「鍵」乃南アサ

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
森家の3人の子供。長女の秀子(ひでこ)、長男の俊太郎(しゅんたろう)、次女の麻里子(まりこ)は両親を相次いで失ったショックを感じ始め、俊太郎と麻里子の関係もぎくしゃくし始めていた。そんな折、近所では通り魔事件が相次ぐ。
この物語は通り魔事件の犯人を追ったミステリーでもあり、暖かい家族の物語でもある。そんな中で、突然両親を失って悩む俊太郎(しゅんたろう)の心情と、麻里子(まりこ)が生まれつき持った両側感音性難聴というハンデが物語に深みを与えている。麻里子(まりこ)は健常者には意識しないような日常に普通に起きる出来事で麻里子(まりこ)は戦わなければならないのである。そんな麻里子(まりこ)の世間を見つめる視点は新鮮である。

世の中には親切な人ばかりいるわけではないことくらいは、痛いほど分かっている。自分のような女子高生が、突然目の前に現れて話し始めても、きちんと耳を傾けてくれるだろうか、自分のいっていることの意味を理解してもらえるだろうか──。いつだって、そんな不安を抱えて歩いているのだ。

通り魔事件は、3人の家族としての絆を深めるための要素、麻里子がハンデと戦って強くなるための要素として働いていて、残念ながら謎解きの要素などは少なく、また、解決までのくだりにも説得力を欠いた部分があり物足りなさを覚えた。家族の物語として展開するなら、3人の兄弟の一人一人にもっと読者の心を鋭くえぐるような深い心情の描写があればさらに物語の深みが増すだろうと感じた。
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「今はもうない」森博嗣

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
犀川&萌絵シリーズの第八作。避暑地にある別荘で、美人姉妹が隣り合った部屋で一人ずつ死体となって発見された。今回も犀川創平(さいかわそうへい)と西之園萌絵(にしのそのもえ)は真相に挑む。
今回の物語は事件の関係者である笹木(ささき)の手記という形で展開していく点が新鮮である。それでも、犀川(さいかわ)と萌絵(もえ)のやり取りは、相変わらず知的で論理的で時に子供っぽく、時に僕の理解を超えてしまう。物語中の表現にときにはっとさせられ、退屈な日常には大いに刺激になる。
特に今回の物語では最後にちょっとした嗜好がこらされて、読者に満足の行く終わり方をしている。期待以上ではないが無難に期待を裏切らない作品である。
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「地下鉄に乗って」浅田次郎

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第16回吉川英治文学新人賞受賞作品。
小沼真次(こぬましんじ)はクラス会の帰り道。永田町駅と赤坂見附駅の間にある階段を上がった。するとそこは三十年前だった。ワンマンだった父とその父に反発して自殺した兄の昭一(しょういち)、そして恋人のみち子。タイムスリップという奇跡が真次(しんじ)人の記憶や出来事を塗り替えていく。
父親とは子供にとって頑固でわからずやだったりするものだ。そしてそれが父親が子供に見せているほんの一つの顔だということを子供は気付かずに生きていく。ひょっとすると一生父親の他の顔を見ずに終わることが大部分なのかもしれない。物語中で真次(しんじ)は憎かった父の過去にタイムスリップし、過去の父と出会うことで、父も苦労を重ねて生き抜いてきたと理解していくのである。
そして、タイムスリップという奇跡は、真次(しんじ)と父親の間だけでなく、恋人であるちか子との間にも大きく影響し、ラストには悲しく切ない結末が用意されている。

おかあさんとこの人とを、秤にかけてもいいですか。私を産んでくれたおかあさんの幸せと、私の愛したこの人の幸せの、どっちかを選べって言われたら・・・

しっかりとコンパクトにまとめられた一冊だった。
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「ストロボ」真保裕一

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
今回で二回目の読了である。50歳を迎えた写真家喜多川光司(きたがわこうじ)は今、人生の転機となった過去を振り返る。愛し合った女性カメラマンを失った42歳、昔の師と再会した37歳、病床の少女の撮影を思い出した31歳、若かった学生時代の22歳と時代を遡って行く。
一人の写真家の人生の光と影を強烈なまでに見せられた。写真家としてのキャリアや名声と手にする一方で失われていく情熱。刺激よりもお金を優先する仕事を受けて葛藤する姿。人生を送る上で得るものと失うものがあることがリアルに描かれている。そうやって割り切らなければ長いこと同じ業界では仕事を続けていくことはできないのだろう。

