「ピエタ」大島真寿美

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
18世紀のヴェネチア、孤児たちを引き取って育てていたピエタ慈善院を描く。

ピエタとは、現在でいう赤ちゃんポストであり捨てられた子供たちが、職業訓練をして過ごす場所だという。本書はそのなかでも、合奏・合唱の才能を伸ばした女性たちと、作曲家ヴィヴァルディの関わりを中心とした物語である。

語り手となるエミーリアはピエタのなかで人生を生きた一人の女性であるが、そのほかにもピエタに関わるさまざまな人物が描かれ、いろんな人間の生き方があることが伝わってくる。貴族に生まれピエタで共に音楽を学んだヴェロニカ、ピエタで音楽の才能を開花させたアンナ・マリーニ、音楽の才能を開花できずに薬剤師として独立したジーナなど、どの人生にも200年という時を隔てているにもかかわらず、現代に通ずる人生の厚みが感じられる。

大きく展開する物語ではないが、18世紀のヴェネチアという遠い地の遠い昔に生きた人々の人生がしっかり伝わってくる作品で、ヴェネチアという国や当時の音楽に対する考え方に興味を抱かせてくれた。

読み終わってから、ピエタの存在をあらためて調べてみると、かなり史実に近いことに驚かされた。ヴィヴァルディについては「四季」という曲名についてしか知らなかったが、ヴェネチア出身でかつピエタ慈善院に大きく関わっていたというのは本書を通じて初めて知ることとなった。

著者大島真寿美氏は「」で、浄瑠璃の世界を描いたことが印象に残っており、温かい人物描写、さまざまな立場の人物を良い面と悪い面の両面だけでなく、生きがいや悩みまで描くというのはどの作品にも共通しているようだ。他にも異国の地、遠い過去を身近に感じさせてくれる作品がありそうである。今後も大島真寿美氏の作品は読み続けていきたいと思った。

【楽天ブックス】「ピエタ」
【amazon】「ピエタ」

「シューマンの指」奥泉光

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
指を失ったはずの天才ピアニスト永嶺修人(ながみねまさと)がピアノの演奏を再開したという。彼は確かに指を失ったはずなのに。里橋優(さとはしゆう)は封印していた記憶を辿り始め再び音楽に向き合う決心をする。

物語はミステリーの様相を呈しているが、音楽に傾倒する里橋優(さとはしゆう)と永嶺修人(ながみねまさと)の様子を描いているので、そのなかでシューマンの音楽についての議論が多く展開される。正直、音楽を本格的にやってない人間にとってはほとんど意味がわからないだろう。ただ、音楽は追求すれば奥の深いものだと言うことだけが伝わってくる。

シューマンという作曲家は名前しか知らないが指が不自由だと言うことを本書を読んで初めて知った。

ミステリーとしては一般的な範囲のものだろう。そこで展開される音楽論を好意的に受けるとかどうかで読者の受け取り方はかなり変わるだろう。個人的には、音楽論はほとんど理解できなかったが、それでもここまで音楽を論じることができたら楽しいだろうと感じた。

【楽天ブックス】「シューマンの指」
【amazon】「シューマンの指」

「蜜蜂と遠雷」恩田陸

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第156回直木三十五賞、2017年本屋大賞受賞作品。

ピアノコンクールに集まったピアニストたちの様子を描いている。

マラソン大会だけを描いて1冊を終える「夜のピクニック」も驚きだったが、本作品も、数日間にわたって行われるピアノコンクールのみを扱っており、その前後の物語はほとんどない。参加者の視点、審査員の視点、参加者の妻や友達の視点に切り替わりながら、文庫本にして2冊の量を読者を飽きさせずに読ませ続ける。それぐらいピアノコンクールという多くの人にとって未知なイベントを、ドラマチックに仕上げているのである。

物語は、ピアノに情熱を注ぐ4人の人を中心に描いている。かつては天才少女として活躍したにもかかわらずピアノをやめていた栄伝亜夜(えいでんあや)20歳、サラリーマンの高島明石(たかしまあかし)28歳、優勝候補のマサル19歳、自宅にピアノを持っていないという異色の環境の風間塵(かざまじん)16歳である。

1次予選、2次予選、3次予選とコンクールは進み、少しずつ調子をあげていく人もいれば、緊張で実力を発揮できない人もいる。間違いなくシビアな世界で、多くの人が報われずに終わるとわかっていても、そんな舞台に出て戦うことを選んだ人生を羨ましくも感じてしまう。

音楽を奏でるということをやってこなかった読者にも、音楽を奏でることの魅力が十分に伝わってくる。きっと多くの人が本書を読んだ後に、その音楽を聴こうとYouTubeを彷徨うだろう。直木賞、本屋大賞のダブル受賞も納得の一冊。

【楽天ブックス】「蜜蜂と遠雷(上)」「蜜蜂と遠雷(下)」

「最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常」二宮敦人

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
妻の奇妙な行動によって藝大に興味を持った著者が、藝大生のインタビューをしながらその実態を描く。

