2010年3月アーカイブ

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
兄を失った失意のリョウがたどり着いたのは、もうひとつの世界。その世界ではリョウは生まれずに、代わりに姉のサキが生きていた。

別の世界に飛び込んでしまうという突飛な展開ながら、決してその非現実な舞台設定で読者を遠ざけることなく、そこから描かれる世界観はむしろ妙に引き付けてくれる。なぜなら、リョウとサキはお互いの世界の違いが自分たち2人がそれぞれの世界に及ぼした影響だということに気付いていて、それが自分自身の世の中に対する存在価値だと気づいて行くからである。

1人の人間が男か女か、そしてその性格の違いだけで、少しずつ世界に違いが生じている。あるはずの木がなかったり、捨てたはずの皿が残っていたり、死んだはずの人が生きていたり...。

やがてリョウは自分がやってきたこと、やらなかったことの意味に気付いていく、ラストはもちろん読者次第だと思うが、僕の中には他の作品では味わえない感情を起こしてくれた。僕らはこんな非現実な経験をすることはまずないが、それはむしろ幸せないことなのかもしれない。また、舞台が石川、福井と北陸地方で、その観光名所がうまく物語に取り入れられている点も面白いだろう。

兼六園 石川県金沢市にある日本庭園。広さ約3万坪、江戸時代を代表する池泉回遊式庭園としてその特徴をよく残している。(Wikipedia「兼六園」

東尋坊
福井県坂井市三国町安島に位置する崖。
「東尋坊」

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オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
戦場で瓦礫の中で生き残った一人の赤ん坊は、ロシア兵に助け出され、「ニーナ」と名づけられ、中国人として育てられることになった。

「戦場のニーナ」というタイトルがなんとも魅力的でついつい買ってしまった。戦争に人生を振り回されたという話だと、中国残留孤児や、真保裕一の「栄光無き凱旋」で描かれた、アメリカに住む日本人たちなどが僕の頭に思い浮かび、いずれの人生にもいろいろ考えさせられるものがある。

本作品もそういう刺激を期待していて、実際ニーナはロシアで自分の国籍をはっきり知らぬままその人生の大部分を過ごし、その間には多くの悲しい出来事が起こるのだが、物語中で展開する会話は残念ながら非常に現実感に乏しく、小学生の演劇のような表面的な台詞に終始している。その一方でなぜか恋人であるユダヤ人とのベッドシーンだけはやたらと長くしつこくて半分も読んだところで残りのページの多さに途方にくれてしまった。

巻末にある参考文献の数々や物語中に登場する多くの都市や歴史的建造物の多さに、著者が相応の下調べをしたことがわかるだけに、登場人物の心情描写や台詞のチープさが作品全体の質を下げてしまってこのような作品にしか仕上がらなかったことが本当に残念である。

ぜひ著者に真保裕一の「栄光無き凱旋」を読んで人の心の中に現れては消えていく複雑に入り混じった感情とその表現方法を知って欲しいと思った。

【楽天ブックス】「戦場のニーナ」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
日本人が間違えがちな単語の使い方を分かりやすく解説している。

冠詞の「a」と「the」と「my」の使い方や、副詞(off、out、over、around)などのニュアンスの説明はどれも目からうろこである。

中でも印象的だったのが「over」と「around」の違いである。本書ではこういっている、「over」も「around」も回転を表す副詞だが「over」はその回転軸が水平で「around」はその回転軸が垂直だというのである。

なるほど、だから人が「turn around」したらスピンだし、「turn over」なら「寝返りを打つ」なのか、「get over」なら「乗り越える」だし「get around」なら「回避する」なのだ。

副詞と組み合わさった慣用句をすべて日本語の意味とつなげようとするのではなく、副詞の意味を直感的に理解して全体をイメージするほうがずっと早いに違いない。

同じように「車に乗る」は「get in the car」なのに「電車に乗る」は「get on the train」。こんな違いの理由についても解説している。

「この一冊を読めばもう完璧」などということは決してないが、今までの理解度を50%増しぐらいにはしてくれるだろう。

【楽天ブックス】「日本人の英語」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
高校のアーチェリー部主将の円(まどか)はある日、オカマの幽霊サファイアと出会う。時を同じくして中高生の間に広まる不思議な噂。円(まどか)はサファイアとともに見えない犯罪に立ち向かうことになる。

読み終わったときは「まあまあ」という評価でも、時が経つに従って、印象を強めていく物語がある。僕にとってはそれが吉田修一の「パレード」と初野晴の「水の時計」なのだ。そんなわけで、期待とそれを裏切られる不安とともに購入した本作品。

女子高生を中心に据えた物語のため、「時をかける少女」のようなさわやかな物語を想像したが、読んでみると、もちろんさわやかなテンポで描かれているものの、それぞれの犯罪者と、そこで登場する人たちの間で描かれる妬みや失望などの表現にはときどきハッとさせられた。

かといって、そんなに重い内容というわけではない。一方では円(まどか)とその友人たちの友情の物語という側面も持っていて、ときにはおっちょこちょいで、ときには熱い物語が繰り広げられている。

