「ダンサー」柴田哲孝

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
遺伝子工学の研究所から姿を消した謎の生命体「ダンサー」。ルポライター有賀雄二郎(ありがゆうじろう)は同じ時期に姿を消した息子の雄輝(ゆうき)を探す。
柴田哲孝の久しぶりの作品。「TENGU」で大きな衝撃を与えてくれた著者だが、その後、同じく未確認生物を扱った「KAPPA」「RYU」はややマンネリな印象を受けた。そしてやや間を置いて出版された本作品。人に危害を与える生き物を扱っているという点では前の3作と共通しているが、そこには遺伝子操作という今までの作品にはなかった最先端技術が盛り込まれている。
本作品ではなんらかの遺伝子操作で生み出された「ダンサー」が一人の女性志摩子(しまこ)のもとへと向かう。志摩子(しまこ)と「ダンサー」の関係。それががもっともこの物語の面白い部分であり、読者はどういうつながりが二人にあるのだろう、と考えさせられる。その答えは、人間の未知なる可能性を見事に取り入れたものとなっている。
同時にそんな超自然的な展開に説得力を持たせるために、世界で報告されている不思議な症例について触れている点も柴田哲孝らしい。「サイ追跡」「帰巣本能」という言葉にはなんとも好奇心をかきたてられる。
さて、本作品は「KAPPA」の10年以上後を描いており、ルポライター有賀雄二郎(ありがゆうじろう)の息子の雄輝(ゆうき)はすでに大学生となっており、本作品ではその2人が十二分に活躍する。あまりにも早くこの2人が歳をとってしまったころから、おそらく著者自身、このシリーズをそう長く書き続ける気がないことが想像でき、その点はやや残念である。
そして、2人のたくましい親子だけでなく、有賀(ありが)のもう1人のパートナーである犬のジャックも活躍する。彼目線で描かれたシーンは涙を誘う。長年共に過ごした主である有賀(ありが)に対する思いに、命の尊さを感じるかもしれない。その一方で事件を形成している要因の一つが、命の尊さを無視した動物実験の結果というところがこの作品の深いものに仕上げているのだろう。
「TENGU」にこそ及ばないが、十分に満足のいく作品だった。
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「RYU」柴田哲孝

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
沖縄の川で無人のボートが発見された。そのボートに残されていたカメラには不思議な生物が写っていた。沖縄の伝説のクチフラチャは実在するのか、ルポライターの有賀雄二郎が動き出す。
「TENGU」「KAPPA」に続く、柴田哲孝の未確認生物シリーズの第3段である。さすがに3作目となると、その生物が醸し出す不穏な空気などで、マンネリな感を出してしまうかと思いきやそんなこともなくしっかり楽しませてもらった。
沖縄の文化やその土地の人柄、アメリカの支配下におかれた沖縄の歴史的背景にまで触れながら構成されるストーリー。科学と迷信や伝統を組み合わせるそのバランスの良さは本作品でも健在である。
ただ、今回は最終的にその生き物と地元の人間との戦いになることから、そのシーンには人間のエゴのようなものを感じてしまった。

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「KAPPA」柴田哲孝

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
釣り人が上半身を引きちぎられた状態で発見された。目撃者は「河童を見た」という。ルポライターの有賀は真相を突き止めるために沼を訪れる。
前作「TENGU」が傑作だったゆえに、同じ未確認生物を題材とした本作品にも自然と手が伸びた。
本作品はそのタイトルが示すとおり沼にひそんだ謎の生物を追うことがメインであるが、大きな沼を舞台にしているため、その沼と長い間関わってきた地元の人々の生活の様子も描かれている。中でも放流されたブラックバスが与えた影響についてのくだりは印象深い。
内容については、やはりどうしても前作「TENGU」と比較してしまうのだが、「TENUG」ほど話の広がりは残念ながらないが、ルポライターで自由に生きている有賀(ありが)や、地元警察署の阿久沢(あくざわ)、沼でずっと生きてきた源三(げんぞう)の人間性に焦点を当てている。
そんな中、正反対の生き方を歩んできた、有賀(ありが)と阿久沢(あくざわ)が語りあうシーンはいろいろと考えさせてくれる。

