「北緯四十三度の神話」浅倉卓弥

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大学で研究を続ける姉の菜穂子(なおこ)とラジオのパーソナリティを勤める妹の和貴子(わきこ)。2人は中学生のときに両親を交通事故で失い、妹の和貴子(わきこ)は2年前に恋人を失った。そんな2人の姉妹愛を描く。
回想シーンを交えながら姉の菜穂子(なおこ)目線で物語は進む。和貴子(わきこ)の亡くなった恋人が、菜穂子(なおこ)の元クラスメイトであったことが、二人の間の溝を広げていく。
それぞれ、自分の嫉妬や怒りの原因を探し、時には相手が悪くはないとわかっていてもお互いに怒りをぶつけずにはいられない…。1まわり大きな「大人」になるための大事な葛藤や衝突を本作品は描いている。
印象的なのは、自分の本当にやりたいことを見つけるために、自分の名前の書いたおもちゃ箱の中からいらないものを一つずつ捨てていって最後に何が残るか考える、という行動だろう。僕の場合、一体何が残るだろうか…。
人に嫉妬したことのない人などいない、人に八つ当たりしたことの人などいない。嫌な感情で、出来ればしたくない振る舞いだけど、きっとそういう行動をして、そんな行動を後悔して受け入れて、他人のそんな行動を許せる、優しく諭せる大人になるのだろう。
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「水の時計」初野晴

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
暴走族の幹部だった高村昴(たかむらすばる)は、暴行事件の罪を逃れる代わりに脳死状態の少女の臓器を、それを必要としている人に運ぶ役目を受ける。
物語は6章で構成されている。章ごとに視点が異なり、最初と最後はそれぞれ昴(すばる)視点で展開する。昴(すばる)視点に立った展開では、彼の言動からは、世の中に絶望して周囲に当り散らす、礼儀も知らない若者にしか感じられなかったが、章を追って、視点がその周囲の人間に移るにつれて、昴(すばる)の悲しい過去や、辛く強い生き方が見えてくる。
物語は一章で、昴(すばる)が脳死状態の少女と対面することで大きく動き出す。脳死判定、臓器移植法、未だ日本の中では結論を見ない問題に本作品も踏み込んでいく。
そして第二章から視点は臓器を必要としている人、不公平な病気に苦しんでいる人に移る。不明熱、白血病、すい臓がん、そして、そんな不公平な不幸から逃れたいという思いにつけこむ悪意ある人間達。人の気持ちや葛藤、社会問題をバランスよく織り込みながら物語は展開していく。
物語が進むにつれ、昴(すばる)の過去が見えてくる。自分ではどうしようもできない社会の偏見という壁に未来を阻まれ、それでも自分には誠実に生きようとする姿。強くなりたくて強くなったのではなく、彼が生きるためには強くならなければならなかったのだ。

あのときの彼は、いったい誰に相談したらいい?お金がないと、どうして口にできよう?世間の不運にくじけず二本の足で立ってきたプライドはあるのだ。どんなにつまらないプライドでも、それがあるからこそくじけずにいられたのだ。

そしてそんなテーマをさらに掘り下げるのが、脳死状態の少女、葉月(はづき)の存在である。

もしこの世に神様がいるとしたら、人間が作り出したあんな理不尽な死の形をきっと嘆くだろう。死に続けるという矛盾。ピリオドが訪れない死。自然の摂理から外れてしまった死。

昴(すばる)の絶望的で悲しい世間に対する視線。こんな人間の気持ちさえも理解できる人間になりたいものだ。社会問題や死生観について改めて考えさせられただけでなく、人々の織り成すドラマにもたっぷり涙させてもらった。


竹内基準
脳死の判定基準。
糸球体
腎臓内に存在し、血液内の有形成分とタンパク質をろ過し、原尿を生成する器官。(Weblio「糸球体とは」
ケルト神話
アイルランド、ウェールズのケルト人に伝わる神話群。(Wikipedia「ケルト神話」
レストレスレッグ症候群
身体末端の不快感や痛みによって特徴づけられた慢性的な病態。(Wikipedia「むずむず脚症候群」

