「黒牢城」米澤穂信

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第166回直木賞受賞作品。織田信長に反旗を翻して長岡城に立て篭もる荒木村重(あらきむらしげ)を描く。

時代小説ではあるが、本作品はこれまで出会ってきた時代小説と異なる新鮮な要素がある。まず、興味深いのが謀反を起こして籠城中という設定である。物語全体を通じても、ほとんど戦は起きない。むしろ、焦点となるのは、籠城という先の見えない状態の中で、すこしずつ疲弊していく民や、誰に従うべきかと考え揺れ動く武将たちの心や、自分の大将としての影響力を気に掛ける村重(むらしげ)の葛藤である。

もう一つ興味深いが、小寺官兵衛(こでらかんべえ)という武将の存在である。村重の謀反を思いとどまるように進言しにきた小寺官兵衛(こでらかんべえ)は、その場で村重(むらしげ)に捉えられ牢に入れられたのである。しかし、しだいに大将として籠城を行う長岡城を統べる村重(むらしげ)が、唯一本音で語れる相手となっていくのである。

やがて、村重(むらしげ)は城内で起こっていた不可解な出来事の答えに辿り着くこととなる。そこで村重(むらしげ)はさまざまな考えを知るのである。

犬死をおそれる殿の気持ちも、わからないではございませぬ。…
されどわたくしはーーこの先も苦しみが続くと思いながら迎える死こそが、もっとも残酷と思うております。

著者米澤穂信作品は長く読み続けており、軽い雰囲気のミステリーを描いていた頃から知っているため、一人の作家の成長ぶりも併せて楽しませてもらっている。前回読んだ著者作品「可燃物」が評価の割に登場人物の人間味が薄く期待はずれだったため、本書もそれほど期待値は高くなかったが、同じ著者がここまで異なる雰囲気の作品を描けるのかと驚かされた。

昨今、今村翔吾垣根涼介などによって戦国時代を描いた歴史小説が一気に面白くなったが、本書もまったく引けをとらない。

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「信長の原理」垣根涼介

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
織田信長の生涯を描く。

織田信長といえば、戦国武将の中でももっとも有名な武将の一人である。しかし、その生涯を描いた物語にはこれまで漫画や映画も含めほとんど触れてこなかった。以前読んだ垣根涼介の「光秀の定理」が面白かったので、本書も、新しい視点を盛り込んだ歴史小説を期待して読むに至った。

そもそも織田信長という武将については、天下を初めて統一したこと、その後天下を統一した豊富秀吉や徳馬が家康に比べると非常に厳しい人格であること。そして、本能寺の変で明智光秀に裏切られて命を落としたことぐらいしか知らなかったので、細かい出来事はどれも楽しめた。

基本的には信長の生涯を時代の経過とともに描いているが、面白い試みとして、信長が常に世の中の不思議な法則に注意を向けている点である。5人の人間が集まれば、秀でているものは1人だけで3人は平凡になり1人は怠け者になるという、つまり現代はパレートの法則と呼ばれる法則である。「光秀の定理」ではモンティ・ホール問題が物語の鍵となっていたが、本書ではまさにこのパレートの法則が常に一貫したテーマとなっているのである。

物語は、信長目線だけでなく、のちの秀吉である木下藤吉郎や明智光秀目線でも展開する点も面白い。また、今村翔吾の「じんかん」でも描かれた松永弾正(まつながだんじょう)についても、非常に好意的に描かれているのが印象的であった。

終盤、信長の最期、つまり本能寺の変に近づくにつれて、光秀目線の物語展開が増えてくる。光秀側の正当化された光秀像が見えてくる。

いずれの出来事も、どこまでが歴史的な事実として明らかになっている出来事で、どこからが著者による新たな解釈なのかを知りたくなった。そのためには別の著者の書いた織田信長の物語に触れるしかないのだろう。人間の深みを感じるとともに歴史にも改めて目を向けさせてくれた。

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「じんかん」今村翔吾

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第11回山田風太郎賞受賞作品。織田信長(おだのぶなが)に謀反を企てている松永秀久(まつながひでひさ)の過去について、信長(のぶなが)は家臣の又九郎(またくろう)語り始める。そこから見えてくるのは平和な世の中を目指した信念を持った生き方だった。

