「地図と拳」小川哲

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第168回(2022年下半期)直木賞受賞作品。1899年、日本が満州へと領地を拡大するなか、その地で生きる日本人や中国人を描く。

日本の側は、満州の地図を描くプロジェクトを中心にそこに関わる人々を描く。一方で中国の側は、外国人が押し寄せてきたことによって家族や家を失った李大綱(リーダーガン)が、その思いを力に変え、のし上がっていく様子と合わせて、同じように不幸な環境で育ったその娘の孫氶琳(ソンチョンリン)を中心に描く。

タイトルにあるように日本の川では満州の地図を描くことや建築についての思考錯誤する様子が繰り返し描かれる。現代で言うとAIのように、正確な地図が広まっていなかった当時は、正確な地図を描くことが単に個人の知識としても、国家間の争いにおいても大きな意味を持ったことが伝わってくる。

しかし、満州という新しい国土をどのように発展させるかを議論を重ねて進める中で、満州という場所を国土として維持できないのであれば、苦労して築いた場所がそのまま敵国のものになってしまうという事実もあるのである。世界を巻き込んだ戦争へと突き進む中で、立場や持っている情報によって、日本人の間でも満州にしっかりとした街を築こうとするものと、満州への資源の投資を節約しようとする人など立場が分かれるのが興味深い。

カンボジアの内戦を描いた「ゲームの王国」でも感じたことだが、著者小川哲が膨大な時間をかけて歴史の調査にあてながら物語に仕上げているのを感じる。しかし、その一方で、それぞれの登場人物の心情描写が乏しく人間としての深みがほとんど感じられない。登場人物の個性が薄いため名前だけの存在になってしまい、読んでいるうちに誰が誰だかわからなくなることが多々ある。読者として有意義な読書にするためには、人間の物語に期待するのではなく、教科書よりも詳細に描かれた歴史として、少しでも現代に通じる真理や知識を学び取ろうという積極的な姿勢が求められる。

【楽天ブックス】「地図と拳」
【amazon】「地図と拳」

「可燃物」米沢穂信

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
群馬県警の葛(かつら)警部の下に起こった5つの事件を扱う。

群馬県で起こった、遭難事件、交通事故、殺人事件などを部下と共に対応する葛(かつら)警部を描いていく。

正直登場人物が薄っぺらい。著者米沢穂信は以前よりたびたびその作品に触れて、年齢とともに作品が深みを増しているのを感じる。今回もさらに深みを増した作品を期待しただけに、登場人物の人生も言動も薄っぺらく残念である。

警察物語だと深い物語を書けないというなら日明恩の作品を読んでほしいし、短編集だと深い作品を描けないというなら「第三の時効」など横山秀夫の作品を読んでほしい。

王とサーカス」のような良い作品を知っているだけに、本作品から本気で書いている感がまったく感じられない。著者が暇潰しで書いのではないかと思われるような薄っぺらい物語の集まりである。

【楽天ブックス】「可燃物」
【amazon】「可燃物」

「成瀬は天下を取りにいく」宮島美奈

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第21回(2024年)本屋大賞受賞作品。けん玉やシャボン玉など幼い頃からなんでもできて、周囲に振り回されない生き方を貫く中学二年生成瀬あかりの様子を友人の島崎(しまざき)が語る。

成瀬(なるせ)と島崎(しまざき)は地元の西部デパートの閉店のカウントダウンで毎日西武に通うことにしたり、一緒にM-1グランプリに出場するために漫才をしたりするのである。そんな毎日一生懸命生きる二人の様子はきっと良い刺激になることだろう。

本書の魅力は成瀬(なるせ)の真っ直ぐな考え方やその行動力であるが、もう一つ面白いのは滋賀県の膳所(ぜぜ)を舞台にしていることである。大都市でもなければ田舎でもなく、そんなほどほどの街だからこそあまり物語に登場しない場所なので新鮮である。

全体的に、成瀬(なるせ)真っ直ぐに生き方が爽快である。現実ではなかなかここまで割り切って生きることが難しいからこそ、読者の琴線に触れるのではないだろうか。とりあえず自分も成瀬を見習って200歳まで生きることを挑戦したいと思った。

