに秀でた人間を目の当たりにした時に誰もが覚えのある感情だろう。

遅くに画家を志したという点では似ていながらも、2人はかなり異なる人生を送ってきた。ゴーギャンは結婚して妻子がある一方、ゴッホは弟のテオをのぞけばほとんど孤独の身なのである。家族との関係も含めて二人の人生を想像することで真実に迫ろうとする。

ゴッホは家庭を築くことはできなかったが、弟テオとその妻ヨーの不屈の情熱に支えられて世に出た。一方ゴーギャンは家庭を築き、五人もの子供を授かっていたにもかかわらず、彼のために親身になって尽くしてくれる身内は存在しなかった。

ゴッホとゴーギャンという二人の画家が一時期一緒に過ごしたことは有名だが、そんな2人の関係に新たな視点を与えてくれる。そして、そんな新たな視点を持つことで改めて、それぞれの絵画を見直したくさせてくれる。ゴッホの「ひまわり」だけでなく、ゴーギャンの「マンゴーを持つ女」「かぐわしき大地」「死霊が見ている」「マリア礼賛」など、本書で触れられているさまざまな絵画を改めてじっくり鑑賞したいと思った。

ゴッホが自殺したというのが通説だが、それ自体も実は噂の域を出ないことを知った。いつものように著者原田マハはその経歴ゆえに絵画が絡むと見事にその知識を発揮するが、本作もこれまでの作品と同様に絵画と画家の人生を見事に物語に落とし込んでいる。

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「ピエタ」大島真寿美

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
18世紀のヴェネチア、孤児たちを引き取って育てていたピエタ慈善院を描く。

ピエタとは、現在でいう赤ちゃんポストであり捨てられた子供たちが、職業訓練をして過ごす場所だという。本書はそのなかでも、合奏・合唱の才能を伸ばした女性たちと、作曲家ヴィヴァルディの関わりを中心とした物語である。

語り手となるエミーリアはピエタのなかで人生を生きた一人の女性であるが、そのほかにもピエタに関わるさまざまな人物が描かれ、いろんな人間の生き方があることが伝わってくる。貴族に生まれピエタで共に音楽を学んだヴェロニカ、ピエタで音楽の才能を開花させたアンナ・マリーニ、音楽の才能を開花できずに薬剤師として独立したジーナなど、どの人生にも200年という時を隔てているにもかかわらず、現代に通ずる人生の厚みが感じられる。

大きく展開する物語ではないが、18世紀のヴェネチアという遠い地の遠い昔に生きた人々の人生がしっかり伝わってくる作品で、ヴェネチアという国や当時の音楽に対する考え方に興味を抱かせてくれた。

読み終わってから、ピエタの存在をあらためて調べてみると、かなり史実に近いことに驚かされた。ヴィヴァルディについては「四季」という曲名についてしか知らなかったが、ヴェネチア出身でかつピエタ慈善院に大きく関わっていたというのは本書を通じて初めて知ることとなった。

著者大島真寿美氏は「」で、浄瑠璃の世界を描いたことが印象に残っており、温かい人物描写、さまざまな立場の人物を良い面と悪い面の両面だけでなく、生きがいや悩みまで描くというのはどの作品にも共通しているようだ。他にも異国の地、遠い過去を身近に感じさせてくれる作品がありそうである。今後も大島真寿美氏の作品は読み続けていきたいと思った。

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「Shuggie Bain」 Douglas Stuart

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2020年ブッカー賞受賞作品。1980年代にスコットランドのグラスゴーで家族と生活する少年Shuggie Bainを描く。

舞台は1980年代のサッチャー政権時代である。そんななか少年Shuggieは母Agnesとタクシーの運転手であるShug、姉のChatherineと兄のLeekと祖父母の狭いアパートで生活していた。やがて父親代わりだったShugが家を出たことで、Agnesはアルコールへと逃避していく。

生活保護に頼って公団住宅で貧しい生活を送る中、Shuggieや兄のLeekはAgnesに養われる側から、Agnesの面倒を見る側へと家のなかでの立場が変化していく。そして、そんななかShuggieは自分がどうやら周囲の少年たちとは異なることにも気づいていくのである。

家庭の都合から学校に行くこともできず、行っても自身の性格から周囲に溶け込むことができない、そんなShuggieが成長していく様子を描く。姉のCatherineは早々に母のAgnesを諦め、結婚して遠方へと生活の拠点を移し家に戻る機会が減っていく。思春期の兄もまた、少しずつ自分の居場所を定めていく。そんななか母が大好きなShuggieは一人母を気にかけて生きていく。ただのアルコール依存症であるだけでなく、プライドが高くと子供たちを守るという優しさをを見せてくれるから、Shuggieは母を捨られないのである。

