「クーデター」楡周平

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
日本海の北朝鮮領海付近でロシア船が爆発炎上したのとときを同じくして、正体不明の武装集団が能登で警察車両を銃撃した。戦場カメラマンの雅彦(まさひこ)とその恋人でジャーナリストの由紀は、真実を知るため、そしてそれを伝えるために現場へ急行する。
まず最初に思ったのは、これは過去読んだ楡周平作品とはやや異なるということである。たとえば「フェイク」「再生巨流」などは、会話が多く、とにかく読みやすく、それによって物語の中に一気に引き込まれる作品であったのだが、本作品の序盤には、ややじれったささえ感じるほどに、兵器などの緻密な描写が続き、さらに視点も多くの登場人物の間で移り変わっていた。しかし、逆にそれが、全体的にこれから何かが起こるという不穏な空気を感じさせていったのだと思う。(もちろんそれは「クーデター」ということはタイトルからも想像がつくのだが。)。
序盤は潜水艦が登場することもあって、そのめまぐるしく変わる視点や自らの死を察する瞬間の兵士たちの描写は福井晴敏の「終戦のローレライ」を思い起こさせる。そしてテーマに関しても平和な国で生きているがゆえに、自分の身を守ることに危機管理能力のない人々として日本人は描かれていて、これまた福井晴敏の「亡国のイージス」を連想してしまった。
また、メディアが人々に与える影響の大きさや、伝えるべきことと、視聴者が求めるもののギャップ。メディアも視聴率あってのものだけに、抱く現場の人間達の葛藤。このあたりは真山仁の「虚像の砦」や、野沢尚の「破線のマリス」「砦なき者」などと通じるものがある。
そして楡周平は、クーデターを物語の中とはいえ起こすことで、現在の自衛隊の無能さ、そして自衛隊を役に立たないものとした、政治家達の無能さを真実味を帯びた形で読者に見せてくれる。

「それでは突発的な侵略行為があった場合にはどうするのだ。敵が攻めてきてから弾を作り始めたって間に合うわけがないだろうが。一体全体こんな馬鹿げたシステムを作り上げたのはどこのどいつだ!」
(他ならぬお前達政治家じゃないか。)

多くの要素や矛盾、葛藤など、僕が好むあらゆるものが取り入れられている気がするが、残念なのは、最後の結末への流れだろうか。ここまで盛り上げたのだから最後はそれ相応の結末を用意して欲しかったというのが正直な感想である。


略最低低潮面(ほぼさいていていちょうめん)
これより低くはならないと想定されるおよその潮位である。海図に示される水深は、この略最低低潮面を基準面としている。また、領海や排他的経済水域は、潮位が略最低低潮面にあるときの海岸線を基線とする。(Wikipedia「略最低低潮面」
領海
沿岸国の基線(潮位が略最低低潮面であるときに表される海岸線)から最大12海里までの水域。(Wikipedia「領海」
排他的経済水域
国連海洋法条約に基づいて設定される経済的な主権がおよぶ水域のことを指す。沿岸国は国連海洋法条約に基づいた国内法を制定することで自国の沿岸から200海里(約370km<1海里=1852m>)の範囲内の水産資源および鉱物資源などの非生物資源の探査と開発に関する権利を得られる。その代わりに、資源の管理や海洋汚染防止の義務を負う。(Wikipedia「排他的経済水域」
ホーカーシドレーハリアー
イギリスのホーカー・シドレー社が開発した世界初の実用垂直離着陸機。(Wikipedia「ホーカーシドレーハリアー」
プエブロ号事件
1968年にアメリカ合衆国の情報収集艦が朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に拿捕された事件。(Wikipedia「プエブロ号事件」
マーシャラー
空港や軍用飛行場、航空母艦などで両手に持った黄色のパドルまたはライトスティックを使い、着陸した航空機を駐機場(スポット)やハンガーに誘導(マーシャリング、marshalling)する専門職のこと。(Wikipedia「マーシャラー」

【楽天ブックス】「クーデター」