2007年11月アーカイブ

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第18回山本周五郎賞受賞作品。

広告代理店営業部長の佐伯(さえき)は、若年性アルツハイマーと診断された。仕事や日常生活が少しずつ出来なくなって行く中で悩み、生き方や人間関係を考えていく。

昨年やっていた、2時間ドラマの原作だと気づいたのは読み始めてからである。今回は萩原浩という最近よくみる作家の代表作に触れるという意図しかなく、アルツハイマーを扱った作品だと知らなかったので少し後悔した。「世界の中心で愛を叫ぶ」などと同様に、一人の元気だった人間が病気によって次第に衰えていく様子を描く作品は、涙腺を刺激することはあっても内容の濃いものであることは少ない。この作品もまた、人を涙させるためのもっとも安易な手法を採ってしまっただけで、とりててて大きなテーマもない作品ではないか、と。

物語は最初から最後までアルツハイマーに犯された佐伯(さえき)本人の目線で進む。生き方に悩んだり次第に物事を忘れていくことで、数ヵ月後の自分を想像して恐怖する姿は描かれているのだが、その心情描写がリアルだとは残念ながら言い難い。見所はむしろ妻である枝美子(えみこ)の夫を支える姿なのではないだろうか。また、アルツハイマーと診断されてから、佐伯(さえき)は「備忘録」と名付けた日記を書くことを習慣づける。その日記が作品の中の要所要所に登場するのだが、次第に同じことを繰り返し書かれたり、間違った漢字を使い始めたり平仮名が多くなったりする。それによって次第に病状が進行していくことを表現しているのだが、そんな手法も本作品の個性と言える。

記憶が消えても、私が過ごしてきた日々が消えるわけじゃない。私が失った記憶は、私と同じ日々を過ごしてきた人たちの中に残っている。

読み進めるに従い懸念したことが現実となる。徐々に記憶を失っていくその姿は悲しく、アルツハイマーという病気の恐ろしさは伝わってくるが、内容自体にあまり密度を感じない。それでも最後の2ページは著者の思惑通り涙が溢れ出た。このラストシーンを描きたくて著者はこのテーマを選んだのだろう。そう思った。

たたらづくり
板状に伸ばした粘土を型紙に合わせて切り取り、石膏型などにかぶせて成型する陶器の技法の1つ。

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オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
日本海沿岸に建設され、稼動間近となった原子力発電所がテロ集団に占拠された。原発の建設に一役買った日野佑介(ひのゆうすけ)、ジャーナリストの中川仁美(なかがわひとみ)。それぞれが信念に従って奔走する。

「ミッドナイトイーグル」で興味を持った高嶋哲夫作品の、僕にとっては二作目である。タイトルからイメージされるように、テロ集団による下視力発電所の占拠という事件と絡めて、原発の利点とその脅威を訴える物語である。物語は何人かの視点の間を行き来するが、それぞれの原発に対する考え方が異なっていて、そのいずれかが読者の考え方と重なるだろう。原発制御プログラムの開発者である日野佑介(ひのゆうすけ)はもちろん、「原発とは絶対安全なもので過去の原発事故はすべて研究者の怠慢、もしくは犯罪行為によって生じたもの」と考える。

あれは事故ではなく犯罪ですよ。我々をあのレベルで見られてはたまりませんよ。いまロシアでは子供や老人が寒さに震え、工業が崩壊している。それを救うのは原子力しかない。

そして、環境保護団体に所属する中川仁美(なかがわひとみ)は穏健派でありながらも原発反対の意見を口にする。

会社と政府の最終目的はこの巨大プラントを世界に売り出すこと。地球を原発で埋め尽くそうとしているの。コンピュータで管理された絶対に安全な巨大原子力発電所という商品をね。

また、日野(ひの)の娘である由香里(ゆかり)の主張は、深く物事を知りもしないで「私は立派なことを言っている」という気持ちに浸りたがる多くの人間を代表しているようだ。

原子炉や廃棄物から出る放射能で地球は汚染されて、癌がたくさん発生したり、障害児が生まれるんでしょう。いま、地球は死にかけているのよ。ゴルフ場から出る農薬で水は汚染されて、田や池の魚は死んでいるし、チョウチョやトンボも10分の1に減っているの。

