とにかくおすすめ

ジャンル関係なくオススメを知りたい人向け

とにかく面白い

ページをめくる手が止まらない、寝る時間さえ惜しくなる最高のエンターテイメント

泣ける本

思いっきり泣きたい人向け

優しい気持ちになれる本

悲しいとかハラハラするとか怖いとか必要なく、ただただほんわかして、暖かい気持ちを感じたい人におすすめの本

深い物語

いろいろ考えさせられる、深い物語

生き方を考える

人生の密度を上げたい方が読むべき本

学習・進歩

常に向上していたい人が読むべき本

組織を導く人向け

日本の経済力を強くするために、組織づくりに関わる経営者などにおすすめしたい本

デザイン

ただ美しいものを作れるだけじゃなく、一歩上のデザイナーになりたいデザイナーが読むべき本

英語読書初心者向け

英語は簡単だけど面白い、そんな面白さと英語の易しさのバランスの良いものを厳選

英語でしか読めないおすすめ

英語で読む以上、英語でしか読めない本を読みたい。現在和訳版がない本のなかでぜひ読んでほしい本。

「隠蔽捜査」今野敏

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
吉川英治文学新人賞受賞作品。
警察庁長官官房でマスコミ対策を担う竜崎伸也(りゅうざきしんや)と警視庁刑事部長の伊丹俊太郎(いたみしゅんたろう)という2人の警察官僚が1つの事件をきっかけに自らの立場や警察組織を守るために奔走する様子を描いている。
まず興味を引くのは、「出世がすべて」「東大以外は大学ではない」と考えている竜崎(りゅうざき)のほうが、警察内部の怠慢や汚職を許さず、逆に、私大卒で周囲から警察官僚の中でもっとも人間味の有る人と評価される伊丹の方が、警察内の不祥事をもみ消そうとする点である。
おそらく一般的には、警察官僚とか、警察の縦社会という考えに縛られた竜崎のような人間こそが、警察組織内の不祥事を助長し、伊丹のような警察官が正義を貫くと考えられているのだろう。にもかかわらず、そんな先入観を早々と砕く人物設定によって瞬く間に物語に引き込まれていった。
物語の目線となっている、竜崎(りゅうざき)の家族を顧みない考え方や、警察組織として人生を貫こうとする姿勢、その価値観は決して共感できるものではないが、一方で彼の感情に左右されない論理的なものの考え方は個人的にとても理解できる。そして、彼の考え方に触れるうちに、事件を解決することだけが警察組織の人間の役割ではないことがわかるだろう。

組織というのは、あらゆるレベルの思惑の集合体だ。下のものがいいかげんだったら、いくら上が立派な戦略を立てても伝わらないのだ。常にうまく部下を使う方法を考え、同時に、いかにして上司を動かすかを考えなければならない。

物語は最後まで、事件を大して大きく扱わない。あくまでも事件は警察組織の中の対立関係や駆け引きを描くための素材に過ぎない。警察を扱った物語は世の中に数え切れないほどあるが、これほど事件に焦点を当てないで最後まで展開する物語も珍しいだろう。
とはいえ、少年犯罪者の社会復帰を支援するような日本の少年法への疑問もしっかり投げかけている。私刑を許してしまったら法治国家ではなくなる、という警察組織に身をおくものとしての建前と、過去に凶悪犯罪をしながらも、今は普通に世の中で生活している彼らが許せないという気持ちも併せ持つ。私刑や復讐を扱った物語の中では必ずといっていいほど見られる葛藤であるが、それでも人によって意見の分かれる問題であるから面白い。私刑を扱った他の作品として思い浮かぶのは宮部みゆきの「クロスファイア」などがそうだろうか。
ページが残り少なくなるころには、序盤にあれほど忌み嫌った竜崎(りゅうざき)の生き方が好きになっているのだから、見事に著者の思惑にはまってしまったということなのだろう。


KGB
ソ連国家保安委員会の略称。1954年からソ連崩壊まで存在したソビエト社会主義共和国連邦の情報機関・秘密警察。
参考サイト
Wikipedia「警察庁長官狙撃事件」

【楽天ブックス】「隠蔽捜査」

「閉鎖病棟」帚木蓬生

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第8回山本周五郎賞受賞作品。
とある精神病院には、重い過去を背負った患者たちが日々の生活を送っている。そんな精神病院の患者たちを描いた物語。
冒頭部分は患者たちの病院に入る前のエピソードが細切れに描かれていて、物語の繋がりを把握するまでに時間がかかるだろう、加えて、精神病院という普通の人にはおそらく馴染みのないであろう舞台設定にややページが重く感じる。それでも馴染みの薄い舞台設定だからこそ感じるものは多く存在していたように思う。
過去に犯した過ちを悔い、外の世界に出ると浴びせられる好奇の視線。いつか退院して外の世界で暮らしたいと思いながらも、もはや普通の生活には戻れないという諦め。そういった一人一人の患者たちの生活や悩みが現実味を帯びて描かれている。普通の人から見れば、奇異な行動と映る彼らの行動にも、彼らにとってはしっかりと意味を持った行動なのだと、感じることができるのではないだろうか。

家に帰りたいけど帰れない。その冷たい壁の存在をすべての患者がどれほど思い知らされてきたことだろう。本当はみんな退院を心から待ち望んでいるのにできない。ここは開放病棟であっても、その実、社会からは拒絶された閉鎖病棟なのだ。

僕らのような「正常」(と世間ではされている)人間こそが彼らのような人の気持ちの理解にもっと努めなければならないのではないか。そんな訴えがこの物語からはひしひしと感じられる。一気に読ませるというようなパワーは残念ながらないし、正直、自分の生活とあまりにもかけ離れた世界の描写に、ページをめくるスピードは最後までゆるやかなままだったが、ラストには相応の感動が用意されていた。
【楽天ブックス】「閉鎖病棟」

「脳男」首藤瓜於

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第46回江戸川乱歩賞受賞作品。
連続爆発犯のアジトで2人の男が争っていた。警察が逮捕した1人の男、鈴木一郎(すずきいちろう)は、痛みを感じない男であった。彼は連続爆弾事件の犯人なのか。医師、鷲屋真梨子(わしやまりこ)は男の精神鑑定を担当することとなる。
真梨子(まりこ)は鈴木(すずき)の奇妙な行動の中から、知識として持っている特異な能力を持った人間たちの記憶をたどり始める。未だ謎に包まれている人間の脳。そして、世界に数人しかいないサヴァン症候群の人間たちの能力を物語の素材として、「ではこんな人間もひょっとしたらいるのではないか」と真意実を帯びて伝わってくる。

部屋の隅でじっとしているなどというのではない。文字通り微動だにしないのだ。瞬きもしなければ、指をほんの一ミリ動かすこともな。だれかが手を添えて腕をあげさせるとそのまま腕を上げたままの姿勢でおり、直立させて背中を押すと壁に当たるまで真っすぐ歩き続ける。

一度見ただけですべてのものを暗記してしまうという能力。その並外れた能力は、人間としての生活を送りにくくなる障害とともに現れる。この物語で最大の謎となっている、鈴木一郎(すずきいちろう)の能力も、それに類するもので、物語の中で鷲屋真梨子(わしやまりこ)が鈴木(すずき)の能力を見極めようとするその過程で、実は普通の人間こそがものすごい多様な判断を無意識のうちにしていることに読者は気づくことだろう。

きみはきのう町を歩いているときにすれ違った車のナンバーを全部いえるかね。すれ違った人間の服装をすべて記憶しているかね。生まれつき脳にこの簡単な認識のパターンがそなわっていないせいで、日常生活においてさえなにが必要でなにが必要でないかがわからない人間がいたとしたらどうなると思うかね。

