「邂逅の森」熊谷達也

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第131回直木賞受賞作品。
大正から昭和の始め。マタギという生き方をした松橋富治(まつはしとみじ)という男の人生を描く。
この時代を扱った物語に触れる機会が少ないためか、物語中の多くの出来事が新鮮に映った。なによりも富治(とみじ)とその仲間の猟の様子は非常に細かく描写されており、山や獣といった、現代ではないがしろにされているものに、多くの読者が関心を抱くだろう。
山の神の存在を心のそこから信じているわけではないが、山の神を怒らせるようなまねを敢えてしようとも思わない。急速に近代化へと進む時代の中で、富治(とみじゅじ)の考え方も少しずつ変化していった。ただ、それでも何か説明できない大きな力が働いているのだという思いは捨てきれない。そんな不思議な感覚は、現代に生きている人間の中にもあるのではないだろうか。
現代人が忘れてしまった大切なものの存在を訴えかけてくるような作品である。
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「空中ブランコ」奥田英朗

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第131回直木賞受賞作品。
やたらと注射をしたがる妙な精神科医伊良部一郎(いらぶいちろう)と彼の病院を訪れる患者の物語の第2弾。
全体で5編から成り、それぞれブランコで飛べなくなった空中ブランコ演技者。尖ったものが怖くなったヤクザ。送球ができなくなったプロ野球の三塁手。羽目をはずしたい医者。ネタに困った恋愛小説家。という患者を描いている。それほど重いテーマというわけでもなく、伊良部一郎(いらぶいちろう)という主人公がそれほど魅力的なわけでもない、それでも読者を引き込むテンポの良さは、奥田英雄の作品には常にあり、今回も例外ではない。
しかし、ただのドタバタ劇という感じがして、途中、このまま読み終わって、自分の中になにも残らない「読書のための読書」で終わりそうな予感を抱いたりもしたが、ラストの恋愛小説家を描いた物語にはメッセージを感じた。
小説家を描いているだけに、きっと奥田英朗自身の過去なども反映していることだろう。周囲に流される人が多いからいいものが評価されない。大したものでなくてもメディアが飛びつけば売れるし、評価される。いいものを作っても評価されるわけでもなく売れるわけでもない。かといって売れるものを作っても自分の中の満足感は満たせない。そんなクリエイターなら誰もが感じたことのあるジレンマを見事に描いている。
恋愛小説家の友人のフリーの編集者が言う台詞が印象的である。

この国で映画の仕事をやっているとこんなのばっかだよ。ここで報われないとこの人だめになる、だから神様お願いですからヒットさせてくださいって天に手を合わせるんだけど、それでも成功することの方がはるかに少ない。わたしは彼らを前にして思うよ。せめて自分は誠実な仕事をしよう、インチキだけには加担すまい、そして謙虚な人間でいようって──

作者でなく、編集者という作品と作者を客観的に見れる立場の人間の台詞なだけに見事に世の中の矛盾を言っているように感じる。それぞれの人たちが自分の目、自分の耳で、いいモノわるいモノを判断できればこんなジレンマはなくなるはずなのに、日本という国の国民はその意識が極端に低い。それは国民性として受け入れるしかないが、自分のモノに対する姿勢については考えさせられる。
直木賞という評価も最後の作品に因るところが大きいのではないだろうか。


イップス
精神的な原因などによりスポーツの動作に支障をきたし、自分の思い通りのプレーができなくなる運動障害のことである。本来はパットなどへの悪影響を表すゴルフ用語であるが、現在では他のスポーツでも使われるようになっている。(Wikipedia「イップス」
キュレーター
美術館の学芸員。

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「4TEEN」石田衣良

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第129回直木賞受賞作品。
太って大きなダイ、小柄でメガネで賢いジュン、ウェルナー症という病気を抱えたナオト、そして読書が趣味の主人公テツロー。東京湾に浮かぶ島。月島を舞台に14歳の中学生4人の青春を描く。
友情、恋、性、暴力、病気、死。彼らの生活の中で多くの出来事が展開する。そんな4人の前で起こるバリエーションに豊かさに、若干作られたストーリーという面を強く感じないでもない。それでも自分が14歳だった頃、何をして楽しんでいたかをつい考えてしまう物語であった。時代は違えど、目の前で起こる出来事、興味の対象に対してストレートに感情を表現する彼らの姿に、読者は昔の自分との共通点など、忘れていたものをいろいろ思い出すことだろう。


