とにかくおすすめ

ジャンル関係なくオススメを知りたい人向け

とにかく面白い

ページをめくる手が止まらない、寝る時間さえ惜しくなる最高のエンターテイメント

泣ける本

思いっきり泣きたい人向け

優しい気持ちになれる本

悲しいとかハラハラするとか怖いとか必要なく、ただただほんわかして、暖かい気持ちを感じたい人におすすめの本

深い物語

いろいろ考えさせられる、深い物語

生き方を考える

人生の密度を上げたい方が読むべき本

学習・進歩

常に向上していたい人が読むべき本

組織を導く人向け

日本の経済力を強くするために、組織づくりに関わる経営者などにおすすめしたい本

デザイン

ただ美しいものを作れるだけじゃなく、一歩上のデザイナーになりたいデザイナーが読むべき本

英語読書初心者向け

英語は簡単だけど面白い、そんな面白さと英語の易しさのバランスの良いものを厳選

英語でしか読めないおすすめ

英語で読む以上、英語でしか読めない本を読みたい。現在和訳版がない本のなかでぜひ読んでほしい本。

「サヨナライツカ」辻仁成

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
入籍を控えた東垣内豊(ひがしがいとうゆたか)は、バンコクで真山沓子(まやまとうこ)という女性と出会う。日本で待つ婚約者、光子(みつこ)に対する罪悪感を感じながらも、豊かは沓子(まとうこ)に惹かれて行く。
名作と呼ばれながら読んでいない本が、僕にもたくさんある。本作品も自分にとってはそんな中の一つで、タイトルだけはかなり前からたびたび耳にしていた。
一言で言うなら、時代を超えたラブストーリーと言えるだろう。中盤までは1975年の出会いを描き、中盤以降は2000年以降の物語となっている。「二股」とか「不倫」と言うと汚らわしいイメージがあるが、「立場や体裁を気にせず誰かを好きになる」と言うとなんだか美しく聞こえてくるから不思議である。そして、終盤には涙を誘う展開が待っている。
「世界の中心で愛を叫ぶ」など、この類の本と出会うと必ずといっていいほど僕は思うことであり、今回も同様に言わせてもらうが、涙を誘うだけの物語を創るのはそれほど難しいことではない。悲しい人生をその主人公に感情移入できる形で描けばいいのだから。涙を誘ったうえで心の中に何か大きなものを残してこそ傑作といえるのだと僕は思うのだ。残念ながらこの作品は、涙を何ccか外に出しただけで心の中にはほとんど何も残らない作品だった。
しかしそれではあまりにも悲しいので、本作品の肝となる言葉を引用する。

人間は死ぬとき、愛されたことを思い出すヒトと
愛したことを思い出すヒトとにわかれる。
私はきっと愛したことを思い出す

【楽天ブックス】「サヨナライツカ」

「名もなき毒」宮部みゆき

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5

連続無差別毒殺事件が世間を騒がしていた、そんなとき、大企業の社内報編集部に勤める杉村三郎(すぎむらさぶろう)を含めた社員たちは、アルバイトである原田(げんだ)いずみの感情的過ぎる行動に悩み解雇することを決意する。
世の中で大きな連続殺人事件が起きているとはいえ、多くの人は自分は無関係なのだと、どこか他人事で過ごしている。なぜなら誰もが多少なりとも悩みを抱えているからだ。娘の喘息のこと、母親の介護のこと、職場の人間関係など、世間的に見れば小さな悩みでも本人にとってはそれが悩みの大部分を占める大問題なのである。
それでも物語の視点となる杉村(すぎむら)は、毒殺被害者の孫で女子高生の美知子と出会うことによって、それは他人事ではなくなる。そして関係者と会話を重ねるうちに気づいていく。世の中の多くの場所に、人の体を蝕む物質が、人の心を蝕む空気や環境が存在するということに。この物語はそれを総称して「毒」と読んでいる。名もなき、正体不明の「毒」だ。
そして、そんな「毒」はふとした瞬間に人の心に悪意を芽生えさせ、さらには悪へと走らせる。本来ならそれを周囲の人間が気づいて止めてやらなければならないのだろう。

正義なんてものはこの世にないと思わせてはいけない。それが大人の役目だ。なのに果たせん。我々がこしらえたはずの社会は、いつからこんな無様な代物に落ちてしまったんだろう。

でも、都会で生きている僕らは周囲に無関心で、塀を一枚隔てた先で何が起きているか、誰が住んでいるかを知らない。悪意を咎めてくれる友達も、大人もいなければ、その悪意は犯罪という形の悪へと変わっていき、不幸の連鎖が始まる。

なんで、僕だって少しは楽をしたいと思わなくちゃならないんだろう。少しどころか山ほどの楽をしている若者が、この世の中には掃いて捨てるほどにいるのに。何も願わなくても、すべてかなっている人たちが大勢いるのに。

この物語は世の中の何かが悪いと訴えているわけではない、しかし、世の中には犯罪因子がいくつも存在するという事実を突きつけてくる。ふとしたきっかけで世間を騒がす事件に変わる。僕らが普段目を向けていないだけだ。
宮部みゆきらしい視点と展開。悪くはないが、期待値はもっと大きいのだ。
【楽天ブックス】「名もなき毒」