物語中で鈴木一郎(すずきいちろう)が見せるうらやましくなるような記憶力。しかし、それは日常生活を送る上では不要なものである。正常な人間は何が必要な情報で何が必要でない情報なのかを瞬時に判断しているのである。コンピューターが人間の脳に近づくまでにはまだまだ長い年月がかかる。ひょっとしたら永遠にそんな日は来ないのかもしれない。改めて人間の脳について考えさせられる。


壊死性筋膜炎
筋肉を覆っている筋膜という部分に細菌が侵入し、細胞を壊死させてしまう病気
バビンスキー反射
2才未満の幼児には普通に見られる脊髄反射。成長後もこの反射が見られると錐体路障害が疑われる。
サヴァン症候群
知的障害や自閉性障害のある者のうち、ごく特定の分野に限って、常人には及びもつかない能力を発揮する者を指す。(Wikipedia「サヴァン症候群」
後見人
財産に関するすべての事項で、制限能力者に対する法定代理人となる者で、かつ、親権を行う者(親権者: 父母、養親)でないものをいう。(Wikipedia「後見人」

【楽天ブックス】「脳男」

「午前三時のルースター」垣根涼介

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
サントリーミステリー大賞、読者賞受賞作品。
旅行代理店に勤務する長瀬(ながせ)は得意先の社長から、その孫の慎一郎(しんいちろう)のベトナム旅行への付き添いを依頼される。しかし、実際には慎一郎(しんいちろう)の本当の目的は5年前にベトナムで失踪した父を探すことだった。
物語の大部分はベトナムを舞台にしている。この作品とあわせて、真保裕一の「黄金の島」を読めばかなりベトナムの文化が理解できることだろう。常々言っていることであるが、自分の知らない世界や知らない考え方に触れられるのが度読書の至福の時である。そして、それは日本以外を扱った作品には特にそういう傾向が強い。
そして本作品では、慎太郎(しんたろう)がベトナムという普段触れているものとは違った文化に触れ、たくさんの刺激を受ける役割を担っている。印象的なのはベトナムで案内役として雇われた女性、メイが実は娼婦であると知ってショックを受けるシーンだろうか。慎太郎(しんたろう)はメイの行動に行為を持ちながらも、「娼婦」という存在に近寄りがたいものを感じるのである。

この国じゃ誰も好き好んで娼婦になる奴なんていやしない
結局は、感じること、気持ちとして残る部分がすべてに優先するんだと思った。どんな過去があろうがどんな仕事をしてようが、それでも相手のことを嫌いになれないのなら、最後にはそれがすべてなんだと思う。

豊かな国ではないから生き方も限られてくる。それでも日本という豊かな環境の中で育まれた考え方や常識に慎太郎(しんたろう)はとらわれる。これは慎太郎(しんたろう)が思春期の少年という未熟さゆえの考えではない。世の中の大部分の人間に当てはまることである。触りもせず話しもせず、人や物を「邪悪」と判断して自分の世界との接触を許さない人のなんと多いことか。
物語の目線は長瀬(ながせ)から動くことはないが、この物語は慎一郎(しんいちろう)の大人への変化の過程を見せようとしている。そこに込められた大人になるための大切な経験、大切な考え方。著者がもっとも訴えたいのはそれなのだと感じた。間接的な訴え方ではあるが多くの読者にきっと伝わるだろう。


ドイモイ
1986年のベトナム共産党・第6回大会で提起されたスローガン。日本語で「刷新」を意味する。市場経済導入や対外開放政策などを行った。(はてなダイアリー「ドイモイ」
パクチー
セリ科。インド、ベトナム、タイなど東南アジア料理によく使われる。消化を助け食中毒や二日酔いの予防に効果があるといわれてる。(はてなダイアリー「パクチー」
コロニアル様式
17〜18世紀に、ヨーロッパ諸国の植民地で発達した建築やインテリアの様式のこと。
参考サイト
ベトナムビジネス開拓サポート

【楽天ブックス】「午前三時のルースター」

「感染」仙川環

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第1回小学館文庫小説賞受賞作品。
ウィルス研究医の仲沢葉月(なかざははづき)は、外科医の夫である、仲沢啓介(なかざわけいすけ)とその前妻との間の子供が誘拐されたという連絡を受ける。遺体として帰ってきた子供と、失踪した夫啓介(けいすけ)。葉月(はづき)は啓介(けいすけ)の行動の本当の意味を知るために調査を始める。
葉月(はづき)と啓介(けいすけ)という、どちらも医療のスペシャリスト。結局意思疎通はできていなかったがどちらも大奥の人を救いたいという信念を持っていて、当然のように日本の医療制度や日本人の医療への関心の低さに不満を持っている。そんな世の中への問題提起と物語のストーリー展開とのバランスがいい。

教えてくれよ。どうして子供の臓器移植は認められていないんだ。そもそも、どうして臓器を提供してくれる人が少ないのか。俺にはわからない。脳死になったら判定ミスでもない限り、生き返ったりはしない。それなのにどいつもこいつも心臓や肝臓を灰にしてしまう。俺のこの手は何のためにある?俺は手術をうまくやってのける自信がある。心臓を提供してもらえれば、何人の命を救えたか…

物語中には著者の思う、今の医療に対する問題が随所にちりばめられている。この本を読んだ人の中の、ほんのわずかな割合の人でも、ドナーカードを持とうと思ったり、日本の医療に対する関心を高めることになったら、それこそ著者の本望なのだろう。


インターフェロン
もともと動物の体内に存在する物質で、ヒトに使用していたものをネコに応用したもの。ウイルスに直接作用するものではなく、予防や症状の緩和のために用いられるで、抗ウイルス性、抗腫瘍作用(抗ガン剤)、免疫系への作用という主に3つの働きがある。
異種移植
ヒト以外の動物の体を用いて移植や再生を行うこと

【楽天ブックス】「感染」

「リカ」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第2回ホラーサスペンス大賞受賞作品。
妻と子どもを持つ42際の会社員の本間(ほんま)は、部下の奨めによって出会い系サイトにはまりだす。そして、そこで「リカ」と名乗る女性と知り合う。
序盤は、本間(ほんま)が出会い系サイトで、毎日大量のメールを受け取る女性に、読んでもらうためのメールの書き方などを少しずつ学んでいく様が描かれている。

私が書き送ったことは、別に特殊なことでも何でもない。自分のことが好きになれない、というような女性は、実際にはその正反対で自己愛が強すぎるタイプが多い。彼女達が真に恐れているのは、自分自身が周りの人たちから嫌われること、だから、どうしても他人との係わりを避けてしまう。他人と係わってしまえば、どうしても軋轢が生まれ、感情的になり、好き嫌いが出てしまうだろう。

出会い系サイトは「悪」と、世間一般で言われているような単純な分類をせずに、都会に生きている孤独や不安に苛まれている人が、それを解消するための一つの手段として描く点が非常に好感が持てる。
しかし、そんな世の中の問題を描い視点に感心してられるのも序盤だけで、本間(ほんま)がリカという女性とインターネット上で出会うことによって、物語は一気にホラーの様相を呈してくる。
他人との関わりをあまりせずに来た人は、自分の中に自分だけのルールを蓄積していく。そういう人たちは時に、被害妄想の強く、一般的な考え方が通用しない。そして、法による刑罰を恐れずに、自分自身以外に守るものが一切ないからこそ心の抑止作用はまったく期待できない。そんな人間と関わってしまったときの恐怖が本間の様子から伝わってくる。

わたしはね、最近こう思うんです。無意識の悪意、無作為の悪意ほど、恐ろしいものはないと…

久しぶりに恐い本を読んだ。一時期流行ったホラーのようなただひたすら恐いシーンを並べるだけではなく、本当に恐い物語は必ずどこか真実味を帯びているのだ。
【楽天ブックス】「リカ」

