「ワイルド・ソウル」垣根涼介

オススメ度 ★★★★☆ 4/5

第25回吉川英治文学新人賞受賞作品。第57回日本推理作家協会賞受賞作品。第6回大藪春彦受賞作品。
1960年代の日本政府が行った移民政策によって、南米の奥地の未開のジャングル、クロノイテに送り込まれた日本人の多くは病気で死亡したり絶望の中で生涯を終えた。わずかな生き残りである衛藤(えとう)とケイはある時、日本政府に対する復讐を思い立つ。
棄民問題という経済発展の裏で国が犯した大きな罪を扱っていて、同時にそれは、日本とその裏の南米という大きなスケールの物語となっている。本作でそのメインの移民先はとブラジルアマゾンの奥地であるクロノイテという未開の地である。そこに放り出された衛藤(えとう)という人物の眼を通して描かれた序盤で、その政策の悲惨な実態を知ることが出来る。

文明から離れて未開のジャングルだ。医者もいない。薬もない。かといってどこにも手紙は出せない。ちょっとした町に出るにも船に乗って何日もかかる。入植者の中には絶望のあまり発狂する奴もいたな。だが、こいつらなんてまだ幸せなほうだ。マラリアやアメーバ赤痢で苦しむことなく、あっけなく狂っちまったんだからな。

そして、ブラジル人と日本人である衛藤のふれあいが見られる。そんな中で、日本とブラジルの双方の国民の長所や短所、それぞれの立場からそれぞれの国を観た感想が何度も描かれる。

餓死寸前なのに物盗りになる度胸もない。かといって乞食にまで落ちぶれるにはちっぽけなプライドが許さない……中国人とも韓国人とも違う。馬鹿正直に生きるだけが撮り得の黄色人種だ。

日本人には日本人のよさがあり、ブラジル人にはブラジル人のよさがある。この二国に限らず、異文化で育ってきた人達が向かい合ったときにその性質から多少の不都合は生じるのかもしれないが、それぞれの良い部分を見つめる眼を持つべきなのだろう。
中盤から物語は日本に舞台を移し、衛藤やケイの復讐がいよいよ始まる。復讐というテーマでは在りながらも、物語の視点のメインは、日本人でありながらジャングルと陽気なブラジル社会で育ってケイに移るっており、ケイの性格がこの重いテーマを陽気な物語に変えている。
そして、日本に舞台を移したことで、ジャーナリストの貴子(たかこ)や警察の岩永(いわなが)の視点も加わってスピード感のある展開に変わる。僕等読者が、日々生活の中で触れている世界に物語がリンクしたことで、すでに30年以上前に収束した移民政策が、当事者にとっては決して過ぎ去った過去ではないことが伝わるだろう。
後半、移民政策に関わった役人達の心境も描かれる。彼等もまた組織の歯車であり、保身のためにそのような選択をするしかなかった。結局、未開の地に送り込まれて絶望して死んでいった人たちも、そのような政策を取らざるを得なかった人も、すべてのが、戦後の不安定な日本の政情の中で生まれた犠牲者であり、簡単に解決することの出来ない深い問題であることがわかる。
移民という日本の経済発展の犠牲を日本から地球の裏の南米までそのスケールの大きさ、そしてそのテーマを個々のキャラクターでカバーするそのバランスが見事である。ラブストーリーから刑事事件まで、あらゆる物語の要素が無理なく無駄なく詰まったこの一冊を読むだけで垣根涼介という作家の技術の高さがわかる。とりあえず僕にとっては、「垣根涼介作品をすべて読んでみよう」と思わせるのに充分な作品であった。


コロンビア革命軍(FARC)
1964年、伝説の指導者マヌエル・マルランダらにより結成された反政府左翼ゲリラ組織。
礎石
礎石とは、礎(いしづえ)となる石のことで、定礎石は建物の土台となる石をさだめること。中には、建物の設計図面や氏神のお札、さらにその時の新聞や雑誌、社史、流通貨幣などが入っている。
パーキンソン病
脳内のドーパミン不足とアセチルコリンの相対的増加とを病態とし、錐体外路系徴候を示す疾患。マイケル・J・フォックスなど。
参考サイト
ドミニカの日本移民

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