「踏切の幽霊」高野和明

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
心霊現象の記事を書くこととなった、松田法夫(まつだのりお)は、列車の緊急停止が多い都内のある踏切を取材することとなり、過去に起こった殺人事件に行き着く。

踏切で女性を目撃したという心霊現象を取材するうちに、数年前に起こった殺人事件に行き着く。被害者の女性の姿が心霊現象として現れる女性と酷似していることから、心霊現象と並行して、事件について調べるのである。やがて本名も家族もわからなかった女性の人生が浮かび上がってくる。

ホラーの要素と生々しい殺人事件、そして孤独な女性の人生までを描いた作品である。心霊現象や事件とは別に、それを松田法夫(まつだのりお)自身の人生も厚みを持って描かれる。

元々は全国紙の社会部の記者でありながらも、現在は女性誌の取材を務める松田(まつだ)は、40代で妻を失ったため、その限られた妻との人生を思い返し悔やむ点が印象的である。

どうして妻を、もっといい家に住まわせてやらなかったんだろうと。妻の人生は、たった四十七年しかなかったというのに。
仕事熱心な夫。疑いも諍いもない、心安らぐ過程。窓からのそよ風に気持ちが和む毎日。その方が浮かべていらっしゃるのは、そんな笑顔です。

松田(まつだ)は、取材を重ねる中で不思議な現象の助けも借りて。名前も知られず孤独に亡くなった女性の人生を解き明かす過程で、自分自身の人生とも向き合っていくのである。

ホラーというのが、著者高野和明のこれまでの作品になかったので、どのような作品なのか楽しみだったが、読んでみると、しっかりとした下調べと人間への優しを感じられる高野和明らしい作品である。

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「マーガレット・サッチャー 政治を変えた「鉄の女」」冨田浩司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
イギリスの政治家サッチャー時代について描く。

先日読んだ「シャギー・ベイン」がサッチャー政権時代の物語だったことで、当時のイギリスの様子や当時の政治の様子を知りたくて本書にたどり着いた。

本書ではサッチャーが首相になる経緯から、その政権において取り組んだこと、そして退任までを順を追って説明している。

印象的だったのはフォークランド戦争である。サッカーW杯などでイングランドとアルゼンチンが対決する際必ず持ち上がる出来事であるが、どのような経緯で発生したことなのかは知らなかった。本書を読んで、フォークランド戦争のアルゼンチン側の思惑や、イギリス側の民意などを理解すると、日本と韓国の間の竹島問題やロシアとの北方領土問題でも似たようなことは起こりうると感じた。

サッチャーという人物については、思っていた以上に感情的に物事に取り組んだ人物だという印象が強くなった。そんなサッチャーの政治家らしからぬ人間性が、当時の行き詰まっていたイギリスの政治に良い方向に作用したのだろう。

外交の専門家は、本能的に外交というものを、異なる主張についてどこかで折り合いをみつけるプロセスだと考えがちである。…サッチャーの交渉スタイルはこのような外交専門家の「職業病」とは無縁で、…いわば「玉砕型」と呼べるものであった。

また、サッチャーを含む当時の政治家たちの駆け引きや政策を知るにつれて、政治という仕事においても新たな視点をもたらしてくれた。

政治指導者には、時として、政策的には正しくても、政治的に機能しない選択肢を捨て、政策的には不十分でも、政治的に実現可能な選択肢を選ぶ懐の深さが求められる。

これまで政治家の本はバラック・オバマやジョージ・W・ブッシュなどアメリカ大統領に関するものしか読んだことがなかったが、他の政治家の考え方にも触れてみたいと思った。

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「リボルバー」原田マハ


オススメ度 ★★★★☆ 4/5
パリのオークション会社に拳銃が持ち込まれた。それはゴッホを撃った拳銃だという。高遠冴(たかとおさえ)は真実の裏付け調査を始める。

高遠冴(たかとおさえ)は会社の上司、仲間と共に、拳銃を持ち込んだサラという女性に拳銃が委ねられた経緯からゴーギャンの家系にそのヒントがあると考え、家族や愛人などの関係者を調べていく。その過程でゴーギャンの生き方や当時の感情に少しずつ触れることとなる。

