「愛なき世界」三浦しをん

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大学近くの定食屋で働く藤丸(ふじまる)は、配達を始めたことで大学の研究者たちと仲良くなっていく。そこには植物に情熱を注ぐ研究者たちの世界があった。

研究室へのランチの宅配を繰り返すうちに、藤丸(藤丸)はそこでの研究内容と、それをやさしく説明する女性研究員本村(もとむら)に恋心を抱いていく。最初こそ、定食屋の藤丸(藤丸)目線で描かれるが、中盤以降は物語の目線はT大研究者達、特にシロイヌナズナを研究する女性本村(もとむら)を中心に進んでいくのである。本村(もとむら)のほかにも、サボテンを愛する加藤や隣の研究室の先生である諸岡(もろおか)や、机の上が汚くて今にも崩れそうな松田先生など、個性豊かな研究員達がたくさん登場する。物語だから個性豊かなわけではなくて、実際植物の研究にハマる人というのはこんな人たちなのだろう。

本村(もとむら)のシロイヌナズナの研究内容が詳細に書かれていて、それについては正直ほとんど理解できなかった。しかし、植物の研究に没頭する人たちが何に楽しみを見出し、どんな悩みを抱いているかが伝わってきた。植物研究者という、あまり普段光の当たることのない世界を垣間見ることができた。

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「神去なあなあ日常」三浦しをん

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
高校を出たばかりの平野勇気(ひらのゆうき)は、母の半強制的な勧めによって、林業の盛んな山奥の神去村(かむさりむら)で働くこととなる。平野勇気(ひらのゆうき)が少しずつその村のしきたりや山の魅力に惹かれていく様子を描く。
林業に対して僕らが持っているイメージは、木を切って、植えて、とそのぐらいだろう。しかし実際には、木を運ぶことも必要だし、木が成長するように適度な間隔をあけることも必要だったりと、その一連の流れには、長年の知恵と英知が結集されているのである。本書は18歳の平野勇気(ひらのゆうき)の戸惑いとともに、そのような林業の奥深さを教えてくれる。
そのような考え抜かれた毎日の繰り返しの作業の一方で、神去村(かむさりむら)の人々の心神深さも印象的である。移り変わりの激しい山の天気や、気温の変化など、どうしようもないものに人生を左右されるからこそ、神に祈らずにはいられないのだろう。神去村(かむさりむら)の人々が時には理由もわからないまま何年も続けている行動を知ると、都会で生きているとわからない自然の偉大さが感じられる。
そんななかで山の魅力にとりつかれていく平野勇気(ひらのゆうき)だが、もちろん若い男なので色恋沙汰も描かれている。神去村(かむさりむら)の個性的な登場人物と合わせて楽しめるのではないだろうか。
続編も出ているようなので楽しみにしたい。
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「星間商事株式会社社史編纂室」三浦しをん

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
川田幸代(かわたゆきよ)は社史編纂室に勤務する29歳。社史をまとめることが仕事なため、年配の社員や、退社した社員から話を聞いて情報を集めようとするが、過去のある時期に関して、関係者は頑なに口を閉ざす。一体その時代に何があったのか。
社史をめぐる業務が、やがて商社の海外進出の際の闇の歴史を暴き出すこととなる。すべてがフィクションとはいえ、同じようなことが実際にあったのではないかと考えさせられる。
ただ、残念ながら他の三浦しおんの作品のように読者を強烈に引き込むような面白いさは感じられず、また、なぜこのようなテーマで物語を描いたのかも感じられない中途半端な仕上がりだと感じた。
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「舟を編む」三浦しをん

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第9回本屋大賞受賞作品。
出版社につとめる馬締光也(まじめみつなり)はその名の通り真面目で、変人として通っていたが、ある日辞書編集部へと配属される。馬締(まじめ)はそこで辞書の編集に取り組む事となる。
最近でこそ調べ物はインターネットで片付いてしまうが、小学生の頃には母がプレゼントしてくれた辞書をよく使っていたのを覚えている。本書が描くのは、そんな辞書を作る側の物語である。
辞書編纂メンバーの言葉に対する取り組みに触れると、言葉についていろいろ考えさせられる。そもそも言葉は辞書によって定義されるものではなく、僕らの生活やその言葉を繰り返し使う中で人々の心のなかに共通の意識として染み付いていくものなのだ。例えば本書で分かりやすくも印象深いのが、「愛」という言葉の説明に対して議論をする場面である。

