「マチネの終わりに」平野啓一郎

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
クラシックギタリスト蒔野聡史(まきのさとし)とジャーナリスト小峰洋子(こみねようこ)はあるコンサートをきかっけに出会い恋に落ちていく。そんな40代の恋愛を描く。

40代の男女を描くと言う恋愛物語としてはやや年配の人間を主人公としているが、恋愛の始まりの初期に起こりがちなすれ違いや、相手の想いを想像して悩む葛藤が起きることに年齢による違いはないようで、本書でもそんな蒔野(まきの)と洋子(ようこ)の思い悩む様子がそれぞれの視点から描かれている。

また、蒔野(まきの)がクラシックのギタリストであることから、さまざまな曲名や作曲者名が登場するのとあわせて、音楽で生計を立てていく人々の悩みもみて取れる。同じように洋子(ようこ)もバグダッドに赴任する国際ジャーナリストであることから、厳しい戦場の様子が描かれる。

お互いを想いつつ、自らのキャリアや仕事の都合などのさまざまな要因がからんでなかなか会ったり想いを伝えることができない、そんなすれ違いが続いていくのである。そんななか物語の根底には「未来だけでなく過去も変えられる」というテーマがある。

人は、変えらえるのは未来だけだと思い込んでいる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えているんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。

印象的なのは洋子(ようこ)が幼い頃一緒に住むことのできなかった父親と再開し別々に生きた理由を訪ねるシーンである。

だから、今よ、間違ってなかったって言えるのは。…今、この瞬間。私の過去を変えてくれた今。…

音楽や戦争に関する描写だけでなく感情表現の細かさなど、ありがちな恋愛小説を、深いテーマを込めてを大きくレベルアップさせた一冊。

【楽天ブックス】「マチネの終わりに」

「ある男」平野啓一郎

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
宮城に住む里枝(りえ)の再婚相手大佑(だいすけ)が亡くなった。家族と連絡をとって大佑(だいすけ)は別人であることがわかる。夫は一体誰だったのか、そんな悲しい境遇の里枝(りえ)のために、弁護士の城戸(きど)は、里枝(りえ)の元夫である「ある男」の身元を突き止めようとする。

実は別人だった、という物語はすでに世の中に有名な作品があり、代表的なのは宮部みゆきの名作「火車」だろう。そのようなすでに確立された分野にあえて挑戦する以上、なにか新しい要素がなければならない。本作品はその点に関して、主人公である弁護士城戸(きど)の在日二世という境遇や、結婚生活のなかで少しずつずれていく妻との価値観で個性を出している。その一方で、別人を語っていた「ある男」についての生き方はそこまで掘り下げずに、その生まれゆえの不幸な行き方、と片付けている。

弁護士の城戸(きど)の心情や生活の描写ゆえに深さを感じさせる作品。物語の深さは作家によるもので、平野啓一郎の他の作品にも触れてみたくなった。

【楽天ブックス】「ある男」