「それでも、警官は微笑う」日明恵

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第25回メフィスト賞受賞作品。
刑事の武本(たけもと)と麻薬取締官の宮田(みやた)は違う組織に所属しながらも一人の麻薬常習犯の起こした事件で遭遇し、事件の全貌を追求するために協力しあうことになる。
物語の目線の大部分は刑事である武本に置かれている。武本は強い正義感と曲げることのない信念を持った、どちらかというと頑固で融通の利かない古い刑事という描かれ方をする。彼のモットーとしている父親の台詞が印象的だ。

「石橋を叩いて渡る」ということわざがある。しかし、ただ叩くだけでなく爆薬まで使って橋を試し、結果自ら叩き壊してしまう奴もいる。そして、「やっぱり壊れた」と、橋を渡らなかった自分の賢さに満足する。それは俺から見れば、ただの臆病者だ。

そして武本だけではどうしても事件の謎解きだけに焦点があたってしまっただろう警察内部の登場人物に、潮崎(しおざき)という、これまた個性的な人間をペアとして組ませることで、本作品の大きな魅力の一つとなっている。
潮崎(しおざき)はその由緒ある家系のせいで、警察上層部さえも扱いに困る存在。しかしそれゆえに本人は自分の実力を正当に評価されないという悩みにぶつかる。家系に恵まれているからこそ陥る葛藤。「シリウスの道」の新入社員、戸塚英明(とつかひであき)を思い出してしまったのは僕だけだろうか。悪い環境に悩む人間もいれば、いい環境に悩む人間もまた存在するのである。
物語は序盤から宮田ら麻薬取締官と武本ら警察官がたびたび衝突し、ここでも警察の高慢さや柔軟性の乏しさが言及される。

お前らポリ公は、専門性なんて言い方をすりゃぁ格好もつくだろうが、実際はただの融通の利かない分業制だ。しかも内部で妙な権力闘争や意地の張り合いがある。そうして捕まえられるものすら、取り逃がしちまう。

正義を全うするという共通の目的を持ちながらも、その方法も権力の範囲も異なる麻薬取締官と警察。少しずつお互いを理解し認めていくその過程をリアルに描くからこそ、現実の問題点が浮き彫りになるのだろう。

この情に厚く職務に誠実な男は、誠実であるがために、どれだけ辛く悔しい思いをしてきたのだろうか。しかもそうさせたのは他ならぬ警察、自分たちなのだ。

さらに、個人的に印象に残っているのは、潮崎(しおざき)が情報を得るために行った掲示板への書き込みが、特定の個人への攻撃へと発展し、潮崎(しおざき)がきっかけを作った自分の行動を悔やむシーンである。

自分を正義だとでも思っているんですかね。見当違いも甚だしい。正義を語って自分の悪意を正当化しているだけなんだ。なのに…僕という人間は…悪意の行方がどこに行き着くのか、すでに知っていたのに。…

深い。物語に取り入れられているすべてが深くしっかり描かれている。本作品だけでなく「鎮火報」についても同様だが、僕にとって魅力的な物語を創るために必要な、人の心に対する深い洞察力と、現実に起こっている問題を読者に伝える優れた表現力。日明恵という作者にはその2つの能力がしっかり備わっていると感じた。またすべての作品を読まなければならない作家が増えてしまったようだ。


警察法六十三条
警察官は、上官の指揮監督を受け、警察の事務を執行する。(警察法
参考サイト
Wikipedia「動物の愛護および管理に関する法律」
Wikipadia「保税施設」

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