「ダークゾーン」貴志祐介

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
目が覚めるとそこは不思議な世界。現実の世界では将棋のプロを目指していた塚田裕史(つかだひろし)は、その世界で、18体のそれぞれの能力を持った生き物を動かして、敵である青軍と七番勝負をすることとなる。そこは夢なのか仮想空間なのか。
なんとも突飛な舞台設定である。実際著者である貴志祐介は「クリムゾンの迷宮」でも人間同士で生き残りをかけたゲームのような物語を描いているが、本作品では塚田(つかだ)含む登場人物たちは、なぜその場所にいて、なぜ戦うことになったかがわからなく、その点が物語のカギなのだと推測できる。
さて、理由もわからず塚田(つかだ)は現実世界で知り合いだった人間を駒として青軍と戦うのだが、その過程で、将棋や囲碁、チェスなど伝統的なゲームについて言及される点が興味深い。またその舞台となっている場所が昨今有名になった長崎の軍艦島をモチーフとしている点も個人的には好奇心を刺激してくれた。むしろそこまで調べ上げているなら将棋や囲碁の純粋な勝負の世界を描いたほうが面白い物語になったのではないかと感じた。
感想としてはやはりこの非現実すぎる物語をすんなり楽しむのは誰にとってもなかなか難しいのではないかと思う。とはいえこのような物語を世に出せるのは著者の過去の実績があるからゆえなのだろう。普通の人が同じものを書いてもまず出版社は却下するに違いない。そういう意味では現代アート的感覚で触れてみるのもいいかもしれない。
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「新世界より」貴志祐介

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第29回日本SF大賞受賞作品。1000年後の日本。そこはサイコキネシスを自在に操る超能力者たちの世界。厳しい規律によって秩序は保たれていた。
貴志祐介の久しぶりの作品は、上、中、下と三冊にわたる大作。物語は渡辺早紀(わたなべさき)が過去の悲しい記憶を振り返って書く手記という形をとっている。
最初はどこかのまったく現実と関係ない想像の世界を描いているようにも見えたが、次第にそれは、人類があるときを境に、超能力の存在を受け入れ、何人かがそれを自由に扱えるようになったがゆえに起こった混乱の後の世界であることが明らかになっていく。
サイコキネシスによって、つまり対象に一切触れたり、道具を使用することなく念じるだけで人を殺すことのできる人間の存在によって起こる混乱としては、なかなか納得できるものがある。
さて、物語はそんな世界のなかで自らの力をはぐくんでいく早紀(さき)とその友人たちを描いていく。その過程で、人間が住む場所の外には、多くの未知なる生物が潜んでいることがわかる。そして、鍵となるのは、人間同士が殺しう事をしないためにそれぞれの人間が心のなかに持つ攻撃抑制である。それゆえに、超能力を自在に操りながらも人間同士の殺し合いが起こることがない。そんな世界で生きている早紀(さき)が過去の歴史を知るにつれて、現代の核爆弾や殺人平気を知り、「古代人は狂っている」と感じるあたりには考えさせられるものがあるだろう。
やがて、物語は、ほかの生き物たちから「神」とあがめられる人間たちと、そんな「神」である人間の支配から逃れようとする動物たちの間の対立へと変わっていく。最終的に、何を訴えたいのかよくわからないが、なんにしても、不毛な殺し合いや逃走、追跡劇に非常に多くのページを費やしているため、全体のページ数に見合うだけの内容はないように個人的には感じたがほかの人はどう思うのだろう。

炭疽菌
炭疽(炭疽症)の原因になる細菌。病気の原因になることが証明された最初の細菌であり、また弱毒性の菌を用いる弱毒生菌ワクチンが初めて開発された、細菌学の歴史上で重要な位置付けにあたる細菌である。また第二次世界大戦以降、生物兵器として各国の軍事機関に研究され、2001年にはアメリカで同時多発テロ事件直後に生物兵器テロに利用された。(Wikipeida「炭疽菌」
久留子(くるす)
家紋。別名十字架紋。ポルトガル語で十字架のことをクルスと呼んだからことに由来する。(家紋の湊
テロメア
真核生物の染色体の末端部にある構造。染色体末端を保護する役目をもつ。(Wikipedia「テロメア」

