「月の満ち欠け」佐藤正午

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第167回直木賞受賞作品。妻と娘の瑠璃の3人家族で生活していた小山内(おさない)だったが、瑠璃(るり)が7歳になった時、妻の梢か(こずえ)から瑠璃(るり)が教えたこともない言葉や古い歌を歌っていると知らされる。生まれ変わっても人は前世の記憶を持っているのか、そんな小山内(おさない)が遭遇する瑠璃(るり)との物語。

前世からの生まれ変わり、というテーマで描いたミステリーということで、特に素材時代新鮮というわけではないが、瑠璃(るり)という共通の名前を持つ女性たちと、その周囲で不思議な体験をした人を中心に物語を展開する点が新しい。ありきたりな素材でも、調理方法でいくらでも面白くなることの好例と言えるだろう。

物語を読みながら、実際自分がこのような不可思議な体験をしたらどのように行動するだろうか。そんなことを考えてしまうだろう。

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「コンビニ人間」村田沙耶香

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第155回芥川賞受賞作品。コンビニの開店から18年間務める古倉(ふるくら)はコンビニで働くことが生き甲斐であり、そのほかの仕事は一切できない。家族に心配されながらも今日もそのコンビニ人生は始まる。

コンビニで18年働いてきただけあってコンビニの様子が細かく描かれている。一度は普通に就職しようとした古倉(ふるくら)だが、今は諦めてコンビニ生活を送っており、コンビニで働くために体調を整えることまでやっている。親や妹に心配されながらもコンビニ店員として生きていく古倉(ふるくら)だが白羽(しらは)という世の中を卑下する社会人がアルバイトに入ったことから少しずつ人生は変わり始める。

世の中は、普通に働いて普通に結婚しないと奇異の目でみられる。そんな思いをなんども経験した古倉(ふるくら)だが、コンビニのアルバイトという人間関係の中でさえも、適応できない人間ははじき出されることを目にする。社会の縮図としてコンビニを描いているようだ。

芥川賞受賞作品ということで、そこまで作家の技術や、内容の濃さは感じないが、それなりに楽しくよませてもらった。なによりもコンパクトにまとまっている点がいい。

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「つまをめとらば」青山文平

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第154回直木三十五賞受賞作品。江戸時代の人々を扱った6編の物語。

江戸時代とは言えすでに戦国の世が遠い昔となり、人々は自分の持っている技術で生きていかなければならない。釣り針や釣竿をつくる釣術師(ちょうじゅつし)や俳諧師(はいかいし)など、現代とは人々から求められる技術も考え方も異なるが、、人として生きていく中で根本となる部分は変わらないのだ。6人の男女の、嫉妬や葛藤や自分のあるべき姿などを考え、悩み生きていく様子が描かれている。いつの時代も人の考えは変わらないのだと気づかされる。

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「屍人荘の殺人」今村昌弘

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2018年このミステリーがすごい!国内編第1位作品。

大学のミステリー愛好会の葉村譲(はむらゆずる)と明智恭介(あけちきょうすけ)が、映画研究会の合宿に参加すると、周囲からゾンビが集まってきた。合宿のメンバーたちは合宿所に立てこもるが、ゾンビの入ってこれないはずの部屋で人が殺される。

ゾンビによるパニックと、古き時代のミステリーを融合させた物語。あくまでもペンションのなかでの事件解決が主軸であり、なぜゾンビが生まれたかと言う点にはほとんど触れられていない。葉村譲(はむらゆずる)と剣崎比留子(けんざきひるこ)が、3フロアのペンションのなかで、少しずつ真実に迫っていく様子がおもしろい。

特に物語時代に、謎の解決以外の深みはない。一昔前のミステリーをゾンビという味付けをして現代版に作り直したような印象である。いくつかの賞を受賞していることから期待度は高かったのだが、残念ながらその期待に沿うほどの内容ではなかった。物語中でも「密室」などの言葉が飛び交うように、昔のミステリーが好きな人は楽しめるのではないだろうか。

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「Magpie Murders」Anthony Horowitz