そんな調査の中で高遠冴(たかとおさえ)はゴーギャンのさまざまな感情を想像しながらその思考に近づこうとする。ゴッホの絵が大きく進歩していくのを目にして、焦りや羨望を感じるあたりは、何かに秀でた人間を目の当たりにした時に誰もが覚えのある感情だろう。

遅くに画家を志したという点では似ていながらも、2人はかなり異なる人生を送ってきた。ゴーギャンは結婚して妻子がある一方、ゴッホは弟のテオをのぞけばほとんど孤独の身なのである。家族との関係も含めて二人の人生を想像することで真実に迫ろうとする。

ゴッホは家庭を築くことはできなかったが、弟テオとその妻ヨーの不屈の情熱に支えられて世に出た。一方ゴーギャンは家庭を築き、五人もの子供を授かっていたにもかかわらず、彼のために親身になって尽くしてくれる身内は存在しなかった。

ゴッホとゴーギャンという二人の画家が一時期一緒に過ごしたことは有名だが、そんな2人の関係に新たな視点を与えてくれる。そして、そんな新たな視点を持つことで改めて、それぞれの絵画を見直したくさせてくれる。ゴッホの「ひまわり」だけでなく、ゴーギャンの「マンゴーを持つ女」「かぐわしき大地」「死霊が見ている」「マリア礼賛」など、本書で触れられているさまざまな絵画を改めてじっくり鑑賞したいと思った。

ゴッホが自殺したというのが通説だが、それ自体も実は噂の域を出ないことを知った。いつものように著者原田マハはその経歴ゆえに絵画が絡むと見事にその知識を発揮するが、本作もこれまでの作品と同様に絵画と画家の人生を見事に物語に落とし込んでいる。

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「Mourinho ジョゼ・モウリーニョ自伝」ジョゼ・モウリーニョ

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
ヨーロッパの強豪チームでサッカーの監督を勤めるジョゼ・モウリーニョにの自伝である。写真と短い文章でその人生を語る。

「自伝」というタイトルになっているが、どちらかというと写真集に近い印象である。ポルト、チェルシー、インテル時代のモウリーニョの動向は、世界のサッカーの動向をよく見ていたので強烈に覚えているが、その後の成績などはあまり知らなかったのでそれ以降の経歴が新鮮だった。

本書を読むにあたってもっとも知りたいと思ったのは、その一見高慢とも思える態度にもかかわらず、どのように選手たちの心を掌握して勝利という結果に結びつけるかという点である。しかし、案の定、なかなか本という媒体から伝わってくるものではない。それでも、選手たちと良い関係が築けていることや、モウリーニョ自信が常に挑戦を求めて一箇所に止まらない生き方をしていることは十分に伝わってくる。

改めてモウリーニョのように強い情熱を持って、大きな責任のもとで仕事をしながら人生を送れることを羨ましく感じ、大きな刺激をもらった。

冒頭でも「短い言葉と鮮やかなで伝えたい」と書いてはあるもの、「自伝」というタイトルに惹かれて、期待感を持って読み始めると、物足りなさを感じるかもしれない。

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「ピエタ」大島真寿美

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
18世紀のヴェネチア、孤児たちを引き取って育てていたピエタ慈善院を描く。

ピエタとは、現在でいう赤ちゃんポストであり捨てられた子供たちが、職業訓練をして過ごす場所だという。本書はそのなかでも、合奏・合唱の才能を伸ばした女性たちと、作曲家ヴィヴァルディの関わりを中心とした物語である。

語り手となるエミーリアはピエタのなかで人生を生きた一人の女性であるが、そのほかにもピエタに関わるさまざまな人物が描かれ、いろんな人間の生き方があることが伝わってくる。貴族に生まれピエタで共に音楽を学んだヴェロニカ、ピエタで音楽の才能を開花させたアンナ・マリーニ、音楽の才能を開花できずに薬剤師として独立したジーナなど、どの人生にも200年という時を隔てているにもかかわらず、現代に通ずる人生の厚みが感じられる。

大きく展開する物語ではないが、18世紀のヴェネチアという遠い地の遠い昔に生きた人々の人生がしっかり伝わってくる作品で、ヴェネチアという国や当時の音楽に対する考え方に興味を抱かせてくれた。

読み終わってから、ピエタの存在をあらためて調べてみると、かなり史実に近いことに驚かされた。ヴィヴァルディについては「四季」という曲名についてしか知らなかったが、ヴェネチア出身でかつピエタ慈善院に大きく関わっていたというのは本書を通じて初めて知ることとなった。