「福音の少年」あさのあつこ

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
北畠藍子(きたはたあいこ)を含む9人がアパートの火事で犠牲になった。藍子(あいこ)の同級生で、恋人の明帆(あきほ)と幼馴染の柏木陽(かしわぎよう)、事件の背後の不穏な空気を感じ、真実を知ろうとする。
不思議な力を持っている少年。永見明帆(ながみあきほ)と幼馴染の柏木陽(かしわぎよう)という点で描かれているが、その設定自体があまり物語に大きく作用していない。物語の大半を永見明帆(ながみあきほ)と柏木陽(かしわぎよう)という二人の高校生の視点で占められているため、どこにでもいる一般的な少年達という設定にしたほうがその言葉や気持ちの描写がリアルに伝わってきたような気がする。

隠し事?隠し事ばかりやで。おれたちが大人に晒す部分なんて紛い物か、ほんの一部かに過ぎない。海面下の氷山みたいに本物の過半は見えない、見せたりしないんだ。

そして、永見明帆(ながみあきほ)と柏木陽(かしわぎよう)の少年二人を、唯一対等の立場から見つめる大人の視点で、秋庭大吾(あきばだいご)というジャーナリストが登場する。

たかが子ども相手に本気になって……子ども?子供じゃないな。人は生きた年月で大人になるのではない。何十年の歳を経ながらガキの思考と戯言しか知らない連中が、この国にはうようよいる。

読みどころはやはり秋庭(あきば)と2人の少年が向かい合うところだろうか、物語の緊張感はそのシーンで一気に高まったが残念ながらその後にそれにつりあうだけのエンディングは用意されていなかった。
全体的に不完全燃焼で終わってしまったという感じ。読み終えて感じたこと以外に、もっと著者が訴えたいことがあるような気がしてならない。単に僕がその意図を感じ取れなかっただけではないのか、と。少年少女の青春小説のようでありながら、メインのストーリーは目に見えない陰謀を暴くミステリーの要素が強く、どっちつかずで中途半端な作品に思える。
【楽天ブックス】「福音の少年」

「貴賓室の怪人『飛鳥』編」内田康夫

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
浅見光彦(あさみみつひこ)は仕事の依頼により、豪華客船「飛鳥」へ乗船することとなる。そんな船内という密室で殺人事件が起きる。
学生時代に読み漁った内田康夫の浅見光彦(あさみみつひこ)シリーズ。所轄の刑事が浅見を容疑者として詰問し、浅見の兄が刑事局長であることを知ったとたんに態度を豹変させるシーンがお約束のパターンでありながらも、毎回読んでいて非常に爽快であり、時々思い出したようにそのシーンに触れたくなることがあるのだ。
そんな気持ちで今回も本作品を手に取ったものの、今回は舞台が豪華客船「飛鳥」という、シリーズの中では特異な設定のため、期待していた場面は最後まで見られなかった。
さらに、どうやら読後にあとがきを読んだ限りでは、本作品は「貴婦人の怪人」という全部で2部もしくは3部のうちの一つと位置づけられているようで、本作品ですべての謎が解けたとは言えず、少々後味の残る終わり方になっていた。これが2部作(もしくは3部作)読み終えた段階で、心地良い満足感に変わるかどうかは現時点では判断できない。
本作品を読んでの最大の驚きは、あと2年で浅見(あさみ)の年齢に追いついてしまうということだろうか。


開聞岳(かいもんだけ)
鹿児島県の薩摩半島の南端に位置する標高924mの火山で、日本百名山の一つ。山麓の北東半分は陸地に、南西半分は海に面しており、見事な円錐形の山容から別名薩摩富士とも言う。(Wikipedia「開聞岳」
水先案内人
水先人は、安全で効率的に船を導くのが仕事。依頼の船の乗船して、航行計画や港の特徴や状況を船長に説明し、目的の岸壁に接岸させる。
参考サイト
郵船クルーズ株式会社

【楽天ブックス】「貴賓室の怪人『飛鳥』編」

「ぶらんこ乗り」いしいしんじ

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
いまはいない弟のノートを見つけた女の子がそのノートをめくりながら弟の思い出を語る。
間違っても僕の好みの物語ではないが、先日見た劇、キャラメルボックスの「トリツカレ男」の原作者としていしいしんじ作品に触れてみようと思った。幼くして特異な才能を持っていた、弟。彼がノートに書き留めたストーリーは、どこかにありそうな暖かいつくり話のようで、それでいてなにかもっと深いものを訴えかけているような気がする。
やはり好みの作品ではないが、時にはこんな物語に触れるのもいいのだろう。

「わたしたちはずっと手をにぎっていることはできませんのね」
「ぶらんこのりだからな」
「おたがいにいのちがけで手をつなげるのは、ほかでもない、すてきなこととおもうんだよ」

【楽天ブックス】「ぶらんこ乗り」

「君たちに明日はない」垣根涼介

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第18回山本周五郎賞受賞作品
リストラ請負会社に勤める村上真介(むらかみしんすけ)はクライアント企業の要望に従って候補者の中からリストラの対象者を決めて、退職を促すことを仕事としている。
終身雇用という制度が崩れたとはいえ、世の中にはまだまだ一生今の会社に勤めていえると信じている人は多いのだろう。そして、そんな人たちに退職を勧める立場だからこそ見える、多くの人間の生き方がこの作品の面白さである。
個人的に驚いたのは、物語中で退職を促された多くの人間が面接官である真介(しんすけ)に尋ねる言葉。「私が何か会社に不利益なことをしたのでしょうか」。日本の一般的なサラリーマンはマイナス評価がなければ会社にいつまでもいられると思っているのかもしれない。もらっている給料を補ってあまりあるだけのプラスがなければ会社にとってなんの得も無い、つまりクビにされてもまったく不思議ではないというのが、僕にとって普通の考え方だっただけに、少し面白い。
きっと安定した企業に勤めている人の方が、この本を読んで僕以上に多くのことを感じるのかもしれない。

リストラ最有力候補になる社員にかぎって、仕事と作業との区分けが明確に出来ていない。たとえば営業マンなら、自分が担当した商品の売値と仕入れ値の差額粗利から、自らの給料、厚生年金への掛け金、一人割りのフロア維持費、接待費、営業者代、交通費などを差っ引いた純益として考えたことなどないのだろう。

そして、物語の目線は退職を促す側だけでなく、退職を勧められる側にも移る。そこには多くの人生が描かれている。どんな人間も最初は熱意を持って仕事に取り組んでいたのだろう。それでもそんな気持ちを維持できないような、気持ちや能力だけではどうしようもないことが、社会という複雑な人間関係の中ではあるのだ。

人材能力開発室という窓も電話もない地下二階の部署に送り込まれ、朝から晩まで『自分は能無しです。銀行には不要な人間です』と、ノートに書付けることを命じられている元支店長もいる。
それに比べれば、自分などはるかに恵まれていると思う。分かってはいる。だが、それでも腐ってゆく自分をどうすることも出来ない。

物語中に登場するリストラ候補者の言い分や考えに目を通せば、そんな世の中の悲しい現実がはっきりと目に見えることだろう。
そんな物語であるが、個人的には最後に真介}(しんすけ)のアシスタントを勤める女性が言う言葉が好きだ。

わたし、この仕事、なんとなく好きです。コーヒーかけられそうになったり、罵倒されたりもしますけど、いろんなことを感じたり見れたりしますから。

この言葉は、この女性アシスタントの仕事に対する感想であると共に、この作品の面白さを表した表現でもある。
最初のわずか数ページで読者を物語中にひきこみ、そしてページを軽くさせる垣根涼介の技術の高さはもはや疑いようもない。とりあえず、次回本屋に立ち寄ったときには本作品の続編である「借金取りの王子」を忘れずに購入したい。
【楽天ブックス】「君たちに明日はない」

