「下町ロケット」池井戸潤

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第145回直木賞受賞作品。
かつてロケット開発に情熱を注いだ佃(つくだ)は、父の跡を継いでエンジン開発の工場を経営する。しかし数々の試練が訪れる。
元銀行員という経歴を持つ著者池井戸潤(いけいどじゅん)らしい視点が他の作品と同様、本作品でも見られる。会社を維持し、従業員の生活を守るためには、ただいい製品をつくるだけでなく、訴訟や特許、資金繰りなどあらゆる面にしっかりと取り組まなければならないのである。
本作品では佃(つくだ)の経営する、佃製作所が大型取引を打ち切られるところから始まり、その後、競合他社から特許を侵害したとして訴えられるなど試練が続いていく。しかし、そんな苦難のなか信頼できる弁護士やベンチャーキャピタルの助けを借りて、さらに成長していく姿が描かれている。
会社の生き残りに四苦八苦していた前半から、後半は、現実的である従業員の現在の生活かそれとも会社としての夢か、といったことが佃(つくだ)の懸念事項となる。
佃(つくだ)が仕事に情熱を注ぐ姿は本当に輝かしく、仕事とはどうあるべきか、人生とはどう生きるべきか。そんなことを考えさせてくれる。
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「鉄の骨」池井戸潤

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第31回吉川英冶文学新人賞受賞作品。
中堅ゼネコンに勤める若手の富島平太(とみしまへいた)は業務課に異動になり公共事業の受注にかかわることになる。
一言で言ってしまえば本作品のテーマは「談合」である。一般的には悪とされる公共事業落札価格の操作であり、異動になった平太(へいた)もまたそういう認識でいるが、その中で働いていくにつれて次第に業界を守るために必要な悪、として受け入れていく。
その一方で、平太(へいた)の恋人である萌(もえ)は銀行に勤めている立場からゼネコンを見るから、また異なる視点が感じられるのである。そんななかで平太(へいた)の勤める一松組は生き残りをかけて大型公共事業を受注しようとするのだが、業界の調整役が動き出して待ったをかける。
「談合」という物に対して、いろんな視点から見た考え方が描かれている点が興味深い。「談合」は必要なものなのか、それとも本当に自由競争こそ世の中に明るい未来をもたらすのか。もちろん、明確な答えは本書の中にも世の中にもまだないが、ゼネコン業界にそんな興味を持って目を向けさせてくれる一冊。
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「オレたち花のバブル組」池井戸潤

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
東京銀行の半沢直樹(はんざわなおき)は、多額の損失を出した融資先ホテルの担当を引き継ぐこととなる。
本書は同じく半沢(はんざわ)を主人公とする物語「オレたちバブル入行組」の続編である。バブルの好景気に沸く1988年に入行した半沢(はんざわ)とその同期の銀行員たちを描いている。本作品でも前作同様、利益をあげるために、優良な融資先を見つけ、その業績を審査する、という一連の銀行業務の中で、ここの銀行員たちの出世争いや派閥間の駆け引きが中心となっている。
すでに本書で、著者池井戸潤(いけいどじゅん)の銀行を舞台とする物語も5冊目となっているため、銀行業務の流れがわかってきた気がする。そして、同時にその物語のなかで見えてくる銀行員同士の意地の張り合い、足の引っ張り合い、効率の悪く古臭い業務の流れなどを見ると、本当に銀行員になどならなくてよかったと思うのである。しかし、こんな醜い銀行内部の様子を描きながらも、こうも物語を面白く魅力的に仕上げているのは、やはり、半沢(はんざわ)という、正義感あふれ、立場のちがいにも恐れることなく信念を貫き通す人間の存在なのだろう。
本作はバブル入社組のキレ者、半沢(はんざわ)だけでなく、一度は神経的な病によって出世レースから脱落した、半沢(はんざわ)の同期である近藤(こんどう)の物語も並行してすすむ。取引先の会社に出向というかたちで部長におさまり、居心地の悪さを感じながらも、次第に銀行員としてのプライドを取り戻していく姿はなんとも頼もしい。
そして、近藤(こんどう)にも焦点をあてることで、信念を貫き通せない人間の存在を許しているようだ。実際、物語中で弱さを見せる近藤(こんどう)に対して半沢(はんざわ)が語る言葉が印象に残った。

人間ってのは生きていかなきゃならない。だが、そのためには金も夢も必要だ。それを手に入れようとするのは当然のことだと思う。

現実の世界でもこういう人間が銀行を支えていると信じたいものだ。
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「空飛ぶタイヤ」池井戸潤

