「名残り火 てのひらの闇II」藤原伊織

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
堀江(ほりえ)の同僚の柿島(かきしま)が集団暴行を受けて死亡する。不信に思った堀江(ほりえ)が事件を探るうちに不信な点が見えてくる。
藤原伊織(ふじわらいおり)の遺作となった本作品。実際あとがきには本編の第8章まで著者校正を入れた、と書いてあるからなんともやるせない。
さて、内容はというと、本作品はタイトルからもわかるとおり「てのひらの闇」の続編として位置づけられている。「てのひらの闇」を読んだのだすでに2年以上も前の話で、同じく藤原伊織作品でお気に入りの一つでもある「シリウスの道」とかなり主人公のキャラクターがかぶっているため思い出すのにかなり時間がかかったが、歯に衣着せぬ物言いと、乱暴なバイクの運転が個性的なバーのオーナーのナミちゃんや、堀江(ほりえ)の元部下で行動力のある大原(おおはら)の振る舞いに触れるうちにぼんやりと思い出してきた。
とはいえ、本作品を楽しむ上で必ずしも前作品を読む必要はなく、本作品から入った人でも十分に楽しめるだろう。事件の真相に迫るにつれて、コンビニ業界の内部事情に話が及ぶ点も面白い。
例によって人を引き込むその物語と、読者を魅了する登場人物たちによって、改めて、藤原伊織の作品がこれ以上新しく世に出てくることがないことを残念に思うのである。
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「ひまわりの祝祭」藤原伊織

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
自殺した妻と瓜二つの女性と出会った秋山(あきやま)は、その後、数人の男たちに監視されていることに気付く。それは亡くなった妻が残した謎に拘わることだった。
本作品はゴッホの作品を物語の鍵として扱っている。秋山(あきやま)やその亡くなった妻も美術に造詣が深く、おのおののエピソードには、ゴッホだけでなく、多くの画家の名前や、用語がちりばめられている点が、非常に面白く、その方向に興味のある人には物語の面白さをさらに深く味わえるのではないだろうか。
物語は藤原伊織の作品らしく、年配の少し浮世離れした男性を主人公として扱っていて、その生きかたがまたかっこよく、思春期を過ぎた僕らに「まだまだこれからだ」と思わせてくれるような力がある。
前回読んだ「シリウスの道」があまりにも傑作だったために、本作品は読む前にハードルが上がりすぎていた感があるが、悪くないできである。

人間を動かす要素は三つあるそうです。カネ、権力、それに加えて、美。つまり欲望の要素ですね。だけど、僕はその逆もあるんじゃないかと考えた。この時代、人はまだ誠実によって動かされることがあるかもしれない。
コルサコフ症候群
側頭葉のウェルニッケ野の機能障害によって発生する健忘症状である。(Wikipedia「コルサコフ症候群」
デ・クーニング
20世紀のオランダ出身の画家。主にアメリカで活動した。抽象表現主義の画家で、具象とも抽象ともつかない表現と激しい筆触が特色である。(Wikipedia「ウィレム・デ・クーニング」
アーシル・ゴーキー
20世紀のアルメニア出身のアメリカの画家。(Wikipedia「アーシル・ゴーキー」
国吉康雄
洋画家。岡山県岡山市中出石町(現・岡山市北区出石町一丁目)出身。 20世紀前半にアメリカを拠点に活躍、国際的名声を博した。(Wikipedia「国吉康雄」
アンドリュー・ワイエス
アメリカン・リアリズムの代表的画家であり、アメリカの国民的画家といえる。日本においてもたびたび展覧会で紹介され、人気が高い。(Wikipedia「アンドリュー・ワイエス」

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「シリウスの道」藤原伊織

オススメ度 ★★★★★ 5/5
辰村祐介(たつむらゆうすけ)が勤める大手広告代理店の京橋第十二営業局に、わけありの18億のコンペの話が舞い込んできた。辰村(たつむら)は部長の立花英子(たちばなえいこ)や新入社員の戸塚英明(とつかひであき)らと共に 案件受注のためにチームを作って年明けのプレゼンの準備に動き出す。

注目度の割りに大した内容でなかった「テロリストのパラソル」によって、少し敬遠していた藤原伊織であるが、先日「てのひらの闇」を読んで少し見方が変わった。本作品は「てのひらの闇」と同様に知性と野性味を合わせ持つ中年のサラリーマンをメインに据えている。派手な事件や大きなテーマはなく、訴求力のあるキャッチコピーは似つかわしくないが、個性的で魅力ある作品に仕上がっている。