「セリヌンティウスの舟」石持浅見

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
年齢も職業もバラバラの6人は石垣島のダイビング中に起きた遭難事故によって絆を深める。しかしそれから数ヶ月、そのうちの1人である米村美月(よねむらみつき)が自殺を遂げた。彼女は仲間を裏切ったのだろうか。鎮魂のために、その死の疑問点について残された5人が考え始める。
物語の大半は、ダイビングメンバーの1人で最年長者の三好(みよし)の部屋の中でのみ展開することとなる。小さな世界の中で、知性あふれる人たちが問題や謎を解決するために言葉を交わして真実に近づいていくのが石持浅見作品の特徴である。今回の物語も登場人物は死んだ美月(みつき)を除けばわずか5人で、そのうち真実への近づくための牽引役となるのは、どちらも冷静で論理的思考回路を持つ磯崎義春(いそざきよしはる)と吉川清美(よしかわきよみ)である。
発端は、なぜ美月(みつき)は自殺の際に青酸カリの入った瓶のふたを閉めることができて、なぜその瓶は転がっていたのか。ということである。小さな不審点に対して異常とも思えるこだわりを持ってすべての可能性を検討する5人。そのやや強すぎるこだわりと、すべての人間が合理的な行動をするはずだという考え方の2つの不自然さにさえ目をつぶれば、石持浅見作品は大いに楽しむことができる。
そして往々にしてこの著者の物語の結末には、ゾクリとするような瞬間が用意されている。だからこそ僕は、やや広がりに欠けるという不満をこの著者の世界観に感じながらも、繰り返し作品に手を伸ばすのだろう。また、今回は「セリヌンティウス」という言葉も僕の目には新鮮に映ったのだ。

わからない。セリヌンティウスには、メロスがどうやって帰ってきたのかがわからない。

今回も石持浅見らしいラストが用意されていた。残念ながら僕の心をわしづかみにするほどのものではなかったが…。
【楽天ブックス】「セリヌンティウスの舟 」

「デカルトの密室」瀬名秀明

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
人型ロボットを開発した尾形祐輔(おがたゆうすけ)は、そのロボット「ケンイチ」と共に日々の生活を送っていた。しかしある人工知能のコンテストの会場で起こった出来事によってその平穏な生活も打ち破られることとなる。
僕らは普段意識していないが、科学者たちが人型ロボット、俗に言うヒューマノイドを人間に似せてつくるにあたった、「人間とは何か」というものを考えるのだろう。内臓などの目に見えない部分は除外したとしても、「四肢と二つの目と鼻と口があって二足歩行していれば人間」などという単純なものでは決してない。どんなに精巧なヒューマノイドを作ったとしても、僕らは瞬時にそれが人間でないと判断できることだろう。なぜなら、人間はまっすぐ立っていても決して静止はしていないし、寝ているときでさえ、寝息だけ立てているわけではないのだから。
人間の中で日常的に行われている動作を、ヒューマノイドで再現させようとして始めて、人間が無意識下でしている多くの行動や動作に思い至るのである。
どこからがロボットでどこからが人間なのか…。そんなテーマで本作品の導入部分も展開されていたように思うのだが、中盤あたりから増え始めた哲学的な言葉の数々にかなり困惑した。そして頻出する「ぼく」という一人称視点が、開発者の尾形祐輔(おがたゆうすけ)を指すのか、ロボットのケンイチを指すのか、そしてそのシーンも現在を指すのか、それとも誰かの回想シーンを描いているのか…、残念ながら最終的に著者の言いたいことの三分の一も理解できていないように思う。
瀬名秀明の久しぶりの作品ということで期待値が高かっただけ残念である。一体どれほどの人がこの作品の内容を理解できたのだろうか。


アラン・チューリング
イギリスの数学者(Wikipedia「アラン・チューリング」)
フレーム問題
人工知能における重要な難問の一つで、有限の情報処理能力しかないロボットには、現実に起こりうる問題全てに対処することができないことを示すもの。(Wikipedia「フレーム問題」
不気味の谷
ロボットや他の非人間的対象に対する、人間の感情的反応に関するロボット工学上の概念。(Wikipedia「不気味の谷」