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2019年このミステリーがすごい海外編第1位作品。

ロンドンで名の知れた名探偵であるPundは助手のFraserと共に、Saxby-on-Avonで起こったSir Magnusのな殺人事件の捜査にのりだす。

すでに人生の先が短いことを悟ったPundだが、Saxby-on-Avonからロンドンまでやってきた女性の依頼によって、心を動かされ、Saxby-on-Avonので領主であるSir Magnusが殺害されたことで事件の捜査に乗り出すのである。小さな町故にそれぞれの住人たちの交友関係も狭く、街の人間関係が少しずつ明らかになり、ほとんどすべての人にSir Magnus殺害の動機があることがわかる。

途中まではよくある振り時代の探偵ミステリーという雰囲気だが、後半物語は予想外の方向へ動き出す。細かいことは語ることはできないが、今まで読んだことないほどの斬新さを持っており、2つのミステリーを同時に楽しめたかのような分厚い満足感を感じられるだろう。このミステリーがすごい 海外編第1位も納得である。久しぶりに読書の面白さを感じさせてもらった。多くの読者にこの感覚をぜひ味わってほしい。

「海の見える理髪店」萩原浩

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第155回直木三十五賞受賞作品。

家族を描いた6つの短編集。

どれも家族愛を描いた作品ではあるが、個人的に印象的だったのが6番目の「成人式」である。中学生の時に交通事故で亡くなった娘、鈴音(すずね)の代わりに、40を過ぎた両親が成人式に出ようと試みる物語である。娘のためにと思いついた出来事が、娘を失った2人の人生に輝きを与えるのである。

優しい物語ではあるが、自分としては若干物足りない。もう少し年を取ってから読むといいのかもしれない。

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「そして、バトンは渡された」瀬尾まいこ

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2019年本屋大賞受賞作品。

3人の父、2人の母のなかで高校生になるまでにたびたび家族の形がかわるなかでいきてきた優子(ゆうこ)の物語。

父と母がたくさんいることをわかりながらも、優子(ゆうこ)の高校生活を中心に物語は進んでいく。そして、少しずつではあるが過去の父や母との出会いや別れが明らかになっていくのである。そんななかでも印象的なのは2番目の母で、自由奔放に生きる梨花(りか)の生き方、そして3番目の父、人のために生きることに生きがいをかじる森宮(もりみや)の姿だろう。

自分の明日と、自分よりたくさんの可能性と未来を含んだ明日が、やってくるんだって。親になるって、未来がに倍以上になることだよって
自分じゃない誰かのために毎日を費やすのって、こんなに意味をもたらしてくれるものなんだって知った

誰もが若い時は自分のために、そして年齢を重ねて、子供が生まれたり、自分の余生が短くなっていくに従って人のために生きるようになるが、その重視する比率や、変わっていくタイミングは人によって異なる。今回は早くして人のために生きるたくさんの人たちを描いている。この優しい世界にぜひ浸ってほしい。

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「銀河鉄道の父」門井慶喜

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第158回直木三十五賞受賞作品。

質屋の家に育った宮沢政次郎(みやざわまさじろう)に長男が生まれ、賢治(けんじ)と名付けらて自由奔放に育っていく。宮沢賢治の一生を父政次郎(まさじろう)の目線で描く。

やがて宮沢家には賢治(けんじ)のあとにも、トシ、クニ、シゲ、清六という子供達が生まれ、政次郎(まさじろう)は質屋を営みながら、子どもたちの人生を支えていくのである。子どもたちが大きくなるにつれて、「質屋に学問はいらない」と進学を拒んでいた政次郎(まさじろう)が大きな時代の変化や、子供達の強い気持ちに触れて、考え方を変えていく様子が印象的である。いつの時代も父親というのは、自分の歩んできた道の正しさと、自分を越えていってほしいという願いの間で揺れ動きながら子供に接するのだろう。

そんななか、賢治(けんじ)は、優秀な成績で進学をしながらも、いつまでたっても現実的な安定した仕事に就けずにいた。やがて、妹トシの強い勧めもあって、賢治(けんじ)は童話を書くことに目覚めていくのだ。

宮沢賢治(みやざわけんじ)といえば、どこか不思議な物語や詩の印象しかなく、その人生がどのようなものだったかなど考えたこともなかった。しかし、本書を読むと、人生のなかでいろんなことに悔やみ、悩み、生きてきた人間だから作れた物語なんだと感じた。そして、その物語や詩は、周囲の人に助けれながらようやく世に出たもので、どこか少しでも違った方向に動いていたら世に出なかったのだと知った。

