「月の扉」石持浅海

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
柿崎修(かきざきおさむ)、真壁陽介(まかべようすけ)、村上聡美(むらかみさとみ)の3人は、那覇空港で離陸直前の航空機をハイジャックした。沖縄のキャンプ仲間で不思議な力を持ちながら、警察幹部の陰謀によって不当逮捕された石嶺孝志(いしみねたかし)を奪還するためである。
ハイジャックを実行した3人がいずれもどこにでもいるような善良に市民であり、だからこそ殺人や一般市民を脅威に晒すことに対して人並みの罪悪感を抱く。ハイジャックされた航空機の中の描写は、そんな犯人の一人である聡美(さとみ)の視点で展開するからこそ、テロリストのハイジャックを扱ったような良くある作品にはない、この作品独自の面白さが際立つのだろう。
そして、この物語の中で何より魅力的なのは、偶然ハイジャック機に乗り合わせ、重要な役どころを担うことになった若い男性、通称「座間味くん」である。(むしろ彼が主人公のようにも感じる)。もちろん本作品がフィクションであるがゆえに容易に作り出せるキャラクターではあるだろうが、彼のようにどんな状況においても冷静に先入観を持たず、状況に応じて的確な決断が下せるような人間になりたいものだ。
物語は目的を同じくしながらも各々の採る手法の違いから、思わぬ方向へと進んでいく。そんな展開の中で通称「座間味くん」のつぶやいた言葉が印象的である。

思い出してほしい。他人からの悪意に耐えられるということは、他人への悪意を持つことができるということなんだ

また、本作品中ではあまりその人柄の描かれることのなかったカリスマ、石嶺孝志(いしみねたかし)の存在も読者を惹き付ける要素の一つだろう。一緒にいるだけでその人の心を少しずつ変えてしまう人間。そんな人に今まで僕は会ったこともないが、存在を否定するつもりもない。科学では説明できないなにかの力。それはいつだって僕の好奇心を強く刺激するのだ。
今回、石持浅海(いしもちあさみ)の作品に始めて触れた。題材のせいか、著者のポリシーのせいかはわからないが、本作品には、世間の見方を変える様な印象的なエピソードも、新たな物事を知るためのきっかけもほんのわずかしか含まれていなかったが、始めから終わりまで一気に読ませるその展開力は秀逸である。さらなる傑作を期待して、しばらく石持浅海の作品を注目していこうと思った。


泡盛
今から約500年以上前の琉球王国時代から作られている沖縄だけの特産酒のこと。
シェラカップ
キャンプ用品。食べ物にも飲み物にも使用できて軽量カップ代わりのも使えるもの。

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