【楽天ブックス】「デカルトの密室」

はじめに

知りたいことがはっきりとしていれば、それに関する専門書を読めばいいだろう。しかし人生における視野を狭めないためには、多くの情報やなにか新しい興味をかきたてるような状況に常に自分をおいておきたいものだ。多くの人はそのためにテレビを利用しているのかもしれない。確かにテレビは多くの情報をもたらしてくれるが、決して見ている人のペースにあわせてはくれない。何か印象的なことがあっても、その瞬間にメモにでもとらなければさっさと通り過ぎていってしまう。
だからこそ、自分のペースにあわせてくれて、かつ多くの新しい知識や刺激を与えてくれる読書は僕にとって大切な時間なのである。
しかし、ある時気づいた。
読んでいる最中にものすごい多くのことを感じているはずなのに、読み終わってしばらく経ったらその内容の多くを忘れてしまっている。多くの知らない言葉が出てきたにもかかわらず、それを知らないままで今までと同じように生活している。かといってそう気づいたときに改めてその本を読み直しても初めて読んだときのような感動は味わえないし、それほど大量の時間を持っているわけでもない。なんといっても僕は、読書をただの時間つぶしのための道具などとは決して思っていないのだ。
そこで思いついたのが、読んでいる際に、印象的な文言や知らなかった言葉が出てきた際にそのページのスミを折っておくこと。そして読み終わってからもう一度その折られたページを見直して、、知らない言葉に関してはその意味や指し示すモノを調べたり関連する出来事のニュースを読んでみたり、印象的な言葉についてはメモとして抜き出すことである。
そしてそれとあわせて、その本を読んでいる際に感じたこと、読むことで起こった僕の心の内の変化も文章にすることにした。文章にすることでその読書の意味を僕自身も改めて強く感じることができるし、その文章がこうしてブログで公開して人の目に触れることによって、自分の中のあいまいなものをより明確にしようという意識が働く。そんな効果を狙ってこのブログを始めた。
それでもこのブログを訪問してくれる人たちに少しでも役立つならそれは嬉しいから、わかりやすいように、自分なりの評価を5段階でつけることにした。そのときの気分によってその評価の基準にはブレがあったりもするが、基本的には
★1つ…もう同じ作者の本は読まないかもしれない。
★2つ…本を閉じようと思った。本に払ったお金と読書に費やした時間がもったいない。
★3つ…特に悪くはないが、とりたてて褒めるようなところもない
★4つ…涙する場面や印象的な場面言葉があり、僕の人生に少なからず影響を与えた。
★5つ…その本を読んでいる際に受けた衝撃から立ち直るために少し時間が必要だった。
という基準で評価をつけている。
もちろん、すべてが自分の好みを尺度としているから、世の中で高い評価を受けているにも関わらず★1つだったり、逆に、酷評されているにも関わらず★4つだったりすることもあるが、あくまでも僕の好みなので、「なんでこの作品が★1つなんだ?」とか、「こんな作品に★5つつけるなんてあなた本当に面白い本読んだことあるの?」などと思わないでいただきたい。
もし僕のこのブログを見て、読書が好きになった人がいるならそれは最高に幸せなことである。

「鎮火報」日明恩

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
新米消防士の大山雄大(おおやまたけひろ)を描いた作品。
まずは雄大の仕事に対する情熱のなさにどこか共感する。「人を救うことが俺の使命だ」などと昔の英雄のような台詞を言わないどころか、消防署を見学に来る小学生たちに説明するのも面倒だし、愛想笑いを浮かべるのもつらい、と言い切ってしまうところが
火事の現場を見て「あ〜行きたくね〜」と素直に考えるところも素敵である。なぜそれが素敵に思えるのかというと、雄大(たけひろ)のそんな非情熱的な台詞の数々の裏にひそむ正義が匂いが漂ってくるからだろう。この類の人間が「根性」とか「情熱」という言葉や、かいた汗の量でその人の気持ちの大きさを計ることを嫌うのは、それが結果に直結しないことを知っているからなのだ。「いまどきの若いやつら」と一言で片付けて理解しようとしない人たちにはぜひこの物語はいいかもしれない。
さて、そんな少し現代向きな消防士の幾多の救出劇を描いた物語になるかと思いきや、最初に雄大が出動した現場で一気に話は深いテーマへと掘り下げられていく。不法滞在をする外国人たちを狙った連続放火事件を中心に展開し、入国管理局と、不法滞在者を利用する日本の企業や暴力団の関係が描かれるからだ。

間違いなく違法に日本にいる外国人は悪い。だとしても、違法でも真面目に働いて金を貰っている連中まで罪人扱いできるか?だいたい、雇う日本人がいるから、奴らはいるんだろう?悪いのは奴らだけなのか?

「善」と「悪」。世の中の出来事はそんなわずか2つのカテゴリーに簡単に分類できる物事ばかりではない。だからこそ世の中には争いごとが耐えないのだろう。
そして後半に進むにしたがって、雄大(たけひろ)の周囲にいるつらい過去を背負って生きている人たちに物語の焦点が移っていく。自分の体を痛めつけるようにして働く元消防士の仁藤(にとう)もそんな一人である。仁藤(にとう)が雄大(たけひろ)に言ったこんな言葉が心に残る。

過度な正義には理由がある。

誰しも心の中に良心を持っている(そう僕は思いたい)。そしてそれは時に正義の心へと変わる。しかし、正義に対する異常な執着は、悲惨な過去なくしては形成され得ないということだ。そして押さないときに母親を失った、雄大(たけひろ)の親友の裕二(ゆうじ)の言葉も強烈だった。

既存の常識や知識を基に自分で考えて自分で物事を決める。そうできるように学ばされていると俺は思っている。だから死だって、その人に決める権利があると思う。もしも生きろというのなら、言った奴は責任を取るべきじゃないのか?人間には生きる権利がある。ならば死ぬ権利もあるはずだ。尊厳ある死って、俺はあると思う。