【楽天ブックス】「成瀬は天下を取りにいく」
【amazon】「成瀬は天下を取りにいく」

「君のクイズ」小川哲

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
早押しクイズ大会の決勝戦で不可解な解答によって破れたは、クイズ関係者から上がるヤラセ疑惑を解明しようとする。

本書はクイズに人生を賭ける三島玲央(みしまれお)が、タレントである本庄絆(ほんじょうきずな)に早押しクイズ大会の決勝戦で敗れることから始まる。最後の問題は、問題文が読まれる前に本庄絆(ほんじょうきずな)がボタンを押して正解をしたことから、クイズ関係者のなかではタレントを勝たせたいという番組によるヤラセ疑惑が浮上したのである。

そんななか三島玲央(みしまれお)は冷静にその番組を見返してヤラセ以外の説明ができないか分析していく。その過程でクイズの実情が見えてくる。クイズでは、知識の量を競っているわけではなくクイズの強さを競っており、クイズに強い人はそのための技術や駆け引きを常に駆使しているのである。

正直感情移入できるような登場人物は一人もいない。ただクイズを扱った稀有な作品であり、新たな世界に目を向けてくれる点では一読の価値ありである。

【楽天ブックス】「君のクイズ」
【amazon】「君のクイズ」

「インフレーション宇宙論」佐藤勝彦

★★★☆☆ 3/5
宇宙の始まりに関するインフレーション理論について説明する。

宇宙の物語について少しでも理解したくて、宇宙論や量子論に関する本を読んでおり、本書にもその過程で出会った。

本書ではビッグバン理論までの流れとビッグバン理論の矛盾を説明し、その後インフレーション理論を説明していく。
相変わらず想像上の話が多く理解しずらいが、インフレーション理論とはそれまでのビッグバン理論を否定するものではなく、ビッグバン理論では説明できないビッグバン理論以前の宇宙を説明する理論、つまり捕捉する理論であることがわかった。

相変わらず読めば読むほどわからない考えや理論が溢れてくることに圧倒される。暗黒物質、暗黒エネルギー、真空のエネルギー、グレートウォール、力の統一論など、引き続き知識を深めていきたいと思った。

【楽天ブックス】「インフレーション宇宙論」
【amazon】「インフレーション宇宙論」

「THE CULTURE CODE 最強チームをつくる方法」ダニエル・コイル

★★★★☆ 4/5
優れたパフォーマンスを発揮するチームを作る方法をさまざまな実例とともに説明する。

昨今は心理的安全性などが多くの組織で語られるように、単純に優れた人間を集めただけでは組織は最高のパフォーマンスを発揮できないことはわかっているだろう。しかし、実際にそのような組織を作るのは簡単ではない。著者ダニエル・コイルは才能を育てることをテーマにした「The Talent Code」が印象的だったので、本書も組織作りに関しての新たな視点をもたらしてくれることを期待して手に取った。

本書は3つの章から成る。

  • 安全な環境をつくる
  • 弱さを共有する
  • 共通の目標を見る

一部の人間には「弱さを共有する」というのは新鮮かもしれないが、自分にとってはむしろこの言葉がこれまであまり語られてこなかったのが不思議なくらいである。本書ではチームのパフォーマンスは次の5つの要素の影響を受けるとしている。

  • 1.チームの全員が話、話す量もほぼ同じで、それぞれの1回の発言は短い
  • 2.メンバー間のアイコンタクトが盛んで、会話や伝え方にエネルギーが感じられる
  • 3.リーダーだけに話すのではなく、メンバー同士で直接コミュニケーションを取る
  • 4.メンバー間で個人的な雑談がある
  • 5.メンバーが定期的にチームを離れ、外の環境に触れ、戻ってきた時に新しい情報を他のメンバーと共有する

全体的に違和感ないが、それぞれ1回の発言の短さの重要性に触れている点が印象的である。つまり、中心人物が長々と演説をしているようではチームは育たないということだ。

最後の共通の目標を見るの章では、ジョンソン&ジョンソン、ピクサー、チャータースクールKIPPなどのさまざまなエピソードと共に、組織内で優先することを言葉として繰り返すことの重要性を伝えている。どんな組織でも使えそうな印象的な言葉がたくさんあったので、ここに挙げておきたい。