著者大島真寿美氏は「」で、浄瑠璃の世界を描いたことが印象に残っており、温かい人物描写、さまざまな立場の人物を良い面と悪い面の両面だけでなく、生きがいや悩みまで描くというのはどの作品にも共通しているようだ。他にも異国の地、遠い過去を身近に感じさせてくれる作品がありそうである。今後も大島真寿美氏の作品は読み続けていきたいと思った。

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「Shuggie Bain」 Douglas Stuart

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2020年ブッカー賞受賞作品。1980年代にスコットランドのグラスゴーで家族と生活する少年Shuggie Bainを描く。

舞台は1980年代のサッチャー政権時代である。そんななか少年Shuggieは母Agnesとタクシーの運転手であるShug、姉のChatherineと兄のLeekと祖父母の狭いアパートで生活していた。やがて父親代わりだったShugが家を出たことで、Agnesはアルコールへと逃避していく。

生活保護に頼って公団住宅で貧しい生活を送る中、Shuggieや兄のLeekはAgnesに養われる側から、Agnesの面倒を見る側へと家のなかでの立場が変化していく。そして、そんななかShuggieは自分がどうやら周囲の少年たちとは異なることにも気づいていくのである。

家庭の都合から学校に行くこともできず、行っても自身の性格から周囲に溶け込むことができない、そんなShuggieが成長していく様子を描く。姉のCatherineは早々に母のAgnesを諦め、結婚して遠方へと生活の拠点を移し家に戻る機会が減っていく。思春期の兄もまた、少しずつ自分の居場所を定めていく。そんななか母が大好きなShuggieは一人母を気にかけて生きていく。ただのアルコール依存症であるだけでなく、プライドが高くと子供たちを守るという優しさをを見せてくれるから、Shuggieは母を捨られないのである。

並行して当時の経済や生活の様子に触れられる点も新鮮である。炭鉱が閉鎖して多くの炭鉱労働者が失業し、タクシーの運転手などで急場を凌ぐ様子が描かれている。日本でも一部観光地になっているが、炭鉱という古い産業が何故栄え衰退していったのか、そんななかサッチャーなどの当時の政治家はどんなことを考えどんなことに取り組んだのかに興味を持った。

終盤は頼れるのは兄LeekだけになったShuggieが、母を救いたい思いと、自分の人生の間で揺れ動く様子が描かれる。Shuggieを気にかける兄Leekの言葉にも同じ道を通った人間としての言葉の重みを感じる。

Don't make the same mistake as me. She's never going to get better. When the time is right you have to leave. The only think you can save yourself.
俺と同じ過ちをするなよ。ママは決して良くならないよ。時期が来たら家を出るんだ。それが自分を救う唯一の方法だ。

小学生の少年Shuggieが背負った過酷な人生に涙が溢れてきた。

英語慣用句
if he / she is a day, 少なくとも…(〜歳である)
give a belt たたく、ぶつ、殴る
milksop いくじなし、決断力のない、臆病者
get one's knickers in a knot 小さなことでビクビクする
get one's goat イライラさせる、怒らせる
not know one from Adam その人のことを認識しない
leave 〜 to chance 〜を成り行きに任せる
brass neck 自信がある、堂々としている

和訳版はこちら

「子どものやる気を引き出す7つのしつもん」藤代圭一

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
さまざまなスポーツでメンタルコーチをつとめる著者が、子供に対しての質問の考えを語る。

本書は子供に対しての質問というテーマで書かれているが、次の例のように、大人同士のコミュニケーションでも意識すべきことばかりである。

  • 答えは全て正解
  • わからないも正解
  • 他の人の答えを受け止める

面白いと思ったのは筆者は「受け止める」と「受け入れる」を次のように定義していることである。

「受け入れる」は、自分の考えと異なる意見でも、心の中に入れて、同意することです。「受け止める」は、相手の価値観や意見を理解することです。

個人的には「受け止める」も「受け入れる」も相手の考えを理解することで同意することではないという認識なので、
(同意するかどうかは「同意する」という言葉を別に使うしかない)。

結局、本書の要点は次の5つの質問に集約されるだろう。

  • どうたった?
  • 自分に点数をつけるとしたら難点だと思う?
  • どうしてそう思うの?
  • うまくいったことはなにがあった
  • どうすれば、もっと良くなると思う?

