「金のゆりかご」北川歩実

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
GCS幼児教育センターのGC理論は、幼児期の教育が天才を作り出すというもの。過去の何人もの子供たちにその教育を受けさせてきた。野上雄貴(のがみゆうき)も過去、その教育を受けた一人。そんな彼が今回GCS幼児教育センターに社員として迎えられようとしている。どんな意図が働いているのか。
「胎教」も含めて、幼い頃の教育方法は多くの人の関心の向くところである。本作品では、幼い頃の環境の作り方が多くの知識や考え方を詰め込むのに適した、容量の大きい脳を形成するという考え方を、「CG理論」として挙げており、その教育によって成長した子どもたちと、その周辺の大人たちの様子を描いている。
多くの人が心の奥ではすでに理解している。必ずしも数学や教科ができて、
多くの知識を持っていることが必ずしも「幸せ」に繋がることではないと。だからこそ、本作品の登場人物たちは、その葛藤に苦しめられる。そんな倫理的な側面に加えて、もちろん本編のほうもしっかり楽しませてくれる。
何度も真実の裏に本当の真実が見えてくる。意表をつく展開の本など何度も読んで慣れていると自負している僕でも、「やってくれる」と思わせてくれる展開で、一方でそういう意表をつく展開の物語には、読者の予想を裏切ろうと努めるがあまり内容が希薄になるのだが、本作品はそんなことはなく満足できる一冊だった。
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「竜巻ガール」垣谷美雨

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
今を生きる女性4人を描く短編集。
今でも世の中には男尊女卑の文化は残っているのだろう。僕ら男から見てもたびたびそう感じるのだから、女性たちが感じるその不平等はさらに強く映っているに違いない。
自分の容姿の美しさのせいで性の対照として見られ続け、それを避けるためにガングロになる女子高生。一方、ある三十代の女性は、婚期を逃して会社にとどまり続ける。多くの男性社員が自分より出世し自分は常に若い女性社員と比較され続ける。
男と同じように評価されたとしても、女性たちは仕事ができれば「女性らしくない」とか「家事はできない」「可愛くない」と言われるのだろう。女性たちが生きるのをここまで難しくさせているのは、社会の評価と、男性の評価と、女性の評価があまりにも異なった審査方法をとっているからに違いない。
女性が女性を評価するときの腹黒さに比べれば、男性が女性を「かわいいから許す」などという本人たちの努力無関係に女性を評価する姿勢さえも可愛く見えてくる。

彼女は安心したいのだ。かつての私がそうだったように。
結婚したところで数々の問題を抱えて、不幸になる女が多いという事例をひとつでも多く見て、今の独身生活を選んだ自分が間違っていなかったことを確認したいのだ。

最期の章は日本に住む中国人を夫にした女性の話。仲良くやっていけるか不安がる日本人に対して、仲の良さなど大した問題じゃないと言い張る中国人。そのやりとりはなんとも心に残った。

日本デハ、大抵ノ人、生キテルデショウ

女性達の生き方の困難を理解していない男性たちにお勧めである。
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「終末のフール」伊坂幸太郎

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
3年後に小惑星が地球に衝突する。人々は働くのを辞め、学ぶのを辞め、何人かは暴徒と化し、何人かは自ら命を絶った。残された3年という月日を生きている人々を描く。
僕らはいつか死ぬということをもちろん知っていながらも、常にそれは遠い未来だと考えている。だからこそ「3年」と明確に自分の最期のときを突きつけられた人々の様子を通じて、生きることの意味を考えさせようとしているのだろう。
人々がそんなに簡単に命を絶ったり、そう簡単に食料を求めて暴徒と化すのか、正直疑問である。登場人物の一人のキックボクサーの苗場(なえば)さんは、世界の終りが3年後に迫ってもジムに通ってミットにハイキックを撃ち続けている、一風変わった人間のように描かれている。
彼はこういう。

明日死ぬとしたら、行き方が変わるんですか?
あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの行き方なんですか?

「明日死ぬとしたら?」と仮定して自分の行き方を見つめなおす考え方は、新しくもなんともなく、むしろ昔からたびたび語られることであるが、僕が思ったのは、むしろ、これって特別なことだろうか?ということ。こういう人、結構いるんじゃないかと思う。人間そんなに捨てたものではなく、最期まで格好よく生きることがきるのはのは一握りのヒーローだけじゃなく、日本にだって、僕の周りにだってたくさんいるんじゃないかと思うのだ。
そして僕自身も、もちろん実際にそんな状況になってみないとどうなるかなんてわからないが、この物語の中のような状況に陥ったら、なんか、毎日サッカーして、最期の日には空を眺めて楽しめそうな気がするのだが、他の読者はどう感じるだろうか?
今回、伊坂幸太郎という著者が人気ある理由が少しわかった気がする。彼の作品は何かを考えさせようとする、でも決して答えは示さない。そんな内容だから、「人生とは何か?」など、普段深く考えないで生きる人々になにか「はっ」とさせるような強い衝撃を与えるのではないだろうか?

