「踏切の幽霊」高野和明

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
心霊現象の記事を書くこととなった、松田法夫(まつだのりお)は、列車の緊急停止が多い都内のある踏切を取材することとなり、過去に起こった殺人事件に行き着く。

踏切で女性を目撃したという心霊現象を取材するうちに、数年前に起こった殺人事件に行き着く。被害者の女性の姿が心霊現象として現れる女性と酷似していることから、心霊現象と並行して、事件について調べるのである。やがて本名も家族もわからなかった女性の人生が浮かび上がってくる。

ホラーの要素と生々しい殺人事件、そして孤独な女性の人生までを描いた作品である。心霊現象や事件とは別に、それを松田法夫(まつだのりお)自身の人生も厚みを持って描かれる。

元々は全国紙の社会部の記者でありながらも、現在は女性誌の取材を務める松田(まつだ)は、40代で妻を失ったため、その限られた妻との人生を思い返し悔やむ点が印象的である。

どうして妻を、もっといい家に住まわせてやらなかったんだろうと。妻の人生は、たった四十七年しかなかったというのに。
仕事熱心な夫。疑いも諍いもない、心安らぐ過程。窓からのそよ風に気持ちが和む毎日。その方が浮かべていらっしゃるのは、そんな笑顔です。

松田(まつだ)は、取材を重ねる中で不思議な現象の助けも借りて。名前も知られず孤独に亡くなった女性の人生を解き明かす過程で、自分自身の人生とも向き合っていくのである。

ホラーというのが、著者高野和明のこれまでの作品になかったので、どのような作品なのか楽しみだったが、読んでみると、しっかりとした下調べと人間への優しを感じられる高野和明らしい作品である。

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「13階段」高野和明

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
犯行当時の記憶を失った死刑囚の無実を証明するために、刑務官の南郷正二(なんごうしょうじ)は出所したばかりの三上淳一(みかみじゅんいち)とともに調査を始める。

刑務官の南郷正二(なんごうしょうじ)と三上淳一(みかみじゅんいち)が調査をする。その過程で淳一(じゅんいち)の刑務所生活の原因となった2年前の傷害致死事件と、南郷(なんごう)の刑務官になる経緯など、少しずつ二人の過去が明らかになっていく。

興味深いのが南郷(なんごう)の刑務官の葛藤である。南郷(なんごう)は死刑囚の処刑を担当したことから、2人の人間を殺したのに裁かれていないと悩み続けているのである。処刑を担当する刑務官の様子も描かれるが、処刑を担当する刑務官が、自分の罪悪感から逃れるために死刑囚の過去の犯罪を知ろうとするところが興味深い。

最後はそれまで散りばめられていた伏線が回収されていくが、若干詰め込みすぎな印象もある。南郷(なんごう)を中心に、世間にあまり知られていない刑務官の職務やその葛藤に焦点をあてて、物語自体をもう少し単純にしてもよかったのかもしれない。

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「6時間後に君は死ぬ」高野和明

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
人の未来が見えるという青年、圭史(けいし)。その周辺で起きる5つの物語である。
5つの物語はいずれも、いろいろなことに悩みながら生きている女性を描いている。そこで起こった不思議な出来事によってその生きかたを見つめなおすのである。印象的だったのは表題作の「6時間後に君は死ぬ」や同じ女性と、予言者圭史(けいし)を描いた「3時間後に君は死ぬ」ではない2作品「時の魔法使い」と「ドールハウスのダンサー」である。
「時の魔法使い」は、脚本家を目指して貧乏生活を続ける女性、未来(みく)が20年前の幼い自分と出会うというもの。幼い自分と一日一緒にすごすことで、自分の人生を、つまりそれは目の前にいる20年前の自分である女の子がこれから体験するであろう人生を、改めて考えるのである。そして、女の子と別れるときになって、今、園子に何かを伝えれば自分の過去、現在を変えられることに気付くのだ。

過去を変えたら、自分の心はどう変わってしまうのだろう。挫折を知らず、望む物が苦もなく手に入る人生を送っていたら、貧しい人々を見下すような人間になっていたのではないか。

そして、「ドールハウスのダンサー」。こちらはなぜか涙が溢れてきてしまった。真っ直ぐにプロのダンサーになるという夢を追いかけて生きる女性、美帆(みほ)を描く、そして夢をかなえられる人間はわずかであり、努力が必ずしも報われるものではないという現実さえも容赦なく見せてくれる。そんな中、美帆(みほ)の記憶の奥に眠ってデジャビュのように現れるドールハウス。その世界観がなんとも印象に残る。
上に挙げた2作品の他が、ややありきたりの物語となってしまった点だけが残念。
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「K・Nの悲劇」高野和明