本書は信長(のぶなが)が謀反に対応する様子と、その信長自身が松永秀久(まつながひでひさ)について知っていることを語る内容、つまり過去の九兵衛(くへい)の成り上がっていく様子を交互に描く。

過去の九兵衛(くへい)の描写からは、不幸な少年期のなかで仲間を失い、やがて三好元長(みよしもとなが)の描く理想の世界に共感して、それを実現することを目的として生きていく様子を描く。それは、武士を消し去り、民の支配する世の中を作るというものであった。

中盤以降は元長(もとなが)と九兵衛(くへい)の思い通りことが運ばない様子が描かれる。

戦国時代の歴史を知ると、なぜこんなにも長く、多くの死傷者を生む戦いを繰り返していたのだろう。と不思議に思うだろう。同じように現代でも、独裁政権が倒れたら平和が訪れると思っていた国が、結局同じような紛争を繰り返すのを不思議に思うだろう。結局大部分の人間は、嫉妬、欲望、疑心暗鬼からは逃れられないのである。本書はまさにそんな人間(じんかん)の本質示してくれる。

長年敵対していた高国(こうこく)が九兵衛の問いに答える場面はまさに人間の本質を捉えている。

お主は武士が天下を乱していると、民を苦しめていると思っているのではないか?…民は支配されることを望んでいるのだ…日々の暮らしが楽になるのは望んでいる。しかし、そのために自らが動くのを極めて厭う。それが民というものだ。

やがて年齢を重ねながら、多くの仲間を失いながら、思いをなかなか達成することができずに、九兵衛も少しずつ悟ることとなる。

本当のところ、理想を追い求めようとする者など、この人間(じんかん)には一厘しかおらぬ。残りの九割九部九厘は、ただ変革を恐れて大きな流れに身をゆだねるだけではないか

現代の政治家と重なって見える。結局いつの時代も人は同じことを繰り返しているのである。自分の生活が脅かされれば反抗したり文句を言うが、本書の言葉を借りるならば、九割九分九厘の人間はは自らの責任で世の中を改善しようとしないのである。

自分は世の中を良くするために行動できる残りの一厘の人間だろうか、それとも不平を言いつつ動こうとしない残りの九割九分九厘の人間だろうか。そんなことを考えさせられる一冊である。

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「幸村を討て」今村翔吾

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
豊臣家の最後の生き残りをかけた大坂の陣、徳川軍と豊臣軍参加した武将たちはそれぞれの思惑を持ちながら参加する。そんななか鍵となるが幸村を筆頭とする真田家であった。

それぞれの武将の目から大坂の陣を語る。織田家、豊臣家、徳川家、によって少しずつ戦の機会が減り、戦国の世の中が終わりに近づく中で、自らの名を上げる機会を求める者、家の名を歴史に刻もうと努める者、自らの信念を貫く者、いまだに天下をとる夢を捨てられない者など、さまざまな思惑をもった武将たちが大坂での最後の決戦に臨む。

これまで触れてきた今村翔吾作品とは少し趣が異なる作品。それぞれの武将たちが自分の目的のために、さまざまな手段を駆使して情報を集め、さまざまな駆け引きをする様子は、「デスノート」や「ライアーゲーム」のような緊張感を感じさせる。

同時に、400年以上前の人々を想像力豊かに、深く描くその人物描写の力量に驚かされる。戦国時代の武将たち一人一人も、現代を生きる人間たちを同じように、自らの信念や世間体や子供たちの未来を考えて生きる生身の人間であったことを思い知らせてくれる。歴史的事実に分厚い人物描写を組み合わせて、これまで体験したことのない見事な歴史小説に仕上がっている。歴史小説嫌いな人も一読の価値ありである。

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「国を蹴った男」伊東潤

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第24回吉川英治文学新人賞受賞作品。信長、秀吉、家康と天下の情勢が大きく移り変わる戦国時代において、自らの生き方を貫いた6人の男たちを描く。