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「オーデュポンの祈り」伊坂幸太郎

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
コンビニ強盗を試みて逃亡の身となった伊藤(いとう)は小さな島に辿り着いた。そこは少し変わった人々と言葉を喋るカカシがいた。帰ろうとしても逃亡生活が待っている伊藤(いとう)はしばらくこの島で生活することにした。
序盤から伊坂ワールド全快である。どこかで伊坂幸太郎を小説界のシュールレアリストと称していたがまさにその言葉のとおり現実感の薄い物語。前々から伊坂幸太郎の紡ぐ物語と僕の読書に対して求めているものとのギャップは感じていたのだが、先日たまたま手に取った「魔王」が思いのほか良く、再び彼の作品を読んでみようとおもっての本作品だったのだが、ページをめくる手は遅くなるばかり。
物語はその見知らぬ不思議な島で展開していく。1人(?)のカカシの言葉を信じて島から出ようとしない人々の言葉は、時に人々が忘れかけている幸せの形や、しばしばフィルターを通してみている真実を、端的にあらわしている。
個人的に印象的だったのは、生まれながらに足の不自由な人間を見ながら、島のペンキ塗りが言う言葉。

あいつを見るといつも思う。俺はまだマシだって。俺は普通に歩けている。あの男が、奇跡でも起きないかと祈っている願いが、俺にはすでにかなっている。

伊藤(いとう)が島に着てから少しずつ起こる変化。そして島に伝わる言い伝え。

ここには大事なものが、はじめから、消えている。だから誰もがからっぽだ

多くのものが足りないように感じられるにもかかわらず、あえて一つ挙げようとするとその答えがわからない。その答えを島の人々は、島の外から来た伊藤(いとう)に期待する。

人に価値などないでしょう。ただ、たんぽぽの花が咲くのに価値はなくても、あの花の無邪気な可愛らしさに変わりはありません。

印象的な言葉をいくつか得ることができたものの、全体として評価すれば、この長い布石が最終的な結末に対して必要だったのか疑問を感じてしまう。このあたりが感覚の違いなのだろう。また機会があったら別の作品も手にとってみたい。

支倉常長
江戸時代初期の仙台藩士。伊達政宗の家臣。慶長遣欧使節団を率いてヨーロッパまで渡航し、ローマでは貴族に列せられた。(Wikipedia「支倉常長」
リョコウバト
北アメリカ大陸東岸に棲息していたハト科の渡り鳥。鳥類史上最も多くの数がいたと言われたが、人間の乱獲によって20世紀初頭に絶滅した。(Wikipedia「リョコウバト」
ジョン・ジェームズ・オーデュポン
アメリカ合衆国の画家・鳥類研究家。(Wikipedia「オーデュポン」

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「白夜街道」今野敏

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
警視庁公安部の倉島(くらしま)警部補は、元KGB所属のロシア人ヴィクトルが日本に入国したという情報を得る。
物語は「曙光の街」の5年後という設定である。「曙光の街」のエピソードの中で、ヴィクトルの強さを肌で感じ、平和に見える日本の中でも、裏では命をかけたやりとりがあり、だからこそ公安という仕事の必要性を肌で感じた倉島(くらしま)が、5年を経て成長した姿を本作品で見ることができる。
本作品でも物語の視点は主に、ヴィクトルと倉島(くらしま)で展開していく。前作では、日本を舞台にした闘いや本当の強さにあこがれる男達の人間物語であったが、本作品の半分近くがロシアでの物語りとなっていて、僕ら日本人にはあまりなじみのないロシアの文化や、その周辺国の歴史を中心に進められているため、ロシア、中央アジアの歴史、文化などに興味をかきたてられる作品に仕上がっている。
ヴィクトルと倉島(くらしま)、お互い多くの人間と同じように、自分の良心に背かないように生きていこうとしながらも、その生まれ育った国や文化が異なるために異なる考え方をするその人生の差と、その2人が合間見えて何かを感じ合う展開がこのシリーズの魅力なのだろう。
そしてロシアと日本を比較することで、日本にある安全がかならずしも永遠に続くものではない、言い換えるならいつ終わってもおかしくない貴重なものであることを訴えてくる。

すべての人々は平和で安全な日常の中で暮らす権利がある。だが、その日常は実に危ういバランスの上に成り立っていることを、倉島はすでに知ってしまった。

ただ、前作を読んでない読者にはやや理解しにくいのかもしれない。


バラ革命
2003年にグルジアで起こった、エドゥアルド・シェワルナゼを大統領辞任に追い込んだ暴力を伴わない革命。(Wikipedia「バラ革命」
オレンジ革命
2004年ウクライナ大統領選挙の結果に対しての抗議運動と、それに関する政治運動などの一連の事件の事。(Wikipedia「オレンジ革命」
ペチカ
ロシアで普通のスタイルの暖炉を想定しつつその全般を指す。日本では、特にロシア式暖炉のことをいう。(Wikipedia「ペチカ」

