「パーフェクト・プラン」柳原慧

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第2回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作品。
代理母として生計を立てる小田桐良江(おだぎりよしえ)と歌舞伎町で働く田代幸司(たしろこうじ)、赤星(あかぼし)サトル、張龍生(ちょうりゅうせい)の4人は投資アドバイザーである三輪俊英(みわとしひで)の息子である俊成(としなり)を誘拐して、ある犯罪計画を立てる。彼ら4人の計画通りに進むかに思えたところで物語りは大きく展開していく、という話。
物語はクラッキング、オンライントレードなど旬な題材を盛り込んだ、まさに今風な物語に仕上がっているが、物語自体の面白さ、深みは予想を超えるものではなかった。物語よりも新たな専門知識の風を吹き込んでくれたことが印象的である。


ソーシャルエンジニアリング
ネットワークの管理者や利用者などから、話術や盗み聞き、盗み見などの「社会的」な手段によって、パスワードなどのセキュリティ上重要な情報を入手すること。パスワードを入力するところを後ろから盗み見たり、オフィスから出る書類のごみをあさってパスワードや手がかりとなる個人情報の記されたメモを探し出したり、ネットワークの利用者や顧客になりすまして電話で管理者にパスワードの変更を依頼して新しいパスワードを聞き出す、などの手法がある。
ベルフェゴール(Belphegor)
ベルフェゴールは、人間界の結婚生活などをのぞき見る悪魔で、牛の尾にねじれた二本の角、顎には髭を蓄えた醜悪な姿をした悪魔とされる。しかし、それとは別に妖艶な美女として描かれることもある。何故か車輪付きの椅子、または寝室の奥で洋式便所に座った姿で現される。
七つの大罪
「七つの罪源」ともいわれ、「罪そのもの」というより、キリスト教徒が伝統的に人間を罪に導く可能性があるとみなしてきた欲望や感情のことを指す。伝統的な七つの大罪とは高慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲の7つを指す。
エニグマ
第二次世界大戦でドイツ軍が使用した暗号システム。ドイツ軍はエニグマに絶大の自信を持っていたため、 これが連合軍に解読されるとは夢にも思っていなかった。エニグマ暗号がもし解読されていなければ、 ノルマンディ上陸作戦や大戦での連合軍の勝利はずっと遅れたか、 あるいは、勝利そのものさえなかったかもしれない。
ES細胞
embryonic stem cellsの略語で、正式には「胚性幹細胞」という。不死化し、がん細胞のようにいくらでも永く増殖しつづける力をもっている。しかし、ヒトES細胞は、“人の生命の始まりである受精卵”を破壊して作り出すものだけに、いかに有用な細胞とはいえ、倫理的に果たして作製が許されるものかどうか、欧米を中心に真剣に議論されている。
ディスレキシア
学習障害の一つのタイプで、脳内の中枢神経系の機能障害。特徴としては、平均の知的能力があり、その他の障害が無いのにも関わらず、文字をすらすらと読むことができなかったり、スペリングをよく間違い、文字を書くことが苦手などがある。
ウィザード
本来「魔法使い」を意味する英語で、コンピュータの世界では稀に見る天才的技術者をウィザードと呼んだりもする。
サヴァン症候群
知能障害をもちながらも、例えば音楽や目で見た風景を写真と同じくらいに見事に再現できるなど、突出した記憶力を持つ人々のこと

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「光射す海」鈴木光司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
入水自殺をはかって病院に入院することになった若い女性のさゆりは記憶を失っていた。同じ病院に入院していた砂子健史(すなこたけし)はさゆりがたまに口ずさむハミングに聞き覚えがあり、さゆりのことを調べ始める。そして物語は、遺伝子病を絡め、太平洋を航海中のマグロ漁船まで広がっていく。
今回で約5年ぶり2回目の読破となったが内容を知っていても十分に楽しむことが出来た。僕自身は、現状から逃げ出してマグロ漁船で人生を模索する真木洋一(まきよういち)にもっとも感情が多く重なる。真木洋一(まきよういち)は同じようにマグロ漁船に初めて乗り込んだ水越(みずこし)をこう表現する。

道そ捜そうとする「あがき」においては、五歳年下の水越に負けると常々感じていた。持って生まれた体力、知力は人それぞれ異なる。与えられた領域の中で、精一杯あがかなければ生きる意味がないことを、水越(みずこし)から学んだつもりだ。

ハンティントン舞踏病という逃れられない運命に悩む女と、逃げようと思えば逃げられる現実を突きつけられた男。自分だったらどうするか、そんなことを考えてしまう内容である。全体としては、普段の生活からは想像もつかないマグロ漁船での生活と、実在する恐ろしい遺伝病を絡めた物語の展開が非常に上手い。そして結論への導き方も無駄がなくすっきり読ませてくれたうえで、さまざまな興味を掻き立ててくれる。


