「地雷グリコ」青崎有吾

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第37回(2024年)山本周五郎賞、第77回(2024年)日本推理作家協会賞受賞作品。勝負ごとに滅法強い女子高生の射守矢真兎(いもりやまと)がさまざまな勝負に挑む様子を描く。

グリコのおまけ、坊主捲り、じゃんけん、だるまさんがころんだ、ポーカーなど、誰もが知っている勝負に、少し異なるルールを加えて勝負する射守矢真兎(いもりやまと)が、最後は想像の一つ上をいく様子を描く。

一見勝負師同士の心理戦のようにも見えるが、勝負のルールも勝負が行われている部屋もすべて著者の都合のいいように作られているので、ミステリーの要素も多い。そういう意味ではこれまでにない斬新な作品と言えるだろう。

特に現実世界に行かせそうな学びは一才ないが、重いテーマの物語を読んだ直後の一服にはちょうどいいかもしれない。

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「じんかん」今村翔吾

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第11回山田風太郎賞受賞作品。織田信長(おだのぶなが)に謀反を企てている松永秀久(まつながひでひさ)の過去について、信長(のぶなが)は家臣の又九郎(またくろう)語り始める。そこから見えてくるのは平和な世の中を目指した信念を持った生き方だった。

本書は信長(のぶなが)が謀反に対応する様子と、その信長自身が松永秀久(まつながひでひさ)について知っていることを語る内容、つまり過去の九兵衛(くへい)の成り上がっていく様子を交互に描く。

過去の九兵衛(くへい)の描写からは、不幸な少年期のなかで仲間を失い、やがて三好元長(みよしもとなが)の描く理想の世界に共感して、それを実現することを目的として生きていく様子を描く。それは、武士を消し去り、民の支配する世の中を作るというものであった。

中盤以降は元長(もとなが)と九兵衛(くへい)の思い通りことが運ばない様子が描かれる。

戦国時代の歴史を知ると、なぜこんなにも長く、多くの死傷者を生む戦いを繰り返していたのだろう。と不思議に思うだろう。同じように現代でも、独裁政権が倒れたら平和が訪れると思っていた国が、結局同じような紛争を繰り返すのを不思議に思うだろう。結局大部分の人間は、嫉妬、欲望、疑心暗鬼からは逃れられないのである。本書はまさにそんな人間(じんかん)の本質示してくれる。

長年敵対していた高国(こうこく)が九兵衛の問いに答える場面はまさに人間の本質を捉えている。

お主は武士が天下を乱していると、民を苦しめていると思っているのではないか?…民は支配されることを望んでいるのだ…日々の暮らしが楽になるのは望んでいる。しかし、そのために自らが動くのを極めて厭う。それが民というものだ。

やがて年齢を重ねながら、多くの仲間を失いながら、思いをなかなか達成することができずに、九兵衛も少しずつ悟ることとなる。

本当のところ、理想を追い求めようとする者など、この人間(じんかん)には一厘しかおらぬ。残りの九割九部九厘は、ただ変革を恐れて大きな流れに身をゆだねるだけではないか

現代の政治家と重なって見える。結局いつの時代も人は同じことを繰り返しているのである。自分の生活が脅かされれば反抗したり文句を言うが、本書の言葉を借りるならば、九割九分九厘の人間はは自らの責任で世の中を改善しようとしないのである。

自分は世の中を良くするために行動できる残りの一厘の人間だろうか、それとも不平を言いつつ動こうとしない残りの九割九分九厘の人間だろうか。そんなことを考えさせられる一冊である。

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「夜に星を放つ」窪美澄

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第167回(2022年上半期)直木賞受賞作品。さまざまな人間関係を扱った5つの物語。