間違いなく今年ここまで読んだ三十数冊の中で最高の作品である。


カルバドス
フランス・ノルマンディー地方のカルバドスで作られる、リンゴ酒を蒸留したアップルブランデーのこと。

【楽天ブックス】「鎮火報」

「破滅への疾走」高杉良

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大手自動車メーカーとその労働組合の間の抗争を描いている。
何万人もの社員を抱えるほどの大企業であれば、そこに勤める人にとってはそれは世界も同然であり、生活の中の大きな割合を占めることだろう。だからこそ人事権を持っている人間の決定が人生をも左右する。そうやって大企業の中の恐怖政治は進んでいくのだろう。
そしてそんな企業の中で、各幹部たちは、各々の権力や情報を武器に、社内の人間関係を渡り歩く。人によっては企業や社員のために働く立派な人間もいるが、一方で、自分の財産や権力を守るためという人間もまた少なくない。
本作品は、労働組合の長となり、企業の人事権にも影響を及ぼすまでに力をつけた塩野(しおの)という男を主に描いている。自らの権力に執着するその行動はにわかには信じられないほどの徹底ぶりだが、これが現実に起こった日産自動車の労働組合との抗争をモデルにしているというから興味深い。そして、物語の登場人物の多くも実在した人間をモデルに描かれており、物語の軸となる塩野(しおの)も現実に存在した塩路一郎(しおじいちろう)に由来する。だからこそ単にフィクションとしては片づけられないリアリティを醸し出すのだろう。
物語自体は大きな山や谷もなく進められており、客観的な目線で終始展開するため登場人物の深い心情描写などはされていない。そのため詳細に描写された歴史年表を見ているような感覚であり、読者を引き込む巧みな描写力などとはとてもいえないが、一つの大企業内で起こる問題点やそれに対する対策や駆け引きなど、おおいに興味を喚起させられる作品だった。

【楽天ブックス】「破滅への疾走」

「少年の輝く海」堂場瞬一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
瀬戸内海の瀬戸島に山村留学にきた中学二年生の鳥海浩次(とりうみこうじ)は、娯楽のない島の生活に飽き飽きしていた。それでも同級生の水谷計(みずたに)が海に沈んだ財宝の地図を見せてから、退屈な生活が動き出す。本作品はそんな島で過ごす少年たちの生活を描いている。
僕の半分も生きていない中学二年生の彼らだが、いろいろな悩みを抱えて日々の生活を送っている。同じクラスの女の子と口を喧嘩したり、沈没船を探して海に潜ったり、と、大人になった僕らから見れば、彼らの悩みはとても「悩み」と呼べるような類のものではなく、彼らの経験する大事件も些細な出来事に見えてしまうのだが、14年しか生きていない彼らにとっては、その経験のうちの何個かが一生心に残る大切な思い出になるのだろう。
そんなふうに、自分の中学生時代を思い出して、少し懐かしく、少しそんな彼らに嫉妬させてくれるような作品であった。もう何年も前に読んだ氷室冴子の「海が聞こえる」と似た匂いを感じた。
時には肩の力を抜いたこんな読書も悪くない。

サルベージ
沈没船の引揚作業。海難救助。(はてなダイアリー「サルベージ」

【楽天ブックス】「少年の輝く海」

「さよならバースディ」荻原浩

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
霊長類学研究センターではバースデーと名づけられたボノボに言語習得実験を行っている。田中真(たなかまこと)と恋人の由紀(ゆき)が中心となってプロジェクトを進めるが、そこで事件は起きる。
人間の次に賢いと言われるボノボを題材としているだけに、ボノボと人間の生き方を比較したような描き方を期待して本作品を手に取った。例えば最近読んだ「償い」の中で、「ボノボはその賢さゆえに人間のように地球を汚すような生き方をせずに森と共存している。」という考え方があった。ボノボやイルカなどの知能の高い動物を扱う物語においては、その動物と比較して、「では科学を使っている人間は本当に賢いのか・・・?」という問いかけにたびたび出会う気がする。そんな答えのないテーマに今回も僕は浸りたかったのだろう。
しかし、物語は終始、ボノボの実験内容の詳細な描写とその施設で起こった事件について展開する。ボノボの知能の高さを見せているにしては内容が浅く、ミステリーとしての面白さを見せようとしているのなら、テンポが遅い、というように、最終的に、ボノボに焦点を当てたかったのか、それとも霊長類学センターで起きた事件に焦点を当てたかったのかなんとも中途半端な印象を受けた。
また、複雑な研究設備を文字で説明しようとしているのはわかるのだが、物語の中で大して重要でない出来事まで細かく書くためにスピード感が乏しく、ラストはすでに結論が見えているのになかなか終わらない、というようにややじれったさまで感じてしまった。同時に著者の読者を涙させようという意図が見え過ぎた点も残念である。
本作で読了した荻原作品はまだ2作目であるが、読者の感情をコントロールしたいばかりに物語中に登場する文化や事件、人間などの心情についてやや過剰に演出された描き方が多い気がする。物語を楽しみながらも、世の中の問題点や知らない文化を知識として蓄えたい、というふうに読書の意義を考える僕の求めているものとは、この著者の作品は一致しないのかも、と感じた。
【楽天ブックス】「さよならバースディ」

「迷走人事」高杉良

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
離婚後、大手アパレルメーカーに復職した竹中麻希(たけなかまき)は、広報部の戦力としその力を発揮する。社内の人間関係や将来に悩む女性視点で企業の内部を描いている。
物語の中には大きな山場もなく、一つの企業の日常が淡々と展開されていく。社長の交代劇や業務提携に伴うマスコミ対策などの、上場企業ゆえの業務のほか、訪問販売大手との提携、カタログ販売への進出などアパレルメーカーの企業戦略も盛り込まれている。
また業務以外では、竹中麻希(たけなかまき)と次期社長と目される松岡浩太郎(まつおかこうたろう)そして、麻希(まき)に思いを寄せる営業のホープ、秋山弘(あきやまひろし)の3人の人間関係が軸となって展開する。
ラストは若干物足りなさも覚えたが、アパレルメーカーなど、自分のかかわりのない業界に大しても十分に興味を掻き立ててくれた作品である。
【楽天ブックス】「迷走人事」