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「TENGU」柴田哲孝

オススメ度 ★★★★★ 5/5
第9回大藪春彦賞受賞作品。
死を目前にした元警察職員の依頼によって、ジャーナリストの道平(みちひら)は、26年前に群馬県沼田市の村で起きた連続殺人事件に再び向き合うこととなる。天狗の仕業とされたその事件の真犯人は誰だったのか、そして、何かを知っていたはずの目の見えない美しい女性はどこへいったのか。
舞台となる沼田市は、天狗の伝説が伝わる村。だからこそ常に天狗の影が背後にちらつく。
本作品中では26年の時を隔てた物語が交互に展開していく。事件当時、まだ新聞記者の駆け出しだった道平(みちひら)が取材の中で遭遇した出来事の回想シーンと、現代の再び事件の真相を突き止めようとするシーンである。回想シーンでは、現場に残された凄惨な死体と大きな手形。人間がたどり着くことのできない場所に放置された死体によって、何か未知の生物の存在を感じさせると共に、ベトナム戦争末期という時代背景も手伝って、大きな陰謀の気配さえも漂う。ゴリラやオランウータンのような獣の仕業なのか、アメリカがベトナム戦争のために遺伝子操作で作り出した兵器なのか。枯葉剤によって生まれた奇形児なのか。それとも本当にそれは天狗の仕業なのか…。
現代の真実に少しずつ近づいていく様子ももちろん面白いが、回想シーンの中の展開についても先が気になって仕方がない。そして、そんな凄惨な物語に彩りを添えているのは、その村に住んでいた目の見えない美しい女性、彩恵子(さえこ)の存在である。
マタギなどの日本の伝統的な習慣から、ベトナム戦争、遺伝子操作やDNAなどの最先端の生物学から人類学まで、物語の及ぶ範囲は実に広く、それでいてじれったさを感じさせない。そして極めつけのラストでは多くのものを改めて考えさせてくれる。人間の尊厳とは何なのか、社会の倫理とは、人権とは…。

もしこの世に神が存在するとするならば、なぜあれほどまでに過酷な運命を背負う者を作りたもうたのか。

そして僕らに問いかける。僕ら人間は世の中のすべてを知っているのか、多くの研究者達が説明した真実が、本当の真実なのか…。

イリオモテヤマネコは先進国日本のあれほど小さな島で、あの化石動物は1965年まで誰にも発見されることなく隠れ住んでいたんだ。

年末迫るこの時期。もう今年は鳥肌が立つような本には出会えないと思っていたが、このタイミングでいい読書をさせてもらった。


シャム双生児
体が結合している双生児のこと。(Wikipedia「結合双生児」
モルグ
死体置き場という意味。
参考サイト
Wikipedia「イリオモテヤマネコ」

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「シャイロックの子供たち」池井戸潤

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
都内の銀行の支店で起こるできごとを描いた物語。
他の池井戸潤の作品と同様に本作品も銀行を舞台としている。本作品は短編集の形を取っているが、各章でそれぞれ別の行員の視点から眺めているだけで、全体として物語はつながっている。支店長になるために部下に檄を飛ばす副支店長、良心に従うために上司に反抗する若手行員。支店の稼ぎ頭など、銀行という閉鎖的な世界で生きる人々を描く。
10章で構成されているため10人の銀行員の視点で描かれる。それぞれが銀行というシステムの中、それぞれの価値観で生きている。他人から見ればそれは、「悪」だったり「見栄」だったり、「嘘」だったりしても、本人にはそこにしがみつかなければいけない理由があるのだ。それぞれの生き方について「こんな生き方、考え方もあるのか・・・」とその存在を肯定的に受け入れることができれば本作品を読む意味は大きいだろう。

銀行という職場では上司に逆らったら負けだ。

本作品と同様に「銀行を中心とした、多くの人間物語が作品を通じて感じられたらいい」そう思っていて、それ以上の期待をしていたわけではないのだが、本作品は少し予想を裏切ってくれた。物語を読み進めるうちに全体を包みこんでい不穏な空気に、次第に飲み込まれていってしまった。

