「ゆれる」西川美和

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
母の一周忌のために猛(たける)は兄、稔(みのる)のいる田舎に戻り、そこで幼馴染だった智恵子(ちえこ)と再会をする。3人で出かけた際に起きた智恵子(ちえこ)の死という出来事によって、猛(たける)と稔(みのる)という仲のいい兄弟の間に今までと違う空気が流れ始める。
オダギリジョー主演で映画化されて高い評価を得ている「ゆれる」の原作である。と言っても、映画を監督した西川美和による著なので、その内容はほぼ完全に映画と重なる。すでに本を読む2日ほど前に映画を見ているので、物語中の文字に心の中に残っている映像を重ねながら読み進めることができた。
タイトルのとおり、ある出来事を期にゆれる2人の心がなんとも怖く描かれている。幼い頃から優しかった兄、稔(みのる)。弟の猛(たける)もずっと感謝をしていた。優しかった兄が自慢だった。でも、本当に兄は僕に優しかったのか。妬んだり、嫌ったりしたことはなかったのか。自分は本当に兄に感謝していたのか、うっとうしく感じたり、そんな自分を抑えた生き方をしている兄を蔑んだりしていなかったのか。
僕自身も、3人兄弟の真ん中として育ったから、兄弟の間に起こる妬みなどはよくわかる。そして、兄弟の中で「自分だけが両親に愛されていないのじゃないか」という気持ちも。

兄はその冷たさを、その不快さを、感じることがないのだろうか。むしろそういった不快さを常に体に追いながら生きるのが兄の「自然」なのか。
これまで兄が全く怒りの感情を持たないかのようであったことを不思議にも思い。時には苛立ちさで感じながらも、その一方で去勢された不能者を見るような悪趣味な愉悦感を覚えてきた。

この物語中で描かれているそんな複雑で落ち着きどころのしらない心の揺れは決して特別なものでもなく、なにか突発的な出来事が起こったからという理由で、必ずしも引き起こされることではなく、どんな人でも心の中に、抱え、それでも表面上は隠して生きている、そういう類のものなのだ。
とはいえ、個人的には最後の猛(たける)の心を、もう少し説得力を持って描いてほしかった。きっと著者の中では明確な理由を持って説明できていることなのだろうが、読者としてはいまいち納得しかねる、といった印象。それでもこういう人間の感情を描ける著者は自分の知る限り数えるほどなので、その点は評価したい。一般的には映画のほうが小説より評価されているようだが、両方あわせてその世界に浸ることをお勧めする。
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「警察庁から来た男」佐々木譲

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
北海道県警に警察庁から特別監査が入った、監察官であるキャリアの藤川警視正は、監察の協力者として、半年前に北海道県警の裏金問題を証言した津久井(つくい)刑事を指名する。
舞台は「笑う警官」の半年後である。目線は監察官の協力者を努める津久井(つくい)と、別方面の捜査から、道警内部に疑いの目を向ける佐伯(さえき)、新宮(しんぐう)を基本として、物語は展開される。
前作品「笑う警官」を読んだときも感じたのだが、実は「笑う警官」の一個前の作品が存在して単に自分がその作品を読んでいないだけではないか?という疑問は本作品を読んでいる際も感じた。それは、言い換えるなら、この作品の登場人物の過去がそれだけリアルに描かれているということなのかもしれない。
「笑う警官」でも活躍した女性刑事小島百合(こじまゆり)巡査は本作品でも登場し、その、一般的な刑事とは違ったスキルを披露して真実の究明に貢献する。その描写からは間違えなく自分が好む燐とした女性像が想像でき、僕にこのシリーズを好きにさせた大きな要素である。
また、新人警察官の新宮(しんぐう)の成長も注目である。本作品で一つの忘れられない経験をした彼が今後どうやって一人前の刑事になっていくのか。

「おれたちは、骨の髄まで刑事だよな。ただの地方公務員とはちがうよな」
「おれたちは、刑事です」
「目の前にやるべき事件があり、しかもおれたちが解決できることだ。こいつを組織に引き渡すなんて真似はやるべきじゃないよな」
「そのとおりです」

本シリーズの魅力はやはり、その捜査の様子に違和感がないことだろうか、もちろん素人意見ではあるが、不自然な捜査や信じられないような偶然が起きたりしないから、リアルな警察官を感じられる。読者によっては物足りないと思う人もいるかもしれないが個人的には支持したい。