  • 問題を愛する
  • 門番ではなく使者になれ
  • 自分より賢い人を雇う
  • すべての人のアイデアを聞く

期待した通りいろいろな気づきを与えてくれる作品。会社だけでなく家庭でも今日から実践できることばかりである。一方で、リモートワークが普及する中で、これをオンラインで実現するにはどんな方法があるか、まだまだ試行錯誤が必要だと感じた。

【楽天ブックス】「THE CULTURE CODE 最強チームをつくる方法」
【amazon】「THE CULTURE CODE 最強チームをつくる方法」

「THINK AGAIN 発想を変える、思い込みを手放す」アダム・グラント

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
考え直すこと、つまり既存の考えを見つめ直すことの重要性とその方法を語る。

著者アダム・グラントは「GIVE & TAKE」が有名な著者である。いつも刺激的な視点をもたらしてくれるので本書も同様に新たな考えを風をもたらしてくれることを期待して手に取った。

本書では、知的柔軟性の重要性をテーマに、新たな考えを受け入れること、周りの人に再考を促す方法、学び続ける組織を創る方法について順を追って説明している。

知的柔軟性を妨げているのは自分の予期するものを見る確証バイアスと、自分の見たいものを見る望ましさバイアスであり悪い流れと良い流れを過信サイクル再考サイクルとして次のように説明している

過信サイクル
自尊心→確信→確証バイアス&望ましさバイアス→是認
再考サイクル
謙虚さ→懐疑→好奇心→発見

また、学び始め直後に訪れる根拠のない自信をマウント・スチューピッドと表現しているのも面白い。全体的に改めて自分が過信サイクルに陥っていないで学び続けているかを考え直すきっかけとなった。

中盤の周りの人に再考を促す方法の話は、自分にとっては耳が痛い話ばかりである。

「完璧な論理」と「正確なデータ」だけでは人の心は動かない

解決策を言うべきではない、相手に寄り添わなければならない、など言われることは多々あるが実際にどうすればいいかがわからない人は多いのではないだろうか。悪い動機づけとして16項目挙げておりどれも興味深く、自分がやってしまった出来事にかぎらず、他者から受け取った行為も含めると身に覚えのあるものばかりである。

  • 当人のせいにしようとする
  • 説教する
  • 当人の意見を退ける
  • 恥入りさせる
  • 何をすべきか指示する
  • 支援しない
  • 当人の気持ちを気にかけない
  • 受動的攻撃
  • 愛情を示さない
  • 品位を傷つける
  • 当人の主張に耳を貸さない
  • 尊敬を示さない
  • 脅しの作戦をとる
  • 怒鳴る
  • 操作する
  • 小バカにする

本書の中には人に再考させるための多くの助言があるが、簡単な実践例としては、自分の考えを一才語らずに、相手の考えを語らせるということだろう。早速妻や子供相手に実践してみたいと思った。

そして、最後の学び続ける組織を創る方法では、心理的安全性について触れている。心理的安全性について「恐れのない組織 「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす」など、昨今そこらじゅうで語られているので、良い復習の機会となった。

【楽天ブックス】「THINK AGAIN 発想を変える、思い込みを手放す」
【amazon】「THINK AGAIN 発想を変える、思い込みを手放す」

「エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」」吉田満梨/中村龍太

★★★★☆ 4/5
優れた起業家が実践するとされる手法であるエフェクチュエーションについて語る。

変化の早い現代において、不確実性への対処が必須となっており、世の中の多くの人や組織やそんな不確実性への対処に頭を悩ませている。その手法として一般的なのが、目的の定義と市場の分析から入る手法である。本書ではそのような手法をコーゼーションと呼んでおり、もう一つの選択肢としてエフェクチュエーションを提案するとともに説明していく。

エフェクチュエーションとは簡単に説明すると、自分の持っている資源を活用して小さく始めていく、ということである。本書では5つの原則として、つぎの項目を挙げ、続く章でそれぞれの詳細について説明している。

  • 手中の鳥の原則 「目的主導」ではなく、既存の「手段主導」で何か新しいものを作る
  • 許容可能な損失 機体利益の最大化ではなk、損失(マイナス面)が許容可能化に基づいてコミットする
  • レモネードの原則 予期せぬ事態を避けるのではなく、むしろ偶然をテコとして活用する
  • クレイジーキルトの原則 コミットする意思を持つ全ての関与者と交渉し、パートナーシップを築く
  • 飛行機のパイロットの原則 コントロール可能な活動に集中し、予測ではなくコントロールによって望ましい成果を帰結させる