ケースワーカー
福祉事務所で現業を行う職員の通称。現業員とは、相談援助の第一線で働く職員のことで、これには生活保護だけではなく、障害者や児童、高齢者の相談業務を担当する職員も含まる。通称ですから、本来なら役所内での言葉で終わりそうなのだが、行政機関で福祉関係の相談業務に従事する人数が相対的に多いため、「福祉を中心に生活の相談にのる人」の通り名として一般的に使われるようになっている。
ハンチントン舞踏病
錐体外路障害のうちの運動増加筋緊張低下症候群の一つで、顔面筋・眼筋・舌筋、頚部・四肢などの筋に踊るような不随意運動がみらる。中年すぎに発症し、遺伝性家族性があり、精神障害や痴呆を伴う。有病率は人種によって異なり、欧米では人口10万人あたり4〜7人と比較的多い疾患とされているが、東洋人、アフリカ人では少なく、我が国では人口10万人あたり0.4人となっている。

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「発火点」真保裕一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
杉本敦也(すぎもとあつや)は12歳の夏、父親を殺された。以来、何をやっているときも、常に周囲からの奇異の視線を感じてしまう。そして、21歳になった今、多くの経験を経て、12歳の夏に一体何があったのか、なぜ父は友人に殺されたのか、9年前の真実に目を向けようとする。
物語は敦也(あつや)の一人称で綴られるため良くも悪くも敦也(あつや)の物の考え方が多く描かれている。大人になりきれない21歳の敦也(あつや)の心がよく見える。

少年期はもう大人と等しい打算を抱いているし、他人への嫉妬に胸を焦がしもする。本当の意味での純粋さを持ち合わせているのは、物心つくか点かないかの幼少期の、ほんの一瞬のことにしかすぎない。なのに大人は、少年の日々を甘酸っぱい幻想に見落ちた言葉で飾りたがる。

敦也(あつや)は12歳の夏から「父を殺された少年」だったことで複雑な思いを抱き続けていたのである。

あの子は可愛そうな身の上だから、みんなで応援してあげよう。そういう態度こそが高慢さに満ちている、と理解できない者がいる。
最初はいたわりと同情を、やがては好奇心がまざり、ゆくゆくは親切の押し売りが増えていく。

敦也(あつや)の自分勝手な考え方に、身に覚えを感じてしまう。数年前の自分と重ねてしまうからだろうか。

人は傷つきたくない。傷つけられたのだ、と思いたい。自分以外のところに原因をつくり、被害者の位置に立ち続けていれば誰からも非難はされなくてすむ。

物語は犯罪者と被害者の人権の問題へも触れることとなる。ジャーナリストとして敦也(あつや)と接点を持った武藤(むとう)は敦也にこう語る。

刑期を終えたら罪は消えるのか、と問われれば、やっぱり綺麗さっぱり消えてしまうことにはならないような気がする。でも刑期を終えて出てきた人を、無理やり過去に引き戻すようなことはしていいのか、迷う気持ちもある。

また僕の中に、答えの出ていない問題が出来上がったような気がした。
この物語自体は真保裕一としての新たな試みだったようで、すべてが敦也(あつや)の回想シーンとして描かれているため、話の展開が遅く、特に真実を求め始めるまでが長すぎて間延びする感がある。また、21歳の青年の回想としては感想などがあまりにも大人びているような印象も受けるが、作者の視点から敦也(あつや)の気持ちを描いてしまうためなのだろう。内容としてはページ数のわりに薄い印象を受けた。
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「半落ち」横山秀夫

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2003年このミステリーがすごい!国内編第1位

現職警察官の梶聡一郎(かじそういちろう)がアルツハイマーを患う妻を殺害し自首した。動機などを素直に話すが殺害から自首までの2日間の行動がはっきりしない。その2日間の謎を解くために関わる人々の物語である。
物語は事件の処理に関わる6人の人物の別々の視点によって時系列に展開していく。6人とは、W県警本部操作第一課の志木和正(しきかずまさ)、W地方検察庁の検察官である佐瀬銛男(させもりお)、東洋新聞の記者である中尾洋平(なかおようへい)、弁護士の植村学(うえむらまなぶ)、裁判官の藤林圭吾(ふじばやしけいご)、そして刑務官の古賀誠司(こがせいじ)である。
そのため、物語の展開だけでなく、普段あまり縁のない職業に就く6人の心の葛藤、所属する組織内の軋轢、仕事に対する誇りにも触れることができる。W県警の志木和正(しきかずまさ)は取り調べを次のように例える。