どれも一部正しく一部簡単には解決することのない理想論である。物語はそんな原発に対する大きなテーマを抱えたまま、テロ集団と自衛隊との戦闘シーン、そしてその背景にある大きな陰謀へと広がっていく。最後にロシアの科学者のサリウスが語る台詞は決して答えのない先進諸国に対する問いかけで、個人的には本作品で最も印象に残った言葉である。

世界に科学者という愚かな者がいなかったら、人類はもっと幸福になれたのではないか。進歩という名目で、科学者はその知的興味だけを追っていたのではないか。いま、その科学が地球をも破壊しようとしている。

しかし、知識人たちが何を訴えたところで、他国を蹴落とすことばかりを考える国際社会は、両刃の剣を研ぎ続けることを各国の科学者達に強いるのだろう。この流れはきっと、世界が一度滅びない限り変わらないのだ。

本作品で感じたのは、どうやら高嶋哲夫という作者は銃撃戦などの戦闘シーンを好むようだ、ということ。それは映像化にあたっては非常に面白いのかもしれないが、状況を視覚的に訴えにくい小説においてはあまり推奨されるものではないかもしれない。戦闘シーンにページ数を作なら、小説ならではの詳細な心情描写でテーマをもっと深く掘り下げてほしいと感じた。

さて、僕自身は原発に対しては肯定派でも否定派でもない。残念ながら現時点では原発に対する自分の意見を堂々と主張できるほどの知識を持ち合わせていないのである。ただ、何の代替案もしめさずにだた「原発反対」と訴える人々の行動には違和感を感じる。火力発電に頼れば二酸化炭素が排出されるし、水力発電、風力発電に頼れば電気料金は高騰する。結局原発廃絶には電力の消費を抑えるか、高額な電気料金を国民が受け入れるしかないのである。にもかかわらず代替案を提示せずに「原発反対」と訴え続ける市民団体や、安易にそれを支持する人々は浅はかとしか思えない。個人的にも原発の仕組みをもう少ししっかり理解し、その可否に対する考えを時間をとってしっかりまとめておきたいものだ。

こういう風に思ってしまうこと自体、著者の思惑にはまっているのかもしれない。

スーパーフェニックス
フランスの高速増殖炉。本格的に稼働を開始したのは1986年であるが、その後燃料漏れや冷却システムの故障が相次ぎ、1990年7月に一旦稼働を停止した。最終的にフランス政府は1998年2月に閉鎖を正式決定し、同年12月に運転を終了した。(Wikipedia「スーパーフェニックス」

松川事件
1949年に福島県で起こった鉄道のレール外しによる意図的な列車往来妨害事件。

参考サイト
Wikipedia「スリーマイル島原子力発電所事故」
Wikipedia「チェルノブイリ原子力発電所事故」
「もんじゅ」がひらく未来


【楽天ブックス】「スピカ 原発占拠」

オススメ度 ★★★★★ 5/5
辰村祐介(たつむらゆうすけ)が勤める大手広告代理店の京橋第十二営業局に、わけありの18億のコンペの話が舞い込んできた。辰村(たつむら)は部長の立花英子(たちばなえいこ)や新入社員の戸塚英明(とつかひであき)らと共に 案件受注のためにチームを作って年明けのプレゼンの準備に動き出す。

注目度の割りに大した内容でなかった「テロリストのパラソル」によって、少し敬遠していた藤原伊織であるが、先日「てのひらの闇」を読んで少し見方が変わった。本作品は「てのひらの闇」と同様に知性と野性味を合わせ持つ中年のサラリーマンをメインに据えている。派手な事件や大きなテーマはなく、訴求力のあるキャッチコピーは似つかわしくないが、個性的で魅力ある作品に仕上がっている。

物語の大部分を占める広告代理店のオフィスの様子は、作者である藤原伊織の電通社員時代の様子をかなり忠実に描いているのだろう。仕事でプレゼンに取り組むことのある読者なら、本作品で描かれている駆け引きや考え方が、経験無しに描かれたものでないことはすぐにわかるはずだ。

