「白い巨塔」山崎豊子

白い巨塔

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
国立大学医学部助教授の財前五郎(ざいぜんごろう)が、医者としてのキャリアを築いていく様子を描く。

前半は大学内の教授選、後半は財前五郎(ざいぜんごろう)が巻き込まれた医療訴訟を中心に展開する。

自身が教授に選ばれるため、またその周囲の人間は財前(ざいぜん)を教授にするために、それぞれが様々な人脈を駆使して票を集める様子は、醜くもあるが、学ぶところもあると感じた。どんな人でも、お金や地位や家族の豊かな人生を約束されれば小さな信念など簡単に譲ってしまうのだ。

後半の医療訴訟では、一人の医師が証言している言葉が印象的だった。医師に厳しすぎる判決は、逆に医療の発展を損ねる結果となり、どこまでを誤診と定義するかは、医療の発展に影響する判決なだけに、常に難しさがあると感じた。

全体的に、貧しい家庭に生まれた財前(ざいぜん)が、助教授から教授へと少しずつ医者としての地位を登っていく過程で忙しさも増す中で、傲慢になっていくところが痛々しい。その一方で、自らの信念を全うしたことで医者としての立場を追われた里見(さとみ)教授や、立場に関係なく事実しか証言しない大河内(おおかわうち)教授など、尊敬できる生き方にも触れることができた。

本書の舞台となっているのは昭和30年代とかなり昔だが、技術的にはもちろん、本書で描かれているような、医療の発展を阻みかねない封建制も改善されていると期待したい。

「白い巨塔」といえば過去豪華キャストでドラマ化されており、山崎豊子の最高傑作という印象を持っていたが、おうして実際に読んでみると、一人の傲慢な医者の周囲で起こった出来事に閉じており、「大地の子」「二つの祖国」「沈まぬ太陽」に比べると、登場人物の浮き沈みや、世界の大きな変化など、物語の壮大さはあまり感じなかった。

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「華麗なる一族」山崎豊子

華麗なる一族

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
阪神銀行の頭取である万俵大介(まんびょうだいすけ)とその家族を描く。

長男の鉄平(てっぺい)は関連会社である阪神特殊鋼の専務を務め、次男の銀平(ぎんぺい)は大介(だいすけ)と同じ阪神銀行で働く。面白いのは、家庭教師である相子(あいこ)の存在である。相子(あいこ)は家庭教師として万俵家と関わることになったにも関わらず、今では、万俵家の権力を広げるために、息子や娘たちの縁組みに奔走するのである。そして大介(だいすけ)は相子(あいこ)と妻の寧子(やすこ)と交互に夜を共にするのだ。

そんな複雑に入り組んだ銀行一家を率いる大介(だいすけ)だが、年銀行再編の流れのなかで、業界ランクと10位として、他行に吸収されず、その地位を守ったまま阪神銀行を大きくする方法を模索していく。その過程で銀行間や政治家との駆け引きが詳細に描かれる点が面白い。

山崎豊子の物語は、現実の出来事に対して緻密に調査しそれをフィクションとして作り上げるだけに、本作品も実際に起こったことがベースになっているだろうと考えると面白い。航空業界、報道、医療などについて書いているので次回は医療業界を描いた名作「白い巨塔」を読みたいと思った。

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「二つの祖国」山崎豊子

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
真珠湾攻撃によって日本とアメリカの戦争が始まった。アメリカに住む日系人たちは収容所への移動を強いられる。日本とアメリカの間で翻弄される日系アメリカ人たちを描く。

日系二世の天羽賢治(あもうけんじ)はロサンゼルスにある日本人向けの新聞社で働いていたが、開戦をきっかけに家族とともに強制収容所に収容される。末の弟の勇(いさむ)はそんななか日系人の地位の向上を目指してアメリカ兵として戦争に参加することを決意する。もう一人の弟の忠(ただし)は開戦当時日本で学んでいたために、やがて日本兵としてせんそうにさんかすることになる。そして、賢治(けんじ)自身も自らの日本語能力を活かして戦争に参加し、前線へと送られていく。

