「龍は眠る」宮部みゆき

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第45回日本推理作家協会賞受賞作品。10年ぶり2回目の読了である。
雑誌記者の高坂昭吾(こうさかしょうご)は、車で東京に向かう途中で、自転車をパンクさせ立ち往生していた高校生の少年、稲村慎司(いなむらしんじ)を拾った。これが高坂(こうさか)と超能力者との出会いであり、不思議な体験の始まりであった。
宮部みゆきの初期の作品には超能力者が多く登場する。「魔術はささやく」「蒲生邸事件」「クロスファイア」などがそれである。超能力者を描いた作品と言えば筒井康隆の七瀬が印象に残っているが、宮部みゆきの描く超能力者の物語もまた例外なく面白い。この物語に登場するのは二人のサイコメトラーである。
稲村慎司(いなむらしんじ)は超能力を持ったからこそ他の人にはできない何かをしなければいけないと考え、さらに優れた超能力を持った織田直也(おだなおや)は超能力を持ってしまったからこそ人生を狂わされ、その力を隠して普通の人間として生きようとする。そんな二人の過去の経験がリアルに描かれているためどちらの考え方にも共感できることだろう。二人の周囲の人間の考え方もまた印象的である。
稲村慎司(いなむらしんじ)の父親は言う。

信じる、信じないの問題ではなのですよ。私と家内にとっては、それがそこにあるんです

織田直也(おだなおや)の友人で幼い頃に声を失った女性は言う。

わたしみたいに、あったはずの能力が消えてしまったからじゃなくて、余計な能力があるから、あの人は苦労しているんです

物語展開の面白さ以外にも随所に宮部みゆきらしい心に突き刺さる表現が見られる。

男でも女でも、傷ついて優しくなるタイプと、残酷になるタイプとがいるそうだ。おまえは前の方だ
信じてやりたい、などと逃げてはいけない。そんなふうに思うのは、彼らに本当に騙されていた場合、自分に言い訳したいからです。それでは駄目だ。信じるか、信じないか、あるいはまったくデータを集めるだけの機械になりきって、すべての予断や感情移入を捨てるか、どれかに徹することです

人間としての心構えまで教えてもらっているようだ。

すぐうしろに立っている主婦が、怪しまれずに姑を殺してしまうにはどうしたらいいかしきりと考えている−−その人たちを追いかけていって、そんな恐ろしいことはやめなさいって言ったところで、どうにもならないでしょ?黙って見過ごすしかなかったんです。それだけだって、死ぬほど辛いことだった

過去アニメやドラマなどで数多くの超能力者が描かれてきた。それらを目にして、誰でも一度は超能力というものに憧れを持ったことだろう。しかし本作品を読めば、それが決して羨ましいものではないことがわかるはずだ。10年ほど前、この作品で宮部みゆきに初めて触れた。今思うと、これが僕を読書の世界へ引き込んだきっかけだったかもしれない。
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