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「ファーストラヴ」島本理生

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第159回直木三十五賞受賞作品。

父親を殺した大学生の聖山環菜(ひじりやまかんな)の手記を書くために臨床心理士の真壁由紀(まかべゆき)は、弁護士の迦葉(かしょう)とともにその動機を探る。

少しずつ心を開いていく環菜(かんな)の証言からその異質な、交友関係や家庭環境、そして環菜(かんな)の心の傷が浮かび上がっていく。また、真壁由紀(まかべゆき)自身も、過去に辛い体験をしていて、物語が進むにしたがって、由紀(ゆき)と迦葉(かしょう)の過去の関係が明らかになっていく。

ちいさな習慣が積み重なって、心の中で消えない大きな傷に発展し、ときにそれが大きな事件につながるのである。そんな悲しい物語ではあるが、ラストで環菜(かんな)のしっかりとした考え方が見えるのが救いである。

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「The Sense of an Ending」Julian Barnes

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2011年ブッカー賞受賞作品。イギリス青年だったAnthony Websterの一生を描いた作品。

学生時代に仲のよかったAnthony, Colin, Alex, Adrianの4人組の中で特に頭が良かったのはAdrian Finnである。やがて4人は生涯続く友情を約束しながらも別々の道へ進み、Adrianはその頭脳を活かしてケンブリッジ大学へ進学し、Anthonyの元恋人Veronicaと付き合うこととなるのである。自分の元恋人と親友であるAnthonyが付き合うことに複雑な思いを抱きいていたAnthonyだが、やがてAdrianが自殺したという連絡が届くのだ。

自分たちのヒーローだったAdrianがどうして命を絶ったのか、そんな想いにかられながらも人生は進む。Margaretという妻と結婚して、Susanという娘が生み、やがてMargaretとも良い関係を保ちながらも離婚することとなる。そして離婚して数年経った後、1度しか会ったことのないVeronicaの母からAnthonyに向けて遺産が残されていることから、もう一度40年前の出来と後を考え始め、少しずつその真実に近づいていくのである。

Anthonyの若い時代からは、文学と音楽をエンターテイメントにそこに情熱を注ぐ、60年代のイギリスの男性の生き方が見えてくる。Anthonyの人生をゆっくり描くのかと思ったが、物語中盤ですでに人生の晩年の離婚した状態で、後半はゆっくり人生を振り返り過去のVeronicaやAdrianに思いを巡らす部分に多くページを割いている。人生の晩年を迎え、すでに自分の人生の大きなイベントは終わってしまったAnthonyが、過去を振り返り、人生をより良いものにしようと奮闘する姿が印象的である。

「私が殺した少女」原尞

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第102回直木三十五賞受賞作品。

私立探偵の沢崎(さわざき)は電話で依頼を受けてある家を訪問したところ、誘拐事件の犯人として警察に拘束される。やがて、犯人からの要求と、被害者の父親の要望によって身代金の受け渡しを担うこととなる。

すでに出版から30年以上経過している作品ではあるが、過去の直木賞作品を漁っているなかで本書にたどり着いた。探偵を主人公としていたり、誘拐や身代金という言葉が飛び交うあたりに時代を感じる。

身代金は運ぶことからやがて事件にどっぷり浸かることとなり、警察と並行して真実を暴こうとしていく。そんななか少しずつ被害者の家庭の複雑な事情や人間関係が見えてくる。

全体的に物語がゆっくり進むのはこの著者のスタイルなのだろう。個人的には著者特有の凝った言い回しが気になるが、この辺は読者によって好き嫌いが別れるかもしれない。主人公も含め淡々と描くのではなく、もう少し感情が描かれていたら面白くなるのではないかと感じた。

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「涙香迷宮」竹本健治

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2017年このミステリーがすごい!国内編第1位作品。

黒岩涙香の隠れ家が見つかったことから、暗号マニアや航路位悪いこう研究家など、各方面の専門家とともに牧場智久(まきばともひさ)はその隠れ家の調査に参加することとなる。

黒岩涙香という人物も、名前を聞いたことがある程度で、その経歴はほとんんど知らなかった。しかし、五目並べを体系化して連珠を作成したり、多数の小説を描いたり偉大な人物であったということがわかる。