並行して当時の経済や生活の様子に触れられる点も新鮮である。炭鉱が閉鎖して多くの炭鉱労働者が失業し、タクシーの運転手などで急場を凌ぐ様子が描かれている。日本でも一部観光地になっているが、炭鉱という古い産業が何故栄え衰退していったのか、そんななかサッチャーなどの当時の政治家はどんなことを考えどんなことに取り組んだのかに興味を持った。

終盤は頼れるのは兄LeekだけになったShuggieが、母を救いたい思いと、自分の人生の間で揺れ動く様子が描かれる。Shuggieを気にかける兄Leekの言葉にも同じ道を通った人間としての言葉の重みを感じる。

Don't make the same mistake as me. She's never going to get better. When the time is right you have to leave. The only think you can save yourself.
俺と同じ過ちをするなよ。ママは決して良くならないよ。時期が来たら家を出るんだ。それが自分を救う唯一の方法だ。

小学生の少年Shuggieが背負った過酷な人生に涙が溢れてきた。

英語慣用句
if he / she is a day, 少なくとも…(〜歳である)
give a belt たたく、ぶつ、殴る
milksop いくじなし、決断力のない、臆病者
get one's knickers in a knot 小さなことでビクビクする
get one's goat イライラさせる、怒らせる
not know one from Adam その人のことを認識しない
leave 〜 to chance 〜を成り行きに任せる
brass neck 自信がある、堂々としている

和訳版はこちら

「Mala Reputación」Osiris M. Villalaz De La Cruz

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
同性愛者であることを明らかにして以来、両親や兄弟と多くの諍いや辛い思い出を抱えるLucianaは、ある日、Elenaという女性と出会い再び恋をする。

LucianaがElenaと出会い少しずつ心を開いていく様子と。Lucianaに対して多くの悪い噂があり、そのことに躊躇しながらもElenaもLucianaに近づいていく様子が描かれる。

最初は女性同士の会話が多く退屈で、人間関係も兄弟が多かったり過去の恋人が多く一気に登場してきたりと、かなり状況を理解するのに時間がかかった。しかし少しずつLucianaの過去や家族とのこと、過去の恋人のCamillaやRebeccaとの関係が明らかになっていくなかで、同性愛者に対する世間の目の厳しさと、Lucianaの強い生き方が明らかになっていく。

正直あまり期待していなかったが楽しめた。物語後半に進むに従って、家族の中でLucianaが自らの地位を取り戻していく様子は爽快だった。

スペイン語慣用句
entre la espada y la pared 窮地に陥っている
guardar las apariencias 体裁を守る

「One Last Kill」Robert Dugoni

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
過去の未解決事件を担当するTracyは、30年前の連続殺人事件Seattle’s Route 99 serial killerを捜査するよう指示される。

Tracy Crosswhiteのシリーズの第10弾である。Seattle’s Route 99 serial killerは、上司Johnny Nolascoが担当していた事件だったことから、Tracyの人手が欲しいという依頼に応える形で、Nolascoが協力することとなる。

これまでTracyと犬猿の仲だったNolascoが事件解決のために少しずつ心をお互いに心を開いていく。またその過程で30年前の事件発生当時に捜査本部を指揮していたNolasco苦悩が明らかになっていく。

これまでのシリーズでは、理解力のない女性差別主義者としてしか描かれていなかったNolascoであるが、本書では過去の事件により、順風満帆なキャリアから外れて家庭まで崩壊していく様子を描いている点が新鮮である。

前回に引き続き、予算獲得のためにメディア露出を狙うWeberと事件解決を優先するTracyのやりとりも各所に見られる。過去に解体された麻薬取締のための組織Last Lineの応酬した麻薬を警察関係者が横領していたことを未だ明らかにできないことなど、前作に繋がっている部分が多い。

シリーズを途中から読むなら本書ではなく一つ前の「What She Found」から読むのが良いだろう。

英語慣用句
have the upper hand 優位に立つ、優勢になる
drop a gauntlet 宣戦布告する
get under one's skin 〜の気に触ることをする
save your breath 余計なことを言わないでおく
under the gun プレッシャーにさらされている
hit the fan 突然困った事態になる
have a shit fit 怒りを爆発させる
yank one's chain からかう
get ducks in a row タスクを整理する
face the music 立ちむかう
hindsight is twenty-twenty 振り返って考えればなんとでも言える(振り返った時の視力は2.0)
get someone's goat 怒らせる
pound sand 意味のないことをする
put soneone on a pedestal 尊敬する