おれも以前は、自由でいることは男の強さの証明だと考えていた時期もあった。つまり家庭とか、財産とか、社会的な信用とか、守るべきものがひとつずつ増すごとに男は少しずつ弱くなっていく。攻撃よりも守備に徹せざるを得なくなるからな。

タイトルこそ未確認生物として共通しているが前作「TENGU」とはかなり趣の異なる作品。期待値が高かっただけにやはり評価は厳しくなってしまう。


レッドテールキャット
体長は最大で約120cm。熱帯産大型ナマズの人気種であり、ペットショップでは5?程の幼魚が出回っている事が多い。(Wikipedia「レッドテールキャットフィッシュ」
キシラジン
麻酔前投与薬として使用される。牛、馬では鎮静薬や鎮痛薬としても用いられる。犬や猫ではケタミンと併用されることが多い。(Wikipedia「キシラジン」)
ケタミン
フェンサイクリジン系麻酔薬のひとつで、三共エール薬品[1]から塩酸塩としてケタラール®の名で販売されている医薬品。(Wikipedia「ケタミン」
参考サイト
熱川バナナワニ園ホームページ
Wikipedia「ミシシッピアカミミガメ」

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「TENGU」柴田哲孝

オススメ度 ★★★★★ 5/5
第9回大藪春彦賞受賞作品。
死を目前にした元警察職員の依頼によって、ジャーナリストの道平(みちひら)は、26年前に群馬県沼田市の村で起きた連続殺人事件に再び向き合うこととなる。天狗の仕業とされたその事件の真犯人は誰だったのか、そして、何かを知っていたはずの目の見えない美しい女性はどこへいったのか。
舞台となる沼田市は、天狗の伝説が伝わる村。だからこそ常に天狗の影が背後にちらつく。
本作品中では26年の時を隔てた物語が交互に展開していく。事件当時、まだ新聞記者の駆け出しだった道平(みちひら)が取材の中で遭遇した出来事の回想シーンと、現代の再び事件の真相を突き止めようとするシーンである。回想シーンでは、現場に残された凄惨な死体と大きな手形。人間がたどり着くことのできない場所に放置された死体によって、何か未知の生物の存在を感じさせると共に、ベトナム戦争末期という時代背景も手伝って、大きな陰謀の気配さえも漂う。ゴリラやオランウータンのような獣の仕業なのか、アメリカがベトナム戦争のために遺伝子操作で作り出した兵器なのか。枯葉剤によって生まれた奇形児なのか。それとも本当にそれは天狗の仕業なのか…。
現代の真実に少しずつ近づいていく様子ももちろん面白いが、回想シーンの中の展開についても先が気になって仕方がない。そして、そんな凄惨な物語に彩りを添えているのは、その村に住んでいた目の見えない美しい女性、彩恵子(さえこ)の存在である。
マタギなどの日本の伝統的な習慣から、ベトナム戦争、遺伝子操作やDNAなどの最先端の生物学から人類学まで、物語の及ぶ範囲は実に広く、それでいてじれったさを感じさせない。そして極めつけのラストでは多くのものを改めて考えさせてくれる。人間の尊厳とは何なのか、社会の倫理とは、人権とは…。

もしこの世に神が存在するとするならば、なぜあれほどまでに過酷な運命を背負う者を作りたもうたのか。

そして僕らに問いかける。僕ら人間は世の中のすべてを知っているのか、多くの研究者達が説明した真実が、本当の真実なのか…。

イリオモテヤマネコは先進国日本のあれほど小さな島で、あの化石動物は1965年まで誰にも発見されることなく隠れ住んでいたんだ。

年末迫るこの時期。もう今年は鳥肌が立つような本には出会えないと思っていたが、このタイミングでいい読書をさせてもらった。


シャム双生児
体が結合している双生児のこと。(Wikipedia「結合双生児」
モルグ
死体置き場という意味。
参考サイト
Wikipedia「イリオモテヤマネコ」

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