全体的な考え方には同意できるが、上にも書いたように、子供との会話においてだけ適応する内容ではない。職場環境においても、部下に自主性を持たせたりやる気を出させたりする上司は実践していることある。そう考えると、どちらかというとそのような社会経験がない親が読めば学びはあるかもしれない。誰でも知っているようなクイズや逸話を挟んでページ数を必要以上に増やしているのは残念である。

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「シューマンの指」奥泉光

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
指を失ったはずの天才ピアニスト永嶺修人(ながみねまさと)がピアノの演奏を再開したという。彼は確かに指を失ったはずなのに。里橋優(さとはしゆう)は封印していた記憶を辿り始め再び音楽に向き合う決心をする。

物語はミステリーの様相を呈しているが、音楽に傾倒する里橋優(さとはしゆう)と永嶺修人(ながみねまさと)の様子を描いているので、そのなかでシューマンの音楽についての議論が多く展開される。正直、音楽を本格的にやってない人間にとってはほとんど意味がわからないだろう。ただ、音楽は追求すれば奥の深いものだと言うことだけが伝わってくる。

シューマンという作曲家は名前しか知らないが指が不自由だと言うことを本書を読んで初めて知った。

ミステリーとしては一般的な範囲のものだろう。そこで展開される音楽論を好意的に受けるとかどうかで読者の受け取り方はかなり変わるだろう。個人的には、音楽論はほとんど理解できなかったが、それでもここまで音楽を論じることができたら楽しいだろうと感じた。

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「Mala Reputación」Osiris M. Villalaz De La Cruz

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
同性愛者であることを明らかにして以来、両親や兄弟と多くの諍いや辛い思い出を抱えるLucianaは、ある日、Elenaという女性と出会い再び恋をする。

LucianaがElenaと出会い少しずつ心を開いていく様子と。Lucianaに対して多くの悪い噂があり、そのことに躊躇しながらもElenaもLucianaに近づいていく様子が描かれる。

最初は女性同士の会話が多く退屈で、人間関係も兄弟が多かったり過去の恋人が多く一気に登場してきたりと、かなり状況を理解するのに時間がかかった。しかし少しずつLucianaの過去や家族とのこと、過去の恋人のCamillaやRebeccaとの関係が明らかになっていくなかで、同性愛者に対する世間の目の厳しさと、Lucianaの強い生き方が明らかになっていく。

正直あまり期待していなかったが楽しめた。物語後半に進むに従って、家族の中でLucianaが自らの地位を取り戻していく様子は爽快だった。

スペイン語慣用句
entre la espada y la pared 窮地に陥っている
guardar las apariencias 体裁を守る

「One Last Kill」Robert Dugoni

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
過去の未解決事件を担当するTracyは、30年前の連続殺人事件Seattle’s Route 99 serial killerを捜査するよう指示される。

Tracy Crosswhiteのシリーズの第10弾である。Seattle’s Route 99 serial killerは、上司Johnny Nolascoが担当していた事件だったことから、Tracyの人手が欲しいという依頼に応える形で、Nolascoが協力することとなる。

これまでTracyと犬猿の仲だったNolascoが事件解決のために少しずつ心をお互いに心を開いていく。またその過程で30年前の事件発生当時に捜査本部を指揮していたNolasco苦悩が明らかになっていく。

これまでのシリーズでは、理解力のない女性差別主義者としてしか描かれていなかったNolascoであるが、本書では過去の事件により、順風満帆なキャリアから外れて家庭まで崩壊していく様子を描いている点が新鮮である。

前回に引き続き、予算獲得のためにメディア露出を狙うWeberと事件解決を優先するTracyのやりとりも各所に見られる。過去に解体された麻薬取締のための組織Last Lineの応酬した麻薬を警察関係者が横領していたことを未だ明らかにできないことなど、前作に繋がっている部分が多い。

シリーズを途中から読むなら本書ではなく一つ前の「What She Found」から読むのが良いだろう。

英語慣用句
have the upper hand 優位に立つ、優勢になる
drop a gauntlet 宣戦布告する
get under one's skin 〜の気に触ることをする
save your breath 余計なことを言わないでおく
under the gun プレッシャーにさらされている
hit the fan 突然困った事態になる
have a shit fit 怒りを爆発させる
yank one's chain からかう
get ducks in a row タスクを整理する
face the music 立ちむかう
hindsight is twenty-twenty 振り返って考えればなんとでも言える(振り返った時の視力は2.0)
get someone's goat 怒らせる
pound sand 意味のないことをする
put soneone on a pedestal 尊敬する