「Dime quién soy」Julia Navarro


オススメ度 ★★★★☆ 4/5
失業中の新聞記者のGuillermo Albiは叔母からの依頼により、息子を捨てて家を出たとして、家族の中で誰も多くを語ろうとしない祖父母Amelia Garayoaの人生を調べることとなる。

Guillermo AlbiはAmeliaの消息を追って、スペイン、アルゼンチン、イギリス、ロシア、イタリアなど各地を飛び回る。そして、少しずつその人生が浮かび上がってくる。裕福な家に生まれて、父親の知り合いの息子と結婚したにも関わらず、恋をして息子を捨て家を出て革命へと関わっていく。

第二次世界大戦から、ベルリンの壁の崩壊まで動乱の時代を自らの正義のために生きていた女性の姿が、スペインや各国の歴史とともに描かれる。第二次世界大戦中の物語は、日本目線もしくはアメリカ目線で触れることが多く、本書のようにスペイン人から見た第二次世界大戦の物語は初めてだったので新鮮だった。フランコの独裁政権のもとで、近い考えを持つドイツのヒトラーが台頭していく中、どのように行動すべきか悩み、分裂していくスペインの人々の動きが興味深い。

そんな動乱のスペインの中でGuillermo Albiの取材により、若く美しい世間知らずな女性だったAmeliaが、自らの信念のために自らの美しさを利用して祖国のために勇敢に戦う女性に変貌していく様子を描いていく。

最初はスペイン語で1,000ページ越えということで躊躇したが、退屈な部分はほとんどなく、全体的に読みやすく物語としても十分楽しませてもらった。

「おいしいごはんが食べられますように」高瀬準子


オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第167回芥川賞受賞作品。支店の人間模様を描く。

埼玉の支店に勤める入社7年目の男性二谷(にたに)さん、入社6年目の女性芦川(あしがわ)さん、5年目の女性押尾さんを中心に、支店の様子を、二谷(にたに)さんと押尾(おしお)さんの目線で交互に描いていく。

みんなに愛される芦川(あしがわ)さんは、料理が得意であることを活かして、ケーキなどを職場に持ってきて配る。一方で、高校時代にチアリーディングをやっていた押尾(おしお)さんは、芦川(あしがわ)さんのそんな弱さや、みんなから大事にされることが気に入らない。また、食にそれほど興味がなく、カップラーメンを好む男性二谷(にたに)さんは、芦川(あしがわ)さんと恋愛関係にありながらも押尾(おしお)さんに理解を示す。

ごはん面倒くさいって言うと、なんか幼稚だと思われているような気がしない?おいしいって言ってなんでも食べる人の方が、大人として、人間として成熟してるって見なされるように思う
勘弁してよ。他店で、ものもらいができたくらいで休むなって怒鳴った方が飛ばされたって話、聞いたことあるでしょ

大きい会社の支店というだけに、表面的な礼儀正しさを重んじながらも、不快感が蓄積していく様子が見えてくる。若干極端に表現されてはいるけれども、似たような感情に覚えがある人は多いのではないだろうか。

芥川賞が新人向けの賞であることからか、比較的あっさりした内容の作品が多い印象がある。しかし、本書はいままで描かれなかった、好意を鬱陶しいと感じる人間の嫌な部分を描いており、後味の良し悪しはともかく新鮮に感じた。著者の今後の活躍が楽しみである。

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「同志少女よ、敵を撃て」逢坂冬馬

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2022年本屋大賞受賞作品。第二次世界大戦中のドイツの侵攻によって故郷を失ったセラフィマはロシアの女性狙撃手としての訓練を受けることなる。

進行してきたドイツ軍に村を焼き払われたセラフィマが、女性狙撃手の英雄リュドミラ・パヴリチェンコと共の同志であるイリーナに拾われ、狙撃兵となる訓練受けることとなる。そんなセラフィマの狙撃手としての訓練の様子と、戦場で仲間と共に狙撃兵として成長していく様子を描く。

コサックのオリガや貴族を嫌悪するシャルロッタなど、さまざま背景や歴史から集まった仲間たちの多様性も物語を面白くしている。

途中、セラフィマたち女性狙撃手と前線で戦う男性兵士の考え方や性格の違いなどに度々触れていて、同じ村の幼馴染のミハイルと再会するシーンでは、女性であるが故に、戦場で女性に暴行を加える男性兵士に嫌悪感を抱く様子が見てとれる。

