
オススメ度 ★★★★★ 5/5
1991年厚木と山手で同時発生した男児誘拐事件、厚木の被害者は直後に無事保護され、山手の被害者は3年後祖母の家に戻ってきた。時効を過ぎた2021年、新聞記者の門田次郎(もんでんじろう)が空白の3年間を追う。
物語は誘拐事件を担当していた刑事中澤(なかざわ)の死をきっかけに、空白の3年間を追うことを決意した新聞記者の門田次郎(もんでんじろう)と、もう一方で画廊を経営する30代の女性土屋里穂(つちやりほ)の視点で進む。
誘拐事件の被害者だった内藤亮(ないとうりょう)は現在は著名な写実画家として成功をしており、高校時代は里穂(りほ)と同級生だったのである。週刊誌で報道された同級生の近況に触れて、里穂(りほ)は過去の甘い想いに思いを馳せるのである。
並行して、門田次郎(もんでんじろう)の調査によって少しずつ誘拐事件の空白の3年間が明らかになっていく。誘拐事件と空白の3年間に対して沈黙を続ける内藤亮(ないとうりょう)との間に、一人の写実絵画家の存在が浮かび上がっていく。古い体質の美術界で大成することのできなかった才能の持ち主である彼が、一体どんな経緯を経て誘拐事件に関わることとなったのか。
その過程で写実絵画の深さや、美術界での立ち位置や、閉鎖的な美術界などが描かれる。そして次第に写実がに情熱を注ぎながらも慎ましく生きる優しい男女の姿が浮かび上がっていく。
ひさしぶりに面白い作品に出会った。登場人物がただの名前だけの存在でなく分厚い人生とともに描写されていてどの人生にも共感できる。また写実絵画という新しい世界まで見せてくれるうえに、里穂(りほ)の物語からは一途に一人の男性を想う甘い恋が描かれており、さまざまな要素を見事なバランスで一つの物語に仕上げた作品。極上の読書時間を体験させてもらった。