「チームバチスタの栄光」海堂尊

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第4回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作品。
バチスタ手術の天才外科チームで原因不明の術中死が立て続けに起こった。田口(たぐち)医師は真相の究明に挑むこととなる。
病院という舞台を扱ったミステリーである。昨今のよくある病院内の物語と同様に、本作品でも医者の上下関係や立場を重視する姿や、その閉鎖的な世界の現状が描かれている。本来、人の話を聞くことを得意とする田口がチームバチスタのメンバーから話を聞くことで真相をつかもうと努める。よくあるミそして、人の話を聞くことを仕事としている田口であるがゆえの目線が、個人的に本作品で印象に残った。

人の話に本気で耳を傾ければ問題は解決する。そして本気で聞くためには黙ることが必要だ。

同時に日本の医療の問題点も随所に散りばめられている。

文化人や倫理学者に発言させ、子供の臓器移植を倫理的、あるいは感情的に問題視させる。日本で子供の臓器移植を推進しようとすると足を引っ張る。米国で行われる手術は美談として支援し、日本では問題視する。同じ小児心臓移植なのに、おかしいと思いませんか

中盤から白鳥(しらとり)という真相救命の鍵を握る人物の登場以降、既にそこまでにも頻出していた専門用語やカタカナ言葉が一気に増える、その一方でいつまで経っても話の展開にスピードが感じられなかったのが残念である。「このミス」大賞の評価には疑問が残る。


拡張型心筋症
心筋の細胞の性質が変わって、特にに心室の壁が薄く伸び、心臓内部の空間が大きくなる病気。

【楽天ブックス】「チームバチスタの栄光(上)」「チームバチスタの栄光(下)」

「リアル鬼ごっこ」山田悠介

オススメ度 ★☆☆☆☆ 1/5
自分と同じ「佐藤」姓を名乗る人の多さに辟易した国王は、「佐藤」姓を減らすために、「佐藤」さんを捕まえる鬼ごっこを政策として実施することを決めた。いわゆる大量虐殺である。大学生の佐藤翼(さとうつばさ)もその対象となった。
山田悠介という作家の名前は以前から書店でよく見かける。どの作品もかなり現実離れした設定が多く、そのためなかなか手に取る気にならなかったのだ。現実離れした設定といえば、幽霊を主人公とした、高野和明の「幽霊人命救助隊」や、クラスで殺し合うことが国の政策となっている高見広春の「バトルロワイヤル」などが思い浮かぶ。
それを踏まえて考えると、現実離れした舞台設定をするというのは、読者離れを引き起こすリスクを犯してでもそれ以上に訴えたい何かがある。と考えることができるのではないか。今回この作品を手にとったのはそんな思いからである。
しかし、残念ながら数ページ読んだだけでそんな考えをもったことを後悔した。登場人物達の行動も心情描写もすべてが薄っぺらい。死を間近に控えた人間達、そしてその周囲の人間達がこの作品で描かれているような行動をすると、著者が本当に信じているとしたらなんと乏しい想像力なのだろう。リアルさのかけらもない。
物語の中の目線もいつまでたっても定まらず、誰の目線なのか誰の気持ちなのか非常にわかりにくく、素人が書いている文章を読んでいるようだった。各自好みがあるのでこの作品を「駄作」と断言することはしないが、この著者の本を読むことはもうないと思う。
【楽天ブックス】「リアル鬼ごっこ」

「サウダージ」垣根涼介

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
「ヒートアイランド」の2年後を描いた物語。裏金強奪団のメンバーに加わることを決意したアキは、柿沢(かきざわ)、桃井(ももい)の指導の下で裏金強奪団として生きるための訓練をする。
前作「ヒートアイランド」ではストリートギャングの頭として、強くてクールなイメージで描かれてあまり弱さを見せなかったアキが、本作品では、柿沢、桃井というプロの大人たちの間で学ぶことによって、その弱さを時折見せる。特に中盤で、佐々木和子(ささきかずこ)という大人の女性との恋愛をすることによって、少しずつ世の中に対する見方が変わってくる様子が描かれる。

彼女だって生身の人間だから、それまでの人生の中で嫌な思いや屈辱的なこともいろいろと経験してきただろうと思う。アタマにくることや、情けない思いもたくさんしてきただろう。
でも彼女は、それを世の中の恨みに転嫁しない。躓(つまず)いても転んでも、目に見えている今という現実を、ごく自然に受け入れている。

そんなアキの恋愛や訓練の様子と平行して、高木耕一(たかぎこういち)という日系ブラジル人の生活も描かれる。彼は日本でもブラジルでも外国人として扱われ、そんな劣等感をばねに生きてきた。その成長過程ゆえにときおり見せる理不尽な言動と、根は優しい人間であるがゆえに恋人の売春婦DDへの気遣いが、その複雑な生い立ちを表している。この物語の見所は、そんな対照的なアキと高木耕一(たかぎこういち)の姿を交互に見せているところなのだろう。物語終盤、そんな2人を比較して、アキの恋人の和子(かずこ)が語った表現がもっとも印象的な言葉である。

人にあんまり嫉妬したこと、ないでしょ?あいつはいいなーとか、ちぇっ、こいつは羨ましいな、とか、そんな感じで?そこがたぶん違うと思うんだ。自分の状況と人を引き比べたりしないもの。そんな貧乏くさい感じ、ないもの

本作品は少し恋愛色が強い。アキの内面の悩みや葛藤が見えて、男としては非常に感情移入しやすい内容では在るが、一般的な社会には認められていない生き方を選んだ人間達を描いている以上、世の中の矛盾やそれに向けた怒りをもっと描いて欲しかったと感じた。とはいえ、「ヒートアイランド」ど同様に非常に読みやすい作品。きっとこれからも定期的に続編が刊行されるのではないか。アキの今後の成長を楽しみにしたい。


ペデストリアン
遊歩道の意味。
トレイシー・チャップマン
80年代というMTV全盛期に、正反対な音楽性(アコースティック・ギターと必要最小限の伴奏で歌うフォーク・ソング)でデビューしたシンガー。(はてなダイアリー「トレイシー・チャップマン」

【楽天ブックス】「サウダージ」

「ヒートアイランド」垣根涼介

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
汚れた金だけを狙う裏金強奪団3人組の1人はヤクザの非合法カジノから金を盗み出した帰路、渋谷ストリートギャングを束ねるグループ雅(みやび)の一員と遭遇する。大金を巡って、ヤクザと裏金強奪団と渋谷のストリートギャングが繰り広げる物語。
渋谷のストリートギャングを束ねるグループ雅(みやび)その中心メンバーであるアキとカオルは、どちらも十代でありながら世の中の失望した若者である。

ほとんどの人間が戦後何十年も続いてきた右肩上がりの社会を信じていた。バブル前夜にはとっくに破綻寸前だったそのシステムに、何の疑問も持たずに乗っかってきた。知らなかったから仕方がないだろうという人もいる。しかし気づいていなかったことこそが、罪なのだ。