同じ年にKate Quinnの「The Diamond Eyes」でもロシアの狙撃手を扱っており、かなり内容が重なっている。おそらく「The Diamond Eyes」を読んでいなかったら、もっと本書の新鮮さを感じられたことだろう。「The Diamond Eyes」の主人公で実在した人物であるリュドミラ・パヴリチェンコは本書でも登場しているので、引き続きロシアの狙撃手の物語にさらに触れたい人は「The Diamond Eyes」を読むのもいいだろう。

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「アジャイル開発とスクラム 第2版 顧客・技術・経営をつなぐ協調的ソフトウェア開発マネジメント」平鍋健児、野中郁次郎、及部敬雄

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
アジャイルとスクラムについての基本と現状を多くの例を踏まえて説明する。

序盤はよくあるスクラム関連書籍のように、アジャイルとスクラムの説明から始まる。

大部分が一度は耳にしたことのある内容だったが、改めてその意味を復習する機会となった。そんななか次回これをやってみたいと思ったのは次の二つである。

大きな収穫としては、本書を読むまで2020年のスクラムガイドの改訂を知らなかった。改訂項目を見るとスクラムの陥りがちな罠が見えてくる。本書では次の3つに触れている。

  • インセプションデッキ
  • やらないことリスト

1.スクラムが形式的、儀式的になってしまっている
2.プロダクトオーナー vs 開発チームの構図に陥ってしまっている
3.スクラムマスターがスクラム警察もしくは雑用係になってしまっている

2020年の改訂だけでなく、2017年の改訂についても理解してその傾向を理解して実践へ反映していきたい。

また、スクラムでは常に発生する悩みであるが、どうしても複数のプロジェクトが同時に進んでいたり、チームメイトが複数のプロジェクトをまたがって担当している場合にうまくいかない場面が出てくる。しかし、本書ではスクラムをスケールさせるいくつかの考え方にも触れている。

  • Less
  • Nexus
  • SAFe
  • Scrum@Scale
  • Disciplined Agile

本書の触れ方だと詳細の考え方がわからないので、追って深掘りしてみたい。

後半では、いくつかの日本の大手企業のスクラム導入の様子やインタビューを掲載している。これまで触れてきたスクラムやアジャイル関連の書籍はどれも海外の著書で、そのため、例も海外のものが多かった。本書は日本の企業がスクラムを導入例に数多く触れている点が新鮮である。

スクラムやアジャイルに対してまた新たな気づきを与えてくれた。

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「ゆえに、警官は見護る」日明恩

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
都内で自動車のタイヤの中で死体を焼く事件が連続して起こる。新宿署の留置管理課の武本(たけもと)と、警視庁の潮崎(しおざき)警視はそれぞれの立場から事件解決に関わる。

それでも、警官は微笑う」に始まるシリーズ第四弾である。今回は潮崎警視と武本の直接の絡みは少ない。連続殺人事件の捜査本部に潮崎警視が参加し、その捜査本部のできた新宿署の留置管理課に武本が勤務しており、そのわずかな接点が物語解決の糸口となっていくのである。

潮崎警視の監視役として抜擢された、正木星里花(まさきせりか)巡査と同じく監視役として選ばれた宇佐見(うさみ)巡査部長の存在が物語を面白くしている。警察という指揮系統を重んじる組織の中で自由に行動する潮崎と宇佐見(うさみ)の言動に振り回され辟易しながらも、正義感と事件解決に貢献したいという情熱を持って行動する様子が面白い。

また、武本が終始、留置管理課勤務ということから、留置場の勤務の様子や規則が描かれる。自殺防止の観点から、ふとんのかけかたや使うボールペンまで決められているというのは本書を読んで初めて知った。

潮崎(しおざき)、正木(まさき)、宇佐見(うさみ)が、監視カメラのチェックという退屈な作業に取り組む中で少しずつ真相に近づいていく。そしてその過程で3人の間で繰り返し様々な様々な会話がされる。それぞれの異なる視点からの警察や事件や人生に対する意見が興味深い。もっとも印象的だったのは、潮崎と宇佐見(うさみ)の言葉である。

「武本先輩も宇佐見くんと同じで、物差しが一つなんです。だからぶれない。まあ、二人とも、さぞかし生きづらいなだろうと思いますが」
「同じ物なのに、そのつど違う物差しで測っていたら、正確な長さがわかるはずもない。」

今回も自由な潮崎の自由な発想と、武本(たけもと)の職務に実直な姿勢が詰まっていて、改めてぶれない生き方の格好よさを感じさせてくれる。

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