「まるまるの毬」西條奈加

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
吉川英治文学新人賞受賞作品。江戸で和菓子屋の南星屋(なんぼしや)を営む家族、治兵衛(じへい)、娘のお永(えい)、孫娘のお君(きみ)を描く。

物語は和菓子屋である南星屋(なんぼしや)を中心に進む。物語が進むに従って治兵衛(じへい)の和菓子作りだけでなく、お永(えい)の元夫との関係や、武家出身伝ある治兵衛(じへい)の過去など、家族の物語や、老舗和菓子屋との確執などにも広がっていく。

江戸時代という200年以上昔を描いているにも関わらず、人々の毎日の様子が生き生きと伝わってくる。このゆな人間のさまざまな感情を描いた時代小説に出会うと、いつの世も人間というのは変わらないのだと感じた。

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「桜ほうさら」宮部みゆき

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
父親の死の謎を解くため江戸へ出てきた笙之介(しょうのすけ)はそこで書を生業として生活を始める。

笙之介(しょうのすけ)の父、宗左右衛門(そうざえもん)は身に覚えのないにも関わらず自らの筆跡と思われる文書によって罪を被り、それによって自殺した。人の筆跡をそっくりまねて書くことなど可能なのだろうか。笙之介(しょうのすけ)は江戸で普通の生活を送りながら、そんな技術を持った人を探そうとする。そんななかで笙之介(しょうのすけ)の出会い人々があたたかい。

また書を生業とするゆえに、笙之介(しょうのすけ)の書に対する強い思いも見えてくる。笙之介(しょうのすけ)曰く、書とは人を映すもので、人の筆跡を寸分違わずまねる事ができる人間がいるとしたら、その人間は心までその人間になりきれる人間だと言うのだ。文字を書くことが少しずつ廃れていく現代だからこそ、この笙之介(しょうのすけ)の考え方は印象的で、もう一度文字を書く事と向き合いたくさせてくれる。

そして、笙之介(しょうのすけ)は温かい人々の助けを借りながら真実に近づいていくのだが、結末は人間の欲望や弱さや信念を感じさせてくれる。著者宮部みゆきは現代を舞台にした物語と同じぐらい、江戸を舞台とした物語を書くが、舞台が江戸で時代が100年以上前でも、人の心のありかたは現代と変わらない気がする。本書を読んで、むしろ宮部みゆきがなぜ江戸という舞台設定にここまでこだわるのか知りたくなった。きっと何か信念があるに違いない。

皆、等しく人なのだ。力に奢る者も人なら、その力に虐げられる者も人なのだ。
人の世では、親子でも相容れないことがある。解り合えないことがある。気持ちが食い違い、許し合えないことがある。どれほど思っても、通じないことがある。立場と身分が、想いの真偽を入れ替えることがある。

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「宮本武蔵(六)」吉川英治

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
宮本武蔵の第六巻。武蔵は旅の途中で一人で暮らしている少年と出会う。彼に請われて武蔵はその少年を弟子にして一緒に過ごしはじめる。

決闘の場面こそ少ないが、伊織(いおり)という少年とともに生活を始める武蔵を描く本書は違った意味で印象的な場面が多い。特に強盗集団に教われている村の人々を助け、村人に武器をとらせて戦わせる場面は爽快である。

そして、伊織を育てる上で、剣の技術だけでなく礼儀作法についても厳しく教えようとする。かつでは城太郎という少年と旅をともにしながらも自由奔放にさせたがゆえに何も遺せなかったという武蔵の後悔がそうさせるのだ。

人間の本来の性質の中には、伸ばしていい自然もある。だが、伸ばしてはならない自然もある。放っておくと、得て、伸ばしてはならない本質は伸び、伸ばしてもいい本質はのびないものだった。

そんな武蔵の新たな視点は、読者にも何か考えさせるものがある。

また、現在おそらく日本人で知らない人はないないだろいうというぐらい有名な武蔵ですら当時「生まれたのが20年遅かった」と思っているところが印象的だ。17歳で時代の節目と成る関ヶ原の合戦を経験し、それい以降、武蔵のような野生の人間を世の中が必要としなくなっていったのである。きっといつの時代も人は前の時代の人々に憧れを抱くのだろう。賞賛すべきはそれをそうぞうして描いた著者吉川英治の方かもしれない。

また、一方で佐々木小次郎もその強さを見せ始める。物語の終わりを期待とともに予感させる一冊。
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「宮本武蔵(五)」吉川英治

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
宮本武蔵の物語の第5話。吉岡道場との決闘の後を描く。

ようやく後半に差し掛かった武蔵の物語。吉岡道場との決闘の後を描く本書は物語のなかでも山場の少ない内容となっている。おつう、城太郎と再び行動を共にしてはまたはぐれるなど、それぞれ新たな人生の方向へと導かれていく。