真面目に働いている人間は永遠に幸せを手にすることが出来ない。彼等はそんな世の中の不平等をを悟って、生き方を模索している途中である。
その一方で、汚れたお金をターゲットとする裏金強奪団の三人組、柿沢(かきざわ)、桃井(ももい)、折田(おりた)もまた世の中に失望した人間である。彼等はすてに世の中の枠に捕らわれずに自分達の生き方を全うしている。時として法律を破ることも躊躇しないが自分の中の信念に背くことだけは許さない。そんな生き方である。
世の中の多くの人間は社会の不平等に気づきながらも敷かれたレールの上から大きく外れるほどの勇気がない。だからこそ多くの読者はこの作品の登場人物達に魅力を感じるのだろう。
本作品の面白いところは、アキとカオルを中心としたグループ雅(みやび)と、窃盗集団がヤクザを交えながら、大金を巡って対立するところである。「魅力的な登場人物は簡単には死なない」というどんな物語にも共通する暗黙の了解の元、魅力的なグループ達が行き着く結末への期待感がページをめくる手を加速させる。
ストリートギャングの雅(みやび)、裏金強奪団3人組のほかにも、物語の視点は多くの人に移っていく。中でも、豊かな生活に憧れながらも、ケンカの強さしか誇れるものがなく、それを活かすためにヤクザの一員になったリュウイチや、破格の金額で非合法カジノのオーナーにスカウトされた井草(いぐさ)の生き方などは、周囲に流されて抜け出せない底なし沼にはまる世の中の多くの人を象徴しているようだ。
全体的には非常に読みやすい作品。政治とか国際問題とか複雑なことを考えずに読み進めることが出来るだろう。それは言い換えるなら、読者の好みによっては物足りなさを覚える作品と言えるのかもしれない。


女衒(ぜげん)
女の売買を生業(なりわい)とするブローカーのことである。「衒」は売るの意味。

【楽天ブックス】「ヒートアイランド」

「ワイルド・ソウル」垣根涼介

オススメ度 ★★★★☆ 4/5

第25回吉川英治文学新人賞受賞作品。第57回日本推理作家協会賞受賞作品。第6回大藪春彦受賞作品。
1960年代の日本政府が行った移民政策によって、南米の奥地の未開のジャングル、クロノイテに送り込まれた日本人の多くは病気で死亡したり絶望の中で生涯を終えた。わずかな生き残りである衛藤(えとう)とケイはある時、日本政府に対する復讐を思い立つ。
棄民問題という経済発展の裏で国が犯した大きな罪を扱っていて、同時にそれは、日本とその裏の南米という大きなスケールの物語となっている。本作でそのメインの移民先はとブラジルアマゾンの奥地であるクロノイテという未開の地である。そこに放り出された衛藤(えとう)という人物の眼を通して描かれた序盤で、その政策の悲惨な実態を知ることが出来る。

文明から離れて未開のジャングルだ。医者もいない。薬もない。かといってどこにも手紙は出せない。ちょっとした町に出るにも船に乗って何日もかかる。入植者の中には絶望のあまり発狂する奴もいたな。だが、こいつらなんてまだ幸せなほうだ。マラリアやアメーバ赤痢で苦しむことなく、あっけなく狂っちまったんだからな。

そして、ブラジル人と日本人である衛藤のふれあいが見られる。そんな中で、日本とブラジルの双方の国民の長所や短所、それぞれの立場からそれぞれの国を観た感想が何度も描かれる。

餓死寸前なのに物盗りになる度胸もない。かといって乞食にまで落ちぶれるにはちっぽけなプライドが許さない……中国人とも韓国人とも違う。馬鹿正直に生きるだけが撮り得の黄色人種だ。

日本人には日本人のよさがあり、ブラジル人にはブラジル人のよさがある。この二国に限らず、異文化で育ってきた人達が向かい合ったときにその性質から多少の不都合は生じるのかもしれないが、それぞれの良い部分を見つめる眼を持つべきなのだろう。
中盤から物語は日本に舞台を移し、衛藤やケイの復讐がいよいよ始まる。復讐というテーマでは在りながらも、物語の視点のメインは、日本人でありながらジャングルと陽気なブラジル社会で育ってケイに移るっており、ケイの性格がこの重いテーマを陽気な物語に変えている。
そして、日本に舞台を移したことで、ジャーナリストの貴子(たかこ)や警察の岩永(いわなが)の視点も加わってスピード感のある展開に変わる。僕等読者が、日々生活の中で触れている世界に物語がリンクしたことで、すでに30年以上前に収束した移民政策が、当事者にとっては決して過ぎ去った過去ではないことが伝わるだろう。
後半、移民政策に関わった役人達の心境も描かれる。彼等もまた組織の歯車であり、保身のためにそのような選択をするしかなかった。結局、未開の地に送り込まれて絶望して死んでいった人たちも、そのような政策を取らざるを得なかった人も、すべてのが、戦後の不安定な日本の政情の中で生まれた犠牲者であり、簡単に解決することの出来ない深い問題であることがわかる。
移民という日本の経済発展の犠牲を日本から地球の裏の南米までそのスケールの大きさ、そしてそのテーマを個々のキャラクターでカバーするそのバランスが見事である。ラブストーリーから刑事事件まで、あらゆる物語の要素が無理なく無駄なく詰まったこの一冊を読むだけで垣根涼介という作家の技術の高さがわかる。とりあえず僕にとっては、「垣根涼介作品をすべて読んでみよう」と思わせるのに充分な作品であった。


コロンビア革命軍(FARC)
1964年、伝説の指導者マヌエル・マルランダらにより結成された反政府左翼ゲリラ組織。
礎石
礎石とは、礎(いしづえ)となる石のことで、定礎石は建物の土台となる石をさだめること。中には、建物の設計図面や氏神のお札、さらにその時の新聞や雑誌、社史、流通貨幣などが入っている。
パーキンソン病
脳内のドーパミン不足とアセチルコリンの相対的増加とを病態とし、錐体外路系徴候を示す疾患。マイケル・J・フォックスなど。
参考サイト
ドミニカの日本移民

【楽天ブックス】「ワイルド・ソウル(上)」「ワイルド・ソウル(下)」

「明日の記憶」荻原浩

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第18回山本周五郎賞受賞作品。
広告代理店営業部長の佐伯(さえき)は、若年性アルツハイマーと診断された。仕事や日常生活が少しずつ出来なくなって行く中で悩み、生き方や人間関係を考えていく。
昨年やっていた、2時間ドラマの原作だと気づいたのは読み始めてからである。今回は萩原浩という最近よくみる作家の代表作に触れるという意図しかなく、アルツハイマーを扱った作品だと知らなかったので少し後悔した。「世界の中心で愛を叫ぶ」などと同様に、一人の元気だった人間が病気によって次第に衰えていく様子を描く作品は、涙腺を刺激することはあっても内容の濃いものであることは少ない。この作品もまた、人を涙させるためのもっとも安易な手法を採ってしまっただけで、とりててて大きなテーマもない作品ではないか、と。
物語は最初から最後までアルツハイマーに犯された佐伯(さえき)本人の目線で進む。生き方に悩んだり次第に物事を忘れていくことで、数ヵ月後の自分を想像して恐怖する姿は描かれているのだが、その心情描写がリアルだとは残念ながら言い難い。見所はむしろ妻である枝美子(えみこ)の夫を支える姿なのではないだろうか。また、アルツハイマーと診断されてから、佐伯(さえき)は「備忘録」と名付けた日記を書くことを習慣づける。その日記が作品の中の要所要所に登場するのだが、次第に同じことを繰り返し書かれたり、間違った漢字を使い始めたり平仮名が多くなったりする。それによって次第に病状が進行していくことを表現しているのだが、そんな手法も本作品の個性と言える。

記憶が消えても、私が過ごしてきた日々が消えるわけじゃない。私が失った記憶は、私と同じ日々を過ごしてきた人たちの中に残っている。

読み進めるに従い懸念したことが現実となる。徐々に記憶を失っていくその姿は悲しく、アルツハイマーという病気の恐ろしさは伝わってくるが、内容自体にあまり密度を感じない。それでも最後の2ページは著者の思惑通り涙が溢れ出た。このラストシーンを描きたくて著者はこのテーマを選んだのだろう。そう思った。


