「てのひらの闇」藤原伊織

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
20年勤めた飲料会社で希望退職の決まった堀江(ほりえ)は、会長の石崎博久(いしざきひろひさ)から偶然移したビデオ映像をCMに使いたいと打ち明けられるが、CGであるために使えないことを告げる。そして翌朝未明、石崎(いしざき)は自殺した。石崎(いしざき)の死の謎を解くことが堀江(ほりえ)の最後の仕事となる。
藤原伊織の代表作で直木賞受賞作品でもある「テロリストのパラソル」が個人的にそれほど評価できる内容ではなかったので以後敬遠しており、この作品もあまり期待をしていなかったのだが、今回はその予想を良い方に裏切ってくれた。
主人公の堀江(ほりえ)は暴力団の長の息子という異色の経歴を持っているため、企業に籍を置きながらも、企業に属する人たちを客観的に見つめる。そんな堀江(ほりえ)を視点として終始物語が展開するからこそ、企業とそこに関わる人間の在り方がリアルに表現されているのだろう。
信念を持って会社を辞めるもの、経営者が変わってもその企業の中で巧に生き続けるもの。無能と自覚しても家族のために会社にしがみつく者。管理職であるがゆえに路頭に迷うとわかっていながらも年配の社員を解雇する者。

きのう、彼は解雇の件を家族にどう告げたのだろう。社会人として失格の烙印を押された屈辱を、彼は妻にどんなふうに話したのだろう。子どもたちにはどう伝えたのだろう。

パブ効果
「パブリシティ効果」のこと。メディアに取り上げられることによって生み出される宣伝効果。
無配転落
前の決算期末には、配当があったが今期の決算期末では、配当金が支払われないこと。
司法解剖
日本では刑事訴訟法168条1項「鑑定人による死体の解剖」、及び229条「検視」の規定に基づいて、刑事事件の処理のために行う解剖。犯罪死体もしくはその疑いのある死体の死因などを究明するため、検察などの司法当局によって捜査活動の一環として行われることから、こう呼ばれる。
Wikipedia「司法解剖」
行政解剖
刑事訴訟法以外の法律に基づいて処理される事件(行政事件)の処理のために監察医が行う解剖で、死体解剖保存法8条に基づく。法的には家族の承諾がなくても行えるが、24時間以内に医師の診断を受けないで病死した場合に行われる解剖が多い。(Wikipedia「行政解剖」
収益還元法
欧米で主流になっている不動産鑑定評価の手法のひとつ。不動産の運用によって得られると期待される収益=賃料を基に価格を評価する方法。
コルドン・ブルー
1895年にフランス・パリに開校された高級な料理学校。日本では東京(代官山)・横浜・神戸にある。
殺人教唆
人を殺人へとそそのかすこと。
ドゥカティ
イタリアのモーターサイクルメーカーの一つ。 ドカティーとかドカとかドゥカッティとか読む人もいる。車検証ではドカテイ。
MBA
Master of Business Administrationで、日本でいう経営学修士課程。
PhD
Doctor of Philosophyの略語で、博士号のことをいう。
根抵当権
抵当権の一種。普通抵当権が住宅ローンを借りる時など特定債権の担保として設定されるのに対して、根抵当権は、将来借り入れる可能性のある分も含めて、不特定の債権の担保としてあらかじめ設定しておく抵当権のこと。
ロンソン
ライターのメーカー。
参考サイト
Le Cordon Bleu
Yahoo!不動産

【Amazon.co.jp】「てのひらの闇」

「真夜中の神話」真保裕一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
主人公の栂原晃子(つがはらあきこ)は研究のためインドネシアに赴くが、その途中で飛行機の墜落事故に遭う。カリマンタンの山奥で瀕死の彼女を救ってくれたのは、文明から距離を置いて生活する人々と、歌声でコウモリを操る少女であった。
国内の問題や、発展途上国との格差からくる国際問題などを鋭く描く、真保裕一であるが、今回の作品はは吸血鬼伝説に始まり、他の作品とはやや異なる印象を受けた。
それでも、魔女狩りや世界各地にある伝説や逸話を、過去の歴史や宗教科学的な根拠と結びつけて説明していく展開は非常に面白い。吸血鬼がなぜ、人の血を好み、太陽の光に弱いとされるのか、など、多くの伝説は人々の不安が作り出した必然的産物だったのではないかと考えさせてくれる。