双子の妹を亡くした婚活中の女性、離婚調停中の男性、父親と二人暮らしの女子高生など、少し変わった人々の様子を描く。

全体的に優しい物語ではあるが、直木賞受賞作品となるほどの個性や良さがあったかというと疑問である。自分には見出せなかった良さがあるのかもしれない。

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「黛家の兄弟」砂原浩太朗

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第35回(2022年)山本周五郎賞受賞作品。筆頭家老をつとめる黛(まゆずみ)家の様子を、三兄弟、栄之氶(えいのじょう)、荘十郎(そうじゅうろう)、新三郎(しんさぶろう)を中心に描く。

大きく前編と後編に分かれており、前編は黛家のはみ出しもので行き場を失った次男の荘十郎(そうじゅうろう)の事件をめぐるできごとを中心に展開する。黛(まゆずみ)家を存続させることを優先する父、長くともに過ごしてきたことで決断しきれない栄之氶(えいのじょう)と新三郎(しんさぶろう)の苦悩を描く。

後編は前編の13年後の物語である。黒沢家で織部正(おりべのしょう)として生きるかつでの新三郎(しんさぶろう)と、父の跡を継いで清左衛門(せいざえもん)となった栄之氶(えいのじょう)が、表向きには疎遠になったように見せながらも、その立場を利用して黛(まゆずみ)家のために生きる様子を描く。

江戸時代における男の人生を非常に巧みに描く。一方で、当時の立場や役職などに詳しくないとなかなか理解が追いつかず、物語に没頭しにくいのを感じる。登場人物の多さや改名が一般的であることから名前が固定されていないのも要因の一つであり、この辺のわかりやすさと忠実度のバランスが物語の書き手として難しいところだろうと感じた。

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「まるまるの毬」西條奈加

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
吉川英治文学新人賞受賞作品。江戸で和菓子屋の南星屋(なんぼしや)を営む家族、治兵衛(じへい)、娘のお永(えい)、孫娘のお君(きみ)を描く。

物語は和菓子屋である南星屋(なんぼしや)を中心に進む。物語が進むに従って治兵衛(じへい)の和菓子作りだけでなく、お永(えい)の元夫との関係や、武家出身伝ある治兵衛(じへい)の過去など、家族の物語や、老舗和菓子屋との確執などにも広がっていく。

江戸時代という200年以上昔を描いているにも関わらず、人々の毎日の様子が生き生きと伝わってくる。このゆな人間のさまざまな感情を描いた時代小説に出会うと、いつの世も人間というのは変わらないのだと感じた。

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「しろがねの葉」千早茜

しろがねの葉

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第168回(2023年)直木賞受賞作品。両親とはぐれたウメは銀の採掘で栄えていた石見で喜兵衛(きへい)のもとで生きることとなる。

石見で少しずつ大人になっていくウメの様子を描く。子供の頃は周囲の子供たちと同じように、大人たちをみてやがて銀山で働く人間になろうとする。しかし、成長するに従って、自分が女であり、石見では男と女の生き方は大きく異なることに気づいていく。男は多くの銀を掘り当てることて周囲からの尊敬を集めるが、その過酷な労働環境から長くは生きられない。一方、女は労働力となる男をたくさん産むことを求められ、夫が早死にすれば、またべつの夫と再婚して子供をもうけることを求められるのである。

そんな環境でウメは、幼い頃は喜兵衛(きへい)のもとで銀の採掘に関する多くのことを学びながらも、やがて、幼馴染の隼人(はやと)の妻となって多くの女性と同じように生きることとなる。

石見銀山については地理も歴史もほとんど知識がなかったので新鮮ではある。一方で、一人一人の登場人物、特にウメ、喜兵衛(きへい)、隼人(はやと)などの生き方や考え方をもっと深掘りできたら、もっと良い作品になったのではないだろうか。

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「成瀬は天下を取りにいく」宮島美奈

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第21回(2024年)本屋大賞受賞作品。けん玉やシャボン玉など幼い頃からなんでもできて、周囲に振り回されない生き方を貫く中学二年生成瀬あかりの様子を友人の島崎(しまざき)が語る。