本書はいずれも1600年近辺の戦国時代に生きた男たちに焦点をあてた短編集である。牢人、茶人、職人など、後の世に名を残すことのない男たちの、誇り高い生き方を描いている。

個人的に印象的だったのは茶人山上宗二(やまのうえそうじ)を扱った「天に唾して」の章である。美しさがわからない秀吉を卑下する茶人と、嫉妬しつつ権力で支配しようとする秀吉という構図は「利休にたずねよ」などでも描かれているが、本書でも権力に屈しず信念を貫く茶人たちを描いている。

この辺は、CEOの意見の前に譲歩しなければならない現代のデザイン作業にも通じるところがあるのを感じる。異なるのは切腹しなくても良いというところだろう。

自分の印象では秀吉は農民から成り上がった人間として好意的に受け取っているのだが、本書ではどちらかというと、その出自ゆえのコンプレックスからか、権力とともに傲慢になっていくように描かれている。先日読んだ「八本目の槍」の描き方とはまた、大きく異なっていたので、あらためて、史実に忠実でありながらも人格についてはさまざまな解釈があるのだと感じた。

短編集という難しいスタイルでありながらも、どれも登場人物に深みを感じたので、引き続き著者伊東潤の他の作品にも触れてみたいと思った。

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「八本目の槍」今村翔吾

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
16世紀後半、徳川家康が勢力を増すなか、賤ヶ岳の七本槍とよばれた豊臣家に仕える七人の武将が過去の思い出や現在の思いを語る。

賤ヶ岳の七本槍とよばれた武将たちは、羽柴秀吉が少しずつ大名として地位を向上させる過程で家臣を増やす必要があり、そこに集ってきた似た境遇の若者たちである。賤ヶ岳の戦いで7人は一気に名を広めたが、それ以降は順当に地位を上げていくものもいれば、逆に期待された活躍をできなかったものもいる。そんな少しずつ異なる道をいく7人が、豊臣家と7人の仲間であった佐吉(さきち)つまりのちの石田三成について語る、という形で物語が進む。

「八本目の槍」今村翔吾

7人はいずれも、立派な人間になることを目指して豊臣家に仕えることを選んだが、学問に秀でているものもいれば武芸に自信を持つものもいる。いずれの人生にも、佐吉(さきち)の存在が多少なりとも影響を与えており、それぞれの語る言葉からは佐吉(さきち)が、どれほど仲間を想い、どれほど先の未来を見据えていたかが伝わってくる。

最終的に佐吉(さきち)視点で物語が語られることはないが、物語全体から佐吉(さきち)、つまり石田三成に対する憧憬の念が伝わってくる。

僕ら現代の人間が遠い過去の物語に触れる時、どうしても当時の人々を若干下に見がちである。それは現代では当然のこととして知っている技術や自然現象を、当時の人々は知らなかった、など知識や情報不足によるところが大きい。しかし、本書を読むと、いつの時代にも人は、家族や未来を憂い、自分の技術や地位を周囲の人と比べ悩んだりしながら生きているのだと感じた。

今年読んだ中で最高の作品であるし、これまで読んだ江戸時代以前を舞台にした物語の中でももっとも深みを感じた作品。

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「塞王の楯」今村翔吾

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第166回直木賞受賞作品。戦国時代の戦乱の中、親を失い、石垣造りを生業とする飛田屋の頭源斎(げんさい)に拾われた匡介(きょうすけ)が飛田屋の頭として成長していく様子を描く。

何よりもまず、石垣造りという職業に魅了される。戦乱の時代だからこそニーズがあったその職業と、石を積むという作業の深さを味わえる。石垣造り職人は、積方、山方、荷方の3つに分けられ、それぞれ、石を積む人、切り出す人、運ぶ人としてそれぞれの分野で技術を磨き、共同して石垣造りをするのである。

豊臣家によって世の平穏が訪れ、戦国時代の終わりを感じさせる中、源斎(げんさい)がその立場を匡介(きょうすけ)に譲りわたしていく過程を描く。飛田屋の家に生まれながらも匡介(きょうすけ)に立場を譲った玲次(れいじ)の存在も面白い。匡介(きょうすけ)と玲次(れいじ)は互いの技術を尊重しながら共に飛田屋に尽くすのである。