物語の大部分を占める広告代理店のオフィスの様子は、作者である藤原伊織の電通社員時代の様子をかなり忠実に描いているのだろう。仕事でプレゼンに取り組むことのある読者なら、本作品で描かれている駆け引きや考え方が、経験無しに描かれたものでないことはすぐにわかるはずだ。

宣伝部長レベルでは問題がないとしても、もし社長がプレゼンに出席せず、彼が決定権者であるのなら不安は残る。説明者がそれほどの説得能力を持つとは思えない。こいう場合、ビデオコンテの威力は大きい。ただ、完成CMとの演出落差が諸刃の剣にもなりかねない…

本作品でメインとして扱っている18億のコンペは、大手家電メーカーの証券業務への進出のためのプロモーションという内容である。物語の時代設定が3,4年前であるため、今ほどFXやインターネットによるネットトレードも盛んではなく、プロジェクトに参加するメンバーの多くがホームトレード未経験者であるため、それを勉強しながら効果的なプロモーション案を模索していく姿が面白い。参加メンバーがそれぞれ得意分野を披露しながらプロジェクトを一つにまとめていく姿に、起業の理想形が見える。同時に、大企業ゆえに部署間の諍いや、契約社員蔑視、立場を利用したセクハラ。営業という職種ゆえの矛盾や葛藤。組織の中で仕事をする上で起こるであろうあらゆる要素が巧く取り入れらている。

個人の思想信条に反した政党や宗教団体を担当する営業、安全確認を怠った製品を平然と提供する企業の担当、個人的には品質や価格に疑問を持ちながら、それでも優れた商品やサービスだと強弁せざるを得ないケースなら頻繁に遭遇する。

個人的には広告代理店ゆえの考え方を特に興味深く読むことができた。

ネット証券にかぎらず、どんな業界でも全体のパイをひろげる戦略をとるケース──ネットでいえば、新規ユーザーの獲得だが──はナンバーワン、それも圧倒的なシェアを持つ企業に限られる
タレント起用の最終決定者はスポンサーであるものの、交通事故を起こした理由がどんなものであれ、119番通報さえ出来ない判断力のタレントを推薦した当事者は広告代理店ということになる。

恐らく辰村(たつむら)などの中堅社員の会話だけで物語を描いたら多くの読者は話に着いていけないのだろう。そこに戸塚(とつか)という新入社員を読者目線に合わせて配置することによって、新入社員の教育模様を描くと共に、読者にも不自然さを感じさせずに業界用語を理解させ、物語を飽きさせないその手法が絶妙である。

また、登場人物達の多くがとても魅力的で、その存在に無駄がない。部長の立花英子(たちばなえいこ)には強く生きる理想の女性像を、新入社員の戸塚英明(とつかひであき)には自分を向上させるための忘れかけていた仕事への持つべき姿勢を見た気がした。

そして、物語はプロジェクトと平行して、辰村の25年前に分かれた2人の親友明子と勝哉とのエピソードにも絡んでくる。少年時代の回想シーンを効果的に交えることで、大手代理店の華やかな展開と、昭和のどこかさびしい風景をそれぞれ際立たせているようだ。辰村(たつむら)の新人戸塚(とつか)に対する助言の数々は、自己啓発本としてもオススメできそうである。世間の仕事に悩める人が「〇〇の仕事術」といったタイトルの内容の薄い本に2,000円も出そうとしているなら、この作品を読むことを勧めるだろう。著者の経歴を凝縮して、見事に小説という面白さに変えた作品である。

スポットCM
タイムCMの対義語で、番組と番組の間に放送されるステーションブレイクと、タイムCMのあとに放映される場合やタイムCMに紛れて放映される場合のあるパーティシペーションを指す。
タイムCM
番組枠と一体のものとして扱われるコマーシャル枠、およびその枠内で流されるコマーシャルのこと。番組提供スポンサーのコマーシャル。
カルトン
商業店舗、金融機関等で 現金や通帳、カードを乗せる時に使う受け皿。
メセナ
元々は芸術文化支援を意味するフランス語。現在は主に、教育や環境、福祉なども含めた「企業の行う社会貢献活動」として使用されている。
カバードワラント
株式や株価指数オプションなどを証券化した金融商品で、株式を一定期日に一定価格で買い付け、同様に売りつける権利を扱ったもの。株式投資よりも小額で始められることに加え、値動きが大きいために、ハイリスク・ハイリターン傾向があることが特徴となっている。
景表法
当表示を規制することによって、事業者間での公正な競争を確保し、一般消費者の利益を確保するために制定された法律。商品そのものではなく不当に豪華な景品をつけることによって消費者に物を買わせようとする手段の規制も定められている。
GRP
「Gross Rating Point(延べ視聴率)」の頭文字を取った用語。あるスポンサーが10本のテレビCMを出稿した場合、そのテレビCMがそれぞれ放送された時点の毎分視聴率を10本分、単純に足し上げた合算値。
ワンルームマンション税
ワンルームマンションの建築主に税金をかける豊島区の法定外税のこと。正式名称は、「狭小住戸集合住宅税」。 2000年4月に地方一括分権法が施行され、それまで自治相の許可が必要だった法定外税が事前協議制となったことで各自治体が特色ある新税導入を行っているもののひとつ。 2004年から東京都豊島区だけで適用されている。専用面積 29平方メートル未満の部屋が15戸以上で総室数の3分の1以上を占める、3階建て以上のマンションが対象で、建築主から5年間、1戸当たり50万円が徴収される。ただし、建物の戸数が8戸以下の場合には、課税が免除される。(マネー辞典「ワンルームマンション税」
仄聞(そくぶん)
少し耳に入ること。人づてにちょっと聞くこと。
不逮捕特権
現職国会議員は、国会の会期中のみ(参議院議員は例外的に参議院の緊急集会も含む)に認められている特権で、その間は逮捕されることはない。ただし現行犯の場合はこの限りではない。