「ウルトラ・ダラー」手嶋龍一

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
ダブリンで新種の偽百ドル札が発見された。英国情報部員のスティーブンは、真実の究明のために世界を走り回る。
偽百ドル札の出現によって徐々に明らかになる国家間の情報戦を描いている。各国の情報部員たちの、暗号を交えたやりとりや駆け引き。それはそれで現実に近い様子を描いているのかもしれないが、僕の生活圏とあまりにかけ離れた世界と、過剰とも思えるな視点の切り替えが、話に入るのを難しくさせている。
そんな仲、物語の中で重要な役割を演じる日本人女性、内閣官房副長官の高遠希恵(たかとおきえ)、や篠笛の師範である槙原麻子(まきはらあさこ)の多才かつ知性溢れる振る舞いは数少ない魅力の一つである。
また物語中に多くの芸術品や伝統的文化が描かれていて、知識欲を刺激する点も個人的には評価したいところである。
偽百ドル札によって世界情勢が大きく変化するという設定は非常に面白いし、国家間の駆け引きの大部分が国民の目の届かない範囲で行われているのだろうと考えさせてくれたが、残念ながらその魅力的な材料を読者に巧く伝える技量がこの物語にはなかったという印象を受けた。
正直何度本を閉じようと思ったかわからないが、最後まで読み終えたのは、「一度読み始めた本は最後まで読破する」という僕自身の性格によるものだろう。

篠笛
日本の木管楽器の一つ。篠竹(雌竹)に歌口と指孔(手孔)を開け、漆ないしは合成樹脂を管の内面に塗った簡素な構造の横笛(Wikipedia「篠笛」

イムジン河
朝鮮半島38度線付近を流れる臨津江のこと。フォーク・クルセダーズの代表曲。
韃靼海峡(だったんかいきょう)
間宮海峡のこと。
コリドラス
南米に広く分布するナマズ目カリクティス科コリドラス亜科コリドラス属に分類される熱帯魚の総称。(Wikipedia「コリドラス」
参考サイト
篠笛ManiaX – 和風横笛愛好(日本伝統的竹管)
Wikipedia「フォークランド紛争」
Wikipedia「Moto-Lita」

【楽天ブックス】「ウルトラ・ダラー」

「告白倒産」高任和夫

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大手百貨店の総務部長の倉橋(くらはし)は百貨店の業務に関連して警察に任意同行を求められる。執拗な取調べに対して対応するうちに次第に、会社の対応が厳しくなっていく。
序盤の警察での取調べシーンでは、百貨店の総会屋との付き合いについて書かれている。

わたしらつきあっている範囲の総会屋は、べつに怖くないんですよ。怖いのは暴力団でね。警察は頼りにならないが、総会屋はそんなときおさえてくれる。はっきりしているのは、こんな便利な人間を雇っておけるなら、二千万円なんて安いもんだ。役立たずの社員二人分だ。

理想ばかりでは大きな会社の経営維持的ないというのは事実なのだろう。どこまでが罰せられる犯罪で、どこからが見逃してもらえる犯罪なのかを探りながら、世の中を渡っていくしかないのだろう。それは言い換えれば、警察を含めた世の中のさじ加減でそれらの罪はいつでも「罰せられる罪」に変わるのである。
世の中に認知され、そのイメージが大きく業績を左右するような企業は、その判断ミスが命取りになる。ライブドア事件や、最近では日本教職員組合の会合を拒否したプリンスホテルの対応を思い出した。
百貨店業界の裏を濃密に描いた経済小説を期待して読み始めたのだが、残念ながら期待に応えてくれたのは最初だけで、後半はあまり個性のないミステリーで終わってしまった。高任和夫という作家自体、経済小説を思わせる題名の書籍を多く出版しているようだが、この内容を考えると、今後もその作品に手を伸ばすかどうかは悩むところである。
【楽天ブックス】「告発倒産」

「オレたちバブル入行組」池井戸潤

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
日本が好景気に沸いていた1988年。大手銀行への入社という狭き門を突破した半沢(はんざわ)。それから十数年、融資課長となった半沢(はんざわ)の支店では、とある企業に5億円の融資をした承認した矢先にその企業が倒産した。銀行内部の軋轢と債権回収の裏側を描く。
冒頭の内定確定までのエピソードは、バブル期という時代と大不況といわれる現在との違いを強く印象付ける。当時、銀行とは入社することができたらその家族も含めて一生安泰といわれた時代である。それが、バブルの崩壊を経て大きく変わる、半沢(はんざわ)はその大きな変化に翻弄されたバブル期入社のエリートの一人である。

銀行不倒神話は過去のものとなり、赤字になれば銀行もまた淘汰される時代になったのである。銀行はもはや特別な組織ではなく、もう儲からなければ当然のように潰れるフツーの会社になった。