個人的に印象に残ったのは、はぐれた城太郎、おつうの行方を探すのを手伝ってくれた見知らぬ人へ、御礼に残り少ないお金を渡そうとする武蔵の心の内である。

あの銭が、あの正直者に持ち帰られれば、自分の空腹をみたす以上、何かよいことに費かわれるにちがいない。それからあの男は、正直に酬われることを知って、明日もまた、街道へ出て、ほかの旅人へも正直に働くだろう。

これまでは悩み葛藤を続けてきた武蔵だが、ここへきてその心のありようが結構な境地に達してきたような気がする。残り3冊も楽しみである
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「光圀伝」沖方丁

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第3回(2012年)山田風太郎賞受賞作品。世の中が徳川幕府によって安定に向かうなか、水戸徳川家の次男として生を受けた水戸光圀(みとみつくに)の生涯を描く。
日本の歴史に疎い僕にとって水戸光圀と言えば水戸黄門、本当にそれぐらいしか知識がなかった。本書が描くのはそんな一人の男の物語である。

すでに戦国時代は過去の話で世の中は一気に生活を向上する方向に動いている。人々が学べる環境を作り税の制度を整備していくなど、それは戦後の日本の復興と似ているような印象を受けた。

光圀は次男として生まれたのに理由も知らされずに水戸徳川家を引き継ぐとされた。序盤はなぜ自分が選ばれたのかわからないというなかで成長する光圀の苦悩が中心と成る。本来水戸家を背負うはずだった優しい兄に対する罪悪感や、それでも良き理解者として接してくれることに対する感謝の気持ち、それが初期の光圀の人間性を形作ったように見える。

若いうちは、よくある良家の跡継ぎと同様、父から何度も厳しい試練を与えられ、外ではそれなりの粗暴な行為を行いながらも学び成長していく。そんななか書物を重視し、常に学ぶ事を怠らないその姿勢には感銘を受ける。どこまでが事実に基づいているのかわからないが、宮本武蔵との出会いも本書の読みどころの1つである。「書で天下をとる」という光圀の野望は武蔵との出会いから生まれた物だろう。

そのようにして、光圀は、妻の死や将軍との不和など、徳川水戸家を背負って密度の濃い人生を送っていくのだ。

もっとも印象に残ったのは、決断をするときに「これは義か?」と自らに問い続ける生き方である。僕らに現代人にとっては「大義」の方が聞き慣れているのかもしれないが、「義」とは「人の踏み行う正しい道筋」のことで、光圀は常に世のため人のためになることを優先して決断をするのだ。

争乱の時代の後のあの時代に、水戸光圀が果たした役割の大きさが見えてくるだろう。そして、現代に生きる僕らも光圀と同じように、日々信念を持って決断しているか、つまり「義」を行えているかと、改めて考えさせられる。時代は違えど、現代にもそれぞれが果たせる「大義」はきっとあるはず。
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「天地明察」冲方丁

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第31回吉川英治文学新人賞受賞作品。第7回本屋大賞受賞作品。江戸時代、碁打ちである渋川春海(しぶかははるみ)はその一方で数学や星にも興味を持って精進する。そんな多方面に精進するその姿勢ゆえにやがて、国を揺るがす大きな事業に関わることになる。

物語は指導碁をしていたが、老中酒井に「北極星を見て参れ」と命を受けたことで春海(はるみ)の人生は動き出す。その北極出地の最中に聞いたこんな言葉が、その後春海(はるみ)の人生を大きく変えることになる。

お主、本日が実は明後日である。と聞いて、どう思う?

実はこのくだりを読む瞬間に初めて、いままで暦の歴史というものを考えたことがなかったことに気づいた。現在使われている暦が、グレゴリウ暦と呼ばれることや、閏年の適用方法などは知っているが、ではそれが過去どのような経緯を経て世界共通の正しい暦として浸透したかは考えたことがなかったのである。それでも、今持っている知識。たとえば、一日の長さや、地球の楕円形の公転軌道から、それが非常に複雑な計算と、何年物太陽の観察なしには成し遂げられないものだということはわかる。

ある意味「掴み」としては十分である。僕のような理系人間はそのまま一気に物語に持っていかれてしまうことだろう。

物語は渋川春海(しぶかわはるみ)がその生涯に成し遂げた多くのことを非常に読みやすく面白く描いているが、そこで強調されるのは、春海(はるみ)の探究心や好奇心といった物事に対する姿勢だけでなく、春海(はるみ)の物事の達成をするのに欠かせなかった、多くの人々との出会いである。

水戸光国、関孝和、本因坊道策、保科正之、酒井忠清。いずれもどこかで聞いたことあるような名前ではあるが、正直、本作品を読むまでほとんど知らない存在だった。彼らの助けがあってこと、借りて春海(はるみ)が偉大なことを成し遂げたということで、それぞれの当時の立場や実績などにも非常に興味をかきたてられた。