戦争中のアメリカに滞在する日系人の複雑な心のうちを描く。あるものは日本に帰国し、またあるものはアメリカへ忠誠を誓うために戦争への参加を志願する。本書のように兄弟で別々の国から戦争に参加したケースが実際にあったかはわからないが、単純に日本とアメリカという国だけでは割り切れない複雑な人間関係があったことは間違いないだろう。

物語の前半はそのように真珠湾攻撃からポツダム宣言および原爆投下の戦争の終結までを描く。そして、後半2冊、日本の敗戦後の東京裁判に費やされる。東條英機を中心とする日本の責任者たちが連合国に裁かれる様子が細かく描かれるのである。

日本語と英語に明るい賢治(けんじ)はその東京裁判に翻訳の正誤をチェックするモニターとして参加する。人の人生にかかわる裁判の過程で、英語と翻訳された日本の微妙なニュアンスの違いに神経をすり減らす賢治(けんじ)の様子に、東京裁判の歴史的重要性だけでなく、むしろ言葉の奥深さを感じさせられる。

只今、肝をmind(精神)と表現しましたが、この場合はもっと強い意味で、will(意思)、intention(意図)、conviction(確信)の方が適役です。

また、真珠湾攻撃にあたって宣戦布告をしないで行った奇襲攻撃である、ということがアメリカ側が戦意向上のために使った話で実際には日本側は真珠湾攻撃に間に合うように最後通告を行っていたこと、11月26日のハルノート自体が実質的な宣戦布告という捉え方があるということなど今回初めて知った。

最後の山場は最終論告と最終弁論である。

被告らは、彼らが自衛のために行動したのであることをしばしば弁明したが、誰一人として日本を攻撃したり、侵略するという脅しを他国から受けたと主張した者はいなかった。

最終論告が自衛のための戦争という主張を否定するのに対して、最終弁論は自衛のための戦争の定義の曖昧さや、その法律の存在に疑問を投げかけるのである。

戦争を犯罪とせず、侵略戦争だけを犯罪として、その計画、準備、開始、実行の行為を犯罪とした場合、それが国際刑法上の原則として容認されるとすれば、侵略戦争と、戦争との限界が明確に示されねばならぬ。

法は共通の義務意識である。刑法はこれを無視すれば罰を受ける義務を伴う共通の義務意識である。政治家はこれまで国際法上の義務に違反すれば、軍法上の刑罰を科せられるという共通の義務意識の下には、その任務を行っていなかったのである。

やがて東京裁判は数人の戦争責任者への判決で幕を閉じる。東條英機を含む戦争の責任者たちが死刑になったことは知識としては知っていたが、このような過程を経て判決が出たことを知って、その問題の複雑さを改めて認識することができた。そもそも裁判とはなんのために行われるべきなのだろう。そんなことを考えさせられた。

これまでも山崎豊子の作品にはいくつか触れており、いずれも膨大な取材に裏打ちされた物語ですばらしいものだったが、本書こそその作家人生の集大成だと感じた。本書はアメリカと日本語という二つの国の間で翻弄される人々を描いているが、日系人をジャップと呼びながらその活躍を感謝したり、勝ったアメリカの人でありながらもアメリカの正義に疑問を投げかける人がいたりと、改めて人は多様なのだと気付かされた。決して所属や国籍から人を判断することはできないのだ。

もっと早く読んでおくべけばよかった。教科書で学んだだけの太平洋戦争のイメージが大きく変わるだろう。

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「大地の子」山崎豊子

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ソ連国境近くの日本人開拓村で8歳だった勝男(かつお)は日本の敗戦とともに両親を失い、やがて中国の家庭にもらわれ、陸一心(ルーイーシン)として生きていくこととなる。そんな中国と日本という2つの国の間で生きた男の人生を描く。

序盤は、勝男(かつお)が陸一心(ルーイーシン)として中国の家庭に受け入れるまでを描く。しかし、日本人の血を引いているという事実と、文化大革命という歴史的な動きによって、さまざまな障害となって陸一心(ルーイーシン)の未来を阻む、陸一心(ルーイーシン)はスパイの容疑で15年の実刑を宣告されるのである。

中盤からは、陸一心(ルーイーシン)は、育ての親や友人の努力の末に名誉を回復し、日本語を話せるという能力ゆえに、中国の国家をあげての一大プロジェクトである製鉄所建設で重要な役割を担うのである。日本と中国は文化の違いに戸惑いながらも少しずつ製鉄所建設を進めていくのである。