迷信の中には、よく真実がまぶされている。のろいの山には近づくな。そう言われてきた山には、まず毒蛇の巣があったり、有毒な火山ガスが噴出していたりする。昔の人は、経験則から、仲間を戒めるために迷信をつくり上げていったわけです。

インドネシアを舞台としているため、真保裕一の他の作品で、ベトナムを舞台とした「黄金の島」やフィリピンを舞台とした「取引」のように、発展途上国からみる先進国への妬みや、自国の未熟な社会秩序への諦めなどがリアルに描かれることを期待したが、本作品ではわずかな描写にとどまっていた。

彼等はGDPの差が、そのまま国民の優劣につながると信じて疑わない選民思想に縛られた人種なのだ。国際援助という金のばらまきによって得られる日本人への特別扱いに慣れきっている。

そして、各地に広まる宗教と、宗教によっておきる紛争や社会問題に触れる。

貧しいから人は信仰心を抱いて神にすがりたがり、その宗教が人の痛みを踏みつけにして勢いを増し、国家と人種に亀裂をつくって貧困の輪をさらに広げていく。
神は我とともにある。祈りは願望を実現させるための行為ではなく、願望に近づけるように自分を戒め、勇気を得るためにある、と理解はしている。だが、国民の多くが、ただ涙を堪えて祈るしかない現実がある。不平不満を抑えるためにのみ、宗教が機能しているかのようだ。国の貧しさが、人の心をさらに蝕み、宗教がその行為に手を貸している。

見方を変えれば、宗教を必要としない日本人は恵まれているともいえるのだろう。
物語自体は、最後までカリマンタン島の少女の不思議な力とそれに関わる人々に焦点をあてて進められていった。
真保裕一らしく、しっかりとした下調べの上で物語を展開していることはわかるのだが、やはり、彼の長所は社会問題や国際問題を独自の視点で物語にと取り入れる手法であり、そういう意味では、本作品は最終的にどこにでもありそうな物語という形でまとまっており、物足りなさを覚えた。


バレッタ
髪の毛をはさんで留めるヘアアクセサリーのこと。
死蝋
死体が何らかの理由で腐敗菌が繁殖しない条件の下に置かれ、かつ外気と長期間遮断された結果、腐敗を免れ、死体内部の脂肪が変性し死体全体が蝋状・チーズ状になったもの。(Wikipedia「死蝋」)
エコーロケーション
超音波を発し跳ね返ってくる超音波を受信することによって、周囲の餌や障害物などを認識する能力のこと。

【Amazon.co.jp】「真夜中の神話」

「千里眼 堕天使のメモリー」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
千里眼第2シリーズ第6作。ハローワークに職探しに現れた女性は「千里眼の水晶体」で自殺を図り行方不明となっていた西之原夕子(にしのはらゆうこ)であった。岬美由紀(みさきみゆき)は自己愛性人格障害と見られる夕子(ゆうこ)を救うべく奔走する
この物語の中では、基本的に「千里眼の水晶体」で、人格障害とみなされながらも犯罪に走り、結局、美由紀(みゆき)が救うことのできなかった夕子(ゆうこ)を中心として物語が進む。
第2シリーズも6作目になるが、第1シリーズのような深いテーマが未だに感じられない。個人個人の小さな精神的な苦痛を軽んじていいとは言わないが、社会に巣食った問題や矛盾に興味を覚える僕にとっては、やはり全体的に物足りなさを感じる。


フォールス・コンセンサス効果
自分の意見を根拠無く多数派だと思い込んでしまう心理的作用。
反動形成
好きなものを嫌いと言ってしまう心理的作用。
ブリッグ症候群
自分は汚くても他人の汚さは許せない心理。