銀行の内部が詳細に描かれている。融資の決定、債権の回収。そして極めつけは社内の人間関係である。国に守られている企業という過去ゆえに、その内部は効率や実力主義とは無縁で、人脈や人事権を持っている人間が社内のもっとも恐れられる存在である。この辺は警察組織と非常に似た印象を受ける。
世間では憧れの存在であったエリートである半沢(はんざわ)とその社内の友人たちはも、銀行という融通の効かない組織の中で、次第に理想と現実のギャップに打ちひしがれていく。

ピラミッド構造をなすための当然の結果として勝者があり敗者があるのはわかる。だが、その敗因が、無能な上司の差配にあり、ほおかむりした組織の無責任にあるのなら、これはひとりの人生に対する冒涜といっていいのではないか。

銀行という後ろ盾を一度失えば、不必要なほどの高いプライドを持った無能な人間になりさがる。だからこそ、家族の生活や家のローンに苦しむとともに、社内の人間関係に振り回される。その生き方にうらやむような部分は一つもないように今の僕には感じられるが、バブル期という時代はそんな影の部分を見せないくらい光輝いていたのだろう。
夢と現実に折り合いをつけつつ必死に自分の生き方をまっとうしようとする人々の人生がしっかりと描かれているうえに、経済小説としてもオススメできる濃密な作品であった。

参考サイト
イトマン事件

【楽天ブックス】「オレたちバブル入行組」

「ギャングスター・レッスン」垣根涼介

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
渋谷で若者たちを率いていたアキはチーム解散後、裏金窃盗集団の一員になると決めた。柿沢(かきざわ)、桃井(ももい)という2人の犯罪プロフェッショナルの下で、訓練と必要な知識を学び始める。
時間的には「ヒートアイランド」と「サウダージ」の間に位置する。アキを描いたこの作品は垣根涼介のほかの作品に比べて、社会問題や人間の内なる悩みなどのテーマ性が薄いが、気軽に読める手軽さがある。
表の顔を裏の顔を持つアキを含む3人。法律の及ばない生活だからこそ、口にしたことは必ず守ろうと努力する姿勢と、いつでも冷静に物事に対応できる者が信用を勝ち取る。戸籍を売っているホームレスや武器の密輸を手伝うコロンビアの日本人たちとのエピソードから見えるのは、結局どんな状況にも共通する人間の重要な部分である。
アキ以外にも、未来に悩むヤクザの柏木(かしわぎ)や、コンパニオンのバイトをしているアケミにも目線が移る。肩で風を切って歩くヤクザも、綺麗な顔をしたコンパニオンも、みんな理想と現実のギャップに悩みながら生きている。読んでいるうちに世の中のすべての人が可愛い憎めない存在に思えてしまうから面白い。このどこか爽快な感じは垣根涼介作品に共通する空気である。
【楽天ブックス】「ギャングスター・レッスン」

「償い」矢口敦子

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
ホームレスとなった元医者の日高は、たどり着いた町で、一人の少年と出会う。その少年は13年前に日高(ひだか)が命を救った人間だった。時を同じくしてその町では社会的弱者を狙った連続殺人事件が起こっていた。日高は刑事に依頼されて真相の解明に一役買うことになる。
本作品では幼いころに日高(ひだか)が命を救った少年、真人(まさと)と日高(ひだか)が人間の生き方についてお互いの考えを言い合う展開が多く描かれている。複雑な家庭環境の中で育ったがゆえに、少し風変わりな人生観を持つ真人(まさと)、そして、その過去ゆえに自分の送ってきた考え方を「正しい」とは言い切れない日高(ひだか)。正解のないそんな問いかけが最後まで物語を包んでいる。
特に、この作品の中で繰り返し行われている問いかけは、命を救うことが必ずしも本人にとっていいことなのか?ということである。結果的に不幸になるのであればあえて命を繋ぎ止めないどころか、時にはその命を終わらせてあげることも必要、と主張する真人(まさと)の考え方を、日高(ひだか)は否定することができない。
そして、日高(ひだか)は連続殺人事件と真人(まさと)の関連に気づき始める。

私はとんでもない過ちを犯したのだろうか。善だと信じた行為が、悪への加担だったのだろうか。

ホームレスとなった日高(ひだか)の過去が少しづつ明らかになるとともに、真人(まさと)の家庭環境も少しづつ見えてくる。
興味深いテーマではあるが、ラストは、そんな少しづつ物語を覆ってくる不穏な空気に見合う結末とは言いがたい。読むタイミングが異なればもっと感動できたのかもしれない。
【楽天ブックス】「償い」