文化大革命という大きな歴史的出来事ではあるが、あまり日本では触れられることが少なく、僕自身も「ワイルド・スワン」という物語で軽く知っている程度であった。本書の序盤はそんな文化大革命の様子を詳細に伝えてくれる。そして、その後の日中合同プロジェクトである製鉄所建設の様子からは、文化大革命という出来事が、中国人の考え方に大きく影響を及ぼしていることがわかる。

2つの国の間で翻弄された人間の様子を描くとなかで、日本と中国の戦後の様子を描き、また日本人と中国人の考え方の違いなども描写している。全体的に、この物語を描くために、多くのことを取材して著者の情熱が伝わってくる。

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「沈まぬ太陽」山崎豊子

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
日本の航空会社に務める恩地元(おんちはじめ)は入社後、労働組合の委員長として賃上げ交渉やストライキを指導したことから、パキスタン、エジプト、ケニアへと左遷されていく。
日本航空をモデルにして描かれた作品。10年にも及び海外に左遷された主人公恩地元(おんちはじめ)も実在の人物をモデルにしており、企業名、人物名こそフィクションであるが、1970年代、80年代の日本航空を描いている。
物語のクライマックスはやはり、日航機墜落事故を扱った「御巣鷹山編」だろう。経費削減、利益優先の追求や、社内政治の横行によって、安全管理を怠った結果がついに、500人以上の犠牲者へとつながるのである。日航機墜落事故を扱った物語としては横山秀夫の「クライマーズハイ」も名作ではあるが、本作品では物語全体5章のうちの1章を墜落事故と犠牲者の遺体回収等に割いており、当時の報道からは知ることのできなかった事実を知ることができる。
そして、後半は新たに会長として送り込まれた人物によって、少しずつ会社が改善していく様子が描かれている。汚職や脱税、社内政治の様子はなかなか複雑で理解するのも難しいが、余裕がある人は勉強して知識とするのもいいのではないだろうか。
30年という月日が経っているために現代とのギャップも楽しめるかもしれない。全体的に非常に読み応えがあり、今まで読んでいなかったのが不思議なほどである。著者の魂が感じられる貴重な物語と言えよう。
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「運命の人」山崎豊子

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
新聞記者の弓成亮太(ゆみなりりょうた)は昭和46年沖縄返還交渉の取材中に日米間の密約に気づく…。
以前より何人かから薦められていながらも機会がなかったため今回が初山崎豊子作品となった。物語冒頭で舞台となっているのは昭和46年であり、その題材は沖縄返還交渉という、僕にとっては生まれる前の出来事である。正直、あまり深く考えたことがなかったのだが、冷静に考えてみると、間違いなく沖縄返還というのは歴史的事実だったのだろう。そんな大きな出来事にいままでほとんど関心を持っていなかったことに少し驚かされた。
さて、物語は弓成亮太(ゆみなりりょうた)という、正義感あふれる敏腕新聞記者を中心に進む。沖縄返還交渉に関わるひとつのスクープが、やがて、「知る権利とは?」「外交とは?」という大きな問いかけになり、物語中で描かれる裁判のシーンを通じて、日常よく耳にする言葉の意味まで考えさせられるだろう。
本書を読了後に沖縄返還について調べてみると、本書の内容はかなり事実に近いことが描かれているらしい。きっと年配の人にとっては常識とも言える事件なのかもしれない。教科書には載っていないほど新しく、しかし自分が生まれる以前というほどの古い、この期間に起こった出来事はもっとも無関心にすごしてきてしまったようで、もう少し関心を向けるべきなのだと感じた。
とはいえ、このような内容では仕方がないことなのか、若干登場人物が多すぎて、物語に入り込みにくく、お世辞にも読みやすいとは言えない。また、後半部分はむしろ物語のそれまでの本筋とは外れて沖縄の悲劇の歴史に焦点があたっているように感じ、作者の訴えたいことが不明瞭な印象を受けた。一つの物語としてみるのか、それとも読みやすい現代史として本書を見るのかで評価は変わってくるのかもしれない。
本作品が山崎豊子の他の作品、たとえば「沈まぬ太陽」「白い巨塔」と比較するとどの程度の出来なのかが気になるところである。

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