もっとも興味深かったのは、音校と美校の文化の違いである。美術は、作った作品はそのまま自分の作品として存在し続けるのに対して、音楽はその音の流れている一瞬一瞬が作品である。また、美術では、作ったもの自体が評価されるのに対して、音楽では演奏するその人自身も舞台に上がる作品の一部だという認識の違いがあるのだそうだ。そのため、美校の生徒は時間にルーズだが音校の生徒は非常に時間に厳格で、美校の生徒は制作の為の作業着なのに対して、音校の生徒は常にハイヒールを履くなど、見た目に非常に気を使うのだそうだ。そんな、まったく異なる人種が共存する場所が藝大なのだという。

また、インタビューに答えた藝大生のこだわりも面白かった。口笛を極める学生や、からくり人形を歯車から作る学生など、どれも「なんのためにそんなことのために時間を費やすのだろう」と思ってしまうよう内容だが、その考え自体が、頭が凝り固まっている証拠なのだろう。そして、世の中の人がそうやって常識の範囲で物事を考えるからこそ、藝術という枠にはまらない分野が必要なのだろう。

どうやってそれまでの枠を壊すか。藝術とはそんな分野なのかもしれない。僕自身デザイナーという仕事をしており、どちらかというと頭が柔らかいほうのつもりではいるが、それでも多くの刺激をくれる一冊であった。

【楽天ブックス】「最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常」

「Justin Bieber: First Step 2 Forever: My Story」Justin Bieber

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5

ジャスティンビーバーのことは正直、その名前と、YouTubeから火が点いて人気が出たということしか知らなかったが、若くても違う国の話でも、違う分野の話でも、サクセスストーリーのなかには学ぶ部分があり、本書も目についたのは偶然だが、何か学ぶ部分があるのではないかと思って手に取った。
やはりジャスティンが音楽に興味を抱いたときに、周囲の人間が誰も止めずにむしろサポートしたことが、子育てに関心のある僕にとっては印象的だった。モノをドラム代わりにスティックでたたいて壊すジャスティンをきっと家族や周囲の人間は暖かく見守ったのだろう。同じようにジャスティン自身も家族やファンの大切さを何度も繰り返しているのが素敵だった。このような本を読むといつも感じることだが、成功している人ほど周囲の人間のありがたみをしっかり認識しているという点は、見習うべきことなのだろう。
その若さゆえに、さすがにアラフォーの僕の心に響くような言葉は多くはなかったが、カナダという遠い地の一つの素敵な家族の形を垣間見ることができたきがする。もちろん、本書を読んでから、いろんなジャスティンの音楽をYouTubeで検索してみてみたし、ジャスティンが本書の中で触れている、ジャスティンの憧れのアーティストたちにも改めて興味を持った。YouTubeで一度ずつチェックして自分の視野の範囲を音楽の範囲にも広げていきたいと思った。

「シューマンの指」奥泉光

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
語り手「私」は、古い友人から指を失ったはずの天才ピアニストの長嶺修人(ながみねまさと)が復活したことを聞く。信じられない思いから、長嶺修人(ながみねまさと)が指を失うまでの出来事を振り返る。
物語は、音楽に青春をかけた3人の男子高校生、語り手である「私」、長嶺修人(ながみねまさと)と鹿内堅一郎(しかうちけんいちろう)を中心に進む。圧倒的に音楽的能力の高い長嶺修人(ながみねまさと)が2人に持論を語るなかで、音楽には僕ら一般の人間が理解できないような、音楽家だけがわかる世界があることが伝わって来る。シューマンを中心に作曲家のことを語るシーンが多く、音楽の知識が少ないことを残念に思う一方で、実際に作曲家やその音楽について知識を持っている人ならどの程度本書で長嶺修人(ながみねまさと)が語っていることに共感するのだろうかと興味を持った。
そして、ある春休みの夜、3人が目撃した殺人事件を機に物語は動き出すこととなる。
音楽という要素を多く含む点は新しく、いろんなクラシック音楽を聴いてみたいと思わせてくれたが、結末はありがちな展開に感じてしまった。
【楽天ブックス】「シューマンの指」

「ブラバン」津原泰水

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
友人の結婚式の演奏のために高校時代の吹奏楽部を再結成することになった。25年の時を経て再びあつまる人々の物語。
コントラバスを担当していた他平等(たひらひとし)によって物語は語られ、25年前の高校生活の様子と、現代のメンバーを集める様子が描かれる。残念ながら少し時代のずれている僕にはあまり共感できなかったのだが80年代の音楽シーンの変遷をしっかり描いているようで、その時代に同じように音楽に青春をかけた読者にとっては響くないようになっているのではないだろうか。
希望に満ちた10代と希望の薄れた25年後、幸せをつかんだものとそうでないもの。25年という時間によって、人生の暗と明を同時に表現しようとしているようにも感じられる。