「扉は閉ざされたまま」石持浅見

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大邸宅で行われた同窓会の最中に、伏見亮輔(ふしみりょうすけ)は新山(にいやま)を事故に見せかけて殺した。しかし、参加者の中には並外れた洞察力を持つ碓氷優佳(うすいゆか)がいた。
登場人物は7名のみで、ほとんど殺人の舞台となる大邸宅のみで物語が完結する王道のミステリー。犯人である伏見(ふしみ)が新山(にいやま)を殺すところから物語は始まり、そのまま犯人である伏見(ふしみ)の目線で展開していく。
同窓会参加者の優佳(ゆか)がずば抜けた洞察力の持ち主であることも早い段階で描かれるため、多くの読者が早々に物語の最後を推測できることだろう。最終的には優佳(ゆか)が真相を解明し、犯人が伏見(ふしみ)であることに気づくのだろう、と。
だからこそ、多くの読者は伏見(ふしみ)の言動を注意しるのだ。一体どこで優佳(ゆか)が真相を突き止めるためのボロを出すのか、と。僕もそうやって物語を読み進んでいったが、残念ながら優佳(ゆか)の気づいた小さなてがかりに僕自身は気づくことができなかった。(もちろん小説ゆえになせる業だと信じたいところだが)そして、そんなミステリーの王道ともいえる物語展開に加えて、本作品は臓器提供という未だ日本では広まっているとはいえない文化についても言及しており、個人的にはその考え方も物語に負けず劣らず印象的であった。
久しぶりにミステリーらしいミステリーを読んだ。石持浅見作品は本作品で3作目の読了になるが、いずれも非常に狭い範囲で物語が完結する点が特徴的である。例えば「月の扉」はハイジャックされた飛行機と飛行場のみで物語が終わり、「水の迷宮」は水族館という狭い建物の中だけであった。もう少し広く現実世界をうまく取り込んだ作品もあるのであれば読んでみたいものだ。
【楽天ブックス】「扉は閉ざされたまま」

「上陸」五條瑛

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
会社勤めを辞めた兄貴分の金満(かねみつ)、若い前科者の安二(やすじ)、本国の家族のために働く不法滞在者のアキム。3人は共同生活を送りながら建設現場で働く。そんな3人の少し変わった生活を綴った。
格差社会の底辺とも言えそうな3人の生活。そこには僕らが知らない出来事が毎日のように起こり、そして彼らには彼らのルールと常識がある。
特に、不法滞在者であるアキムの生活や人間関係の中には、アジア諸国の人たちの生活が見える。そして本国へお金を送金するつもりで日本に密入国したが、日本にある多くの誘惑の中で、信仰をなくし、質素な生活から離れていく不法滞在者が多く存在するこエピソードが描かれていて、なぜ不法滞在者が犯罪に走るのかがわかるような気がする。彼らは悪ではなく、弱いだけなのだ。

どんな金でも、金は金です。それがなければ生きていけない。ボクも家族も

日本で生まれ育った人は、弱ければ誰かに頼って生きようとするだろう。しかし、彼らは、犯罪に走ることしか知らない。彼らの育った国がそういう文化だったのだから。そんな海外の事情とあわせて、日本がアジアの特殊な存在であることも改めて感じさせてくれた。

俺は家族に話すよ。東の果てにはいろいろなものがあった。見たこともない物で溢れていた。俺の言葉じゃ説明できないくらい、いろいろあったんだよって、そして、いろいろな人間がいたよって。いい人も悪い人もいた。でも俺は幸運だった。

HALAL
コーランの用語で、 「許された」または「合法の」という意味。HALAL食品は、アラー(神)により食べることを許されたもので、HALAL食品を摂ることは すべてのイスラム教徒の義務とされている。

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「虚像の砦」真山仁

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
風見敏生(かざみとしお)は民放テレビ局に勤めるディレクター。報道の使命を「権力の監視」と考え、誰よりも先に真実を報道しようと努める。そんな中、中東で日本人3人が誘拐された。
物語はもちろんフィクションであるが、イスラム共和国、バグリード、メソポタミア放送、大無辜(おおむこ)教、秋月弁護士という言葉が出てくる、それらはもちろん、イラク、バグダッド、アルジャジーラ、オウム真理教、坂本弁護士を題材にしているのだと容易に推測できる。そのため、それらの事件に対する今までの自分の認識と、物語中の展開のズレが、再び僕の中の事件に対する興味を喚起することとなった。
物語中ではテレビの力とそれによる危うさを語るとともに、テレビ局と総務省そして政治家の関係をわかりやすく描いている。その関係の鍵となるのは、憲法二十一条の言論の自由と、放送法の公平中立条項、そして、5年に1回再取得が必要なテレビ局の免許制度である。

放送事業に関して言うと、政官民は三すくみ状態にあります。放送局にとって総務省は監督官庁ですから、頭が上がらない。総務省は、放送局には強面で臨めても、政治家の先生たちには弱い。ところが政治家の先生たちは、放送局にはめっぽう弱い。

物語の多くは風見(かざみ)周辺のテレビ局の報道の様子を描いているが、お笑いに命をかけるプロデューサーの黒磐(くろいわ)にもしばしば視点が移る。

バラエティと呼ばれている番組で、やっている事は何かね。自分より弱い人を血祭りに上げて笑い飛ばす。一番ゲスな笑いだ。しかも視聴者には、今日が幸せだったらいいじゃないかという諦めを刷り込み続けている

「報道」も「笑い」も世の中に必要なもの、と位置づけられながらも、テレビという強い影響力を持つがゆえの危うさと、視聴率至上主義に毒されてしだいに信念から遠ざかっていく制作者の歯がゆさも描かれている。

俺たちは今、我が身の驕りのツケを払わされているだけなのかもしれない。いや、もっと言えば、大衆を躍らせた罰を受けているのかもしれない。テレビの向こうの視聴者を小馬鹿にしていた俺たちだって、彼らと大差ないほどの愚か者だった事を思い知らされているんだ。