ウェルナー症候群
20世紀初頭に、ドイツ人の眼科医オットー・ウェルナーによりアルプスの谷間に住む4人兄弟の患者が初めて報告されたことから、この名前がつけられた。 一般の人より数倍のスピードで年をとる病気「早期老化症」の一つで、20歳頃から白髪や皮膚の皺などの老化の特徴が現れ始め、糖尿病,癌などで40歳あまりで死亡してしまう。
 また、ウェルナー症候群は日本人に極めて多い早期老化症である。この症状を長年にわたって診断してきた東京都立大塚病院の後藤眞博士らによると、ウェルナー症候群の臨床報告数は世界でおよそ1200例。そのうち日本からのものが800例を超えて群を抜いている。

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「柔らかな頬」桐野夏生

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第121回 直木賞受賞作品。
失踪した5才の娘、有香を探して、カスミは生活する。娘の失踪から4 年後、内海という元刑事の男が捜索に名乗り出る。内海は胃ガンですでに余命わずかと宣告されていて、その余生を、有香を探すことに費やそうと考えたのだ。こんな物語である。
娘の有香がいなくなった謎を解こうとするではなく、どちらかというと、娘が失踪した事実と向かい合って、どうやって生きて行こうか探しているカスミ。自分の死が迫っていて、どうやって現実を受け入れて生きて行くか悩む内海。そんな2人の姿が強烈だった。
僕が余命を宣告されたらどんな生き方を選ぶだろうか。
真実を知るために「今」を犠牲にできるだろうか。
幼い頃、僕はどこまで周囲の出来事を把握していたのだろうか。
この本を読んで実際に直面しないと答えの出ない疑問が僕の周りにわきあがってきた。
【Amazon.co.jp】「柔らかな頬(上)」「柔らかな頬(下)」

「肩ごしの恋人」唯川恵

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第126回直木賞受賞作品。
欲しい者は欲しい、人の男を奪う事をなんとも思わないるり子。そして、仕事も恋も常にブレーキがかかって、理屈抜きでは楽しめないクールな萌。この二人は親友でありながら性格は正反対。そんな二人の仕事や恋や友情がこの物語の中では展開していく。
僕自身はどちらかと言えば萌に似ている。極端な言い方をすれば誰も信用しないし、すべて自分で解決するという生き方である。それでも、自分が幸せになるためには同性に嫌われようが構わないというるり子の生き方も少し爽快に感じる。僕自身はそんな女性を今まで軽蔑していたが、ある意味、もっとも自分に素直な生き方なのかもしれない。そう思わせてくれた。
きっと萌のような生き方をしている人はるり子のような生き方に、るり子のような生き方をしている人は萌のような生き方に、多少なりとも憧れているのだろう。
るり子の言ったこんなセリフが印象的である

「不幸になることを考えるのは現実で、幸せになることを考えるのは幻想なの?」

確かに一般的にはそうかもしれない。そう考えると、みんなの言う「現実」ってなんなんだろう。
【Amazon.co.jp】「肩ごしの恋人」

「女たちのジハード」篠田節子

オススメ度 ★★★★☆ 4/5

第117回直木賞受賞作品。
保険会社に勤める3人の女性を描いている。条件の良い結婚をするために策略を練るリサ。得意の英語で仕事をしたいと考える沙織。そして康子。それぞれ自分は「どこに向かって生きて行けばいいのか」それを必死で追い求めている。
誰もが今の自分の人生にまど満足してはいない。かといって「何を目指して生きて行くか?」それすら見えていない人が大半なのではないか・・それでもきっと「夢はなんですか?」と聞かれたら「デザイナーを目指している」とか「弁護士」を目指している・・とか、そう言うのだ。彼等はその後にどんな生活が待っているのかわかっているのだろうか。それが本当に自分を満足させてくれるとでも思っているのだろうか。
僕は何を目指しているのか・・そしてその先に何が有るのか、そんなことも考えさせられてしまう。とりあえず、この本に出てくる主人公の女性達の生きざまは見事である。
【Amazon.co.jp】「女たちのジハード」