小さく始めるという点においてはリーンスタートアップなどにも共通しているが、目的や理想に縛られることなく、動きやすい範囲で動いていくというのは、かなり取り組みやすい現実的なアプローチに感じた。注意すべきはコーゼーションのアプローチを否定しているわけではなく、重要なのは使い分けや二つのバランスであるということである。

コーゼーション方向に寄りすぎている考え方の人にとっては大きな気づきとなるだろう。

【楽天ブックス】「エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」」
【amazon】「エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」」

「コーチング思考」五十嵐久

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
経営者専門のコーチである著者がコーチングの重要性と考えを語る。

年齢を重ねると若い頃のようにさまざまなことを指摘してもらう機会が減ってくるし、どうしても決まった考え方に流れがちである。そういう意味ではコーチングが重要であることは明確なのだが、コーチをつけた経験もないので、実際それがどんなものなのだかがわからない。同時に、むしろ自分自身が妻や子供、同僚への良いコーチになりえるなためのヒントが得られるのではないかと感じてこちらに辿り着いた。

コーチングにおいて重要な考え方のいくつかを箇条書きにしてくれている点がありがたい。例えば次のような項目である。

コーチャビリティを伸ばす「SPACE」
・自分を知っている(Sele-Awareness)
・情熱がある(Passion)
・当事者意識がある(Accountability)
・好奇心旺盛である(Curiosity)
・実行力がある(Execusion-Ability)

本書ではコーチャブルな人間としてこの項目を書いているが、成長を続けられる人の特徴とも言える。常に自分がSPACEであるか意識したいと思った。

なかでももっとも印象的だったのが、成功の循環モデルというものである。

成功の循環モデル
・関係性の質
・思考の質
・行動の質
・結果の質

世の中には良いサイクルと、悪いサイクルがあり良いサイクルは関係性の質の改善から取り組むのに対して、悪いサイクルは結果の質を改善しようと取り組むとしている。これこそまさに、世の中のうまくいっていない企業や人間関係を端的に表していると感じた。

全体的に日本の本屋にあふれている余白だらけでどこかで聞いたような話の寄せ集めのような内容の薄い本に見えたが、読んでみると初めて聞く話など印象的な内容もあった。

【楽天ブックス】「コーチング思考」
【amazon】「コーチング思考」

「コロナ漂流録 2022の銃弾の行方」海堂尊

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
コロナの感染者数が増える中、前首相が手製の銃で狙撃される。コロナ禍の東城医大を中心に政治や社会の様子を描く。

コロナ三部作の三作品目である。前二作品と同様に、実際の出来事にかなり忠実に描かれているので、前首相の狙撃などは描かれているものの、読者の想像を超えるような物語の大きな動きは少ない。一方で中抜きのために税金を大量に投入してつくったコロナアプリや、ワクチンの補助金を受け取りつつワクチン開発を断念した企業の問題など、今まで御用メディアが報じない政治の深刻な問題に目を向けてくれる。

随意契約で四億円、問題が発覚した後の再委託が三億五千円、総額七億五千万円の税金を投入して開発されたアプリは、不具合が次々に噴出して機能不全になっていた。
しかも支払いは中抜きに次ぐ中抜きで、実際に開発した下請け会社に渡ったのはたったの四百万円だったというのだから、呆れて物が言えない。

上場以来二十年、株式市場から資金調達を続けながらも一度も黒字化していない製薬会社で、ワクチン開発実績ゼロのベンチャーに百億円以上も補助金をだすなんて決めやがったのは、一体どこのどいつだよ

結果として国への大きな失望感を感じるとともに、一人の国民として行動をしなければならないという危機意識を再認識させられた。そしてまた、世の中の動向を知るにはテレビだけでは不十分どころかむしろ危険で、多方面の視点から描かれた感想や物語に触れるのが一番だと感じた。