宣伝部長レベルでは問題がないとしても、もし社長がプレゼンに出席せず、彼が決定権者であるのなら不安は残る。説明者がそれほどの説得能力を持つとは思えない。こいう場合、ビデオコンテの威力は大きい。ただ、完成CMとの演出落差が諸刃の剣にもなりいかねない…

本作品でメインとして扱っている18億のコンペは、大手家電メーカーの証券業務への進出のためのプロモーションという内容である。物語の時代設定が3,4年前であるため、今ほどFXやインターネットによるネットトレードも盛んではなく、プロジェクトに参加するメンバーの多くがホームトレード未経験者であるため、それを勉強しながら効果的なプロモーション案を模索していく姿が面白い。参加メンバーがそれぞれ得意分野を披露しながらプロジェクトを一つにまとめていく姿に、起業の理想形が見える。同時に、大企業ゆえに部署間の諍いや、契約社員蔑視、立場を利用したセクハラ。営業という職種ゆえの矛盾や葛藤。組織の中で仕事をする上で起こるであろうあらゆる要素が巧く取り入れらている。

個人の思想信条に反した政党や宗教団体を担当する営業、安全確認を怠った製品を平然と提供する企業の担当、個人的には品質や価格に疑問を持ちながら、それでも優れた商品やサービスだと強弁せざるを得ないケースなら頻繁に遭遇する。

個人的には広告代理店ゆえの考え方を特に興味深く読むことができた。

ネット証券にかぎらず、どんな業界でも全体のパイをひろげる戦略をとるケース──ネットでいえば、新規ユーザーの獲得だが──はナンバーワン、それも圧倒的なシェアを持つ企業に限られる
タレント起用の最終決定者はスポンサーであるものの、交通事故を起こした理由がどんなものであれ、119番通報さえ出来ない判断力のタレントを推薦した当事者は広告代理店ということになる。

恐らく辰村(たつむら)などの中堅社員の会話だけで物語を描いたら多くの読者は話に着いていけないのだろう。そこに戸塚(とつか)という新入社員を読者目線に合わせて配置することによって、新入社員の教育模様を描くと共に、読者にも不自然さを感じさせずに業界用語を理解させ、物語を飽きさせないその手法が絶妙である。

また、登場人物達の多くがとても魅力的で、その存在に無駄がない。部長の立花英子(たちばなえいこ)には強く生きる理想の女性像を、新入社員の戸塚英明(とつかひであき)には自分を向上させるための忘れかけていた仕事への持つべき姿勢を見た気がした。

そして、物語はプロジェクトと平行して、辰村の25年前に分かれた2人の親友明子と勝哉とのエピソードにも絡んでくる。少年時代の回想シーンを効果的に交えることで、大手代理店の華やかな展開と、昭和のどこかさびしい風景をそれぞれ際立たせているようだ。辰村(たつむら)の新人戸塚(とつか)に対する助言の数々は、自己啓発本としてもオススメできそうである。世間の仕事に悩める人が「〇〇の仕事術」といったタイトルの内容の薄い本に2,000円も出そうとしているなら、この作品を読むことを勧めるだろう。著者の経歴を凝縮して、見事に小説という面白さに変えた作品である。

スポットCM
タイムCMの対義語で、番組と番組の間に放送されるステーションブレイクと、タイムCMのあとに放映される場合やタイムCMに紛れて放映される場合のあるパーティシペーションを指す。

タイムCM
番組枠と一体のものとして扱われるコマーシャル枠、およびその枠内で流されるコマーシャルのこと。番組提供スポンサーのコマーシャル。

カルトン
商業店舗、金融機関等で 現金や通帳、カードを乗せる時に使う受け皿。

メセナ
元々は芸術文化支援を意味するフランス語。現在は主に、教育や環境、福祉なども含めた「企業の行う社会貢献活動」として使用されている。

カバードワラント
株式や株価指数オプションなどを証券化した金融商品で、株式を一定期日に一定価格で買い付け、同様に売りつける権利を扱ったもの。株式投資よりも小額で始められることに加え、値動きが大きいために、ハイリスク・ハイリターン傾向があることが特徴となっている。

景表法
当表示を規制することによって、事業者間での公正な競争を確保し、一般消費者の利益を確保するために制定された法律。商品そのものではなく不当に豪華な景品をつけることによって消費者に物を買わせようとする手段の規制も定められている。