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
走行中のトレーラーのタイヤがはずれ、歩行者を直撃して死に至らしめた。調査の結果は整備不良。納得のできない運送会社社長の赤松(あかまつ)は、大手自動車メーカーに闘いを挑む。
すぐにピンと来た方もいるだろう。この物語はフィクションでありながら、数年前に実際起こった出来事をヒントに描いているのは明らかだろう。物語中では「ホープ自動車」という名称で登場しており、そのグループは、現実の三菱グループと同様に、ホープ重工、ホープ銀行といったグループ企業動詞の協力関係が強い。
本作品では、企業のリコール隠しに関わる出来事をその周囲の多くの視点から描いている。タイヤの外れたトレーラーの所有者である運送会社の社長の赤松(あかまつ)、隠蔽体質を知りながらもそんな社員の一員として生きることしかできない社員。グループ企業というだけで支援を断ることのできない銀行員。妻を殺されて怒りの矛先を探す夫。そんな一人一人の人間物語に何度も目頭が熱くなった。
社会抱える矛盾とそんな矛盾だらけの世の中の中で必死に信念を貫こうとする生きかたを見せてもらった。
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「シャイロックの子供たち」池井戸潤

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
都内の銀行の支店で起こるできごとを描いた物語。
他の池井戸潤の作品と同様に本作品も銀行を舞台としている。本作品は短編集の形を取っているが、各章でそれぞれ別の行員の視点から眺めているだけで、全体として物語はつながっている。支店長になるために部下に檄を飛ばす副支店長、良心に従うために上司に反抗する若手行員。支店の稼ぎ頭など、銀行という閉鎖的な世界で生きる人々を描く。
10章で構成されているため10人の銀行員の視点で描かれる。それぞれが銀行というシステムの中、それぞれの価値観で生きている。他人から見ればそれは、「悪」だったり「見栄」だったり、「嘘」だったりしても、本人にはそこにしがみつかなければいけない理由があるのだ。それぞれの生き方について「こんな生き方、考え方もあるのか・・・」とその存在を肯定的に受け入れることができれば本作品を読む意味は大きいだろう。

銀行という職場では上司に逆らったら負けだ。

本作品と同様に「銀行を中心とした、多くの人間物語が作品を通じて感じられたらいい」そう思っていて、それ以上の期待をしていたわけではないのだが、本作品は少し予想を裏切ってくれた。物語を読み進めるうちに全体を包みこんでい不穏な空気に、次第に飲み込まれていってしまった。

君たちのおかげで、少なくともこの家にいるとき、ぼくはずっと幸せでした。

シャイロック
シェイクスピアの「ヴェニスの商人」に登場する人物。悪辣、非道、強欲なユダヤ人の金貸し。

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「仇敵」池井戸潤

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
地方銀行である東都南銀行で庶務行員として働く恋窪商太郎(こいくぼしょうたろう)は基は都市銀行のエリート行員。商務行員としての優雅な日を満喫しながら、時々若い行員に助言を与えて日々を送る。そんな恋窪(こいくぼ)を中心とした銀行の出来事を描いている。
池井戸潤(いけいどじゅん)の経験からリアルに描かれた銀行を舞台とした物語。
序盤は地方銀行の一般的ともいえる業務の様子を通じて、地域に根ざした企業と銀行員の物語を描いている。大企業を相手にできない地方銀行は、行員たちが必死で歩き回って融資先を探すしかない。経営者と親しくなることによって、経営に関して的確な助言を与えられることもあれば、逆に融資先として適当かどうかを客観的に判断できなくなることもある。
そして一方では、かつては壮大な夢を語って自信に満ちていた経営者たちが資金繰りに苦しんで会社をたたんだり、時には親友さえも裏切って会社を守ろうとする。
恋窪(こいくぼ)の仕事を通して見えてくる、夢や希望や努力だけではどうしようもない人生の厳しさが感じられる。
そして後半は、都市銀行の幹部たちが絡む陰謀へと焦点が移っていく。人の弱みに付け込んだり、意図的に会社を倒産させて設けようとするその企みの、細かい部分まで理解しようとするのは、その専門性ゆえにやや難しい印象も受けたが、その雰囲気を理解していくだけでも楽しめることだろう。