どれほどの人が知っているのかはわからないが、「いろはと」は「いろはにほへと」で始まる有名な句に代表されるように、日本語の48文字を重複なく使って意味のある文章を作るというものである。本書の目玉は、黒岩涙香の隠れ家で見つかった48のいろはであり、本書がどこまでフィクションなのだかわからないが、この48のいろはをすべて著者が考えたのだとしたら驚くべきことである。

物語は、黒岩涙香のいろはの謎を説くなかで、参加者の一人が毒殺されたことから、謎解きとともに犯人さがしの様相も呈してくるが、あくまでも謎解きがメインだろう。

いろは、連珠など新しい知識を与えてくれるとともに、好奇心を大いに刺激してくれる作品である。著者、竹本健治の作品は本書が初めてだが、本書に含まれるいろはからもわかるように、日本語に対して深い知識と優れた感覚を持っているのは間違いないだろう。

本書は、同じ主人公である牧場智久を主人公としたシリーズの一つということで、他の作品もぜひ読んでみたいと思った。きっと同じような言葉の不思議な世界を味わえることだろう。

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「Post Mortem」Patricia Cornwell

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1991年エドガー処女長編賞受賞作品。バージニア州リッチモンドで発生する女性を狙った連続殺人鬼Stranglerの事件を解決するため検死官であるKay Scarpettaが真実に迫っていく。

すでに発行から30年が経っているので、描かれる捜査環境などは違うのだろうが、物語の面白さはまったく損なわれていない。少しずつ犯人に迫っていく点は予想通りであるが、面白いのはKayとその周囲の人との人間関係だろう。その筆頭は、Kayの家に頻繁に訪れる姪のLucyである。Kayの妹で母であるDrothyが頻繁に家を留守にすることからKayの家をたびたび訪れ親しくなったLucyだが、幼いながらもIQの高い彼女は、やがて事件解決のカギとなる行動をする。また、頼れる刑事だが、どこかぶっきらぼうなMarinoとのやりとりも面白い。そして犬猿のなかだった新聞記者のAbby Turnbullとも、Abbyの妹が殺人鬼の犠牲者となったことにより、すこしずつ近づいていき犯人逮捕のために協力しあうようになる

そんななか印象的だったのは犯人逮捕のために、被害者の共通点を探しすために、黒人の被害者であるCecile Tylerの妹と電話で話すシーンだろう。

「お姉さんもあなたみたいに話すのですか?」
「そうです。それが教育ってもんですよね。私たち黒人だって白人みたいに話しますよ」

白人と黒人で話し方にそれほど違いがあることを意識してこなかったので、話し方でそれを判断するのが普通だということに驚かされた。日本という民族の混ざりの少ない場所で生きている限りわからないことなのだろう。とはいえ繰り返しになるが本書がかかれてもう30年が経っているので、この辺の教育の偏りも解消されてきているのかもしれない。

そんな時代の変化もシリーズを読めばわかるのではないかと思った。続編も引き続き読んでいきたい。

「キョウカンカク」天祢涼

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第43回メフィスト賞受賞作品。女性を無差別に殺して、その死体を焼くという手口で殺人を繰り返すフレイムの事件を解決するために、音を見ることができる共感覚を持つ音宮美夜(おとみやみや)が捜査に乗り出す。

先日読んだ「希望が死んだ夜に」が比較的良かったので、著者の過去の作品を探して本書にたどりついた。

共感覚という事象はすでに一般的に知られるようになったとはいえ、本書のように共感覚を扱った物語は珍しいだろう。フレイムに幼馴染を殺された失意の高校生山紫郎(さんしろう)が、音宮美夜(おとみやみや)と相互の利益のために共に行動することとなり、フレイムに近づいていくのである。

物語の展開として面白いのは、序盤でその人物の発する声の色から、容疑者を絞り込んだことである。その容疑者とは山紫郎(さんしろう)の幼馴染である神崎玲(かんざきれい)であるが動機がない。さまざまな可能性も考慮しながら犯人を絞り込んでいく。本当に神崎玲(かんざきれい)が犯人なのか、それとも共感覚に振り回されて真犯人を見逃しているのか。

音宮美夜(おとみやみや)を主人公とした続編がいくらでも作れそうな感じで気楽に楽しめる一冊。

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「それまでの明日」原寮

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2019年このミステリーがすごい!国内編第1位作品。このミステリーがすごい!の過去の作品を漁っていて本書にたどり着いた。