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
妊娠した夏樹果波(かなみ)と夫の修平(しゅうへい)は経済的な理由から中絶を決意する。しかし果波(かなみ)の中に突如別の女性の人格が現れ、子供を中絶から必死で守ろうとする。
物語は夫である修平(しゅうへい)と産婦人科出身の精神科医である磯貝(いそがい)の視点で進む。磯貝の視点はもちろん医者であるがゆえに専門的知識を持ち合わせ、果波(かなみ)の別人格の不可思議な言動を医学的に説明していく。その一方で、夫の修平(しゅうへい)は一般的な男を代表しているようだ。
修平(しゅうへい)は、人口妊娠中絶という決意をしたことで、落胆した果波の姿を見てようやく、ただ一瞬の快楽のためだけに性行為に走り、その結果できた人の命を法律的な咎めもなく処理することの重大さと、女性に与えた精神的な苦痛の大きさを知る。これは本作品を通して著者が、世の中の若い男女に向けて訴えかける一貫したメッセージであり、同時にそれは、性行為を煽るような昨今のメディアなどにも向けられている。そして、そんなテーマであるがゆえに、生命の重さに対する訴えも当然のように散りばめられている。

日本では一年間に百五十万人の女性が妊娠し、そのうちの三十四万人が中絶手術を受けるんです。中絶胎児が人間だと認められれば、日本人の死亡原因のトップはガンではなく、人口妊娠中絶ということになります

さらに磯貝(いそがい)の産婦人科医時代の経験が、そのテーマの重要性を読者の中にさらに強く印象付けていく。

どうしてぼくをこんなに早く外に出したの?

嬰児がそう言って抗議しているように見えた。法律では、妊娠二十一週以内の胎児は人間ではない。したがって中絶は殺人ではない。だがそんんな法律上の区分けは意味がないと思った。この子は生きたいのではないか…

中盤から、果波(かなみ)の中に現れた人格の行動は次第にエスカレートしていく。それによって憑依という霊の存在を信じかける修平(しゅうへい)と、解離性同一性障害という見解を最後まで貫き通し、知るはずのないことまで知っている果波(かなみ)の言動をこじつけとしか思えない説明で片付けていく磯貝(いそがい)の対比が面白い。そこには、どんな事象に対しても症例名を当て嵌めることの出来る現代の医学の矛盾と危うさが見える。

精神医学は科学であろうとするあまり、不可解な現象にも強引に説明をつけようとする嫌いはあります。現代の精神科医をタイムマシンに乗せて、イエス・キリストに会わせれば、目の前の青年は妄想性障害だと診断するでしょう。

言葉で説明できない出来事を何度も目にして、それによって、霊の存在へ傾倒しはじめる修平(しゅうへい)の姿は、特異でもなんでもなく、誰しもが持っている心の弱さだろう。そんな弱さに対して「情けないヤツ」と思わせない辺りが、病院の入院患者の間に起こった幽霊の話など、世の中で起きている不可思議な出来事にもしっかり触れている著者の構成の見事さなのだろう。
「生命の尊さ」という使い古されたテーマに、SF的ともオカルト的とも取れる不可解な要素と科学的見地からの要素を加えて、見事にまとめている。他の今までの高野和明作品にも共通して言えることであるが、その主張は世の中で言われていることと大きく隔たるものではない。本作品中で訴えられていることも結局は「命は大切」というよく言われることである。ただ、その伝え方に説教臭さは微塵も感じられない。読者は読み終えたあとには自らそのテーマについて深く考えようとするだろう。そこに高野和明の技術と個性が見える。


HLA
「ヒト白血球型:Human Leukocyte Antigen」で、その頭文字からHLAと呼ばれる。
群発自殺
ある自殺がセンセーショナルに報道されることにより、他の自殺が誘発され、流行的に自殺者が増えること。
希死念慮
死にたいと思うこと。自殺願望とは異なり、他人からはわかりづらい理由によるもの。

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「幽霊人命救助隊」高野和明

オススメ度 ★★★★★ 5/5
受験に失敗して首吊り自殺を図った主人公の高岡裕一(たかおかゆういち)は、現世と天国の間で、同じく自殺を図って天国に行きそびれた3人の男女に出会う。4人は神と名乗る老人から、天国に行くための条件として、100人の自殺志願者の命を救うことを命令される。
この現実離れした設定から、正直あまり期待していなかったのだが、その内容は期待を大きく裏切るすばらしいものだった。
物語は裕一(ゆういち)を含む4人の幽霊が、自殺志願者達の悩みを知り、自殺に向いたその心を救う。ということを繰り返すのだが、裕一(ゆういち)達は幽霊となって現世に降りたために、自殺志願者に直接触れることはできない、その代わりに、自殺志願者の考えていることを理解し、彼等の心に直接訴えることができる。
彼等の救助劇を目の当たりにする過程で、人が持つ悩みの数々に触れることが出来る。悲観的だからこそ、悩む必要のないことで悩む人。法律に無知だからこそ救われる手段があるのに追い詰められる人。完璧を求めるがゆえに他人を信じられない人。そして同時に、人を自殺に追い込む一つの原因として、責任感の強い者が損をする、日本の社会の不平等さを訴えている。