ベンチャー・キャピタリスト
将来性のある企業を発掘し、株式投資することで成長する可能性のある企業に資金を提供し、さらに事業を伸ばすためにアドバイスを行なう。

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「不祥事」池井戸潤

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
花咲舞と相馬は事務管理部ループ調査役。問題を抱える支店を訪問し指導することで、解決に導くのが仕事である。本作品はそんな2人の仕事の様子を描いている。
本作品も「オレたちバブル入行組」と同様に銀行を舞台とした物語。多少、問題の発生する頻度には誇張があるだろうが、著者の経歴を考慮するとかなり現実の銀行内の出来事を忠実に描いているのであろう。
そして、本作品では相馬と花咲舞が指導役として支店を巡ることから、それぞれの支店にそれぞれの物語が描かれる。雰囲気のいい支店、悪い支店。土地柄忙しい支店とそうでない支店。物語はもちろん取引先や窓口を訪れる顧客との間でも起きる。融資をめぐった取引先との人間物語。そして銀行という組織の中に蔓延する出世競争と派閥間の内部闘争などである。

ここには人を動かし、時に狂わせるいくつかの物差しが同時に存在してる。銀行の利益という物差し、そして派閥や個人的な私利私欲という物差し、だけど私たち個人が幸せになれるか、本当にやりたい仕事ができるかという物差しはいつだって後回し

銀行という古い体質の組織に嫌気を感じながらも、その正義感とその歯に衣着せぬ花咲舞(はなさきまい)の物言いが最終的には物語に痛快な空気を漂わせている。実際に勤めなければわからないであろう、一つの業種の中を読者にわかりやすくリアルに描いたという点だけでなく、物語のテンポも含めて読みやすくほどよくスリリングで非常にバランスの取れた作品だと感じた。
ちなみに本作品の主人公的役割を担う花咲舞(はなさきまい)のような、気が強くても、賢くそして優しい女性はなんと魅力的に映ることだろう。彼女の登場が本作品だけに限らないことを望む。


引当金(ひきあてきん)
引当金とは、将来の特定の費用又は損失であって、その発生が当期以前の事象に起因し、発生の可能性が高く、かつ、その金額を合理的に見積ることができる場合に、貸借対照表上に積み立てられる金額。(exBuzzwords用語解説「引当金とは」
債務者区分
金融機関が融資先を債務の返済状態に応じて分類している区分で、正常先、要注意先、破たん懸念先、実質破たん先、破たん先の5段階ある。(用語集:マネー・経済「債務者区分」

【楽天ブックス】「不祥事」

「オレたちバブル入行組」池井戸潤

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
日本が好景気に沸いていた1988年。大手銀行への入社という狭き門を突破した半沢(はんざわ)。それから十数年、融資課長となった半沢(はんざわ)の支店では、とある企業に5億円の融資をした承認した矢先にその企業が倒産した。銀行内部の軋轢と債権回収の裏側を描く。
冒頭の内定確定までのエピソードは、バブル期という時代と大不況といわれる現在との違いを強く印象付ける。当時、銀行とは入社することができたらその家族も含めて一生安泰といわれた時代である。それが、バブルの崩壊を経て大きく変わる、半沢(はんざわ)はその大きな変化に翻弄されたバブル期入社のエリートの一人である。

銀行不倒神話は過去のものとなり、赤字になれば銀行もまた淘汰される時代になったのである。銀行はもはや特別な組織ではなく、もう儲からなければ当然のように潰れるフツーの会社になった。

銀行の内部が詳細に描かれている。融資の決定、債権の回収。そして極めつけは社内の人間関係である。国に守られている企業という過去ゆえに、その内部は効率や実力主義とは無縁で、人脈や人事権を持っている人間が社内のもっとも恐れられる存在である。この辺は警察組織と非常に似た印象を受ける。
世間では憧れの存在であったエリートである半沢(はんざわ)とその社内の友人たちはも、銀行という融通の効かない組織の中で、次第に理想と現実のギャップに打ちひしがれていく。

ピラミッド構造をなすための当然の結果として勝者があり敗者があるのはわかる。だが、その敗因が、無能な上司の差配にあり、ほおかむりした組織の無責任にあるのなら、これはひとりの人生に対する冒涜といっていいのではないか。

銀行という後ろ盾を一度失えば、不必要なほどの高いプライドを持った無能な人間になりさがる。だからこそ、家族の生活や家のローンに苦しむとともに、社内の人間関係に振り回される。その生き方にうらやむような部分は一つもないように今の僕には感じられるが、バブル期という時代はそんな影の部分を見せないくらい光輝いていたのだろう。
夢と現実に折り合いをつけつつ必死に自分の生き方をまっとうしようとする人々の人生がしっかりと描かれているうえに、経済小説としてもオススメできる濃密な作品であった。

参考サイト
イトマン事件

【楽天ブックス】「オレたちバブル入行組」