物語は大津城の城主、京極家からの依頼によって大津城と京極家と飛田屋は関わっていくこととなる。また、鉄砲作りの彦九郎(ひこくろう)の存在も物語を面白くしている。石垣造りに飛田屋が頑丈な石垣を作ることで世の中の平和に貢献できると信じる一方、鉄砲造りに賭ける彦九郎(ひこくろう)は、強い武器をつくってこそ、人は戦いをやめると信じている点が面白い。

物語はやがて大津城を舞台に東西の決戦の時を迎える。そしてそこは、石垣、鉄砲と手段は異なれど自分達の仕事を通じて平和な世界を作ろうとする匡介(きょうすけ)と彦九郎(ひこくろう)の一騎討ちの場ともなるのである。

非常に楽しめた。現代は失われた石垣造りや鉄砲造りという職業を、当時の人々の葛藤を巧みに絡めて素敵な物語に仕上げている。

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「忍びの国」和田竜

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
父、織田信長に認めてもらうため、織田信雄(おだのぶかつ)は伊賀を攻めることを決める。強力な部下に恵まれながらも自らの能力のせいでその忠誠を勝ち取ることのできない信雄(おだのぶかつ)と、とてつもない強さを持ちながらもお金のためにしか動かない伊賀の忍びたちの戦いが始まる。

伊賀という言葉からイメージするのは、やはり忍術というなにか胡散臭いもの。子供時代にみたハットリくんの世界が現実ではないとわかっていながらも、それでは実際に歴史上の伊賀の忍者とはどのような存在だったかと聞かれると未だによくわからない。そんな曖昧な「忍者」の認識に新たな視点をもたらしてくれるのが本作品である。

物語は、織田と伊賀という非常にわかりやすい構図で描かれる。織田方は誰もが天下を統一したことで知っている織田信長と、その息子、信雄(のぶかつ)を中心に展開する。すごい父を持った故に、自らの能力のなさを嘆き、父に認められるようとする信雄(のぶかつ)の姿に、400年という時を超えて共感する読者も多いのではないだろうか。そして伊賀の方では、類まれなる強さを持ちながらも妻に頭のあがらない無門(むもん)の様子が繰り返し描かれる。こちらもどこか現代の男性の共感を呼ぶのではないだろうか。

戦国の時代というと、日本の立派な武士道が見られるかとおもいきや、伊賀の人々は裏切りなど当たり前で、お金のためにしか動かないというのが面白い。また、信雄(のぶかつ)に仕える武士たちも、混乱の世の中で生き抜くために、仕える先を頻繁に変わるために必ずしも忠誠を誓っていない者も多いのである。

そんななか、信雄(のぶかつ)の維持と伊賀がぶつかるのである。信雄(のぶかつ)と無門(むもん)を中心とする物語に、個性のある脇役が加わり、軽快に楽しめる物語に仕上がっている。

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「村上海賊の娘」和田竜

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
戦国時代に瀬戸内海で勢力を誇っていた村上海賊を、戦に憧れる娘景(きょう)を中心に描く。

海賊という言葉はよく聞くけれども、どこか外国や物語の中にのみ登場する存在であって、日本の歴史にはそぐわない気がしていたのは僕だけだろうか。だからこそタイトルの「村上海賊」が不思議で魅力的に聞こえるの。

主人公が女性なのだが、残念なのが冒頭でいきなりその景(きょう)が嫁ぎ先に困るような醜女(しこめ)だと書かれているということだ。男性読者はいつもヒロインを理想の女性像と重ね合わせて読むからこれは非常に残念なのだが、本書を通じて景(きょう)の大活躍を見る事によってそんな考え方もくつがえされていく。

さて、物語は本願寺の地を狙う織田信長に対して、その地を守ろうとする本願寺側が兵糧を毛利家に求め、毛利家はその兵糧を運ぶために村上海賊を頼る、という構図である。しかし、本願寺、毛利、村上海賊もいずれも、異なる思いを抱えた人物が存在するために、いろんな駆け引きが発生するのである。