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「女神」明野照葉

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
誰もがあこがれる美貌を持ち、仕事もトップセールスを誇る。そして恋人はエリート医師、と完璧な女性に見える沙和子(さわこ)。そんな折、同じ職場に勤め、周囲と同じように沙和子(さわこ)に憧れる真澄(ますみ)は、ときどき見せる沙和子(さわこ)の不思議な行動に興味を持って、彼女を観察し始める。
本作品で沙和子(さわこ)が見せる生き方は、人々の心に存在する強い願望を象徴しているようだ。人は誰もが誰かにあこがれている。自分より頭のいい誰か、自分より運動の得意な誰か、自分より優れた容姿を持っている誰か。悩みを持っていない人など世の中にはいないのに、人は誰かにそんな理想の生き方を感じるのだろう。
本作品でもる沙和子(さわこ)は、周囲から見ると完璧な女性。しかし物語は沙和子(さわこ)の視点も移り、沙和子(さわこ)にもまた大きな悩みやコンプレックスを抱えながら生きていることが窺える。そして、だからこそそれが自分の描く完璧な人間を演じようといる努力に変わっていくのである。
沙和子(さわこ)の世の中の一般論に左右されない考え方が爽快である。

主婦として家におさまっている女だって、突き詰めてしまえば同じことだ。からだと居心地のよい住環境を提供して、男に食わせてもらっている。客は夫一人かもしれなくても、売春とたいした違いはない。

僕の頭の中にある常識にも波紋を作る。

男というのは「君の幸せ」と言いながら、自分の人生の設計図に女を同伴者として取り込もうとする。

物語は昨今の世の中の怖さを伝えてくる。お金さえ払えば戸籍を買うことも、整形手術をして顔を変えることもできる。皺や肌のたるみを除去して若くみせることもできる。
しかし、多くの人が誰かにあこがれ、「こんな自分は嫌だ」と思ってはいても、実際に行動に移すことはできない。親からもらった顔を変えるのは良くない。体を売るのは良くない。人を欺くのは良くない。そんな「倫理」と呼ばれるものを言い訳にして、何もせずにただ自分の不幸だけを嘆き続けるのだ。
沙和子(さわこ)がこの作品の中でみせてくれるその生き様は、人によっては「そんなもの『幸せ』ではない」と断じるかもしれない。そういう生き方しかできない彼女を「哀れな人」と蔑むかもしれない。でも、「こんな生き方もありなのかもしれない」「こんなふうに強く生きてみたい」と思わせてくれる部分があるからこそ心に響く何かを感じるのだろう。
本作品で興味深いのは、そんな沙和子(さわこ)の生き方を知った数人の人々の見せた反応である。
僕らが持っているそれぞれの価値観は僕らだけのものであり、必ずしも他人の価値観に依存する必要はないのだから、そんな価値観に正直に生きてもいいのじゃないだろうか。たとえ誰も認めてくれなくたって…。
しかし東野圭吾の「白夜行」に登場する雪穂を思い出したのは僕だけではないだろう。
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「放火」久間十義

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
池袋の雑居ビルで19名の死傷者を出す火災が発生した。新聞記者のまゆ子は真相を究明するため、そして警部補の黒田(くろだ)も警察上層部の動きに不信を感じながらも関係者を当たる。
2001年に起こった歌舞伎町ビル火災を思い起こさせる。実際著者もこの事件をヒントに本作品を描いたのだろう、最初の従業員が脱出するシーンや都市ガスのガスメーターがガス管から外れている点も事件と同じであり、すでに忘れ去った過去の傷ましい事件へと僕の関心を向けさせてくれたが、その一方で、誰にも知られずに夜な夜な放火を繰り返す、というタイトルの「放火(アカイヌ)」という言葉が僕に与えたイメージとその内容はかけ離れているような違和感を感じた。
とはいえ、風俗店に認可を与える公安委員会の事務作業を警察が行うことよって発生する矛盾、すなわち癒着に触れており、物語の視点は非常に面白い。この視点の面白さをもう少し物語の面白さに繋げられないものか、登場人物に誰一人として感情移入できないほどその薄い描写にそう感じずにはいられない、なんとも残念な作品である。

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