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「てのひらの闇」藤原伊織

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
20年勤めた飲料会社で希望退職の決まった堀江(ほりえ)は、会長の石崎博久(いしざきひろひさ)から偶然移したビデオ映像をCMに使いたいと打ち明けられるが、CGであるために使えないことを告げる。そして翌朝未明、石崎(いしざき)は自殺した。石崎(いしざき)の死の謎を解くことが堀江(ほりえ)の最後の仕事となる。
藤原伊織の代表作で直木賞受賞作品でもある「テロリストのパラソル」が個人的にそれほど評価できる内容ではなかったので以後敬遠しており、この作品もあまり期待をしていなかったのだが、今回はその予想を良い方に裏切ってくれた。
主人公の堀江(ほりえ)は暴力団の長の息子という異色の経歴を持っているため、企業に籍を置きながらも、企業に属する人たちを客観的に見つめる。そんな堀江(ほりえ)を視点として終始物語が展開するからこそ、企業とそこに関わる人間の在り方がリアルに表現されているのだろう。
信念を持って会社を辞めるもの、経営者が変わってもその企業の中で巧に生き続けるもの。無能と自覚しても家族のために会社にしがみつく者。管理職であるがゆえに路頭に迷うとわかっていながらも年配の社員を解雇する者。

きのう、彼は解雇の件を家族にどう告げたのだろう。社会人として失格の烙印を押された屈辱を、彼は妻にどんなふうに話したのだろう。子どもたちにはどう伝えたのだろう。

パブ効果
「パブリシティ効果」のこと。メディアに取り上げられることによって生み出される宣伝効果。
無配転落
前の決算期末には、配当があったが今期の決算期末では、配当金が支払われないこと。
司法解剖
日本では刑事訴訟法168条1項「鑑定人による死体の解剖」、及び229条「検視」の規定に基づいて、刑事事件の処理のために行う解剖。犯罪死体もしくはその疑いのある死体の死因などを究明するため、検察などの司法当局によって捜査活動の一環として行われることから、こう呼ばれる。
Wikipedia「司法解剖」
行政解剖
刑事訴訟法以外の法律に基づいて処理される事件(行政事件)の処理のために監察医が行う解剖で、死体解剖保存法8条に基づく。法的には家族の承諾がなくても行えるが、24時間以内に医師の診断を受けないで病死した場合に行われる解剖が多い。(Wikipedia「行政解剖」
収益還元法
欧米で主流になっている不動産鑑定評価の手法のひとつ。不動産の運用によって得られると期待される収益=賃料を基に価格を評価する方法。
コルドン・ブルー
1895年にフランス・パリに開校された高級な料理学校。日本では東京(代官山)・横浜・神戸にある。
殺人教唆
人を殺人へとそそのかすこと。
ドゥカティ
イタリアのモーターサイクルメーカーの一つ。 ドカティーとかドカとかドゥカッティとか読む人もいる。車検証ではドカテイ。
MBA
Master of Business Administrationで、日本でいう経営学修士課程。
PhD
Doctor of Philosophyの略語で、博士号のことをいう。
根抵当権
抵当権の一種。普通抵当権が住宅ローンを借りる時など特定債権の担保として設定されるのに対して、根抵当権は、将来借り入れる可能性のある分も含めて、不特定の債権の担保としてあらかじめ設定しておく抵当権のこと。
ロンソン
ライターのメーカー。
参考サイト
Le Cordon Bleu
Yahoo!不動産

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