しかし、最初は「家の存続」や「地位の向上」を意識しながら行われていた細かい駆け引きが、やがて戦が本格化するにしたがって、潔よく、誇り高い行動に変わって行く様子が非常に爽快である。

大なるものに靡き続ければ、確かに家は残るだろう。だが、それで家を保ったといえるのか。残るのは、からっぽの容れ物だけではないか。

村上海賊の景(きょう)はもちろん、弱虫であった弟の景親(かげちか)や雑賀党(さいかとう)の鈴木孫一(すずきまごいち)などかっこいい人物ばかりである。極めつけは景(きょう)の最大の敵となった七五三兵衛(しめのひょうえ)である。どのように決着するのかぜひ楽しんでいただきたい。

また、本書のなかではわずかな登場しかしない織田信長が、とてつもないオーラを放つ人間として描かれているのも印象的である。もちろん歴史上重要な人物なだけにそのように描くことは特に驚きでもないが、「今だったら誰にあたるのだろう?」と考えてしまう。

物語自体が面白いのはもちろん、歴史を読み解くと「○○が勝った」「○○が負けた」だけで終わってしまう出来事を、ここまで分厚い物語にし、そこに関わった人物をここまで人間味あふれる存在として見せることのできる著者の描写の技術に感動する。

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「光秀の定理」垣根涼介

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1560年。新九郎(しんくろう)は愚息(ぐそく)と名乗る坊主と出会い行動を共にすることとなる。そんな2人はある日、明智十兵衛光秀(あけちじゅうべえみつひで)と出会う。

本書を読むまであまり明智光秀(あけちみつひで)という人物についての知識を持っていなかった。織田信長(おだのぶなが)の最期となった本能寺の変の鍵となった人物という程度のものである。しかしどうやら明智光秀(あけちみつひで)については諸説あるようだ。本書はそんな1つの明智光秀像(あけちみつひで)を見せてくれる。

鍵と鳴るのは、剣士新九郎(しんくろう)と坊主愚息(ぐそく)である。新九郎(しんくろう)は最初ただひたすら剣を生業にしようとその腕を磨いていたが、愚息(ぐそく)との出会いによって物事を考える能力を身につけ、それが剣の技術にも活かされていく。また愚息(ぐそく)は世の中のルールには従わず自らの信念にしたがって生きている。そんな2人に魅了された光秀(みつひで)はその地位をあげていくなかでたびたび2人の元を訪れるのだ。

面白いのは愚息(ぐそく)がお金を稼ぐために行う博打の方法である。1見すると1対1の5分に思えるそれが物語を非常に面白くしている。

明智光秀(あけちみつひで)という人物についてもっと知りたくなった。また、新九郎(しんくろう)や愚息(ぐそく)の生き方にもなにか心地よさを感じた。
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「利休にたずねよ」山本兼一

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第140回直木賞受賞作品。
千利休はその唯一にして確固たる美学ゆえにその地位を上りつめた。しかし、その美に対する信念ゆえに秀吉に疎まれ切腹を命じられる。

千利休の名前を聞いた事のない人など日本人でいるのだろうか。しかし、実際に彼が何をやっていたのか、そう考えると茶室に関わる何か、としか知らない。茶室や茶という文化が同時どのように人々に捉えられていたかすら普通は知らないだろう。本書は千利休の生活や行き方、そしてそこに関わる人たちの視点を通じてまさにそんな当時の様子を見せてくれる。

こういう風に書くと、ひどく退屈な歴史小説のように聞こえるかもしれないがそんなことはない。本書で何度も描かれる、利休の美しい物に対する考え方は、永遠と受け継ぎたいと思わせる。むしろ日本人の物作りに対するこだわりの原点があるようにも感じられる。

本書を読むと世の中のすべてが違って見える。人の表情、仕草、歩き方、建物の形状、物の置き方…。すべてにおいてもっとも美しい方法というのがあるに違いない。きっと利休であれば最も美しい方法を選択しただろう。
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