【楽天ブックス】「コロナ漂流録 2022の銃弾の行方」
【amazon】「コロナ漂流録 2022の銃弾の行方」

「Ank:a mirroring ape」佐藤究

★★★★☆ 4/5
京都で暴動が発生したは霊長類研究に起因するものだった。霊長類研究者の鈴木望(すずきのぞむ)が暴動を止めるために奔走する様子を描く。

物語は京都で発生した暴動と、そこに至るまでの京都の霊長類研究所の周辺で起こった出来事や関係者の間でのやりとりなどを交互に行き来しながら展開していく。

鍵となるのが類人猿だけが身につけた自己鏡像認識という能力である。鈴木望(すずきのぞむ)は自己鏡像認識が人類の言葉の発展の鍵と捉え、霊長類研究に情熱を注ぐのである。そんななか研究のためにアフリカから傷ついたチンパンジーを輸送したことから不測の事態へとつながっていく。

やがて不幸な出来事の連鎖により人間同士の暴動へとつながっていく。集団感染を世間が警戒する一方、現場近くにいた鈴木望(すずきのぞむ)は集団感染ではないとしながらも証拠なしに動かない国家のために自ら原因を特定しようとするのである。

正直物語のスピード感はそれほどではないが、どこまでが本書に限ったフィクションなのかがわからなくなるほど霊長類や人類の進化に関する科学的な視点を多くもたらしてくれる。そもそもApeとMonkeyの違いを知らなかった。Monkeyは猿だが、Apeの日本語訳は類人猿なのであり、映画「猿の惑星」は翻訳の都合から猿になっただけで、英語タイトルはThe Planet of Apesで、猿ではなく類人猿とするのが正しいのだという。

久しぶりの理系小説である。「パラサイト・イヴ」のような物語と同時に科学の世界に引き込まれるような楽しさを味わせてもらった。理系読者は存分に楽しめるのではないだろうか。

【楽天ブックス】「Ank:a mirroring ape」
【amazon】「Ank:a mirroring ape」

「球界消滅」本城雅人

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
日本のプロ野球が4球団に縮小され、アメリカのメジャーリーグとの統一リーグとなることとなった。プロ野球の関係者たちはプロ野球の未来と自分の立場を憂いながらも大きな変化に適応しようとする。

選手、ファン、監督などさまざまなプロ野球関係者の視点から、日本のプロ野球とメジャーリーグ(以下MLB)の統合の動きを追っていく。もっとも興味深いのは大野俊太郎(おおのしゅんたろう)という20代の青年だろう。彼はファンタジーベースボールという実際のプロ野球のデータをもとに競うゲームで優勝者となったことから日本の球団の副GMという仕事にたどり着いたのである。「マネーボール」のような緻密な分析を日本のプロ野球に取り込んだことでチームの成績を上げたにも関わらず、プロ野球とMLB統合という大きな波に飲まれていくのである。

日本のプロ野球とMLBとの統合という考えは、サッカー界が国をまたいだ大会によって大きな成功を収めていることを考えると、現在の閉鎖的なプロ野球でありかつ人口減少が止まらない日本における解決策としては興味深い。しかし、細かいルールの違い、チームが抱える選手数の違い、移動距離の問題、など、実際に実現しようとなると克服しなければならないさまざまな障害があるのである。本書はそれぞれの登場人物の物語とともにさまざまな問題を取り上げていく。

物語として面白いかどうかは別として、プロ野球にかぎらずスポーツビジネスに興味がある人は楽しめるだろう。個人的に興味を持ったのが、アメリカで最も人気のあるスポーツアメリカンフットボールのビジネスモデルである。年間1チーム20試合に満たない試合数でこれほど成功するスポーツの秘訣は一体なんなのか、今年のシーズンは興味を持って見てみたいと思った。

面白く描いたスポーツのビジネス書として捉えるとちょうどいいかもしれない。

【楽天ブックス】「球界消滅」
【amazon】「球界消滅」

「Aではない君と」薬丸岳

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第37回(2016年)吉川英治文学新人賞受賞作品。建設会社で働く吉永圭一(よしながけいいち)は14歳の息子の翼(つばさ)が、同級生の殺害の容疑で逮捕されたことを知る。

物語は離婚して、息子が大きくなるとともに少しずつ疎遠になっていった息子が、同級生の殺害の容疑で逮捕されたことで、息子との絆を取り戻そうとする父親吉永圭一(よしながけいいち)の様子を中心に描く。

息子は本当に同級生を殺害したのか、そこにはどんな理由があったのか、離婚して以来、家族と疎遠になっていたからこそ息子を心の底から信じきれない吉永(よしなが)の言動が痛々しい。

また、中盤以降翼(つばさ)は少しずつ真実を口にしはじめる。加害者だけでなく、殺害された少年の父親すら真実を封印したくなる出来事が明らかになっていく。

心を殺すのは許されるのにどうしてからだを殺しちゃいけないの?