GRP
「Gross Rating Point(延べ視聴率)」の頭文字を取った用語。あるスポンサーが10本のテレビCMを出稿した場合、そのテレビCMがそれぞれ放送された時点の毎分視聴率を10本分、単純に足し上げた合算値。

ワンルームマンション税
ワンルームマンションの建築主に税金をかける豊島区の法定外税のこと。正式名称は、「狭小住戸集合住宅税」。 2000年4月に地方一括分権法が施行され、それまで自治相の許可が必要だった法定外税が事前協議制となったことで各自治体が特色ある新税導入を行っているもののひとつ。 2004年から東京都豊島区だけで適用されている。専用面積 29平方メートル未満の部屋が15戸以上で総室数の3分の1以上を占める、3階建て以上のマンションが対象で、建築主から5年間、1戸当たり50万円が徴収される。ただし、建物の戸数が8戸以下の場合には、課税が免除される。(マネー辞典「ワンルームマンション税」

仄聞(そくぶん)
少し耳に入ること。人づてにちょっと聞くこと。

不逮捕特権
現職国会議員は、国会の会期中のみ(参議院議員は例外的に参議院の緊急集会も含む)に認められている特権で、その間は逮捕されることはない。ただし現行犯の場合はこの限りではない。

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オススメ度 ★★★★☆ 4/5
報道カメラマンの西崎勇次(にしざきゆうじ)は夜の空に火の玉を目撃し、真実を知るために墜落地点と見られる冬の山に友人の落合(おちあい)と共に入る。一方で、別居中の妻でジャーナリストの松永慶子(まつながけいこ)は米軍横田基地で起こった銃撃事件の真相を調べ始める。そして2人は大きな波に飲み込まれていく。

物語は西崎(にしざき)と慶子(けいこ)の目線を交互に切り替えながら進んでいく。その手法によって、時間を読者の読むスピードに委ねなければならない小説という物語の伝達方法においても、短い時間の中に数多くの出来事が凝縮されている様子が、見事に伝わってくる。

序盤の西崎(にしざき)のシーンは、その友人の落合(おちあい)と冬山を歩く様子に終始する。それは冬の山の恐ろしさと大自然の前の人間の無力さをしっかりと描いているように感じる。

一時間前まではときおりお互いに声をかけあっていたが、今はその気力もない。このまま眠ってしまいたい。そうなればもう目覚めることはないだろう。…

そして、物語は、真相に近づくにつれて、北朝鮮、アメリカ、自衛隊をも絡めた大きすぎる動きが次第に輪郭をあらわにしていく。個人ではどうしようもないくらい大きな動きの前では何が正しくて何が間違っているのかさえわからなくなる気がする。国民の「知る権利」を主張する慶子(けいこ)と、国を守るために事実を隠蔽しようとする総理大臣が向かい合うシーンはこの物語の印象的なシーンの一つである。

また、西崎(にしざき)は報道カメラマンという職業ゆえに世界中で起こっている紛争を間近で見てきた。その口から発せられる言葉は重く、心に残る。

命令で動いているだけというわけか。俺はそう言って人殺しを楽しんでいる奴らを反吐が出るほど見てきた。動けない兵士、女子供、老人を奴らは殺しまくった。上からの命令だといってね
俺は報道という大義にかこつけて、心の奥底で常に悲劇を待ち望んでいたんじゃないか。カメラを捨てれば助けることのできた命もあったんじゃないか

また、北朝鮮工作員から見た日本に対する言葉も印象的である

日本人を憎むことだけを教わって育ってきたけど、日本に住んで考え方が変わったと言ってた。こんなに自由な国があったのかって。嫌な人もいっぱいいるけど、いい人の方が多いって。美しい国だって言ってた。

確かに日本は戦時中朝鮮に対して容易に許されるべきではないことをしたのだろう。そして、それによって彼等が日本や日本人に対して憎しみを長く抱きつづけるのも仕方の無いことなのかもしれない。多くの人は過去の過ちを忘れず、それを未来に生かすべきだと教わるだろう。しかし、過去があることによって平和が訪れないのであれば、むしろ、そんな過去を忘れることの方が解決への近道なのかもしれない。そんな、以前より僕の中にある考えを再確認させられた。