成瀬(なるせ)と島崎(しまざき)は地元の西部デパートの閉店のカウントダウンで毎日西武に通うことにしたり、一緒にM-1グランプリに出場するために漫才をしたりするのである。そんな毎日一生懸命生きる二人の様子はきっと良い刺激になることだろう。

本書の魅力は成瀬(なるせ)の真っ直ぐな考え方やその行動力であるが、もう一つ面白いのは滋賀県の膳所(ぜぜ)を舞台にしていることである。大都市でもなければ田舎でもなく、そんなほどほどの街だからこそあまり物語に登場しない場所なので新鮮である。

全体的に、成瀬(なるせ)真っ直ぐに生き方が爽快である。現実ではなかなかここまで割り切って生きることが難しいからこそ、読者の琴線に触れるのではないだろうか。とりあえず自分も成瀬を見習って200歳まで生きることを挑戦したいと思った。

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「Ank:a mirroring ape」佐藤究

★★★★☆ 4/5
京都で暴動が発生したは霊長類研究に起因するものだった。霊長類研究者の鈴木望(すずきのぞむ)が暴動を止めるために奔走する様子を描く。

物語は京都で発生した暴動と、そこに至るまでの京都の霊長類研究所の周辺で起こった出来事や関係者の間でのやりとりなどを交互に行き来しながら展開していく。

鍵となるのが類人猿だけが身につけた自己鏡像認識という能力である。鈴木望(すずきのぞむ)は自己鏡像認識が人類の言葉の発展の鍵と捉え、霊長類研究に情熱を注ぐのである。そんななか研究のためにアフリカから傷ついたチンパンジーを輸送したことから不測の事態へとつながっていく。

やがて不幸な出来事の連鎖により人間同士の暴動へとつながっていく。集団感染を世間が警戒する一方、現場近くにいた鈴木望(すずきのぞむ)は集団感染ではないとしながらも証拠なしに動かない国家のために自ら原因を特定しようとするのである。

正直物語のスピード感はそれほどではないが、どこまでが本書に限ったフィクションなのかがわからなくなるほど霊長類や人類の進化に関する科学的な視点を多くもたらしてくれる。そもそもApeとMonkeyの違いを知らなかった。Monkeyは猿だが、Apeの日本語訳は類人猿なのであり、映画「猿の惑星」は翻訳の都合から猿になっただけで、英語タイトルはThe Planet of Apesで、猿ではなく類人猿とするのが正しいのだという。

久しぶりの理系小説である。「パラサイト・イヴ」のような物語と同時に科学の世界に引き込まれるような楽しさを味わせてもらった。理系読者は存分に楽しめるのではないだろうか。

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「Aではない君と」薬丸岳

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第37回(2016年)吉川英治文学新人賞受賞作品。建設会社で働く吉永圭一(よしながけいいち)は14歳の息子の翼(つばさ)が、同級生の殺害の容疑で逮捕されたことを知る。

物語は離婚して、息子が大きくなるとともに少しずつ疎遠になっていった息子が、同級生の殺害の容疑で逮捕されたことで、息子との絆を取り戻そうとする父親吉永圭一(よしながけいいち)の様子を中心に描く。

息子は本当に同級生を殺害したのか、そこにはどんな理由があったのか、離婚して以来、家族と疎遠になっていたからこそ息子を心の底から信じきれない吉永(よしなが)の言動が痛々しい。

また、中盤以降翼(つばさ)は少しずつ真実を口にしはじめる。加害者だけでなく、殺害された少年の父親すら真実を封印したくなる出来事が明らかになっていく。

心を殺すのは許されるのにどうしてからだを殺しちゃいけないの?