少年犯罪を扱った作品はこれまでにも何度か出会ったが、本書はより親として立場に焦点をあてている。一人の親として改めて、子供たちの窮地にどのように行動すべきか、正解のない問いを突きつけられた。

【楽天ブックス】「Aではない君と」
【amazon】「Aではない君と」

「メタバース未来戦略」久保田瞬/石丸尚也

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
メタバースについての現状と起こりうる未来を説明している。

メタバース議論のなかでつねに発生するのが15年以上前に同様の考えで広まったSecondLifeである。僕自身SecondLifeを時間をかけて楽しんだ人間なので、メタバースが実現しようとしている世界だけでなく、その限界も一般の人よりもわかっているつもりではいるが、よりその認識の精度を上げたくて本書を読むに至った。

SecondLifeとの違いとして、技術や通信速度の向上による違いはよく言われることだが、メタバースにおいては、モデリングの技術の発達も大きな成功を予感させる要因だという。つまり現実の世界をスキャンしてメタバース上に複製することが比較的簡単にできるのだという。SecondLifeで人々がやっていたように、世界の有名な場所を一生懸命作り上げる必要はないのである。

本書自体すでに出版から3年経っており、いつのまにかメタバースという言葉が話題に上がることも少なくなってきた。読みながら、本書で触れられているHorizonWorldなどのメタバースアクセスを試みるが限られた地域でしかアクセスできないとのことである。本書の出版からあまりメタバース世界に大きな進歩はないようだ。

進歩が滞っている理由はわからないが、一時期の熱が冷めて、世間のメタバースへの見方は冷静になっていくだろう。改めてクリエイターとしてまた一人のユーザーとしてどのような使い道があるのか考えるきっかけとなった。

【楽天ブックス】「メタバース未来戦略」
【amazon】「メタバース未来戦略」

「ELEVATE 自分を高める4つの力の磨き方」ロバート・クレイザー

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
自分を高める4つの力について順を追って説明している。

自分を高める4つの力を精神のキャパシティ、知性のキャパシティ、身体のキャパシティ、感情のキャパシティとしてそれぞれを章ごとに説明している。身体のキャパシティ以外の3つが若干区別しずらいが、日本語では目的、知識、健康、心構え、という言葉で語られることが多い。

印象的だったのは感情のキャパシティの章で触れられていた、人の心に変化を起こすとする次の公式である。

心のつながり+挑戦=変化

改めて、人や世の中を良い方向に変化させるためには、適度なつながりを構築する必要があることを感じた。

それぞれの章の冒頭に格言が書かれているのが興味深い。印象深かったものを挙げると次の2つである。

心の姿勢が正しい人が目標を達成するのを阻止することができる者は存在しないし、
心の姿勢が間違っている人を助けられる者もこの世には存在しない
自分が若いときにいてほしかった人になれ

ページ数も少ないうえに余白も多く、内容も引用や本やWebサイトの紹介が多く、値段に見合うほど中身の濃い本とは言えない。1時間程度で読み終わってしまうような内容なので、学べる点をなにがなんでも見つけようとか、紹介されている本やサイトをすべて見てみよう、など強く意識しない限り意味のある読書にはならないだろう。

【楽天ブックス】「ELEVATE 自分を高める4つの力の磨き方」
【amazon】「ELEVATE 自分を高める4つの力の磨き方」

「行動経済学が最強の学問である」相良奈美香

オススメ度 ★★★★☆ 3/5
アメリカで行動経済学を専門とする著者が体系的に行動経済学を説明する。

最近の日本の書籍の傾向なのか、内容をわかりやすくするだけではなく、間引いているように見える。本書もその一つで、本書の中でも触れられていて同じく行動経済学を扱った「ファスト&スロー」や「予想通りに不合理」などと比較すると内容が薄いように感じる。