「Dime quién soy」Julia Navarro


オススメ度 ★★★★☆ 4/5
失業中の新聞記者のGuillermo Albiは叔母からの依頼により、息子を捨てて家を出たとして、家族の中で誰も多くを語ろうとしない祖父母Amelia Garayoaの人生を調べることとなる。

Guillermo AlbiはAmeliaの消息を追って、スペイン、アルゼンチン、イギリス、ロシア、イタリアなど各地を飛び回る。そして、少しずつその人生が浮かび上がってくる。裕福な家に生まれて、父親の知り合いの息子と結婚したにも関わらず、恋をして息子を捨て家を出て革命へと関わっていく。

第二次世界大戦から、ベルリンの壁の崩壊まで動乱の時代を自らの正義のために生きていた女性の姿が、スペインや各国の歴史とともに描かれる。第二次世界大戦中の物語は、日本目線もしくはアメリカ目線で触れることが多く、本書のようにスペイン人から見た第二次世界大戦の物語は初めてだったので新鮮だった。フランコの独裁政権のもとで、近い考えを持つドイツのヒトラーが台頭していく中、どのように行動すべきか悩み、分裂していくスペインの人々の動きが興味深い。

そんな動乱のスペインの中でGuillermo Albiの取材により、若く美しい世間知らずな女性だったAmeliaが、自らの信念のために自らの美しさを利用して祖国のために勇敢に戦う女性に変貌していく様子を描いていく。

最初はスペイン語で1,000ページ越えということで躊躇したが、退屈な部分はほとんどなく、全体的に読みやすく物語としても十分楽しませてもらった。

「カスタマーサクセスとは何か 日本企業にこそ必要な「これからの顧客との付き合い方」」弘子ラザヴィ

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
カスタマーサクセスについて説明する。

序盤は、なぜ今カスタマーサクセスが重要なのかを、リテンションモデルへのシフトを中心に解説している。従来のモデルを「モノ売り切りモデル」として、リテンションモデルへのシフトは不可避だとしており、ゆえにカスタマーサクセスが重要なのだと説明している。

本書はではリテンションモデルの重要性が増している背景を次の4つの点で説明している。

1.世の中の値付け標準が成果ベースへシフト
2.経済取引の選択権が利用者へシフト
3.競合プロダクトの価値が「中毒になるレベル」へシフト
4.競合のゴールがカスタマーのライフタイムバリューの最大化へシフト

カスタマーサクセスの手法や考え方よりも、リテンションモデルモノ売り切りモデルの違いと、そのシフトの背景にある、技術や消費者の考え方の変化の説明が興味深かった。どれも自分の持っている体感と一致しており、この知識を未来を想像するのに役立てたいと感じた。

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「おいしいごはんが食べられますように」高瀬準子


オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第167回芥川賞受賞作品。支店の人間模様を描く。

埼玉の支店に勤める入社7年目の男性二谷(にたに)さん、入社6年目の女性芦川(あしがわ)さん、5年目の女性押尾さんを中心に、支店の様子を、二谷(にたに)さんと押尾(おしお)さんの目線で交互に描いていく。

みんなに愛される芦川(あしがわ)さんは、料理が得意であることを活かして、ケーキなどを職場に持ってきて配る。一方で、高校時代にチアリーディングをやっていた押尾(おしお)さんは、芦川(あしがわ)さんのそんな弱さや、みんなから大事にされることが気に入らない。また、食にそれほど興味がなく、カップラーメンを好む男性二谷(にたに)さんは、芦川(あしがわ)さんと恋愛関係にありながらも押尾(おしお)さんに理解を示す。

ごはん面倒くさいって言うと、なんか幼稚だと思われているような気がしない?おいしいって言ってなんでも食べる人の方が、大人として、人間として成熟してるって見なされるように思う
勘弁してよ。他店で、ものもらいができたくらいで休むなって怒鳴った方が飛ばされたって話、聞いたことあるでしょ

大きい会社の支店というだけに、表面的な礼儀正しさを重んじながらも、不快感が蓄積していく様子が見えてくる。若干極端に表現されてはいるけれども、似たような感情に覚えがある人は多いのではないだろうか。