エドウィン・ダン
明治期のお雇い外国人。開拓使に雇用され、北海道における畜産業の発展に大きく貢献した。(Wikipedia「エドウィン・ダン」

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「ブレイクスルー・トライアル」伊園旬

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第5回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作品。
門脇(かどわき)は久しぶりに再会した旧友、丹羽(にわ)の誘いにより、ブレイクスルートライアルというセキュリティ会社が企画するとある施設への浸入コンテンストに参加することを決意する。ともに人には言えない過去を抱えながら、最新の防犯技術を備えた施設への侵入を試みる。
「浸入」を目的として話は展開するから、そこには多くのセキュリティ技術について触れられている。指紋認証や静脈認証がそれである。それぞれのセキュリティシステムの長所や短所にも触れられている点はいろんな興味を掻き立ててくれるかもしれない。
物語としては、門脇(かどわき)を中心とした視点のほかに、その施設への侵入、もしくはたまたま居合わせたいくつかのグループへと移るが、いずれもその描写は感情移入できるレベルとは言い難く、個人的には、どれか一つに絞ってもっと詳細な成長過程などまで描いて欲しかったと感じている。
また、本筋の施設への浸入のくだりも、読んでて手に汗握るというレベルとは程遠く、全体的には、現代のセキュリティシステムに関する描写に適当に登場人物と物語を肉付けした、というレベル。
正直、この作品と言い「パーフェクトプラン」といい、この「このミステリーがすごい!」という賞自体に疑問を感じさせる内容であった。ひょっとしたら審査員達が「新しくなければならない」「ミステリーでなければならない」などのように、何か間違った方向の意識に縛られているのではないだろうか。

アリステア・マクリーン
スコットランドの小説家。スリラーと冒険小説で成功した。『ナヴァロンの要塞』で最もよく知られている。(Wikipedia「アリステア・マクリーン」
ギャビン・ライアル
イギリスの冒険小説・スリラー小説家。(Wikipedia「ギャビン・ライアル」
ジャック・フットレル
アメリカのジャーナリスト・小説家・推理作家。1912年タイタニック号の遭難事故で死亡。(Wikipedia「ジャック・フットレル」

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「フレンズ シックスティーン」高嶋哲夫

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
15歳のアキの目の前で、親友ユキの父親と妹の優子(ゆうこ)は、暴力団の抗争に巻き込まれて死亡した。親友のユキは心を閉ざし言葉を喋らなくなった。アキは友人の3人と「親友のユキのために自分たちにできること」を探し始める。
15歳という、肉体的には成熟しながらも、精神的には不安定な、アキを含む4人の友人たちの行動が興味深い。それは読者の予想通り、少しずつ間違ったほうに進んでいく。(「間違っている」という考え方自体、僕らの主観的意見に過ぎないのだが)。
何をすればユキは再び喋るようになってくれて、幸せになるのか、そして自分たちは?。若いからこそ、何をすればいいかわからないけど何かをせずにはいられない。冷静にならなければいけないとわかってても心の中に沸き起こる感情に抗うことができない。
それは単純に友人に対して起こった悲劇に対する怒りからだけでなく、不条理な世の中に対する思いや、やりきれない自分に対する怒りの捌け口へと変わっていくようにみえる。
以外だったのは、最後まで読んでも、著者である高嶋哲夫の結論的なものが見つからなかったということだ。そういう点で、過去読んだ彼の作品「ミッドナイトイーグル」や「イントゥルーダー」とはやや異なる印象を持つとともに、結局、この作品はどういう意図で書かれたのだろう?、といった、少々もやもやしたものを感じている。
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「当確への布石」高山聖史

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
犯罪被害者救済の活動を続けてきて、自らも心に傷を持つ大原奈津子(おおはらなつこ)は衆議院統一補欠選挙への立候補を決める。その仲間達と当選するために奔走する姿を描く。
選挙の内側が見える作品である。多くの人がすでに認識しているとおり、有権者の心はきまぐれである。政策や候補者の人柄によって決まるのであれば日本はもっと過ごしやすい国になっているのかもしれない。
本作品でも奈津子(なつこ)たちはそのきまぐれな有権者にどう訴えるかを考える。補欠選挙という注目を集めにくい状況をどう利用するか。
そして、政治という多くの利害が絡むことだからこそ、メディアへの対応方法や候補者同士の駆け引きも一歩間違えれば致命的となる。そして本作品をさらに一味変わったものにしているのが、対立候補と決裂した森崎啓子(もりさきけいこ)という女性の存在である。彼女が支持した候補は必ず当選するという実績を持つ。その森崎が奈津子(なつこ)の街頭演説の場に頻繁に現れるようになる。彼女の目的はなんなのか。
そんな選挙の描写に加えて、奈津子(なつこ)が犯罪被害を救うことをスローガンに掲げていることから、犯罪者と被害者に対する日本の状況と、進んでいる海外の状況などにも触れられている。

患者が再犯したのは、医師としてのミスではない。先進資本主義国のなかにあって、精神障害犯罪者を処遇する施設が存在しないのは唯一、日本だけなのだ。

物語の面白さと社会的背景、そして登場人物の魅力まで満足の行く作品だった、加えて、こうやって多くの仲間達と一つの目的に向かう姿に憧れを感じさせてくれた。

辻立ち
街を練り、人が聞いてくれそうな辻に立って挨拶をすること。
シャペローン
イギリスにおいて被害者に対する支援活動を行う警察官
参考サイト
Wikipedia「補欠選挙」

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