基本的に5つの章に分かれているが、個人的には障害者たちとともに真相に迫っていく4番目の物語が心に残った。特に、障害者の近くで生きている人間が言ったこんな台詞。

ひとりでトイレに行けるようになりたい。それが叶うなら、歩けないことも口がきけないことも我慢する。本気でそう願っていた十六歳の少女を、私は二年前に看取った。

少し怖くなるような生々しい表現に「水の時計」との共通点を感じた。しばらくこの著者の作品は見逃さないように、と思った。

四色型色覚
色情報を伝えるために4つの独立したチャンネルを持つ状況をいう。(Wikipeida「4色型色覚」

【楽天ブックス】「1/2の騎士」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ここ数年医療訴訟という言葉が周知のものとなった。本作品はどうして医療訴訟がここまで一般的なものとなったのか、どうしてここまで医師と患者との信頼関係は崩れていったのか、ということを、僕らがなじみのある医療系ドラマを例に挙げて開設している。

「白い巨塔」「医龍」「ブラックジャックによろしく」「ER」など、多くの人がおそらく、ドラマには当然かなりの誇張が入っているものとして見ているだろう。しかし、その逆もある。つまり、これが真実なんだ、とドラマを通して、それが誤っているにも関わらず受け入れてしまっていることもあるのだ。それはドラマ事態の描き方に大きく影響される。本作品はそういう部分を多々指摘している。

面白かったのは筆者が僕らの描く名医の条件としていくつかの項目を挙げている点である。

・ハンサムでだいたい濃い顔をしている
・患者さんの私生活にまで異様に干渉する
・実力はあるのにアウトローな一匹狼
・よく屋上へいく

なんとも納得のいく。これにあてはまる医療ドラマの中の主人公たちが何人も思い浮かぶ。

そんな面白さも交えつつ、医療の現状の問題点とその原因を訴えてくる。その根底にあるのは、「患者の側はもっと医療は完璧ではなりえないという事実を受け入れるべき」ということである。

「専門外で力及ばず」で失敗したら訴えられるのに、じゃあ、力が及ばないと思ったから断ったら「患者を診るのが医者の使命!」といわれる...。「じゃあ、どうしたらいいの?」という医者たちの嘆きが聞こえてくるようだ。

僕ら患者の側が知っておくべきことをなんとも見事に伝えてくれた。

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オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第7回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作品。

臨床心理士の佐久間美帆(さくまみほ)は、患者として藤木司(ふじきつかさ)という青年を担当することとなった。美帆(みほ)に心を開き始めたように見えた司は「声の色が見える」と言う。

著者柚木裕子のデビュー作品ということらしい。昨今注目が集まる心のケアという分野と、共感覚という一般の人にはおそらく一生かけても出会うことのないだろう特殊能力を組み合わせて、物語を構成している。
物語の中で、信頼を築いた美帆(みほ)と司(つかさ)は手首を切って死んだ女の子、彩(あや)の死の本当の理由を探ろうとするのだが、彩(あや)もまた失語症という普通の生活を送りにくい症状を抱えているため、彼らの生きかたやその特異な能力ゆえの生活のしかたや考え方が見えてくる点は面白いだろう。

失語症患者がパソコンをなかなか使わない理由のひとつに、感じよりもひらがなのほうが判別しにくいということがある。漢字ならば文字を見ただけでイメージが頭の中に浮かびやすいが、ひらがなはひつつひとつ読んでいかないと意味がわからない。

若い著者であろうことをうかがわせるようなIT用語もいくつか出てきて、新しさを感じさせてくれたが、共感覚や福祉施設、臨床心理士など、掘り下げようと思えばいくらでも掘り下げられる題材が揃っていただけに、全体的にちょっと変わったミステリーに過ぎない程度の作品で終わってしまった点が残念である。

【楽天ブックス】「臨床真理(上)」「臨床真理(下)」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2008年エドガー賞受賞作品。

5年前に町を離れたAdamの元へ、旧友のDannyから連絡が入り、Adamは生まれ育った町に戻ることを決める。殺人の容疑をかけられた町、そして母が自殺した町へ。

舞台となるのはノースカロライナ州シャーロット。大きなブドウ園を所有する地元の名士の下に生まれ幸せな子供時代をすごしながらも、母親が目の前で拳銃自殺を図ってから家族の歯車が狂い始める、Adamの行動の中からときどきそんなトラウマが見え隠れする。

5年ぶりに故郷に戻ったAdamは、義理の兄弟や旧友、昔の恋人との再会するなかで、その5年という月日の中で変わってしまったもの、そして未だ変わらないものと向き合い、自分だけでなく、多くの人が同じように5年間苦しみながら過ごしてきたことに気付く。

本作品からは、家族でブドウ園を切り盛りしようとするアメリカの一つの家庭の様子が見えてくる。これはそんな家族の中で起こった小さな間違いから生じた大きな悲劇の物語といえよう。

登場人物それぞれが持っている苦悩の描き方が印象的である。誰もが人は弱く、間違いを犯すものだと知りながらも、自分の不幸を他人のせいにしたり、自分を正当化したり、とその心は常に揺れ動いているのである。そしてそれでも月日は流れていく。近くを流れる、子供時代から親しんだ川、そしてなにかを伝えるかのように表れる白いシカ。いったい何を意味するのだろう。

シャーロット(ノースカロライナ州)
ノースカロライナ州南西部に位置する商工業、金融都市。(Wikipedia「シャーロット(ノースカロライナ州)」

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