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「ランドマーク」吉田修一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大宮の地に建設中の高層ビルO-miyaスパイラルに関わる建築士の犬飼(いぬかい)と建設作業員、隼人(はやと)の生活を描く。
基本的に吉田修一の作品は、読者に解釈を委ねる部分が多く、僕が小説に求めるものとは異なるという認識を持っている。それでも、大宮という、僕が生まれ育った街を舞台にしていることや、「パレード」で受けたような奇妙かつ、強烈な衝撃をもう一度味わいたいと思って久しぶりに手に取った。
本作品も、ほかの吉田修一作品と同様に、吉田修一らしい視点を物語の中に断片的に散りばめ、最終的な解釈は読者にお任せ、というスタンスである。一つ一つの小さなエピソードや台詞は物語の本筋とは一切関係ないようで、それでいて何か重要なものを訴えているようにも感じられる。これぞまさに吉田修一ワールドといった感じである。

与えられた場所に満足できないのが人間の本性だろうか。それとも与えられた場所に、愚痴をこぼしながらも満足してしまうのが人間の本性なのだろうか。満足できないから生きていくのか。それとも、満足してしまうから生きられるのか。

「東京」でもなければ「地方」でもない大宮という地。その位置的な中途半端さを、なかなか自分の気持ちにに正直に生きることの出来ない男たちの生き方と対比させているようである。
そしてまた、物語のタイトルにもなっているランドマーク、O-miyaスパイラル。超高層ビルという物理的には最も目立つ存在でありながら、冷たく存在感がない。それはまさに、豊かな日本のなかで、大きな目標も生き甲斐も無く生きている、世の中の多くの人々を象徴しているようだ。
著者が物語の中に埋め込んだテーマをそれなりに斟酌したつもりでも、やはり物足りなさが残る。これはもはや好みの問題だろう。


ヘルツォーク&ド・ムーロン
スイス出身の建築家。スイスのバーゼル出身のジャック・ヘルツォークとピエール・ド・ムーロンの2人からなるユニットで、日本ではプラダ青山店などを手がけた。
丹下建三(たんげけんぞう)
日本の建築家。新宿パークタワー、フジテレビ本社、東京都庁舎、代々木体育館、ほか多数をてがけた。

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「Fake」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
興信所の調査員であり主人公の宮本と東大生の加奈は、芸術の才能はあるものの学力は最低レベルの昌史を東京芸術大学に合格させるため、最先端の技術を駆使してカンニングの手助けをする。しかしその先には大きな罠が待ち構えていた。
前回読んだ五十嵐貴久作品である「交渉人」が物語の展開とともに世の中の問題点をうまく描いていたので、今回もそれを期待して手にとったのだが、今回は少し趣が違った。
最終的に宮本らは、10億円をかけて、自分たちを罠に嵌めたカジノのオーナーとポーカーで勝負することになる。そのポーカーのシーンで描かれるブラフ(はったり)による駆け引きやカードチェンジの枚数によってよそうされる相手の役など、ポーカーを知っている人には非常に面白いだろう。
上でも述べたように、僕が物語に求めているような、世の中の矛盾や問題点を見事に描く。というような内容ではなかったが、1ヶ月ほど前に読んだ同名の作品、楡周平の「フェイク」と同様に、多くのお金を持っている人からお金を奪おうという内容が共通している点が非常に興味を惹いた。
格差社会と呼ばれる今、どんなに努力しても豊かな生活を得ることはできず、才能を発揮して誰もやったことのない事業に手を出しても、いずれ法律に阻まれる。今、ジャパニーズドリームとされるのは、弱者を蹴落として大金を稼いでいる人からお金を騙し取ることなのかもしれない。


ジャンフランコ・フェレ
自身のコレクションを手がける一方、1989年から1996年までクリスチャン・ディオールのチーフデザイナーを務めた。
ハリー・ウィンストン
アメリカの宝飾デザイナー、宝石商、またそのブランドである。父親のヤコブ・ウィンストンも宝石商。