芥川賞が新人向けの賞であることからか、比較的あっさりした内容の作品が多い印象がある。しかし、本書はいままで描かれなかった、好意を鬱陶しいと感じる人間の嫌な部分を描いており、後味の良し悪しはともかく新鮮に感じた。著者の今後の活躍が楽しみである。

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「同志少女よ、敵を撃て」逢坂冬馬

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2022年本屋大賞受賞作品。第二次世界大戦中のドイツの侵攻によって故郷を失ったセラフィマはロシアの女性狙撃手としての訓練を受けることなる。

進行してきたドイツ軍に村を焼き払われたセラフィマが、女性狙撃手の英雄リュドミラ・パヴリチェンコと共の同志であるイリーナに拾われ、狙撃兵となる訓練受けることとなる。そんなセラフィマの狙撃手としての訓練の様子と、戦場で仲間と共に狙撃兵として成長していく様子を描く。

コサックのオリガや貴族を嫌悪するシャルロッタなど、さまざま背景や歴史から集まった仲間たちの多様性も物語を面白くしている。

途中、セラフィマたち女性狙撃手と前線で戦う男性兵士の考え方や性格の違いなどに度々触れていて、同じ村の幼馴染のミハイルと再会するシーンでは、女性であるが故に、戦場で女性に暴行を加える男性兵士に嫌悪感を抱く様子が見てとれる。

同じ年にKate Quinnの「The Diamond Eyes」でもロシアの狙撃手を扱っており、かなり内容が重なっている。おそらく「The Diamond Eyes」を読んでいなかったら、もっと本書の新鮮さを感じられたことだろう。「The Diamond Eyes」の主人公で実在した人物であるリュドミラ・パヴリチェンコは本書でも登場しているので、引き続きロシアの狙撃手の物語にさらに触れたい人は「The Diamond Eyes」を読むのもいいだろう。

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「アジャイル開発とスクラム 第2版 顧客・技術・経営をつなぐ協調的ソフトウェア開発マネジメント」平鍋健児、野中郁次郎、及部敬雄

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
アジャイルとスクラムについての基本と現状を多くの例を踏まえて説明する。

序盤はよくあるスクラム関連書籍のように、アジャイルとスクラムの説明から始まる。

大部分が一度は耳にしたことのある内容だったが、改めてその意味を復習する機会となった。そんななか次回これをやってみたいと思ったのは次の二つである。

大きな収穫としては、本書を読むまで2020年のスクラムガイドの改訂を知らなかった。改訂項目を見るとスクラムの陥りがちな罠が見えてくる。本書では次の3つに触れている。

  • インセプションデッキ
  • やらないことリスト

1.スクラムが形式的、儀式的になってしまっている
2.プロダクトオーナー vs 開発チームの構図に陥ってしまっている
3.スクラムマスターがスクラム警察もしくは雑用係になってしまっている

2020年の改訂だけでなく、2017年の改訂についても理解してその傾向を理解して実践へ反映していきたい。

また、スクラムでは常に発生する悩みであるが、どうしても複数のプロジェクトが同時に進んでいたり、チームメイトが複数のプロジェクトをまたがって担当している場合にうまくいかない場面が出てくる。しかし、本書ではスクラムをスケールさせるいくつかの考え方にも触れている。

  • Less
  • Nexus
  • SAFe
  • Scrum@Scale
  • Disciplined Agile

本書の触れ方だと詳細の考え方がわからないので、追って深掘りしてみたい。

後半では、いくつかの日本の大手企業のスクラム導入の様子やインタビューを掲載している。これまで触れてきたスクラムやアジャイル関連の書籍はどれも海外の著書で、そのため、例も海外のものが多かった。本書は日本の企業がスクラムを導入例に数多く触れている点が新鮮である。

スクラムやアジャイルに対してまた新たな気づきを与えてくれた。

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「闇祓」辻村深月

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
澪(みお)の通う高校に、白石要(しらいしかなめ)が転校してくる。澪(みお)は要(かなめ)の澪(みお)に対する行動に悩む中で、陸上部の憧れの存在である神原(かんばら)先輩と近づいていく。

高校生の澪(みお)の物語をはじめとする5つの物語である。いずれの物語もその登場人物たちは、人の嫉妬などの負の感情や悪意に悩まされ、それが周囲に伝染し、不幸の連鎖が起こる様子が描かれる。