全体的には、読者を飽きさせることのない展開力が秀逸である。そして登場人物達が語った個々の使命とその近くにある葛藤の表現が非常に印象的であった。ただ、スケールを大きくしすぎたツケだろうか、最後は「アルマゲドン」や「ディープインパクト」など、多くの映画で使い古された読者の涙を誘うための安易な展開に頼るしかなかったようだ。その点だけがやや尻すぼみしてしまった感があって残念である

アイゼン
主に雪山登山、氷瀑や冬の岩壁登攀に使われる滑り止めのこと。登山靴やスキーブーツの靴底に留める2〜12本程度の金属製の爪であり、古くは鋼で作られていたが、近年ではジュラルミンなどの軽金属も用いられる。(はてなダイアリー「アイゼン」

ラッセル
登山で、深雪の中を雪を踏み固めて道を作りながら進むこと。

民団
在日本大韓民国民団の略称。在日韓国人が法的地位確立と民生安定や文化の向上、国際親善と祖国の発展と南北の平和統一を掲げて作られた団体。(はてなダイアリー「民団」

F117ナイトホーク
主に夜間に作戦遂行が行われ機体も黒いことから、ナイトホークと名付けられた。また、ステルス機である事からメディアに採り上げられる際には「ステルス」と呼ばれる事もある。(Wikipedia「F-117 (攻撃機)」

参考サイト
Wikipedia「オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件」
mindan
在日朝鮮総聯合会

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オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第58回日本推理作家協会賞受賞作品。

介護サービス会社の社長が社長室で撲殺死体として発見された。弁護士の青砥純子(あおとじゅんこ)は防犯コンサルタントという肩書きを持つ榎本径(えのもとけい)の協力を得て真実を解明しようとする。

「青の炎」以来しばらく文庫化作品のなかった貴志祐介の久々の文庫化作品。「ISOLA」「黒い家」でホラー作家というイメージを世間に与えているようだが、僕の中ではそこまではっきりとした個性は確立されていない。本作品も、彼の中の王道作品というよりも実験的な色合いが濃いようだ。

前半部分は青砥純子(あおとじゅんこ)と榎本径(えのもとけい)の犯罪の行われた密室の謎を解くために奔走するシーンで終始する。防犯コンサルタントである榎本(えのもと)は、トリックの可能性への言及の際、セキュリティに関することを多く語る。物語の中に、展開以外に新しい知識へのきっかけを求める僕にとっては、専門分野への詳細な描写は嫌いではないのだが、それは時に、読者を飽きさせ物語のスピード感を損ねてしまうという諸刃の剣である。本作品ではその執拗な説明は僕にとってもややうんざりさせるものであった。

ひたすら犯行の可能性を潰していくという、この前半部分は、ずいぶん長いこと読んでいなかったよくある推理小説を思わせる。最新技術を用いて徹底的にトリックを検証する展開は、森博嗣の犀川創平・西野園萌絵シリーズと似た雰囲気を感じた。

そして、そのままトリックを終盤に解明して終わればなんてことないただの推理小説として終わってしまっただろう。ところが中盤に差し掛かったところで一転、物語は数年前の犯人の目線に切り替わる。

親の不幸からヤクザに追われる身となり逃亡を決意する。わずかな期間で別人の名前の免許証を手に入れ、逃亡するその手口は非常にリアルで、管理の行き届いた日本の社会といえども、身分を偽って生きることがそれほど難しくないことを知るだろう。逼迫したその「殺らなければ殺られる」という犯罪の布石となる考え方が犯人の心の中に形成されたことを無理なく受け入れさせるだろう。

最後には、日本の犯罪者に対する再教育体制の問題にも触れている。

懲役や禁固というのは、受刑者を、一定期間、世間から隔離する処置にすぎませんし、刑務所側が腐心しているのは、その間、問題を起こさせないようにすることだけです。極端に言えば、出所後、何をしようと知ったことではない。当然ながら誰一人。責任は取りません。だからこそ、これだけ、再犯率が高いんじゃないですか?