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「償いの椅子」沢木冬吾

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
海岸近くの公園で、とあるグループのリーダー秋葉辰雄(あきばたつお)と能見亮司(のうみりょうじ)は銃撃を受けた。秋葉(あきば)は死に、能見亮司(のうみりょうじ)は下半身不随となった。それから5年後、再び能見亮司が現れた。公安、警察が能見の行動の監視を始める
車椅子の障害者を主人公とするところに新鮮味を感じた。物語の本筋ではないが、障害者でも運転できるように改造した車や、排泄についての記述は多少の驚きを与えてくれた。そして、能見(のうみ)を監視する、公安や刑事の動きの中からもまた、警察という組織の複雑さや、そこに従事する者の心の葛藤を垣間見せてくれる。
物語は、能見(のうみ)を中心に進行し、視点や心情描写は能見(のうみ)を監視する公安や刑事、そしてその関係者の間を何度も移動しながらも、主人公である能見(のうみ)自身の心情表現は乏しく、それが物語全体を不思議な空気に包んでいくのであろう。
そして、物語は中盤に差し掛かったあたりで大きく動き出し、最終的に能見(のうみ)は大きな事件を起こすことでその心の中を僕に明らかにしてくれた。僕にとって能見の生き方は到底受け入れられるものではないが、世の中にはいろんな人がいて、その中には家族に恵まれなかった人も多々いるであろう。社会や法律が許す生き方では、信念を曲げないわけには行かない人もいるのだろう。そう考えるとこんな生き方もありなのかなと、少し思った。芯の通った生き方はたとえそれがどんなに社会や法律から外れた生き方であっても理解しようと努めたいものだ。
全体を通じては、やや物語りに入り込みにくい印象を受けた。登場人物の相関関係を理解するまでに多少時間を要することは、物語を読む上ではよくあることだが、この物語ではそのための時間が特に多く必要だった。前半部分は特に大きな展開もなく淡々と話が進んだのも物語に入り込みにくかった一つの理由と言えるだろう。ただ、それでも最後は泣ける。
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「フェイク」楡周平

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
銀座の高級クラブの新米ボーイである主人公の岩崎陽一(いわさきよういち)は常にお金に困った生活を送っている。ところが年収1億の雇われママ、上条麻耶(かみじょうまや)と出会って人生は大きく動き出す。
銀座の高級クラブを舞台としているため、ホステスという僕の生活の中ではまったく縁のない世界について、物語を通じていくらか理解することができる。永久指名や同伴、ホステスが店を頻繁に移る理由など、ホステス同士が売り上げを競いながらもクラブのイメージを崩さないためにその長い歴史の中で考え出された仕組みだとわかる。
そして、物語中盤から、陽一(よういち)は麻耶(まや)と組んで、は高級クラブ通いのお金に無頓着な人々を相手に一儲け企む。100万単位でお金が動く展開はどこか現実離れしたものを感じながらも、格差の広がった現代、こんな人たちもいるのだろう、と納得のできるものではある。そして終盤にかけては、競輪というギャンブルとそれを利用するノミ屋なども関わってきて、またいくつか、今まで知らなかった社会の仕組みに強く興味を喚起させられた。
物語全体を通じた感想を言うと、非常に読みやすい作品であった。ただ、物語を通じて一貫して主人公の岩崎陽一(いわさきよういち)の一人称で進んだのが少し残念である。高級クラブに勤めているという以外はどこにでもいそうな青年の陽一(よういち)だけでなく、複雑な事情を抱えてホステスという世界に踏み込んだ上条麻耶(かみじょうまや)などの心情表現にももっと深く踏み込んで欲しかったと感じた。


ポプリ
花に、ハーブやスパイス、香料を混ぜ合わせ、さらにそれを瓶やポットのなかで熟成させた香りのこと
リトグラフ
リトグラフとは石版画のこと。リトグラフの「リト」とはギリシア語で「石」、「グラフ」とは「図版」です。水と油が反発しあうことを応用したもの。
デカンタージュ
ワインを飲む際に、「おり(滓)」と呼ばれる酵母の残りを取り除くために、清潔な別の容器に1度ワインを移す作業のこと。
ヘネシー
Hennessy。世界的に有名なブランデーメーカー。

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