世の中のすべての物事を実体験するなど不可能だから、僕らは、新聞や本、テレビなどから情報を集めて世の中を知るための努力をするしかない。しかしそれらの情報媒体は人が作るものだから多少なりとも主観が入るのは避けようのないこと。そんな中で優れた情報媒体とは一つの出来事に対して複数の視点から情報を伝えているもののことを言うのだろう。例えば最近話題の高齢者医療制度であれば、その悪いところだけでなく、そのいいところを伝えてこそ、優れた情報媒体と言えるのだ。しかし今のテレビの報道で、これができている番組は一体どれほどあるのだろう。僕だけだろうか、多くの番組に視聴者の気持ちを意図的にどこかに向けようとしている作意を感じるのは。

情報とは、情に報いることだ。しかし、報道とは、道に報いて初めてそう呼ぶことができる。なのに、そのキャスターは道に報いるどころか、情に報いることすらせず臆面もなく嘘のニュースを流した。…

野沢尚の「破線のマリス」や「砦なき者」を読んだとき以上に、メディアを通して真実を知ることの難しさを考えさせる作品であった。

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「マグマ」真山仁

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
外資系ファンドに勤める野村妙子(のむらたえこ)が休暇から戻ると、同じ部署の社員は解雇されていた。不可解な空気を感じながらも、託された地熱発電を業務とする会社の再生へ取り組む。
なによりもまず、企業買収で利益を上げる買収ファンドという業務形態が新鮮である。妙子(たえこ)自身、この業種の魅力として、「企業の地獄から天国までのすべての過程に責任を持つこと」と述べているように、いろんな業種のビジネスモデルを知ることができるという点で非常に魅力的な仕事なのだろう。
そして本作品で妙子(たえこ)が再生を請け負った会社は、地熱発電を主な事業とする会社である。エネルギーを扱うので当然のように日本のエネルギーの大部分をまかなっている原発問題についても触れられていて、その危険性や政治的な問題にまで話は広げられている。
妙子(たえこ)は再生請負人として弱みを見せられない立場にある。それでも、純粋に地熱発電が日本の環境にやさしいエネルギーであって有意義に活用すべきという考えや、研究者たちの努力や熱い思いに答えたいという考え、そして、企業再生のためには情けをかけてはならないという考えの間で葛藤しながら、自分の与えられた責任を果たすために突き進む。彼女の存在はこの物語の大きな魅力である。
物語は妙子(たえこ)の目線だけでなく、地熱発電の第一人者の御室耕冶朗(おむろこうじろう)にもたびたび移る。地熱発電に情熱を燃やすその強い気持ちをつくっている過去や思いもまた読む人の心に残るだろう。
新しい知識と、現実の社会問題、そして詳細な心情描写。面白い物語に必要不可欠な三要素がしっかり詰まっている作品である。


自然公園法
優れた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図り、国民の保健、休養及び教化に資することを目的として定められた法律。国立公園・国定公園・都道府県立自然公園からなる自然公園を指定し、自然環境の保護と、快適な利用を推進する。(Wikipedia「自然公園法」
ガイア仮説
地球は様々なシステムが融合して出来上がった、1つの生命有機体であるとする仮説。(はてなダイアリー「ガイア仮説」
参考サイト
Wikipedia「地熱発電」
地熱発電の基礎知識

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「クレイジーヘヴン」垣根涼介

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
旅行会社に勤める坂脇恭一(さかわききょういち)は日々の生活に疑問を感じながらも自分の生きる意味を考えながら生きている。一方、田所圭子(たどころけいこ)は、OLを辞めてから金を作るために売春に手を染め、今はヤクザの悪事を手伝わされていた。そんな2人が出会う。
恭一(きょういち)と行動を共にすることになった圭子(けいこ)の考え方は、恭一の考え方に間近で触れるうちに少しずつ変化していく。
自分の考えに自信が持てないからこそ、周囲の顔色をうかがって行動を選択し、その結果、誰からも必要とされなくなり、自分の存在価値が信じられなくなる。そんな圭子(けいこ)のような生き方をする人間は、自分の能力を知ってしまった20代中盤から後半の女性には意外と多く存在するのかもしれない。男女平等が叫ばれながらも、未だ、女性は男ほど簡単に一人で生きる決心などできないのだから、それも仕方がないことなのかもしれない。
自分に自信がなく、一人で生きていくことができないと思うからこそ、必死で相手のために尽くして見捨てられないようにする圭子(けいこ)の行動は痛々しくさえある。それでも、内なる変化を気づいたときに、圭子(けいこ)がかみ締める言葉の数々が妙に心に残る。

弱いのは恥じゃない。恐がって逃げることこそ、みっともない。
被害者面のままうずくまっているのは、気持ちがいいし、簡単だ。あたしは悪くない。運が悪かったのだ。取り巻きも悪かったのだ──そう思っているだけでいい。楽なやり方だ。でも、卑怯だ。

この言葉を聞かせてあげたい人が僕の交友関係のなかにも何人か思い浮かぶ、きっと世の中にはもっと多くの割合で存在する自分に自信が持てない人たち。そんなひとたちこそこの本を読めば何かがかわるかもしれない。もちろん僕自身にとってもいつまでも記憶に残しておきたい言葉である。
相変わらずの読みやすさとスピード感。そして、心に染み入るエピソードや台詞の数々。今や垣根涼介は大好きな作家の一人である。


参考サイト
犯罪人引渡し条約

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