「黄金の島」真保裕一

オススメ度 ★★★★★ 5/5
5年ぶり2回目の読了。真保裕一の作品の中で最も好きな作品である。暴力団幹部の恨みを買った坂口修二(さかぐちしゅうじ)はタイへと身を潜める。その後ベトナムへと場所を移し、日本へ行くことを夢を見る若者達と出会う。
日本を目指すというゆるぎない目標を持つ、ベトナムの若者達の言葉に、何度心を動かされたことだろう。ところが教育水準は低く彼等は日本の正確な位置も知らないのだ。

日本ていう国は、アジアでたった一つだけ、世界に方を並べられる国だ。アジア人だって、白人達のように幸福を手にできる

わずかな稼ぎではあるが男性はその腕力や体力を駆使してお金を稼ぐことができる。しかし、力もなく、満足な教育も受けていないベトナムの女性は、体を売る以外にまとまったお金を手に入れる手段は無い。

たまたま日本に生まれただけで、もてるものが違ってくるなんて不公平すぎる。いい暮らしができるのは、最初から決まった者たちだけで、わたしたち庶民は、いくら働いたって、外国人のような恵まれた生活は絶対にできない。みんな、自分の未来に絶望しているから、こんな国から逃げ出したいって思ってる。その何がいけないのよ。
もうたくさんなんだよ。大事な人が体を売るなんて……。そうしないと幸せが手に入らないなんて……。このまま外国人を羨み、何もしてくれない国を恨み、ただ歳を取っていくなんて、まっぴらなんだ!

物語の過程でベトナムという国の実態を知る。そこは警察や公安さえも信用できない世の中で、日本に住む僕等には想像することさえ難しい世界、一体そんな社会の中で、困ったときに一体誰に助けを求めればいいのだろう。民主主義が機能した日本という国に生まれたことを安堵する自分がいる。
また、ベトナムの老人の言葉からはベトナムという国の歩んできた複雑な歴史が垣間見え、その歴史的背景にも興味を抱いた。

最初にアメリカ兵を殺した時、誇らしさで胸が一杯になった。でも、そんな誇らしさは長くは続かなかった。人を殺す行為からは何も生まれないからだ。わしらは魚や動物を殺して生きている。肉食の動物も同じだ。虫もそうだろう。けれど、人が人を殺す行為は何も生み出さないし、生かしもしない。ただ、人が愚かだと再確認できるにすぎん。殺されたくないから殺す。人間らしい考え方だ。
やつらは日本以外のアジア人を心底から馬鹿にしきっていた。自分らがただ日本という経済大国に生まれただけだというのに、国の経済力をそのまま知能程度や人間の質の差だと大いなる勘違いをしている。経済力を誇る”黄金の島”に生まれたという、世界でもひとにぎりの幸福を自覚もできず、何の努力もせずに・・・

僕等は日本に生まれた幸福をほとんど意識せずに過ごしている。そして、この本を読まなければ、そんなこと一生考えずに生きられたのかもしれない。しかし、そうでなくてよかったと思う。なぜなら、僕は「経済大国に生まれただけの何の努力もしない人間」ではないのだから。


ジタン
フランスで最も一般的であり、ゴロワーズと人気を二分する煙草のブランド。
梵字
梵字(ぼんじ)はインドで使用されるブラーフミー文字の漢訳名。
喫水線
船が海面に接する分界線のこと。
ホイアン
ベトナム中部クアンナム省ダナン南方30キロにある古い港町。16世紀末以降、ポルトガル人、オランダ人、中国人、日本人が来航し国際貿易港として繁栄した。
DHL
ドイツポスト傘下の運送会社。
参考サイト
ブラーフミー文字

【Amazon.co.jp】「黄金の島(上)」「黄金の島(下)」

「千里眼の教室」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
千里眼第2シリーズ第5作。氏神高校の体育館で爆発が起こった。そして爆発の後、生徒達は突然氏神高校国の設立を政府に向かって宣言する。
例によってやや現実離れしたストーリーである。学校という小さな面積と少ない人数で独立した国を作ろうとする生徒達の行動は、小さな国の成り立ちを見ているようだ。
インターネットを利用することで、土地が無くても頭脳で外貨を稼ぐことができ、国に役立つ情報や技術にはそれ相応の通貨を支払うなど、国民のモチベーションを上手く国へ還元させようとする。その一方で医療技術の進歩が遅れていれば、国民の生命を守るために、医療技術の進んだ他国に頼らざるを得ない。小国であるが故の長所と短所をこの題材の中でうまく表現している。
生徒達の知識が、高校生という設定にしては豊富すぎる印象もあるがこのへんの非現実感は千里眼シリーズだから描けるものなのだろう。そんな非現実なストーリーの中で発せられる疑問や台詞には現代の真実を的確に言い表したものもある。

実力行使こそが子供たちにとって唯一の対話法だったのよ。いつものらりくらりと問題から目をそむけてばかりの大人たちに対し、子供たしは発言の自由など感じてはいなかった。それで、どうあってもわたしたちが逃れられない状況をつくりだしてきた。

どんなに学のない大人であっても、中学生や高校生と比較すれば多くの知識を持っているのは当然である。それであるがゆえにその行動が正しくなかったり子供にとって納得の行かないものであったとしても言い争えば大人が勝ったり上手くはぐらかすことができるものである。それだけの理由で、大人には「自分たちのほうが正しい」という思い込み、子供には「大人は話しても無駄」という思い込みが生まれ、双方の溝は深まっていく。
いつか大人の立場になったとき、子供達の間に、そんな不都合な溝の生じない関係をつくれる大人になりたいものだ。


適応規制
私たちの心が、緊張や不安などの不快な感情をやわらげ、心理的な安定を保とうとする働き。
適応規制 合理化
一見もっともらしい理由をつけて、自分を正当化しようとする機制
適応規制 退行
たえがたい事態に直面したとき、発達の未熟な段階にあともどりして自分を守ろうとする機制
村八分
十分の交際のうち、葬式と火事の際の消火活動の二分以外は付き合わないという意味からとされ、のけ者にすることを「八分する」とも言われていた。十分のうちの八分は、「冠・婚礼・出産・病気・建築・水害・年忌・旅行」である。

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