人類史上一人でもいるだろうか。まともな知性に恵まれながら、十代の夢はすべて叶ったと高笑いできる大人はいるだろうか。十代の自分を振り返る大人の視線は手厳しく、今の自分を見つめる十代の頃の視線は残酷だ。

非常に登場人物が多く、語り手が25年前と現在の状況を交互に織り交ぜて語るためになかなか時代の区別がつきにくく非常に読みずらい。爽快な青春物語を期待しただけに、なかなか伝わってこない物語に結構ストレスを感じてしまった。

デニス・ブレイン
イギリスのフレンチ・ホルン奏者である。死後の今に至るも世界中で最も卓越したホルン奏者のひとりとして知られる。(Wikipedia「デニス・ブレイン」

【楽天ブックス】「ブラバン」

「船に乗れ」藤谷治

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
学生時代チェロに打ち込んだ津島サトルが大人になってから、その音楽漬けだった過去を振り返って語る。
チェロを始めたきっかけや受験の失敗から入り、物語は高校時代の3年間が中心となる。音楽を中心に生きているひとの生き方は日々の生活から、学校の授業、友人との会話まで僕にとってはどれも非常に新鮮である。
序盤では高校1年のときに出会ったバイオリンを学ぶ生徒南(みなみ)との恋愛物語が中心となっている。初々しい2人のやりとりは、なんか高校時代の甘い記憶を思い起こさせてくれるようだ。アンサンブルのためにひたすら一緒に練習する中で、音楽に対して真剣に取り組んできたからこそ通じる言葉や音楽に対する共感によって次第に深まっていく二人の仲は、なんともうらやましい。
物語の進む中で多くの曲名や作曲家名また音楽独自の表現が登場する。そういうとなんか難しく身構えてしまう人もいるのかもしれないが、本作品はそんな、僕らが理解できない音楽の感覚を、理解できる形にして見せてくれる点がありがたい。非常に読みやすく、数年前にはやったドラマ「のだめカンタービレ」的な感覚で楽しめるのではないだろうか。
そして、サトルを含む学生たちは、文化祭など年に何回かの発表を行うために練習を繰り返す様子のなかから、本書を読むまでわからなかった音楽に打ち込む人々の苦労が見えてくる。
たとえば僕らが「オーケストラ」と聞いて思い浮かぶこと。多くの楽器の音を合わせて作り出す音楽。それを作り出すためにどれほど楽器奏者たちが苦労しているか、そこにたどり着くためにどれほど練習を重ねているか、というのも本作品を読むまで想像すらしてこなかったことである。

音楽を個性的に弾くのは簡単だ。どんなこともごまかせる。一番難しいのはね、楽譜どおりに弾くことだよ。

そしてまた、そのオーケストラを通じてひとつの曲の完成度をあげていくなかで彼らが味わう喜びや悔しさ、そしてそれによって作られていく仲間意識、それは、僕が触れてきたサッカーや野球などの部活動で作られるものとは少し異なるもののように見える。音楽に対する理解度がある程度のレベルに達しているからこそ伝わる言葉や感覚。そういうものによって作られる絆のようなものになんだか魅了されてしまうのだ。
そんな音楽関連の内容とはべつに、サトルのお気に入りの先生である金窪(かねくぼ)先生の授業も印象的である。ソクラテスやニーチェ。僕自身が、何で有名なのか知らないことに気づかされてしまったが、本書で触れられているその内容は好奇心をかきたてるには十分すぎるものだった。
ひとつのことにひたすら真剣に取り組むこと。それは人生においては逃げ道のない非常にリスキーな生き方ではあるが、本書を読むと、「こんな生き方もしてみたかった」と思ってしまう。
こうやって書いてみるとなんだか音楽の話ばかりのように聞こえてしまうかもしれないが、全体としては音楽に情熱を注いだ十代の生徒たちの青春物語である。南との恋愛だけでなく、天才不ルーティストの伊藤慧(いとうけい)との友情もまた印象的である。この甘い空気をぜひほかの人にも味わってほしい。
文字量は決して少なくないが、難しい単語や余計な表現が少なく、非常に読みやすい。特に最終巻は3時間の一気読みだった。

誰もいないところで弾く独奏にも、聴衆はいる。なぜなら、君をみているもう一人の君が、かならずいるからだ。
サモトラケのニケ
ギリシャ共和国のサモトラケ島(現在のサモトラキ島)で発掘され、現在はルーヴル美術館に所蔵されている勝利の女神ニケの彫像である。(Wikipedia「サモトラケのニケ」
トマス・ホッブス
イングランドの哲学者であり、近代政治思想を基礎づけた思想家。(Wikipedia「トマス・ホッブズ」
ハンナ・アーレント
ドイツ出身のアメリカ合衆国の政治哲学者、政治思想家。(Wikipedia「ハンナ・アーレント」

【楽天ブックス】「船に乗れ(I)」「船に乗れ(II)」「船に乗れ(III)」