本書で新鮮だったのは、行動経済学という新しい分野を体系化しようと試みている点である。本書では認知のクセ、状況、感情という3つのカテゴリに分けて説明しようとしている。

認知のクセ
・計画の誤謬
・真理の錯誤効果
・快楽適応
・自制バイアス
・システム1vsシステム2
・ホットハンド効果
・身体的認知
・確証バイアス
・概念メタファー
・メンタル・アカウンティング
・解釈レベル理論
・非流暢性
状況
・フレーミング効果
・おとり効果
・ナッジ理論
・アンカリング効果
・プライミング効果
・系列位置効果
・感情移入ギャップ
・単純存在効果
・パワー・オブ・ビコーズ
・情報オーバーロード
感情
・アフェクト
・ポジティブ・アフェクト
・ネガティブ・アフェクト
・心理的コントロール
・拡張-形成理論
・不確実性理論
・心理的所有感
・境界効果
・目標勾配効果
・キャッシュレス・エフェクト

行動経済学関連の書籍を数冊程度読んだことがある読者にとっては、いずれも聞いたことばかりある事柄だろう。しかし、それぞれの事象を命名している点がありがたい。組織のなかに浸透させるためには、いちいち事象を説明するのではなく、簡潔な言葉を共通言語として繰り返し使うに越したことはない。自然と言葉が出てくるようにしたいと思った。

全体的には上に書いたように、体系化と言語化に努めている点のみに新しさを感じた。

昨今「・・が9割」や「・・が最強の・・である」など似たようなタイトルが目立っている。売れるための手法なのかもしれないが、売ることだけを目的とした大層なタイトルは、内容が伴わなければ失望感の方が大きく、結果的に出版社や著者の信用を傷つけることにしかならない。長期的には出版側にとっても読者側にとってもマイナスであることに気づいてほしい。

【楽天ブックス】「行動経済学が最強の学問である」
【amazon】「行動経済学が最強の学問である」

「八本目の槍」今村翔吾

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
16世紀後半、徳川家康が勢力を増すなか、賤ヶ岳の七本槍とよばれた豊臣家に仕える七人の武将が過去の思い出や現在の思いを語る。

賤ヶ岳の七本槍とよばれた武将たちは、羽柴秀吉が少しずつ大名として地位を向上させる過程で家臣を増やす必要があり、そこに集ってきた似た境遇の若者たちである。賤ヶ岳の戦いで7人は一気に名を広めたが、それ以降は順当に地位を上げていくものもいれば、逆に期待された活躍をできなかったものもいる。そんな少しずつ異なる道をいく7人が、豊臣家と7人の仲間であった佐吉(さきち)つまりのちの石田三成について語る、という形で物語が進む。

「八本目の槍」今村翔吾

7人はいずれも、立派な人間になることを目指して豊臣家に仕えることを選んだが、学問に秀でているものもいれば武芸に自信を持つものもいる。いずれの人生にも、佐吉(さきち)の存在が多少なりとも影響を与えており、それぞれの語る言葉からは佐吉(さきち)が、どれほど仲間を想い、どれほど先の未来を見据えていたかが伝わってくる。

最終的に佐吉(さきち)視点で物語が語られることはないが、物語全体から佐吉(さきち)、つまり石田三成に対する憧憬の念が伝わってくる。

僕ら現代の人間が遠い過去の物語に触れる時、どうしても当時の人々を若干下に見がちである。それは現代では当然のこととして知っている技術や自然現象を、当時の人々は知らなかった、など知識や情報不足によるところが大きい。しかし、本書を読むと、いつの時代にも人は、家族や未来を憂い、自分の技術や地位を周囲の人と比べ悩んだりしながら生きているのだと感じた。

今年読んだ中で最高の作品であるし、これまで読んだ江戸時代以前を舞台にした物語の中でももっとも深みを感じた作品。

【楽天ブックス】「八本目の槍」
【amazon】「八本目の槍」

「オルタネート」加藤シゲアキ

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第41回(2021年)吉川英治文学新人賞受賞作品。高校生向けSNSのオルタネートが生徒の中で広まる中、料理に情熱を注ぐ容(いるる)、高校を辞めたばかりの尚志(なおし)、オルタネートで運命の人を見つけようとする凪津(なづ)の3人を描く。