少年犯罪を扱った作品はこれまでにも何度か出会ったが、本書はより親として立場に焦点をあてている。一人の親として改めて、子供たちの窮地にどのように行動すべきか、正解のない問いを突きつけられた。

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「八本目の槍」今村翔吾

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
16世紀後半、徳川家康が勢力を増すなか、賤ヶ岳の七本槍とよばれた豊臣家に仕える七人の武将が過去の思い出や現在の思いを語る。

賤ヶ岳の七本槍とよばれた武将たちは、羽柴秀吉が少しずつ大名として地位を向上させる過程で家臣を増やす必要があり、そこに集ってきた似た境遇の若者たちである。賤ヶ岳の戦いで7人は一気に名を広めたが、それ以降は順当に地位を上げていくものもいれば、逆に期待された活躍をできなかったものもいる。そんな少しずつ異なる道をいく7人が、豊臣家と7人の仲間であった佐吉(さきち)つまりのちの石田三成について語る、という形で物語が進む。

「八本目の槍」今村翔吾

7人はいずれも、立派な人間になることを目指して豊臣家に仕えることを選んだが、学問に秀でているものもいれば武芸に自信を持つものもいる。いずれの人生にも、佐吉(さきち)の存在が多少なりとも影響を与えており、それぞれの語る言葉からは佐吉(さきち)が、どれほど仲間を想い、どれほど先の未来を見据えていたかが伝わってくる。

最終的に佐吉(さきち)視点で物語が語られることはないが、物語全体から佐吉(さきち)、つまり石田三成に対する憧憬の念が伝わってくる。

僕ら現代の人間が遠い過去の物語に触れる時、どうしても当時の人々を若干下に見がちである。それは現代では当然のこととして知っている技術や自然現象を、当時の人々は知らなかった、など知識や情報不足によるところが大きい。しかし、本書を読むと、いつの時代にも人は、家族や未来を憂い、自分の技術や地位を周囲の人と比べ悩んだりしながら生きているのだと感じた。

今年読んだ中で最高の作品であるし、これまで読んだ江戸時代以前を舞台にした物語の中でももっとも深みを感じた作品。

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「オルタネート」加藤シゲアキ

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第41回(2021年)吉川英治文学新人賞受賞作品。高校生向けSNSのオルタネートが生徒の中で広まる中、料理に情熱を注ぐ容(いるる)、高校を辞めたばかりの尚志(なおし)、オルタネートで運命の人を見つけようとする凪津(なづ)の3人を描く。

物語は都内にある円明学園という高校を中心にすすむ。料理に情熱を注ぐ容(いるる)は昨年出場した高校生向けの料理番組に今年も出場して好成績を上げるために調理部の部長として活動する。凪津(なづ)は高校生の間で普及しているSNSオルタネートを利用して運命の人を探そうとする。そして、関西で高校を辞めたばかりの尚志(なおし)は昔のバンド仲間を訪ねて円明学園を訪ねるのである。

それぞれが悩みを抱えながらも成長していく様子を描く学園青春小説である。新鮮なのはそれぞれの出会いや人間関係がオルタネートというSNSに大きく影響を受けているという点である。

僕自身はSNSの普及より前に学生時代を終えてしまったので、このようにSNSに大きく左右される学生時代の描写は新鮮である。現代の学生生活と自分の学生時代との違いを改めて考えてみるきっかけとなった。ただ、残念ながらそれ以上心に残るものはなかった。

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「ザ・ロイヤルファミリー」早見和真

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第33回(2020年)山本周五郎賞受賞作品。栗須栄治(くりすえいじ)は馬主の秘書となり、少しずつ競走馬の世界に入っていくこととなる。

前半は栗須(くりす)が雇い主であり馬主である山王構造(さんのうこうぞう)社長と共に競馬の世界で一喜一憂していく様子を描く。そんななか、大学時代の恋人が経営する牧場で育った馬ロイヤルホープが、調教師や騎手などとともに一つのチームとして実績を積み重ねながら人気を獲得していくのである。