全体的には物語のテーマがぶれている印象を受けた。作者がこの物語で見せたかったものは何なのか、前半のような謎解きのミステリーなのか、最後の犯罪を犯した若者が構成されずに一時的に社会から隔離されるだけの日本の犯罪者に対する更正体制の怠慢なのか。もちろん双方なのだろうが、もう少し一貫したテーマでコンパクトにまとめるべきだったのではないだろうか。

ブルディガラ
ラテン語で「ボルドー」の意味。仏・ボルドーのシャトーから直輸入のワインを中心に、パスタや備長炭を使った料理などヨーロッパを主体とした各国のエッセンスをプラスしたフレンチレストラン。

ディンプルキー
鍵の表面に深さや大きさの異なるくぼみがいくつかあり、このくぼみの深さや大きさを変えることによって、約2935億通りの鍵のパターンができるとされるので、鍵の複製が非常に難しい。シリンダー内に6本のピンが一列に並んだものが上下左右、さらには斜めにもディンプル穴があるのでその角度まで合わせるのはほとんど不可能とされており、ピッキング対策に優れている。ディンプルキーにはシリアルナンバーが打ってあり「完全登録システム」が採用されているので、シリアルナンバーと登録者が一致しないと合鍵も作れません。また、鍵がリバーシブルタイプなので、鍵の上下を気にすることなくスムーズな開錠が可能。

ドリリング
ドリルなどを使用し、家屋を破壊し侵入する手口。

ジルコン
花崗岩の中に普通に見られる石の中でも、比較的稀な性質を持った宝石で磨くとダイヤモンドに迫る美しい宝石となる。ジルコンとはアラビア語で“金色”を意味する“zargoon”からきている。通常ジルコンは無色透明のものが知られているが、含有物により、黄色、オレンジ、青、赤、褐色、緑などの色がある。

ルビコン川
イタリア北部を流れる川で、アペニン山脈より東へ流れ、アドリア海に注ぐ。共和政末期の古代ローマにおいては、本土である「イタリア」と属州の境界線をなしていた。紀元前49年1月10日、ガイウス・ユリウス・カエサルが「賽は投げられた」(Alea iacta est)の言葉とともにこの川を渡ったことはよく知られている。「ルビコン川を渡る」は以後の運命を決め後戻りのできないような重大な決断と行動をすることの例えとして使われる。(Wikipedia「ルビコン川」

クレセント錠
窓などに取り付ける錠でほとんどの窓がこのタイプの錠を使っている。2つの金具からなり、1方はフック型の部分をもつ外側の扉に固定された金具で、もう1方は、把手の付いた半円状の盤に突起を設けた金具で内側の扉に固定される。

ガンザー症候群
ヒステリー性心因反応による退行状態である。的外れ応答をなす偽痴呆であり、拘禁反応として生じやすい。

捲土重来(けんどちょうらい)
敗れた者が、いったん引き下がって勢いを盛り返し、意気込んで来ること。

体感機
パチンコ・パチスロなどの遊技台の攻略に用いられる器具の一種。大当りなどのタイミングを振動によって打ち手に知らせる機能を持つ。(Wikipedia「体感機」

モース硬度
主に鉱物に対する硬さの尺度のこと。硬さの尺度として、1から10までの整数値を考え、それぞれに対応する標準物質を設定する。ここでいわれている「硬さ」とは「あるものでひっかいたときの傷のつきにくさ」であり、「叩いて壊れるかどうか」の堅牢さではない。ダイヤモンドは砕けないというのは誤りであり、ハンマーで叩くなどによって容易に砕けることもある。(Wikipedia「モース硬度」

向精神薬
精神に働きかける作用を持ち、精神科などで使用される薬剤のこと。向精神薬には第1種から第3種まであり、いずれも医師の処方箋が必要な処方薬であり、中枢神経に作用して、精神機能に影響を及ぼす物質(医薬品としては抗不安薬、催眠鎮静薬、鎮痛薬等が該当)であって、麻薬及び向精神薬取締法及び政令で定めるものを言う。(はてなダイアリー「向精神薬」

ドレープカーテン
厚手のカーテン・室内側のカーテンのことを指す。日本では、厚手の室内装飾用の布地の意で使われている。

参考サイト
鍵と錠前の知識

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