取り調べは一冊の本だ。被疑者はその本の主人公なのだ。彼らは実に様々なストーリーを持っている。しかし、本の中の主人公は本の中から出ることはできない。こちらが本を開くことによって、初めて何かを語れるのだ。

東洋新聞の中途採用者で「傭兵」という隠語をあてられる中尾(なかお)はこんな思いを抱いている。

傭兵は必ず這い上がる。だが、それは他人の二倍三倍働き、二倍三倍抜いてこそだ。人並みでは駄目なのだ。

物語は、6人の心を描写し、視点を変えながらも一本のしっかりとした筋をもって読者を飽きさせることなく展開していく。そんな中で物語に関わるアルツハイマーという病気の怖さを改めて知り、「生きる」ことの意味さえ考えさせられる。
梶(かじ)はアルツハイマーを発病した妻のことを語る。

物忘れがひどくなり、ミスを防ごうとメモをするようになったが、そのメモをしたことを忘れる。そして、後で忘れたことに気づき、深く傷つく。恐怖に戦(おのの)く。自分はいつまで人間でいられるのか−−

横山秀夫作品の「顔」にも同様のことがいえるが、本書も物語の展開のうえで不必要な場面描写や説明が極力省かれており、ページ数の割に内容が濃いという印象を受け、非常に読みやすい。そして謎が解けるラストは泣ける展開だった。急性骨髄性白血病、ドナー登録など考えさせられることの多い作品であった。


検察庁へ身柄付送致
警察は、被疑者を逮捕したときには逮捕の時から48時間以内に被疑者を事件記録とともに検察官に事件を送致しなければならない。被疑者を起訴するか否かを決定するのは公訴の主宰者である検察官だけの権限。
嘱託(しょくたく)殺人
死にたいと思っていても死ぬことができない重病人等が第三者に依頼して、殺してもらうことによって成り立つ行為のこと。
グリーニッカー橋
ベルリンとポツダムを結ぶ橋梁。冷戦時代、スパイ捕虜を交換する際に使われた。

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「誰か」宮部みゆき

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
今多コンツェルン会長の専属運転手だった梶田信夫(かじたのぶお)が自転車に撥ねられ、頭を強く打って死亡した。遺族である梶田の娘の梨子(りこ)と聡美(さとみ)は父である梶田についての本を出版したいという。そこで今多コンツェルンの広報室に勤める杉村三郎(すぎむらさぶろう)は梶田の過去を調べることになる。
どんな人にも大きな人生があり、山があり谷がある。それを轢き逃げした犯人に訴えようとする梨子(りこ)の気持ちは理解できる。

「わたし、その子の目の前につきつけてやりたいんです。六十五年間、一生懸命生きてきた、この人の人生を、あんたが終わらせちゃったんだよって」

道端ですれ違う人、その一人一人に「その人の人生がある」ということを常に意識できれば、多くの小さな争いがなくなるのに、と思った。
物語の中では主人公である杉村(すぎむら)の考え方が多く出てくる。読み進めながらその考え方に触れていくうちに、僕自身が持っているどっちつかずのの考えは、他の多くの人も持っているものであるような感じを抱いた。

母は、子供のころから、さまざまなことを教えてくれた。正しい教えもあれば、間違った教えもあった。いまだに判断を保留している教えもある。

「判断を保留している教え」そんなものを誰しも心の中に抱えているのだろう。それに対して自分なりの判断を下すたびに人は成長していくのかな・・そんなことを思った。
物語全体としては、自転車による交通事故という普段はあまり目が向けられない問題、そして恋愛の形の多様性という新たな視点を僕に与えてくれた。しかし、書店で本書を手にとったときに期待した、宮部みゆき特有の鋭い文章はなりを潜め、残念ながら一般的なサスペンスの域を出ないと言う感想である。当たり外れの激しいこの著者の作品の中で、この作品は「外れ」に該当してしまう。期待が大きい分評価が辛口になってしまう。


鬼籍
日本では過去帳(かこちょう)のことを指す。過去帳とは、寺院で所属している檀家で亡くなった人の法名、俗名、死亡年月日、享年などが書かれている帳簿である。
セルロイド
紙や木を原料としたニトロセルロースに樟脳(しょうのう)を混ぜたもの。天然樹脂を固めた物なので、プラスチックと違って微生物で分解し土に還る特性がある。弱点は燃えやすいという点。特に戦後の1954年にアメリカが、セルロイドは発火しやすく危険との理由で輸入を禁止したため、セルロイド製おもちゃ大国であった日本はその素材をビニールやプラスチックへと変えていくこととなった。

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