その様子からは競馬が決して馬や騎手だけで成り立っているわけではなく、馬主や牧場や考え抜かれた交配など、さまざまな要素を持った文化だということがわかる。

中盤以降は、山王社長の亡くなった後の物語である。三頭の馬を受け継いだ山王社長の腹違いの子供で大学生の中条耕一(なかじょうこういち)は、若さゆえの未熟さを抱えながらも、最先端の技術や斬新な視点でチームに関わっていくのである。

僕自身は競馬をやったことがないが、そんな人にも競馬の魅力が十分に伝わってくる。正直競馬に縁のない人には即効性のある有益な内容は含まれていないが、未知の世界を見せてくれる作品。

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「地の底のヤマ」西村健

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第33回(2012年)吉川英治文学新人賞受賞学品。炭鉱で栄えた福岡県の大牟田市で、警官として生きる猿渡鉄男(さるわたりてつお)の人生を描く。

大牟田市で警官の父親の元に生まれた猿渡鉄男(さるわたりてつお)は、やがて自分も警官として生きることとなる。大牟田市は炭鉱によって栄えたために、多くの人は旧労働組合組員、新燈籠組合組員、会社の人間と、炭鉱での立場で分かれており、それは小学校や中学校の子供たちのグループにまで影響を与えていた。それとあわせて昭和38年に起きた大規模な爆発事故によって障害を抱えた多くのCO2患者たちも街には多数住んでいた。

そんな街で警官として生きる猿渡鉄男(さるわたりてつお)はその職務の中で、人々の父親に対する尊敬の念を日々感じることとなる。父親は38年の爆発事故の混乱のなかでに何者かに殺害されており、その謎が鉄男(てつお)の心に何度も繰り返しやってくる。

また、鉄男(てつお)には中学生たちに友人たちと行った人には言えない過去があった。今では、その友人たちも大蔵省で働いていた理、検事になっていたりするので、過去の出来事を公に語ることはできなくなった。しかし、鉄男(てつお)は良心の呵責に苦しみ続けるのである。

大牟田市が炭鉱によって栄えた町だということも知らなかったし、昭和38年に起こった爆発事故についてもこの作品で初めて知った。石炭というエネルギーへの需要の大きさが大きな時代を作っていたことを伝えてくれる。著者はこの大牟田市で生まれ育ったというから、そんな著者の故郷の炭鉱の歴史を遺したいという強い思いが伝わってくる。

しかし、全体的に長すぎる印象は否めない。長い小説をすべて否定しているわけではない、実際、「白夜行」や「魍魎の匣」のように、その長さに必要性を感じる良い小説は存在する。しかし、本作品に関しては1400ページを超える長さが必要だったのかは疑問である。正直ページ数を3分の2程度に抑えたほうが書籍としての密度も上がるし、展開も読みやすくなるのではないかと感じた。

【楽天ブックス】「地の底のヤマ(上)」「地の底のヤマ(下)」
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「ミッドナイト・ジャーナル」本城雅人

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第38回吉川英治文学新人賞受賞学品。埼玉県で女児の連れ去り未遂事件が発生した。中央新聞社の関口豪太郎(せきぐちごうたろう)は、7年前の児童誘拐殺害事件との関連を含めて、真実を誰よりも早く報道しようとする。

事件としては誘拐殺人事件という点で、昨今の小説や映画にありがちな必要以上に残虐な描写はほとんどない。むしろ物語は、その事件を報道する3人の新聞記者たちに焦点をあてている。中央新聞社のベテラン関口豪太郎(せきぐちごうたろう)、女性記者である藤瀬祐里(ふじせゆり)、松本博史(まつもとひろふみ)である。

3人は7年前の事件で共に行動し、結果的に誤報に関わった経験を持つが、今は別々の部署で働いている。それぞれが新たに女児連れ去り事件が発生したことで、過去の苦い思い出と向き合いながらもそれぞれの立場で事件の真相に近づこうとするのである。