たたらづくり
板状に伸ばした粘土を型紙に合わせて切り取り、石膏型などにかぶせて成型する陶器の技法の1つ。

【楽天ブックス】「明日の記憶」

「スピカ 原発占拠」高嶋哲夫

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
日本海沿岸に建設され、稼動間近となった原子力発電所がテロ集団に占拠された。原発の建設に一役買った日野佑介(ひのゆうすけ)、ジャーナリストの中川仁美(なかがわひとみ)。それぞれが信念に従って奔走する。
「ミッドナイトイーグル」で興味を持った高嶋哲夫作品の、僕にとっては二作目である。タイトルからイメージされるように、テロ集団による下視力発電所の占拠という事件と絡めて、原発の利点とその脅威を訴える物語である。物語は何人かの視点の間を行き来するが、それぞれの原発に対する考え方が異なっていて、そのいずれかが読者の考え方と重なるだろう。原発制御プログラムの開発者である日野佑介(ひのゆうすけ)はもちろん、「原発とは絶対安全なもので過去の原発事故はすべて研究者の怠慢、もしくは犯罪行為によって生じたもの」と考える。

あれは事故ではなく犯罪ですよ。我々をあのレベルで見られてはたまりませんよ。いまロシアでは子供や老人が寒さに震え、工業が崩壊している。それを救うのは原子力しかない。

そして、環境保護団体に所属する中川仁美(なかがわひとみ)は穏健派でありながらも原発反対の意見を口にする。

会社と政府の最終目的はこの巨大プラントを世界に売り出すこと。地球を原発で埋め尽くそうとしているの。コンピュータで管理された絶対に安全な巨大原子力発電所という商品をね。

また、日野(ひの)の娘である由香里(ゆかり)の主張は、深く物事を知りもしないで「私は立派なことを言っている」という気持ちに浸りたがる多くの人間を代表しているようだ。

原子炉や廃棄物から出る放射能で地球は汚染されて、癌がたくさん発生したり、障害児が生まれるんでしょう。いま、地球は死にかけているのよ。ゴルフ場から出る農薬で水は汚染されて、田や池の魚は死んでいるし、チョウチョやトンボも10分の1に減っているの。

どれも一部正しく一部簡単には解決することのない理想論である。物語はそんな原発に対する大きなテーマを抱えたまま、テロ集団と自衛隊との戦闘シーン、そしてその背景にある大きな陰謀へと広がっていく。最後にロシアの科学者のサリウスが語る台詞は決して答えのない先進諸国に対する問いかけで、個人的には本作品で最も印象に残った言葉である。

世界に科学者という愚かな者がいなかったら、人類はもっと幸福になれたのではないか。進歩という名目で、科学者はその知的興味だけを追っていたのではないか。いま、その科学が地球をも破壊しようとしている。

しかし、知識人たちが何を訴えたところで、他国を蹴落とすことばかりを考える国際社会は、両刃の剣を研ぎ続けることを各国の科学者達に強いるのだろう。この流れはきっと、世界が一度滅びない限り変わらないのだ。
本作品で感じたのは、どうやら高嶋哲夫という作者は銃撃戦などの戦闘シーンを好むようだ、ということ。それは映像化にあたっては非常に面白いのかもしれないが、状況を視覚的に訴えにくい小説においてはあまり推奨されるものではないかもしれない。戦闘シーンにページ数を作なら、小説ならではの詳細な心情描写でテーマをもっと深く掘り下げてほしいと感じた。
さて、僕自身は原発に対しては肯定派でも否定派でもない。残念ながら現時点では原発に対する自分の意見を堂々と主張できるほどの知識を持ち合わせていないのである。ただ、何の代替案もしめさずにだた「原発反対」と訴える人々の行動には違和感を感じる。火力発電に頼れば二酸化炭素が排出されるし、水力発電、風力発電に頼れば電気料金は高騰する。結局原発廃絶には電力の消費を抑えるか、高額な電気料金を国民が受け入れるしかないのである。にもかかわらず代替案を提示せずに「原発反対」と訴え続ける市民団体や、安易にそれを支持する人々は浅はかとしか思えない。個人的にも原発の仕組みをもう少ししっかり理解し、その可否に対する考えを時間をとってしっかりまとめておきたいものだ。
こういう風に思ってしまうこと自体、著者の思惑にはまっているのかもしれない。


スーパーフェニックス
フランスの高速増殖炉。本格的に稼働を開始したのは1986年であるが、その後燃料漏れや冷却システムの故障が相次ぎ、1990年7月に一旦稼働を停止した。最終的にフランス政府は1998年2月に閉鎖を正式決定し、同年12月に運転を終了した。(Wikipedia「スーパーフェニックス」
松川事件
1949年に福島県で起こった鉄道のレール外しによる意図的な列車往来妨害事件。
参考サイト
Wikipedia「スリーマイル島原子力発電所事故」
Wikipedia「チェルノブイリ原子力発電所事故」
「もんじゅ」がひらく未来

【楽天ブックス】「スピカ 原発占拠」

「シリウスの道」藤原伊織

オススメ度 ★★★★★ 5/5
辰村祐介(たつむらゆうすけ)が勤める大手広告代理店の京橋第十二営業局に、わけありの18億のコンペの話が舞い込んできた。辰村(たつむら)は部長の立花英子(たちばなえいこ)や新入社員の戸塚英明(とつかひであき)らと共に 案件受注のためにチームを作って年明けのプレゼンの準備に動き出す。

注目度の割りに大した内容でなかった「テロリストのパラソル」によって、少し敬遠していた藤原伊織であるが、先日「てのひらの闇」を読んで少し見方が変わった。本作品は「てのひらの闇」と同様に知性と野性味を合わせ持つ中年のサラリーマンをメインに据えている。派手な事件や大きなテーマはなく、訴求力のあるキャッチコピーは似つかわしくないが、個性的で魅力ある作品に仕上がっている。

物語の大部分を占める広告代理店のオフィスの様子は、作者である藤原伊織の電通社員時代の様子をかなり忠実に描いているのだろう。仕事でプレゼンに取り組むことのある読者なら、本作品で描かれている駆け引きや考え方が、経験無しに描かれたものでないことはすぐにわかるはずだ。

宣伝部長レベルでは問題がないとしても、もし社長がプレゼンに出席せず、彼が決定権者であるのなら不安は残る。説明者がそれほどの説得能力を持つとは思えない。こいう場合、ビデオコンテの威力は大きい。ただ、完成CMとの演出落差が諸刃の剣にもなりかねない…

本作品でメインとして扱っている18億のコンペは、大手家電メーカーの証券業務への進出のためのプロモーションという内容である。物語の時代設定が3,4年前であるため、今ほどFXやインターネットによるネットトレードも盛んではなく、プロジェクトに参加するメンバーの多くがホームトレード未経験者であるため、それを勉強しながら効果的なプロモーション案を模索していく姿が面白い。参加メンバーがそれぞれ得意分野を披露しながらプロジェクトを一つにまとめていく姿に、起業の理想形が見える。同時に、大企業ゆえに部署間の諍いや、契約社員蔑視、立場を利用したセクハラ。営業という職種ゆえの矛盾や葛藤。組織の中で仕事をする上で起こるであろうあらゆる要素が巧く取り入れらている。

個人の思想信条に反した政党や宗教団体を担当する営業、安全確認を怠った製品を平然と提供する企業の担当、個人的には品質や価格に疑問を持ちながら、それでも優れた商品やサービスだと強弁せざるを得ないケースなら頻繁に遭遇する。