今は仕事を選べる立場になった。採算とは無縁の誠意ある支援のおかげで地位をてにしながら、今は報酬を優先した仕事を当然のような顔で引き受けている。

仕事だけではなく、プライベートにおいても長い間生活を共にすることで夫婦間が冷え込む様子が描かれる。

長い年月、気持ちのすれ違いの生じない夫婦などありはしない。こうやっていまずい時さえやり過ごしてしまえば、あとはもとの平穏な暮らしに戻っていける。

あらゆる面で納得のいく人生を送ることはやはり難しいことなのだろう。
小さな偶然がその後の人生を大きく変えることもある。そして若い頃の過ちを清算することもできずにずっと心の奥に背負っていかなければならないこともある。僕自身、身に覚えのあることばかりである。
そして物語中では主人公の喜多川(きたがわ)だけでなく彼に関わった多くの人達の生き方もまたしっかりと描かれている。そしてその生き方もまた小さな出来事に大きく左右され揺れ動いて進んでいくのである。
そんな人生を強烈に見せられて、結局人生やみくもに今目の前にある道を信じて進むしかないのだと感じた。というよりも実際にそうやって手抜きせずに自分の人生と向き合うことがもっとも大切なことなのだろう。大きな転機や出会いは一生懸命人生を生きていれば自然と付いてくるものなのだ。
人生を考える上でいいきっかけを与えてくれる一冊である。
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「繋がれた明日」真保裕一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
中道隆太(なかみちりゅうた)は19歳のときに喧嘩の弾みで人をナイフで刺して殺してしまった。そして6年後に仮釈放を迎え、その後の隆太(りゅうた)の社会への復帰の様子や人間関係などを含め、刑期を終える日までを描く。
罪を償ったはずの犯罪者の一つの生き方という、今までまったく縁のなかった世界が描かれている。そこには思っている以上に様々な障害があるのだ。「人殺し」であるがゆえに社会から誤解を受け、差別され、遺族からは恨みを買う。若干誇張があるのかもしれないが、現実に似たようなことは少なからず存在するのだろう。

死んだ者は生前におかした罪を問われず、被害者となって祀られる。残された加害者は、罪の足かせを一生引きずって歩くしかない。

「罪を償った」とする以上。「犯罪者」というだけで仕事に就けなかったり世間から奇異の目で見られることはあってはならないことなのだろう。とはいえ法律だけでは対応できないことも世の中にはたくさんあるのだ。物語中でも「人殺し」である隆太(りゅうた)と接する人々の反応は実に様々なものだ。
もし友達から「実は昔人を殺したことがあるのだ」などといわれたら、僕にはどんな反応ができるのだろう。とつい自分に置き換えて考えてしまう。しかし、そこに答えはない。少なくとも向かい合って偏見を持たずに話を聞き、しっかりと自分の意見を発することができるような人間でありたい。
物語中で隆太(りゅうた)は罪を償ってもなお、自分を犯罪者にしたきっかけを作った被害者への恨みを捨てきれずにいることで葛藤する。殺人は時として、被害者にも加害者にも「恨み」を残すのだと知った。
そして現在の日本の制度についても問題点を投げかけてくる。被害者の家族に出所日を通知するのが最良の選択なのか。無期懲役の判決を受けても20年以上勤め上げれば仮釈放されるのがいいことなのか悪いことなのか。縁のない世界だからといっていつ自分の身に降りかかるかわからない。いつまでも無関心ではいるわけには行かないようだ。
物語全体としては、隆太(りゅうた)の心情を表すシーンが非常にリアルで、読者は否応なく隆太(りゅうた)に感情移入させられていくだろう。ただ、殺人者とそれに対する偏見、差別、それゆえに起きる誤解、それらを題材に物語の大部分が展開していくため大きく心動かされるシーンは残念ながらなく、同じような展開ばかりで若干しつこい感じを受けた。この内容であればもう少しコンパクトにまとめられたように思う。もっと大きな展開があればこの厚さでもテンポ良く読み進められる作品に仕上がっていたのではないだろうか。
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「西の魔女が死んだ」梨木香歩

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
「西の魔女」であるおばあちゃんが死んだ。主人公であるまいは2年前のおばあちゃんと過ごした中学生に入ったばかりの事を思い出し、物語の大部分はその回想シーンで展開していく。
まいのおばあちゃんと過ごした家は、ジャムを作ったり、手で洗濯物をしたりと、幼い頃に味わった田舎の匂いや風景を思い出してしまう。そして「魔女修行」という名の下にまいは人としての心構えのようなものをおばあちゃんから学んでいく。その過程や、学校生活に悩むまいを見て、ついつい僕は同じ年齢だった中学生の自分自身と比較してしまうのだった。

わたし、やっぱり弱かったと思う。一匹狼で突っ張る強さを養うか、群れで生きる楽さを選ぶか・・・・

きっとまいの「魔女修行」はまいの今後の人生の基盤をつくる大切な時間だったのだろう。
物語全体の感想はというと、やや込められたメッセージが弱いように感じた。物語自体が比較的単調に進むので、最後に心を鋭くえぐるような強烈なメッセージが出てくるのではと期待したが、そのまま終わってしまった感じ。
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「シーズ・ザ・デイ」鈴木光司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2年ぶり2回目の読了である。17年前、ヨットで大平洋を横断途中に沈没というアクシデントに見舞われ、それ以来満足の行く人生が送れていなかった主人公の船越達哉(ふなこしたつや)41歳。そこに、沈没したヨットの正確な位置を記した海図をもった女性、稲森裕子(いなもりゆうこ)が現れ、船越はもう一度その夢に再挑戦することとなる。そしてその過程で17年前の沈没の原因が少しずつ明らかになっていく。
ヨットによる航海というあまり馴染みのないものを題材にしながらも、広い海の上で何ヶ月も集団生活を送るという難しさ。大海原に昇る朝日や沈む夕日、著者のリアルな描写によりその困難や魅力は存分に伝わってくる。そしてその魅力を読者に止むことなく伝えながら物語は進み、船越(ふなこし)の生まれる前に失踪した父親と、娘の陽子(ようこ)を絡めて見事に物語は見事に完結される。父と子の辿った運命、沈んだ船にもう一度出会う運命。そんな抗うことのできない強い運命を感じずにはいられない。

その瞬間、ぞくりと背筋に悪寒が走った。直感がもたらされたのだ。文明の利器によって与えられる情報より確かに、彼はこの世にないことを知った。

そして、もちろん本人の意識次第ではあるが、41歳という年齢でここまで青春を謳歌できる船越(ふなこし)とその友人たちの生き方もまた僕の心を強く刺激するのである。久しぶりに余韻に浸れるような本に巡り合えたと言った感じである。
【Amazon.co.jp】「シーズザデイ(上)」「シーズザデイ(下)」