物語は都内にある円明学園という高校を中心にすすむ。料理に情熱を注ぐ容(いるる)は昨年出場した高校生向けの料理番組に今年も出場して好成績を上げるために調理部の部長として活動する。凪津(なづ)は高校生の間で普及しているSNSオルタネートを利用して運命の人を探そうとする。そして、関西で高校を辞めたばかりの尚志(なおし)は昔のバンド仲間を訪ねて円明学園を訪ねるのである。

それぞれが悩みを抱えながらも成長していく様子を描く学園青春小説である。新鮮なのはそれぞれの出会いや人間関係がオルタネートというSNSに大きく影響を受けているという点である。

僕自身はSNSの普及より前に学生時代を終えてしまったので、このようにSNSに大きく左右される学生時代の描写は新鮮である。現代の学生生活と自分の学生時代との違いを改めて考えてみるきっかけとなった。ただ、残念ながらそれ以上心に残るものはなかった。

【楽天ブックス】「オルタネート」
【amazon】「オルタネート」

「銃・病原菌・鉄」ジャレド・ダイアモンド

★★★★☆ 4/5
なぜ世界は1492年代の新大陸の発見以降、ヨーロッパ人が植民地を広げ支配することとなったのか。そこには必然性があったのか、過去の発明、職業、病気、言語などからその原因を考察していく。

最終的には、初期の狩猟採集民族から、動物の家畜化と食糧生産への移行が人口増加と鉄などの物質や武器の発明を可能にし、ユーラシア大陸の緯度と横長の形状がそれを達成するために大きなアドバンテージとなったという結論である。

結論までの考察の過程でさまざまな新しい視点を与えてくれた。今では日常的に存在する食糧生産と動物の家畜化がどれほど難しいものかを考えたこともなかったし、植物の種としての進化や、同様に種としての病原菌の発展の理由についても深く考えたことがなかったのでいずれも新鮮だった。

上下巻に分かれているが、結論としては上巻の時点で既に出ており、下巻ではオーストラリア大陸や、ニューギニアなどの地域別の考察となっているので、もう少しコンパクトにまとめた方が読みやすい本になったのではないかと感じた。

【楽天ブックス】「銃・病原菌・鉄(上)」「銃・病原菌・鉄(下)」
【amazon】「銃・病原菌・鉄(上)」「銃・病原菌・鉄(下)」

「ちょっとピアノ 本気でピアノ 〜ブログでおなじみ、川上昌裕のレベルアップピアノ術〜」川上昌裕

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
ピアノとの付き合い方をさまざまな視点から語る。

僕の場合は必ずしもピアノではなく電子ピアノやキーボードなのだが、ただただ音符を追って好きな曲を弾いているだけだと、いつまで経っても深みを感じられないと思い、新たな視点を得たく本書に辿り着いた。

本書は著者がブログに書いている内容をカテゴリごとにまとめて書籍化したものである。そのため体系的に順番に書かれているわけではなく、その場で思いついたことを羅列している感じではあるが、僕のように特定の目的もなくピアノの上達に関しての刺激や気づきを探している人間にとってはぴったりである。

「ちょっとピアノ 本気でピアノ 〜ブログでおなじみ、川上昌裕のレベルアップピアノ術〜」川上昌裕

結果的にいくつかの気づきが得られた、難しい曲をスムーズに弾くためには、指の筋肉をつけたり、指の感覚を研ぎ澄ます必要があり、そのためにハノンなどの練習にも力を入れるべきと感じた。また美しい音色を出すためには的確なペダリングをマスターすることも必要で、どんな練習があるのか知りたいと思った。

印象的だったのが著者がピアノ演奏のアルバイトの面接での出来事である。それなりにピアノの技術に自信を持っていた著者が、即興演奏ができないこと、同じ志願者のピアニストの即興演奏に驚いたことなどの体験を語っている。その出来事からはジャズピアノとクラシックピアノの考え方の違いの大きさが伝わってくる。今のところなんとなくピアノを練習しているが、上達するとどんなピアノを引きたいかを考えなければいけない時期が来るのだろう。

期待通りの刺激を与えてくれた。ピアノの練習や上達や進路で悩んでいる人にはちょうどいいのではないだろうか。

【楽天ブックス】「ちょっとピアノ 本気でピアノ」
【amazon】「ちょっとピアノ 本気でピアノ」