「深追い」横山秀夫

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
三ツ鐘警察署でおこった事件を扱った7つの物語。

最近横山秀夫作品のすごさを改めて感じている。一冊に5つ以上の物語が入った短編集の、それぞれの数十ページの物語にでさえ、登場人物の分厚い人生を感じる。今までは長編しか読もうとしなかったのだが、短編集も全部読みたいと思い、本作もその流れの中でたどり着いた。

警察の物語というと、凶悪な連続殺人事件や誘拐事件などをイメージする人が多いだろう。しかし、短編集の本書が扱っているのは、実際に起こったとしても地方の新聞にも載らないような小さな事件ばかりである。ただ、それは小さな事件ではあるが、当事者や家族にとってはその人生に影響を与えるような大きな出来事なのである。

本書ではまさにそんな、事件に影響を受けた人々の苦悩を描いており、その横山秀夫の描写力から、どんな人間も物語の主人公になりうるのだということが伝わってくる。

【楽天ブックス】「深追い」

「解像度を上げる」馬田隆明

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
曖昧な思考をより明確にする作業を「解像度を上げる」として、その方法について語る。

もちろん本書でいう解像度は、画像のピクセル数の密度、という元々の意味ではない。本書でいう「解像度を上げる」とは、表現や考えの曖昧な部分がより具体的で明確な状態に近づけるということである。

本書では解像度を

  • 深さ
  • 広さ
  • 構造
  • 時間

という4つの軸で考え、それぞれの軸で向上させていく方法を語る。

全体的にかなり網羅的な内容になっている。正直網羅的すぎて、他の書籍と重なる部分も多い。例えば、解像度を深くする章ではユーザーインタビューの手法にまで触れている。本書一冊ですべてを理解したい人には良いかもしれないが、実際にはそのような読者は少ないだろう。核心となる考え方に絞って、他の書籍で語られている内容は削ぎ落としたほうが良い本になったのではないだろうか。

【楽天ブックス】「解像度を上げる」
【amazon】「解像度を上げる」

「夜に星を放つ」窪美澄

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第167回(2022年上半期)直木賞受賞作品。さまざまな人間関係を扱った5つの物語。

双子の妹を亡くした婚活中の女性、離婚調停中の男性、父親と二人暮らしの女子高生など、少し変わった人々の様子を描く。

全体的に優しい物語ではあるが、直木賞受賞作品となるほどの個性や良さがあったかというと疑問である。自分には見出せなかった良さがあるのかもしれない。

【楽天ブックス】「夜に星を放つ」
【amazon】「夜に星を放つ」

「黛家の兄弟」砂原浩太朗

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第35回(2022年)山本周五郎賞受賞作品。筆頭家老をつとめる黛(まゆずみ)家の様子を、三兄弟、栄之氶(えいのじょう)、荘十郎(そうじゅうろう)、新三郎(しんさぶろう)を中心に描く。

大きく前編と後編に分かれており、前編は黛家のはみ出しもので行き場を失った次男の荘十郎(そうじゅうろう)の事件をめぐるできごとを中心に展開する。黛(まゆずみ)家を存続させることを優先する父、長くともに過ごしてきたことで決断しきれない栄之氶(えいのじょう)と新三郎(しんさぶろう)の苦悩を描く。

後編は前編の13年後の物語である。黒沢家で織部正(おりべのしょう)として生きるかつでの新三郎(しんさぶろう)と、父の跡を継いで清左衛門(せいざえもん)となった栄之氶(えいのじょう)が、表向きには疎遠になったように見せながらも、その立場を利用して黛(まゆずみ)家のために生きる様子を描く。

江戸時代における男の人生を非常に巧みに描く。一方で、当時の立場や役職などに詳しくないとなかなか理解が追いつかず、物語に没頭しにくいのを感じる。登場人物の多さや改名が一般的であることから名前が固定されていないのも要因の一つであり、この辺のわかりやすさと忠実度のバランスが物語の書き手として難しいところだろうと感じた。

【楽天ブックス】「黛家の兄弟」
【amazon】「黛家の兄弟」

「Cause of Death」Patricia Cornwell

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
海軍の船の近くを潜水中に亡くなったジャーナリストは毒殺されたことが判明した。調査の過程で少しずつKay Scarpettaの周辺で不審な出来事が起き始める。