序盤から負の言動の描写が、著者辻村深月らしく秀逸で、どんな行動も攻撃しようと思えば攻撃できると感じた。

薄い感謝なんかじゃありませんて、どうしてすぐに言わなかったの?
部活休ませてごめんって謝るのも、謝るから許してくださいって考えで言っているとすれば、こちらは許すしかなくなります。謝ることが他者への圧力や暴力になることをわかったうえで言葉を選ぶのは優しさではなく、ずるさです。

5つの物語で描かれる負の感情の多くは、どれも社会で生活している人には身に覚えのあるものである。自分を不幸にするだけではなく、周囲の人間の気分や人生まで狂わせかねない負の感情を、何のために発するか。論理的に考えて誰の利益にもならない言動にもかかわらず、そんな負の感情は社会からは消えないどころか、常に強く渦巻いているのである。本書では比較的わかりやすい完結に向かうが、世の中の負の感情を風刺してているようにも感じた。

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「ゆえに、警官は見護る」日明恩

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
都内で自動車のタイヤの中で死体を焼く事件が連続して起こる。新宿署の留置管理課の武本(たけもと)と、警視庁の潮崎(しおざき)警視はそれぞれの立場から事件解決に関わる。

それでも、警官は微笑う」に始まるシリーズ第四弾である。今回は潮崎警視と武本の直接の絡みは少ない。連続殺人事件の捜査本部に潮崎警視が参加し、その捜査本部のできた新宿署の留置管理課に武本が勤務しており、そのわずかな接点が物語解決の糸口となっていくのである。

潮崎警視の監視役として抜擢された、正木星里花(まさきせりか)巡査と同じく監視役として選ばれた宇佐見(うさみ)巡査部長の存在が物語を面白くしている。警察という指揮系統を重んじる組織の中で自由に行動する潮崎と宇佐見(うさみ)の言動に振り回され辟易しながらも、正義感と事件解決に貢献したいという情熱を持って行動する様子が面白い。

また、武本が終始、留置管理課勤務ということから、留置場の勤務の様子や規則が描かれる。自殺防止の観点から、ふとんのかけかたや使うボールペンまで決められているというのは本書を読んで初めて知った。

潮崎(しおざき)、正木(まさき)、宇佐見(うさみ)が、監視カメラのチェックという退屈な作業に取り組む中で少しずつ真相に近づいていく。そしてその過程で3人の間で繰り返し様々な様々な会話がされる。それぞれの異なる視点からの警察や事件や人生に対する意見が興味深い。もっとも印象的だったのは、潮崎と宇佐見(うさみ)の言葉である。

「武本先輩も宇佐見くんと同じで、物差しが一つなんです。だからぶれない。まあ、二人とも、さぞかし生きづらいなだろうと思いますが」
「同じ物なのに、そのつど違う物差しで測っていたら、正確な長さがわかるはずもない。」

今回も自由な潮崎の自由な発想と、武本(たけもと)の職務に実直な姿勢が詰まっていて、改めてぶれない生き方の格好よさを感じさせてくれる。

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「すべては「前向き質問」でうまくいく」マリリーG・アダムス

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
クエスチョンシンキングという考え方について、仕事に行き詰まったベンの体験を元に説明する。

会社を辞めようと思っていたベンは上司のアレクサの助言で、クエスチョンシンキングのコーチであるジョセフと出会う。ジョセフとの会話のなかで少しずつベンがクエスチョンシンキングを理解する様子が描かれる。

クエスチョンシンキングでは「批判する人」と「学ぶ人」の2つに分けていて、批判する人の典型的な問いかけを次のように挙げている。

  • だれのせいだろう?
  • 私のなにがいけないのだろう?
  • どうしてこんなに失敗ばかりするのだろう?
  • どうして負けてしまうのだろう?
  • どうすれば自分が正しいと証明できるだろう?
  • どうすれば主導権を握れるだろう?
  • どうして彼らはあんなん無知で人をいらいらさせるのだろう?
  • どうしてこんな最悪のチームから逃れられないのだろう?
  • どうしてくよくよするのだろう?