個人的には広告代理店ゆえの考え方を特に興味深く読むことができた。

ネット証券にかぎらず、どんな業界でも全体のパイをひろげる戦略をとるケース──ネットでいえば、新規ユーザーの獲得だが──はナンバーワン、それも圧倒的なシェアを持つ企業に限られる
タレント起用の最終決定者はスポンサーであるものの、交通事故を起こした理由がどんなものであれ、119番通報さえ出来ない判断力のタレントを推薦した当事者は広告代理店ということになる。

恐らく辰村(たつむら)などの中堅社員の会話だけで物語を描いたら多くの読者は話に着いていけないのだろう。そこに戸塚(とつか)という新入社員を読者目線に合わせて配置することによって、新入社員の教育模様を描くと共に、読者にも不自然さを感じさせずに業界用語を理解させ、物語を飽きさせないその手法が絶妙である。

また、登場人物達の多くがとても魅力的で、その存在に無駄がない。部長の立花英子(たちばなえいこ)には強く生きる理想の女性像を、新入社員の戸塚英明(とつかひであき)には自分を向上させるための忘れかけていた仕事への持つべき姿勢を見た気がした。

そして、物語はプロジェクトと平行して、辰村の25年前に分かれた2人の親友明子と勝哉とのエピソードにも絡んでくる。少年時代の回想シーンを効果的に交えることで、大手代理店の華やかな展開と、昭和のどこかさびしい風景をそれぞれ際立たせているようだ。辰村(たつむら)の新人戸塚(とつか)に対する助言の数々は、自己啓発本としてもオススメできそうである。世間の仕事に悩める人が「〇〇の仕事術」といったタイトルの内容の薄い本に2,000円も出そうとしているなら、この作品を読むことを勧めるだろう。著者の経歴を凝縮して、見事に小説という面白さに変えた作品である。

スポットCM
タイムCMの対義語で、番組と番組の間に放送されるステーションブレイクと、タイムCMのあとに放映される場合やタイムCMに紛れて放映される場合のあるパーティシペーションを指す。
タイムCM
番組枠と一体のものとして扱われるコマーシャル枠、およびその枠内で流されるコマーシャルのこと。番組提供スポンサーのコマーシャル。
カルトン
商業店舗、金融機関等で 現金や通帳、カードを乗せる時に使う受け皿。
メセナ
元々は芸術文化支援を意味するフランス語。現在は主に、教育や環境、福祉なども含めた「企業の行う社会貢献活動」として使用されている。
カバードワラント
株式や株価指数オプションなどを証券化した金融商品で、株式を一定期日に一定価格で買い付け、同様に売りつける権利を扱ったもの。株式投資よりも小額で始められることに加え、値動きが大きいために、ハイリスク・ハイリターン傾向があることが特徴となっている。
景表法
当表示を規制することによって、事業者間での公正な競争を確保し、一般消費者の利益を確保するために制定された法律。商品そのものではなく不当に豪華な景品をつけることによって消費者に物を買わせようとする手段の規制も定められている。
GRP
「Gross Rating Point(延べ視聴率)」の頭文字を取った用語。あるスポンサーが10本のテレビCMを出稿した場合、そのテレビCMがそれぞれ放送された時点の毎分視聴率を10本分、単純に足し上げた合算値。
ワンルームマンション税
ワンルームマンションの建築主に税金をかける豊島区の法定外税のこと。正式名称は、「狭小住戸集合住宅税」。 2000年4月に地方一括分権法が施行され、それまで自治相の許可が必要だった法定外税が事前協議制となったことで各自治体が特色ある新税導入を行っているもののひとつ。 2004年から東京都豊島区だけで適用されている。専用面積 29平方メートル未満の部屋が15戸以上で総室数の3分の1以上を占める、3階建て以上のマンションが対象で、建築主から5年間、1戸当たり50万円が徴収される。ただし、建物の戸数が8戸以下の場合には、課税が免除される。(マネー辞典「ワンルームマンション税」
仄聞(そくぶん)
少し耳に入ること。人づてにちょっと聞くこと。
不逮捕特権
現職国会議員は、国会の会期中のみ(参議院議員は例外的に参議院の緊急集会も含む)に認められている特権で、その間は逮捕されることはない。ただし現行犯の場合はこの限りではない。

【楽天ブックス】「シリウスの道(上)」「シリウスの道(下)」

「ミッドナイトイーグル」高嶋哲夫

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
報道カメラマンの西崎勇次(にしざきゆうじ)は夜の空に火の玉を目撃し、真実を知るために墜落地点と見られる冬の山に友人の落合(おちあい)と共に入る。一方で、別居中の妻でジャーナリストの松永慶子(まつながけいこ)は米軍横田基地で起こった銃撃事件の真相を調べ始める。そして2人は大きな波に飲み込まれていく。
物語は西崎(にしざき)と慶子(けいこ)の目線を交互に切り替えながら進んでいく。その手法によって、時間を読者の読むスピードに委ねなければならない小説という物語の伝達方法においても、短い時間の中に数多くの出来事が凝縮されている様子が、見事に伝わってくる。
序盤の西崎(にしざき)のシーンは、その友人の落合(おちあい)と冬山を歩く様子に終始する。それは冬の山の恐ろしさと大自然の前の人間の無力さをしっかりと描いているように感じる。

一時間前まではときおりお互いに声をかけあっていたが、今はその気力もない。このまま眠ってしまいたい。そうなればもう目覚めることはないだろう。…

そして、物語は、真相に近づくにつれて、北朝鮮、アメリカ、自衛隊をも絡めた大きすぎる動きが次第に輪郭をあらわにしていく。個人ではどうしようもないくらい大きな動きの前では何が正しくて何が間違っているのかさえわからなくなる気がする。国民の「知る権利」を主張する慶子(けいこ)と、国を守るために事実を隠蔽しようとする総理大臣が向かい合うシーンはこの物語の印象的なシーンの一つである。
また、西崎(にしざき)は報道カメラマンという職業ゆえに世界中で起こっている紛争を間近で見てきた。その口から発せられる言葉は重く、心に残る。

命令で動いているだけというわけか。俺はそう言って人殺しを楽しんでいる奴らを反吐が出るほど見てきた。動けない兵士、女子供、老人を奴らは殺しまくった。上からの命令だといってね
俺は報道という大義にかこつけて、心の奥底で常に悲劇を待ち望んでいたんじゃないか。カメラを捨てれば助けることのできた命もあったんじゃないか

また、北朝鮮工作員から見た日本に対する言葉も印象的である

日本人を憎むことだけを教わって育ってきたけど、日本に住んで考え方が変わったと言ってた。こんなに自由な国があったのかって。嫌な人もいっぱいいるけど、いい人の方が多いって。美しい国だって言ってた。

確かに日本は戦時中朝鮮に対して容易に許されるべきではないことをしたのだろう。そして、それによって彼等が日本や日本人に対して憎しみを長く抱きつづけるのも仕方の無いことなのかもしれない。多くの人は過去の過ちを忘れず、それを未来に生かすべきだと教わるだろう。しかし、過去があることによって平和が訪れないのであれば、むしろ、そんな過去を忘れることの方が解決への近道なのかもしれない。そんな、以前より僕の中にある考えを再確認させられた。
全体的には、読者を飽きさせることのない展開力が秀逸である。そして登場人物達が語った個々の使命とその近くにある葛藤の表現が非常に印象的であった。ただ、スケールを大きくしすぎたツケだろうか、最後は「アルマゲドン」や「ディープインパクト」など、多くの映画で使い古された読者の涙を誘うための安易な展開に頼るしかなかったようだ。その点だけがやや尻すぼみしてしまった感があって残念である