Kay Scarpettaシリーズの第7弾である。「The Bone Collector」シリーズに飽きて、事件捜査だけでなく家族や恋人との人間的な側面の描写の多いこちらを読み続けており、今回もそんななか惰性で手に取った。今回も、事件捜査と同じぐらいKay自身の複雑な人間関係についての悩みが描かれる。不倫関係にあるWesleyとの関係、長年のパートナーで離婚とともに少しずつ堕落していく様子を隠さないMarinoとの関係、成人して少しずつ危険な警察組織としての道へと進んでいく姪のLucyとの関係などである。

事件自体は警察の汚職なども絡んでくるが若干深みに欠けて物足りない。このシリーズの良い点は事件が解決した後にダラダラその後の物語を描かない点である。前作品と今回の作品は、事件解決の余韻に浸る間も無く終わってしまった。

英語新表現
pass on 亡くなる
run-in 口論、衝突、いざこざ
have my head in the sand 見て見ぬふりをする
blow off steam 不満を発散する
do a number on … …に損害を与える

「国を蹴った男」伊東潤

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第24回吉川英治文学新人賞受賞作品。信長、秀吉、家康と天下の情勢が大きく移り変わる戦国時代において、自らの生き方を貫いた6人の男たちを描く。

本書はいずれも1600年近辺の戦国時代に生きた男たちに焦点をあてた短編集である。牢人、茶人、職人など、後の世に名を残すことのない男たちの、誇り高い生き方を描いている。

個人的に印象的だったのは茶人山上宗二(やまのうえそうじ)を扱った「天に唾して」の章である。美しさがわからない秀吉を卑下する茶人と、嫉妬しつつ権力で支配しようとする秀吉という構図は「利休にたずねよ」などでも描かれているが、本書でも権力に屈しず信念を貫く茶人たちを描いている。

この辺は、CEOの意見の前に譲歩しなければならない現代のデザイン作業にも通じるところがあるのを感じる。異なるのは切腹しなくても良いというところだろう。

自分の印象では秀吉は農民から成り上がった人間として好意的に受け取っているのだが、本書ではどちらかというと、その出自ゆえのコンプレックスからか、権力とともに傲慢になっていくように描かれている。先日読んだ「八本目の槍」の描き方とはまた、大きく異なっていたので、あらためて、史実に忠実でありながらも人格についてはさまざまな解釈があるのだと感じた。

短編集という難しいスタイルでありながらも、どれも登場人物に深みを感じたので、引き続き著者伊東潤の他の作品にも触れてみたいと思った。

【楽天ブックス】「国を蹴った男」
【amazon】「国を蹴った男」

「El jardín de las mujeres Verelli」Carla Montero

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
祖母のNonnaが亡くなったことで、バルセロナの祖母のレストランを片付けていたとGiannaとCarlosの兄妹はイタリアにも家があることを知る。それをきっかけに、祖母Aniceの人生に興味を持ち始める。

物語は現代のGiannaとCarlosが、店主を失ったレストランの片付けをするなかで見つけた遺品からイタリアの田舎町の風車小屋の鍵と古い日記を見つけたことで、自分の祖先である曽祖母Aniceの過去に興味を持ち始める。

一方、日記からは第一次世界大戦前の祖父母の生き方が少しずつ明らかになっていく。物語はそんなふうに現代と戦時の二つの時代を行き来しながら、また地理的にもバルセロナとイタリア北部の田舎町をを行き来しながら展開していく。

Giannaは交際していた結婚している男性との間に子供ができてしまったことで、建築家としてのキャリアを諦めるべきか子供を中絶すべきか悩むこととなる。そんななか少しずつ明らかになっていくAniceの生き方がGiannaに大きな刺激となるのである。

世の中の男女の不平等に触れながらも、女性らしい強い生き方を描く。

スペイン語新表現
la boca muere el pez 口は災いの元
estar patas arriba はめちゃくちゃである(足が上である)
patear las calles 徹底的に街を歩き探す
sin rodeos 単刀直入に
dar rienda suelta a 〜を思う存分発揮する(〜に自由な手綱を与える)