それに対して、「学ぶ人」の問いかけは次の12の質問である。

  • 私はなにを望んでいるのだろう?
  • 私はどんな選択ができるのだろう?
  • 私はどんな思い込みをしているのだろう?
  • 私はなにに対して責任をもてばいい?
  • ほかにどんな考え方ができるだろう?
  • 相手はなにを考え、なにを感じ、なにを必要とし、なにを望んでいるのだろう?
  • 私はなにを見落としているのか、あるいは避けているのだろう?
  • 私はこの人(状況、失敗、成功)からなにを学べるだろう?
  • (私自身に・相手に)どんな質問をすればいい?
  • どんな行動をとることがもっとも論理歴だろうか?
  • これをどうすればWin-Winに変えられるだろうか?
  • なにが可能だろうか?

物語視点で伝えてくれるのでわかりやすい。また人間なら「批判する人」に陥ってしまうのは自然なのことだと言っている点も面白い。重要なのは「批判のする人」になっていることに気づくことで、気づくことさえできれば「学ぶ人」になることは難しくないという。

内容自体は、選択理論7つの習慣の「主体的である」Four AgreementsのDont’t Take Anything Personalとそれほど変わらない。しかし、表現を変えると響き方も変わるもので、2つに分けるというシンプルな構図がわかりやすい。マイナスな方向に向かってしまう人にはこんな説明の仕方もいいな、と感じた。

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「Moonflower Murders」Anthony Horowitz

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
Crete島でホテルを経営していたSusan Ryelandの元に夫婦が訪れ、失踪した娘の搜索を依頼する。編集者時代にSusanが担当していた作家Alan Conwayが遺した物語にその真実のヒントが隠されているという。

前作「Magpie Murders」に引き続き、亡くなった悪戯好きの作家Alan Conwayに振り回されるSusanの様子を描いている。8年前に起こったホテルでの殺人事件の後、Alan Conwayはホテルを訪れ、関係者に話を聞いた後「やつらは間違った男を捕まえた」と言っていたという。そして、その後の著作「Atticus Pund Takee the Case」のなかでは、明らかにホテルの従業員をモデルにしたという登場人物が多数登場するのである。そして、今回ホテル経営者の娘Cecilyが「犯人はここに書いてあった」という言葉を遺して失踪したのである。Susanは夫のAndreaとの関係や、Crete島でのホテル営業に疲れたこともあって、巨額の報酬を約束された依頼に飛びつくのである。

今回もSusanの解決するCecilyの失踪事件と、Alan Conway著書のAtticus Pundの事件解決が含まれており2重に物語を楽しめる。さすがに、二作品目となると「Magpie Murder」ほどのインパクトは感じなかったが、このシリーズは毎回この、Susanが亡くなったAlan Conwayの遺した本に振り回されるというスタイルをとっていくのだろうか、と続編の展開が楽しみになった。

「歪んだ波紋」塩田武士

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
報道にかかわる5つの物語。

短編集となっているが、いずれも報道で長く働く人物の視点で描く。5つの物語はいずれも世界としてはつながっており、また登場人物も視点が異なるだけで共通している。新聞や報道番組などの古いメディアが、インターネットの発展に伴い少しずつ存在意義を失いつつあるなか、生き残りをかけようとする様子が見えてくる。そして、そんな生き残りをかけようとするなかで、報道としての視聴率、発行部数、ページビューなどの数字を稼ごうとする人々と、人間としての良心、報道としての社会的存在意義やモラルとの間で揺れ動く人々を描いている。

本書はそんななか虚報と呼ばれるフェイクニュースが大きなてーまとなっていく。本来フェイクニュースと誤った情報を報道する誤報とは分けて考えられるが、話題性や視聴率を求める報道の人間のモラルや考え方によって、その境界に踏み込んでいく様子が描かれ、その一方で、視聴者の側も、物語の信憑性や真実ではなく、表面的な面白さを求めるゆえに、表面的な報道に振り回されるという問題も見えてくる。

最新のニュースに振り回されることの無意味さを改めて感じた。もちろん自分の人生にどれだけ緊急性を伴って影響するかによるが、新しい出来事について知るなら、誇張や虚偽や不確かな情報が混じる最新のニュースよりも、真偽や背景や善悪を考慮してまとめ、責任の所在も明らかな発生から数週間から数ヶ月後の書籍に触れるのが一番なのではないかと感じた。改めて報道の存在意義、そしてそれに触れる一般の視聴者としての姿勢を考えさせられる一冊である。

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