銀行の支店長を望月皓一(もちづきこういち)という紳士から、赤坂の料亭の女将の私生活を調査するように依頼された沢崎(さわざき)は、その調査の過程で銀行強盗に巻き込まれることとなる。

調査を開始してすぐに沢崎(さわざき)は調査対象である料亭の女将が半年ほど前に亡くなっていることを知る。そして、依頼人である支店長の望月皓一(もちづきこういち)も失踪したことから、沢崎(さわざき)の目的は望月(もちづき)の居場所を突き止めることへとシフトしていく。やがてその捜査は暴力団同士の抗争へとつながっていく。

銀行強盗や、調査対象の料亭の女将という題材がどこか古臭さを感じる。退屈したわけではないが、特に新しさを感じるところはなかった。、どうやら本書には過去の同じ探偵沢崎(さわざき)を主人公とする物語が別にあるようだ。おそらく直木賞受賞作品「私が殺した少女」がそれにあたるのだろう。そちらを先に読んだ方が全体の流れが掴めたり、ひょっとしたら本書ももっと面白く感じたかもしれない。

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「Still Life」Louise Penny

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2006年アーサー・エリス賞、ジョン・クリーシー・ダガー賞、2007年アンソニー新人賞、バリー新人賞、ディリス賞受賞作品。

先日読んだ、「All the Devils are Here」が実はArmand Gamacheシリーズの第16作品めということで、最初から読もうと、シリーズ最初の作品である本書にたどり着いた。

カナダケベック州のスリーパインズという田舎町で、年配女性Janeが自ら描いた絵画を初めて町の展覧会に出品した数日後弓矢が当たって亡くなった。Janeは周囲の人から好かれていたが、誰もJaneの自宅の二階に入ったことがないという。Janeにはどのような秘密があったのか、またその秘密は事件と関係があるのか、警察官のArmand GamacheとJean-Guy Beauvoirは見習いのNicholとともにThree Pinesで真実の解明に乗り出す。

田舎町ゆえに、そこに住んでいる人の背景も様々である。Gamacheが少しずつ人々から話を聞く中で、殺害されたJaneの背景と、凶器として使用された弓の存在が明らかになる。事件解決と並行して、警察官として未熟で失敗をしがちのNicholにいろんな振る舞いを諭すシーンが興味深い。続くシリーズでもNicholとGamacheとの師弟関係が見れるなら楽しみである。また、カナダというと英語圏のイメージがあるが、ケベック州はフランス語を公用語とする土地で、英語ネイティブに対する差別が存在していることは本書を読んで始めた知った。

やがて、物語は過去の町の人々の過去の行いまで明らかにしていくこととなる。Janeの過去と誰も足を踏み入れたことのない家の二階の様子が明らかになり、真犯人の解明につながっていく。

絵画と弓矢を絡めた物語。シリーズものは第1作品目が良いものであることが多いが、このシリーズもそれがあてはまるようだ。第1作と第16作を読了したという妙な状態になってしまったが、間を埋める残りの作品も少しずつ読み進めたいと思った。

「むらさきのスカートの女」今村夏子

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第161回芥川賞受賞作品。

近所で「むらさきのスカートの女」として有名な女性がいる。そんなむらさきのスカートの女と友達になりたい女性、自称「黄色いカーディガンの女」がむらさきのスカートを観察していく様子を描く。

むらさきのスカートの女が、黄色いカーディガンの女と同じホテルの清掃員としてアルバイトを始めたことで、少しずつその正体が明らかになっていく。むしろ本書の面白さは、むらさきのスカートをひたすら追い続ける黄色いカーディガンの女のほうだろう。2人はこうして同じ職場で働くのだが、2人の背景は女性であることと、あまり裕福でないことしかわからない。なぜ彼女が、そこまでむらさきのスカートの女を追い続ける時間的余裕があるのか。むらさきのスカートの女が少しずつ正体が明らかになるにつれ、実は普通の賢い女性であることがわかることによる、反対に黄色いカーディガンの女の異様さが少しずつ目立ってくるのかもしれない。

終盤に向かうにつれ、むらさきのスカートの女の職場の人たちとの人間関係が少しずつ悪化していき、黄色いカーディガンの女もそこに大きく関わることとなる。

ひょっとしたら読み解けていないテーマがあったのかもしれないが、自分にはそれが見えていない気がする。芥川賞受賞作品ということで何かもっと深い、異なる解釈があるのかもしれない。