「明察」という言葉は僕らにとって馴染みのある言葉ではない。本作品中でその言葉が使われるのは、数学者同士が問題を出し合い、自分の出した問題に対して、正答という意味で「明察」という言葉が使われている。

そして、本書のタイトルの「天地明察」とは。それは、天と地の動きを明確に察するという意味。現代においてでさえそれはもはや神の領域のような響きさえ感じるその偉業。当時それはどれほど困難なことだったのだろうか。また、世の中を変えるような偉業に一生かけて挑み続ける生涯のなんと充実していることだろう。情熱と充実感、人生の意味などについて考えさせる爽快な読み心地の一冊。

授時暦
中国暦の一つで、元の郭守敬・王恂・許衡らによって編纂された太陰太陽暦の暦法。名称は『書経』尭典の「暦象日月星辰、授時人事」に由来する。(Wikipedia「授時暦」
大統暦
中国暦の一つで、元の郭守敬・王恂・許衡らによって編纂された太陰太陽暦の暦法。(Wikipedia「大統歴」
渋川春海
江戸時代前期の天文暦学者、囲碁棋士、神道家。(Wikipedia「渋川春海」

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「弧宿の人」宮部みゆき

オススメ度 ★★★★★ 5/5
瀬戸内海に面した讃岐国・丸海藩。そこへ元勘定奉行・加賀殿が流罪となって送られてくる。やがて領内は不審な毒死が相次ぐようになる。

時代は徳川十一代将軍家斉の。藩内で起きる事件を、そこで生きるさまざまな人の視点から描く。その中心にいるのが捨て子同然に置き去りにされたほうと、引手見習いの宇佐(うさ)である。自分が阿呆だと思い込んで生きているほうは、親切な人に出会うことで、少しずつ成長していき、また、偶然のからほうとであった宇佐(うさ)も、その強い信念と行動力で物事の裏に潜むものに目を向ける力を育んでいく。

宇佐やほうが出会う人々が、物事を説くその内容には、どんな世界にも通じるような説得力がある。

半端な賢さは、愚よりも不幸じゃ。それを承知の上で賢さを選ぶ覚悟がなければ、知恵からは遠ざかっていた方が身のためなのじゃ。
嘘が要るときは嘘をつこう。隠せることは隠そう。正すより、受けて、受け止めて、やり過ごせるよう、わしらは知恵を働かせるしか道はないのだよ

物語は、そんな2人だけでなく、宇佐(うさ)が思いを寄せる藩医の後次ぎの啓一郎(けいいちろう)や、その父、舷州(げんしゅう)。同じく宇佐(うさ)が仕えるお寺の英心(えいしん)和尚など、世の中の裏も表も知りながら、どうやって人々の不安を抑え藩の平穏を保とうかと考える彼らの行動や考えもしっかりと描いている。
そして物語は、終盤に進むつれて、人々の心の中に潜んでいた不安が表に出てきて多きな災いへと発展する。

温和で優しく、つつましい働き者のこの民が、これほど度を失い乱れ狂ってしまうまで、いったい誰が追い詰めたのか。

誰かが原因なわけではなく、誰かが悪いわけでもなく、しかし、人々の心のすれ違いから誤解は生じ、やがてそれは大きな災いとなる。宮部みゆき作品はどれをとっても、そんなテーマが根底にあるが、本作品もそんな中の一つである。。
人の心の弱さ、不安や恐れが災いを生む。そして、時にはその恐れを沈めるためにも、妖怪や呪いなどが生まれるのである。迷信や伝説は決して意味なく生まれたものではないということを納得させてくれるだろう。

物語が終わりに近づくにつれ、この物語が示してくれることの深さに震えてしまった。単に、この物語が200年以上も昔を描いているゆえ、僕らの生きている現代とは別世界の話、と軽んじられるようなものではなく、迷信や伝説は、弱い心の人間がいる限り、

どんなに文明が進もうとも必ず存在し続けるものなのだ。
序盤、やや聞きなれない職業名や地名に物語に入りにくい部分もあるかもしれないが、我慢して読み進めて決して後悔することはない。心にどこまでも染み込むような物語。この域の作品はもはや宮部みゆきにしか書けないだろう。

丸亀藩
物語で登場する丸海藩のモデル。讃岐国(香川県)の西部を領し、丸亀城(丸亀市)を本城とした藩。藩主は生駒氏、山崎氏、京極氏と続き廃藩置県を迎えた。(Wikipedia「丸亀藩」

江戸時代に1万石以上の領土を保有する封建領主である大名が支配した領域と、その支配機構を指す歴史用語である。(Wikipedia「藩」

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