君たちのおかげで、少なくともこの家にいるとき、ぼくはずっと幸せでした。

シャイロック
シェイクスピアの「ヴェニスの商人」に登場する人物。悪辣、非道、強欲なユダヤ人の金貸し。

【楽天ブックス】「シャイロックの子供たち 」

「クーデター」楡周平

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
日本海の北朝鮮領海付近でロシア船が爆発炎上したのとときを同じくして、正体不明の武装集団が能登で警察車両を銃撃した。戦場カメラマンの雅彦(まさひこ)とその恋人でジャーナリストの由紀は、真実を知るため、そしてそれを伝えるために現場へ急行する。
まず最初に思ったのは、これは過去読んだ楡周平作品とはやや異なるということである。たとえば「フェイク」「再生巨流」などは、会話が多く、とにかく読みやすく、それによって物語の中に一気に引き込まれる作品であったのだが、本作品の序盤には、ややじれったささえ感じるほどに、兵器などの緻密な描写が続き、さらに視点も多くの登場人物の間で移り変わっていた。しかし、逆にそれが、全体的にこれから何かが起こるという不穏な空気を感じさせていったのだと思う。(もちろんそれは「クーデター」ということはタイトルからも想像がつくのだが。)。
序盤は潜水艦が登場することもあって、そのめまぐるしく変わる視点や自らの死を察する瞬間の兵士たちの描写は福井晴敏の「終戦のローレライ」を思い起こさせる。そしてテーマに関しても平和な国で生きているがゆえに、自分の身を守ることに危機管理能力のない人々として日本人は描かれていて、これまた福井晴敏の「亡国のイージス」を連想してしまった。
また、メディアが人々に与える影響の大きさや、伝えるべきことと、視聴者が求めるもののギャップ。メディアも視聴率あってのものだけに、抱く現場の人間達の葛藤。このあたりは真山仁の「虚像の砦」や、野沢尚の「破線のマリス」「砦なき者」などと通じるものがある。
そして楡周平は、クーデターを物語の中とはいえ起こすことで、現在の自衛隊の無能さ、そして自衛隊を役に立たないものとした、政治家達の無能さを真実味を帯びた形で読者に見せてくれる。

「それでは突発的な侵略行為があった場合にはどうするのだ。敵が攻めてきてから弾を作り始めたって間に合うわけがないだろうが。一体全体こんな馬鹿げたシステムを作り上げたのはどこのどいつだ!」
(他ならぬお前達政治家じゃないか。)

多くの要素や矛盾、葛藤など、僕が好むあらゆるものが取り入れられている気がするが、残念なのは、最後の結末への流れだろうか。ここまで盛り上げたのだから最後はそれ相応の結末を用意して欲しかったというのが正直な感想である。


略最低低潮面(ほぼさいていていちょうめん)
これより低くはならないと想定されるおよその潮位である。海図に示される水深は、この略最低低潮面を基準面としている。また、領海や排他的経済水域は、潮位が略最低低潮面にあるときの海岸線を基線とする。(Wikipedia「略最低低潮面」
領海
沿岸国の基線(潮位が略最低低潮面であるときに表される海岸線)から最大12海里までの水域。(Wikipedia「領海」
排他的経済水域
国連海洋法条約に基づいて設定される経済的な主権がおよぶ水域のことを指す。沿岸国は国連海洋法条約に基づいた国内法を制定することで自国の沿岸から200海里(約370km<1海里=1852m>)の範囲内の水産資源および鉱物資源などの非生物資源の探査と開発に関する権利を得られる。その代わりに、資源の管理や海洋汚染防止の義務を負う。(Wikipedia「排他的経済水域」
ホーカーシドレーハリアー
イギリスのホーカー・シドレー社が開発した世界初の実用垂直離着陸機。(Wikipedia「ホーカーシドレーハリアー」
プエブロ号事件
1968年にアメリカ合衆国の情報収集艦が朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に拿捕された事件。(Wikipedia「プエブロ号事件」
マーシャラー
空港や軍用飛行場、航空母艦などで両手に持った黄色のパドルまたはライトスティックを使い、着陸した航空機を駐機場(スポット)やハンガーに誘導(マーシャリング、marshalling)する専門職のこと。(Wikipedia「マーシャラー」

【楽天ブックス】「クーデター」