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「The Testaments」Margaret Atwood

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2019年ブッカー賞受賞作品。

Gileadという国を題材として、そこに関わる女性3人を主に描いている。Gileadでは女性は子供を産む存在として、一部をのぞいて女性たちは読み書きをす学ぶこともできず、家事に関する教育を受けた後、若くして選ばれだ男性との結婚をして子供を産むこととなる。LydiaはGileadの中の女性でトップに君臨する女性で、Gileadの男性の権力者との間で駆け引きをしながら自らの地位を盤石にしていく。また、AgnesはGileadのなかで育つ少女で自分の出自に疑問を持ちながらも優しい母の元に育つが、母が病死したことから少しずつ周囲の出来事に疑問を持つようになる。DaisyはGileadの外で生きる少女で、Gileadの悪い噂を見聞きしながら成長していくが、やがて両親の死をきっかけに大きく人生が動き出す。

1人の女性と2人の少女を中心に描いており、あまりにもリアルに描いているので、Gileadという街が実際に存在していたのではないかと調べてしまったが架空の国の物語である。

本書単独で読んでも十分に面白いが、実際にはこの作品は著者によって20年前に書かれた「The Handmaid’s Tale」の続編ということだそうで、そちらもぜひ読みたいと思った。順を追って読んだ方がさらにいろいろ見えてくることだろう。

「何者」朝井リョウ

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第148回直木35賞受賞作品。

就職活動に悩む4人の大学生を描いている。

ルームシェアをする拓人(たくと)、光太郎(こうたろう)と、たまたまそのアパートの上の階に住んでいた理香(りか)とその留学友達瑞月(みづき)は、エントリーシートなどの作成とともに就職活動をしていた。それぞれの就職活動の進捗状況を伺いながら、強がりながらも、すこしずつそれぞれの行動に本性が滲み出てくる。そんななか、それぞれが、TwitterやInstagramを発信しており、そこで強がったり、人を見下したりしている様子が描かれるのである。

実際の就職活動がここまで陰鬱としたものかどうかは疑わしいし、ここまで今のこの世代の人たちがSNSに縛られているとは思えないが、誰もが本書で描かれているようなん、強がっている自信家の外向けの顔と、思い悩む弱いうち向けの顔、他人を思う優しい顔、などを使い分けているのかもしれない。

朝井リョウの作品は今まで2作品読んだが、どこか薄っぺらい印象を持っていたが、人の二面性を描いていて、一皮むけた感じがする。人を冷めた目で見る拓人(たくと)や、不器用にも就職活動を突き進む理香(りか)、そして就職活動をしている人々を「没個性」と語って夢に逃げる理香(りか)の恋人の隆良(たかよし)など、誰もが、いずれかの行動に共感を覚えるのではないだろうか。

若い作家の作品は、あるとき突然進化するが、朝井リョウにとって本書がそれにあたるように感じた。この先の作品も読んでみたいと思った。

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「明るい夜に出かけて」佐藤多佳子

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第30回(2017年)山本周五郎賞受賞作品。

大学を休学してコンビニのアルバイトに励んでいた富山(とみやま)の唯一の楽しみは、深夜のラジオ、オールナイトニッポンのアルコ&ピースの番組を聞くことだった。

富山(とみやま)は目的を失って深夜のコンビニアルバイトで生活をしているなか、コンビニに訪れた高校生の女子佐古田(さこだ)が、同じリスナーであることから少しずつ近づいていく。また、同じように毎晩顔をあわせるなかで、コンビニの先輩であった鹿沢(かざわ)にも少しずつ心を開いていく。

そして少しずつ、高校で居場所を探している佐古田(さこだ)、歌い手として自分を表現している鹿沢(かざわ)の物語も描かれていく。自分のやりたいことを探しながら、現実のなかで試行錯誤している若者の様子が描かれている。

オールナイトニッポンという名前だけは聞いたことにあるラジオ番組に興味を持った。僕自身も中学生の頃よくラジオを聞いたが、深夜のラジオが作り出す独特の雰囲気をまた味わいたくなった。ラジオ番組を中心とした友人との交流のなかで少しずつ自分のやりたいことを見つけていく様子が爽やかではないものの、なんとなく非常に現実味があって、懐かしく感じた。

【楽天ブックス】「明るい夜に出かけて」