「異性を慕う気持ち。性欲を伴うこともある。恋」となっています。
なんで異性に限定するんですか。じゃあ、同性愛のひとたちが、ときに性欲を伴いつつ相手を慕い、大切だと思う気持ちは、愛ではないと言うんですか。

言葉とは時間によっても変化していくものなのだろう。編纂メンバーはそうやって一つ一つの言葉を、哲学を持って定義していく。
そして、彼らは言葉だけでなく、辞書の素材についても気を配るのである。本書の中では、紙の選び方についても触れている。辞書はページ数が多いから一枚一枚の紙は薄くなくてはならないが、薄いことによって裏の文字が見えてしまったも行けない、もちろん手触りも非常に大切なのである。
こうやって見てみると、辞書を作るというのはなんとやりがいのある仕事なのだろうか。本書を読むと、今まで考えてこなかった、一つ一つの言葉の意味、重さを改めて考えさせられる。辞書というものの見方を変えてくれる一冊。

有限の時間しか持たない人間が、広く深い言葉の海に力を合わせて漕ぎだしていく。こわいけれど、楽しい。やめたくないと思う。真理に迫るために、いつまでだってこの舟に乗りつづけていたい。

【楽天ブックス】「舟を編む」

「風が強く吹いている」三浦しをん

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
天才ランナー走(かける)と出会った清瀬(きよせ)は走(かける)を、古い寮に誘い込む。そこでは同じ大学の生徒たち10人が、清瀬(きよせ)を中心に生活していた。やがて10人は駅伝で箱根を目指すことになる。
いろいろあって箱根駅伝を目指す事になったほぼ駅伝素人の10人が箱根駅伝を目指す事が現実的かどうかという意見はあるだろうが、そういった細かい部分を気にしすぎなければ、爽やかな青春小説として楽しむことができるだろう。
10人はいずれも個性豊かだが、なかでも走(かける)と清瀬(きよせ)は存在感でも郡を抜いている。どちらも走ることは好きでも、所属した部の監督やその指導方法、仲間にめぐまれずに仲間と一緒に走る場所を失っていた。そんな2人がやがて信頼し合い一つの目的にむかっていくのである。青春小説としてはありがちな展開なのかもしれないが、それでもそれぞれが積み重ねた努力の成果を本番に向けるそれぞれの姿はなにか心をかき立てるものがある。

いまは走ろう。好きだから。楽しくて苦しかったこの1年に、出会ったすべてのひとのために。心からの応援も、心ない中傷も、すべて受け止めて弾き返せるほど強く。

最期は1秒を争う展開に。信頼と努力の成果が一つの結果へとつながっていく。

止めることはできない。走るなと言うことはできない。走りたいと願い、走ると決意した魂を、とどめられるものなどだれもいない。

読んだ人までも走りたくさせる一冊。
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「まほろ駅前多田便利軒」三浦しをん

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第135回直木賞受賞作品。
便利屋の多田(ただ)のもとに、高校時代の同級生行天(ぎょうてん)が転がり込んでくる。居候となった行天(ぎょうてん)とともに便利屋を続ける。
仕事を通じて多くの人と接し、出会う人々それぞれにある人間物語を描く、というのはよくある話題の構成だが、本作品がそれらの作品と一線を画すのは、多田(ただ)も行天(ぎょうてん)も、正義など貫く気はまったくないどころか、信念すら持っていないという点だろう。
自分の目の前や自分のせいで誰かが不幸になるのは嫌だが、知らないところで知らない人がどうなろうが知ったこっちゃない。そういう態度ゆえにむしろ抵抗なく彼らの考え方を受け入れられる。
そしてそんな中でも変人の行天(ぎょうてん)の言動はさらに際立つ。変人ゆえに常識にまどわされない真実を語る。

不幸だけど満足ってことはあっても、後悔しながら幸福だということはないと思う。

そんな行天(ぎょうてん)と行動を共にするうちに、多田(ただ)も、忘れられない過去と向き合うようになる。軽快なテンポで進みながらも多田(ただ)が過去を語るシーンでは人間の複雑な心を見事に描き出す。読みやすさと内容の深さの両方をバランスよくそなえた作品である。
【楽天ブックス】「まほろ駅前多田便利軒 」