この国には一億二千万人もの人々が生活しているのに、どうして孤独というものがあるんだろう
多種多様に見える悩みの中の共通点。他人から見れば「どうしてそんなことで」と言いたくなるような苦悩が多いのである。不確定なはずの未来を、不必要に怖れていると言ってもいい。悲観的に見える将来は、同時に好転する可能性をも秘めていることに本人は気づいていないらしい。
人間は白でも黒でもない、灰色の多面体なのよ。人間だけじゃない。すべての物事には中間があるの。不安定で嫌かもしれないけど見つめなさい。いい人でもあり悪い人でもあるあなたの友達を。やさしくて意地悪な、あなた自身を

また、死ぬことを美とする日本の文化にも疑問を投げかけている。

人は皆、いのちを投げ出すという行為に崇高さを感じ取ってしまう。特に日本には、切腹した武士とか戦争中の特攻隊の話が語り継がれて、何かあれば死ねばいいという危うい風潮ができあがってしまっている。たとえ歴史に名を残さなくとも、何があっても生き延びる人間のほうが崇高なはずなのに。

そして、裕一たちは、そんな自殺志願者たちの救助作業を繰り返すうちに、「死」というものが決して美しくないこと、自分たちが大切な命を粗末にしたことに気付く。裕一(ゆういち)が、遺された自分の家族の心に触れるラストは涙無しでは読めないだろう。以前から、自殺という人間の心理に興味を持っていた僕にとっては非常に満足の行く作品であった。


傷痍軍人
戦傷を負った軍人のこと。
ウェルテル効果
一般的に知名度があるカリスマ的存在の人間が自殺すると、連鎖的に自殺が増えてしまう現象を指す。連鎖自殺、誘発効果、ドミノ連鎖とも言う。
任意整理
裁判所などの公的機関を利用せず、司法書士などの専門家が私的に債権者と話し合いをして、借金の減額や利息の一部カット、返済方法などを決め、和解を求めていく手続のこと。
オルグ
organizeまたはorganizerの略で、(特に左派系の)組織を作ったり拡大したりすること。組織への勧誘行為。および、それをする人のこと。
傅く(かしずく)
人に仕えて大事に世話をすること。
参考サイト
自殺(Wikipedia)

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「グレイヴディッガー」高野和明

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
映画化された「13階段」の原作者である高野和明の新作と知って手に取った。
内容は、小さな悪事を積み重ねてきた八神(やがみ)がそんな自分に嫌気が差して、骨髄ドナーとなって他人の命を救おうとする。しかしいざ、骨髄移植を目前にして大量猟奇殺人事件が発生するというもの。
骨髄移植の提供者は2つの命に責任があるということを知った。つまりドナー登録まではいいとしても、移植を了承した瞬間に他の人の命の責任もあるということだ。また、物語の中の大量猟奇殺人事件がキリスト教の魔女狩り(※1)を模倣しており、その残酷さが、誤った道へ進んだ世の中の怖さと人間の奥にある残虐性を教えてくれる。過去の人間が犯した大きな過ちの一つに「魔女狩り」という事実があったといことは忘れてはならないということだ。
そして物語は今まで知らなかった警察組織についても触れている。

警視庁内には二つの指揮系統が存在する。警視総監が掌握する刑事警察と、警察庁警備局長を頂点とする警備・公安警察である。

骨髄移植のために八神が病院に来るのを待つ医師が八神と電話で話す言葉も印象的だった。

「悪そうな顔の人ってね、良心の葛藤があるから悪そうな顔になるのよ。良心のかけらもない本物の悪人は、普通の顔をしてるわ」

さらに物語の中で現在の世の中に対しても軽く疑問を投げかける。

「民主主義だって完全じゃない。多数決の原理っていうのは、四十九人の不幸の上に五十一人の幸福を築き上げるシステムなのさ」

僕のなかにいろいろな興味を喚起させてはくれたものの、ストーリー性には若干の物足りなさを覚えた。犯人の動機の弱さや、登場人物の中に尊敬できる人物もしくは応援したくなる人物がいないせいだろう。そもそもそれぞれの人物の描写が薄い感じがした。

※1 魔女狩り
キリスト教国家で中世から近世に行われた宗教に名を借りた魔女とされた人間に対する差別と火刑などによる虐殺のこと。犠牲者は200万人とも300万人とも言われている。
魔女狩りが猛威をふるったのは、16〜17世紀。これは宗教改革とほぼ重なり、カトリックとプロテスタントの対立が激化した時期であった魔女狩りの犠牲となったのは、一人暮らしの貧しい老婆が多かった。つまり、人々が不安にかられる中、弱者が「社会の敵」として犠牲になったと考えられる。

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