事件の動きはそれほど多くはないが、その間、記者たちが真実を知ろうとして警察関係者との関係を築き、真実を話してもらうまでの駆け引きが面白い。新聞記者は真実を知るために、警察関係者たちとの人間関係の構築に時間をかけるのである。しかし、そんな時間をかけて構築された人間関係も、書くな、と言われたことを書いたり、逆に、嘘を教えられたりすることで壊れてしまうこともあるだ。

インターネットの存在によって早く報道することの意義が薄れながらも、そこに価値を感じて生きる記者たちの生き方を魅力的に描いている。著者の他の作品も読んでみたいと思った。

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「スモールワールズ」一穂ミチ

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第43回吉川英治文学新人賞受賞作品。6つの物語を収録した短編集である。

短編集というと作者にとって実験的な物語も多く、なかなか全体として印象に残りにくいのだが、本作品は3編ほど印象に残る作品があり、短編集としてはかなり打率が高い。特に2作品目の「魔王の帰還」、そして最後の2作品「愛を適量」「式日」である。

いずれの物語も、家族に問題を抱えている人々の揺れ動く心情を描いている。何が正しくて何が正しくないのか、そんな答えのない出来事に度々遭遇する。そんな人生のやりきれなさを存分に味わわせてくれる。

一穂ミキという著者に触れるのは今回が初めてだが、長編などにも触れたいと思った。

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「塞王の楯」今村翔吾

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第166回直木賞受賞作品。戦国時代の戦乱の中、親を失い、石垣造りを生業とする飛田屋の頭源斎(げんさい)に拾われた匡介(きょうすけ)が飛田屋の頭として成長していく様子を描く。

何よりもまず、石垣造りという職業に魅了される。戦乱の時代だからこそニーズがあったその職業と、石を積むという作業の深さを味わえる。石垣造り職人は、積方、山方、荷方の3つに分けられ、それぞれ、石を積む人、切り出す人、運ぶ人としてそれぞれの分野で技術を磨き、共同して石垣造りをするのである。

豊臣家によって世の平穏が訪れ、戦国時代の終わりを感じさせる中、源斎(げんさい)がその立場を匡介(きょうすけ)に譲りわたしていく過程を描く。飛田屋の家に生まれながらも匡介(きょうすけ)に立場を譲った玲次(れいじ)の存在も面白い。匡介(きょうすけ)と玲次(れいじ)は互いの技術を尊重しながら共に飛田屋に尽くすのである。

物語は大津城の城主、京極家からの依頼によって大津城と京極家と飛田屋は関わっていくこととなる。また、鉄砲作りの彦九郎(ひこくろう)の存在も物語を面白くしている。石垣造りに飛田屋が頑丈な石垣を作ることで世の中の平和に貢献できると信じる一方、鉄砲造りに賭ける彦九郎(ひこくろう)は、強い武器をつくってこそ、人は戦いをやめると信じている点が面白い。

物語はやがて大津城を舞台に東西の決戦の時を迎える。そしてそこは、石垣、鉄砲と手段は異なれど自分達の仕事を通じて平和な世界を作ろうとする匡介(きょうすけ)と彦九郎(ひこくろう)の一騎討ちの場ともなるのである。

非常に楽しめた。現代は失われた石垣造りや鉄砲造りという職業を、当時の人々の葛藤を巧みに絡めて素敵な物語に仕上げている。

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「平場の月」朝倉かすみ

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
50代になった青砥(あおと)は高校時代の同級生の須藤(すとう)と出会う。二人は少しずつ距離を縮めていく。

序盤にすでに須藤(すとう)が亡くなったことを知った青砥(あおと)が、須藤(すとう)との出会いを回想する形で物語は進んでいく。どちらも一度の結婚と離婚をしたあとに出会ったから、学生のようにキラキラしていない感じがありそうな雰囲気を醸し出している。恋愛に無鉄砲になれないために、なかなか前進しない関係や周囲にいる人の噂を話す人たちの存在を描いているところが面白い。