アイゼン
主に雪山登山、氷瀑や冬の岩壁登攀に使われる滑り止めのこと。登山靴やスキーブーツの靴底に留める2〜12本程度の金属製の爪であり、古くは鋼で作られていたが、近年ではジュラルミンなどの軽金属も用いられる。(はてなダイアリー「アイゼン」
ラッセル
登山で、深雪の中を雪を踏み固めて道を作りながら進むこと。
民団
在日本大韓民国民団の略称。在日韓国人が法的地位確立と民生安定や文化の向上、国際親善と祖国の発展と南北の平和統一を掲げて作られた団体。(はてなダイアリー「民団」
F117ナイトホーク
主に夜間に作戦遂行が行われ機体も黒いことから、ナイトホークと名付けられた。また、ステルス機である事からメディアに採り上げられる際には「ステルス」と呼ばれる事もある。(Wikipedia「F-117 (攻撃機)」
参考サイト
Wikipedia「オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件」
mindan
在日朝鮮総聯合会

【楽天ブックス】「ミッドナイトイーグル」

「硝子のハンマー」貴志祐介

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第58回日本推理作家協会賞受賞作品。
介護サービス会社の社長が社長室で撲殺死体として発見された。弁護士の青砥純子(あおとじゅんこ)は防犯コンサルタントという肩書きを持つ榎本径(えのもとけい)の協力を得て真実を解明しようとする。
「青の炎」以来しばらく文庫化作品のなかった貴志祐介の久々の文庫化作品。「ISOLA」「黒い家」でホラー作家というイメージを世間に与えているようだが、僕の中ではそこまではっきりとした個性は確立されていない。本作品も、彼の中の王道作品というよりも実験的な色合いが濃いようだ。
前半部分は青砥純子(あおとじゅんこ)と榎本径(えのもとけい)の犯罪の行われた密室の謎を解くために奔走するシーンで終始する。防犯コンサルタントである榎本(えのもと)は、トリックの可能性への言及の際、セキュリティに関することを多く語る。物語の中に、展開以外に新しい知識へのきっかけを求める僕にとっては、専門分野への詳細な描写は嫌いではないのだが、それは時に、読者を飽きさせ物語のスピード感を損ねてしまうという諸刃の剣である。本作品ではその執拗な説明は僕にとってもややうんざりさせるものであった。
ひたすら犯行の可能性を潰していくという、この前半部分は、ずいぶん長いこと読んでいなかったよくある推理小説を思わせる。最新技術を用いて徹底的にトリックを検証する展開は、森博嗣の犀川創平・西野園萌絵シリーズと似た雰囲気を感じた。
そして、そのままトリックを終盤に解明して終わればなんてことないただの推理小説として終わってしまっただろう。ところが中盤に差し掛かったところで一転、物語は数年前の犯人の目線に切り替わる。
親の不幸からヤクザに追われる身となり逃亡を決意する。わずかな期間で別人の名前の免許証を手に入れ、逃亡するその手口は非常にリアルで、管理の行き届いた日本の社会といえども、身分を偽って生きることがそれほど難しくないことを知るだろう。逼迫したその「殺らなければ殺られる」という犯罪の布石となる考え方が犯人の心の中に形成されたことを無理なく受け入れさせるだろう。
最後には、日本の犯罪者に対する再教育体制の問題にも触れている。

懲役や禁固というのは、受刑者を、一定期間、世間から隔離する処置にすぎませんし、刑務所側が腐心しているのは、その間、問題を起こさせないようにすることだけです。極端に言えば、出所後、何をしようと知ったことではない。当然ながら誰一人。責任は取りません。だからこそ、これだけ、再犯率が高いんじゃないですか?

全体的には物語のテーマがぶれている印象を受けた。作者がこの物語で見せたかったものは何なのか、前半のような謎解きのミステリーなのか、最後の犯罪を犯した若者が構成されずに一時的に社会から隔離されるだけの日本の犯罪者に対する更正体制の怠慢なのか。もちろん双方なのだろうが、もう少し一貫したテーマでコンパクトにまとめるべきだったのではないだろうか。


ブルディガラ
ラテン語で「ボルドー」の意味。仏・ボルドーのシャトーから直輸入のワインを中心に、パスタや備長炭を使った料理などヨーロッパを主体とした各国のエッセンスをプラスしたフレンチレストラン。
ディンプルキー
鍵の表面に深さや大きさの異なるくぼみがいくつかあり、このくぼみの深さや大きさを変えることによって、約2935億通りの鍵のパターンができるとされるので、鍵の複製が非常に難しい。シリンダー内に6本のピンが一列に並んだものが上下左右、さらには斜めにもディンプル穴があるのでその角度まで合わせるのはほとんど不可能とされており、ピッキング対策に優れている。ディンプルキーにはシリアルナンバーが打ってあり「完全登録システム」が採用されているので、シリアルナンバーと登録者が一致しないと合鍵も作れません。また、鍵がリバーシブルタイプなので、鍵の上下を気にすることなくスムーズな開錠が可能。
ドリリング
ドリルなどを使用し、家屋を破壊し侵入する手口。
ジルコン
花崗岩の中に普通に見られる石の中でも、比較的稀な性質を持った宝石で磨くとダイヤモンドに迫る美しい宝石となる。ジルコンとはアラビア語で“金色”を意味する“zargoon”からきている。通常ジルコンは無色透明のものが知られているが、含有物により、黄色、オレンジ、青、赤、褐色、緑などの色がある。
ルビコン川
イタリア北部を流れる川で、アペニン山脈より東へ流れ、アドリア海に注ぐ。共和政末期の古代ローマにおいては、本土である「イタリア」と属州の境界線をなしていた。紀元前49年1月10日、ガイウス・ユリウス・カエサルが「賽は投げられた」(Alea iacta est)の言葉とともにこの川を渡ったことはよく知られている。「ルビコン川を渡る」は以後の運命を決め後戻りのできないような重大な決断と行動をすることの例えとして使われる。(Wikipedia「ルビコン川」
クレセント錠
窓などに取り付ける錠でほとんどの窓がこのタイプの錠を使っている。2つの金具からなり、1方はフック型の部分をもつ外側の扉に固定された金具で、もう1方は、把手の付いた半円状の盤に突起を設けた金具で内側の扉に固定される。
ガンザー症候群
ヒステリー性心因反応による退行状態である。的外れ応答をなす偽痴呆であり、拘禁反応として生じやすい。
捲土重来(けんどちょうらい)
敗れた者が、いったん引き下がって勢いを盛り返し、意気込んで来ること。
体感機
パチンコ・パチスロなどの遊技台の攻略に用いられる器具の一種。大当りなどのタイミングを振動によって打ち手に知らせる機能を持つ。(Wikipedia「体感機」
モース硬度
主に鉱物に対する硬さの尺度のこと。硬さの尺度として、1から10までの整数値を考え、それぞれに対応する標準物質を設定する。ここでいわれている「硬さ」とは「あるものでひっかいたときの傷のつきにくさ」であり、「叩いて壊れるかどうか」の堅牢さではない。ダイヤモンドは砕けないというのは誤りであり、ハンマーで叩くなどによって容易に砕けることもある。(Wikipedia「モース硬度」
向精神薬
精神に働きかける作用を持ち、精神科などで使用される薬剤のこと。向精神薬には第1種から第3種まであり、いずれも医師の処方箋が必要な処方薬であり、中枢神経に作用して、精神機能に影響を及ぼす物質(医薬品としては抗不安薬、催眠鎮静薬、鎮痛薬等が該当)であって、麻薬及び向精神薬取締法及び政令で定めるものを言う。(はてなダイアリー「向精神薬」
ドレープカーテン
厚手のカーテン・室内側のカーテンのことを指す。日本では、厚手の室内装飾用の布地の意で使われている。
参考サイト
鍵と錠前の知識

【楽天ブックス】「硝子のハンマー」