50代の男女の物語というのが新鮮である。若い頃はは50代といえば、すでに人生の晩年のような印象を持っていたが、自分自身アラフィスに近づいた今、50代でも生き方次第でいくらでも青春できることを知っている。そういう意味ではもっと50代の青春を描いた物語が増えてきても良いだろう。

似た物語が一切思い付かないぐらい、新鮮さを感じさせてくれる物語である。

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「ユートピア」湊かなえ

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第29回(2016年)山本周五郎賞受賞作品。海沿いの田舎町鼻崎町で暮らす3人の女性すみれ、菜々子(ななこ)、光稀(みつき)をそれぞれの立場から描いていく。

それぞれの地元への関わり方の異なる3人の女性の視点が面白い。菜々子(ななこ)は鼻崎町で生まれ育ち、交通事故で車椅子生活となった娘久美香(くみか)を抱えている。陶芸家のすみれは元恋人の誘いで鼻崎町に移り住み芸術家仲間とともに、鼻崎町の景色や人を利用して自分の陶芸家としてのブランドを育てようとする。光稀(みつき)は夫の仕事の都合で鼻崎町に住むことになり、いつか再び都会で生活することを望んでいる。

やがて、光稀(みつき)の娘彩也子が車椅子生活の久美香(くみか)について描いた感想文を、すみれが自分の芸術家としての宣伝のために使ったことで、3人の日常に変化をもたらすのである。

どんな人間関係の中でも生まれそうな、気遣い、嫉妬、見栄、野心など様々な感情が自然な形で描かれる点が面白い。自分だったらどうするだろう、という本人としてのふるまいだけでなく、自分が親だったら子供にどう伝えるだろう、というような子供に見せる親としてのふるまいについてもいろいろ考えさせられた。

著者湊かなえ作品は本書で「告白」以来2作品目で、「告白」は個人的には本屋大賞受賞作品の割に不自然さが際立っていたことを考えると、しばらく読まない間にずいぶん作家としての技術が上がった印象を受けた。

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「ナイルパーチの女子会」柚木麻子


オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第28回山本周五郎賞受賞作品。商社に勤めていて高給取りだが独身で友達のいないアラサーの栄利子(えりこ)が、同い年の主婦ブロガー翔子(しょうこ)と出会うことから始まる。最初は自分にないものを持っている相手に惹かれたものの、その人間関係はあっさり破綻に向かっていく。

そして二人の友情関係だけでなく、栄利子(えりこ)は会社での地位が、翔子は夫との関係が、その出来事によって雪崩のように崩れていくのである。そんななか、傷つきながら大事なことに気づいていく、翔子(しょうこ)と栄利子(えりこ)の変化が面白い。

正直、「女子会」というタイトルからは、もう少し優しい、ほんわかした女性の世界を描くのかと想像していたのだが、実際には友情とか家族といった人間関係をかなり厳しい視点で描いていく。そして、その厳しい描き方が強烈なのがまた新鮮である。

何故、そうやって武装する癖に、人を求めるんだ。ならば、一人で居なさい。人を信じられるようになるまで、ずっと一人で居ることだよ。少しも恥ずかしいことではないんだよ。
哀しいかな。人間は超能力者ではない。何も発そうとしない相手から、何かを読み取ることなど出来ないのだ。

考えてみれば、どんな人間関係も、適度な距離感と、適度な関心という、つまり近づきすぎてもダメ出し、離れすぎても維持できない、という微妙な技術を要求される。そういう意味では、それがうまくできない人が世の中にたくさんいるのは当たり前のこと。にもかかわらず友達が多いことを良い人間、優れた人間であることの証明のような風潮がまかり通っているから、人間関係に悩む人は多いことだろう。

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