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「硝子のハンマー」貴志祐介

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第58回日本推理作家協会賞受賞作品。
介護サービス会社の社長が社長室で撲殺死体として発見された。弁護士の青砥純子(あおとじゅんこ)は防犯コンサルタントという肩書きを持つ榎本径(えのもとけい)の協力を得て真実を解明しようとする。
「青の炎」以来しばらく文庫化作品のなかった貴志祐介の久々の文庫化作品。「ISOLA」「黒い家」でホラー作家というイメージを世間に与えているようだが、僕の中ではそこまではっきりとした個性は確立されていない。本作品も、彼の中の王道作品というよりも実験的な色合いが濃いようだ。
前半部分は青砥純子(あおとじゅんこ)と榎本径(えのもとけい)の犯罪の行われた密室の謎を解くために奔走するシーンで終始する。防犯コンサルタントである榎本(えのもと)は、トリックの可能性への言及の際、セキュリティに関することを多く語る。物語の中に、展開以外に新しい知識へのきっかけを求める僕にとっては、専門分野への詳細な描写は嫌いではないのだが、それは時に、読者を飽きさせ物語のスピード感を損ねてしまうという諸刃の剣である。本作品ではその執拗な説明は僕にとってもややうんざりさせるものであった。
ひたすら犯行の可能性を潰していくという、この前半部分は、ずいぶん長いこと読んでいなかったよくある推理小説を思わせる。最新技術を用いて徹底的にトリックを検証する展開は、森博嗣の犀川創平・西野園萌絵シリーズと似た雰囲気を感じた。
そして、そのままトリックを終盤に解明して終わればなんてことないただの推理小説として終わってしまっただろう。ところが中盤に差し掛かったところで一転、物語は数年前の犯人の目線に切り替わる。
親の不幸からヤクザに追われる身となり逃亡を決意する。わずかな期間で別人の名前の免許証を手に入れ、逃亡するその手口は非常にリアルで、管理の行き届いた日本の社会といえども、身分を偽って生きることがそれほど難しくないことを知るだろう。逼迫したその「殺らなければ殺られる」という犯罪の布石となる考え方が犯人の心の中に形成されたことを無理なく受け入れさせるだろう。
最後には、日本の犯罪者に対する再教育体制の問題にも触れている。

懲役や禁固というのは、受刑者を、一定期間、世間から隔離する処置にすぎませんし、刑務所側が腐心しているのは、その間、問題を起こさせないようにすることだけです。極端に言えば、出所後、何をしようと知ったことではない。当然ながら誰一人。責任は取りません。だからこそ、これだけ、再犯率が高いんじゃないですか?

全体的には物語のテーマがぶれている印象を受けた。作者がこの物語で見せたかったものは何なのか、前半のような謎解きのミステリーなのか、最後の犯罪を犯した若者が構成されずに一時的に社会から隔離されるだけの日本の犯罪者に対する更正体制の怠慢なのか。もちろん双方なのだろうが、もう少し一貫したテーマでコンパクトにまとめるべきだったのではないだろうか。


ブルディガラ
ラテン語で「ボルドー」の意味。仏・ボルドーのシャトーから直輸入のワインを中心に、パスタや備長炭を使った料理などヨーロッパを主体とした各国のエッセンスをプラスしたフレンチレストラン。
ディンプルキー
鍵の表面に深さや大きさの異なるくぼみがいくつかあり、このくぼみの深さや大きさを変えることによって、約2935億通りの鍵のパターンができるとされるので、鍵の複製が非常に難しい。シリンダー内に6本のピンが一列に並んだものが上下左右、さらには斜めにもディンプル穴があるのでその角度まで合わせるのはほとんど不可能とされており、ピッキング対策に優れている。ディンプルキーにはシリアルナンバーが打ってあり「完全登録システム」が採用されているので、シリアルナンバーと登録者が一致しないと合鍵も作れません。また、鍵がリバーシブルタイプなので、鍵の上下を気にすることなくスムーズな開錠が可能。
ドリリング
ドリルなどを使用し、家屋を破壊し侵入する手口。
ジルコン
花崗岩の中に普通に見られる石の中でも、比較的稀な性質を持った宝石で磨くとダイヤモンドに迫る美しい宝石となる。ジルコンとはアラビア語で“金色”を意味する“zargoon”からきている。通常ジルコンは無色透明のものが知られているが、含有物により、黄色、オレンジ、青、赤、褐色、緑などの色がある。
ルビコン川
イタリア北部を流れる川で、アペニン山脈より東へ流れ、アドリア海に注ぐ。共和政末期の古代ローマにおいては、本土である「イタリア」と属州の境界線をなしていた。紀元前49年1月10日、ガイウス・ユリウス・カエサルが「賽は投げられた」(Alea iacta est)の言葉とともにこの川を渡ったことはよく知られている。「ルビコン川を渡る」は以後の運命を決め後戻りのできないような重大な決断と行動をすることの例えとして使われる。(Wikipedia「ルビコン川」
クレセント錠
窓などに取り付ける錠でほとんどの窓がこのタイプの錠を使っている。2つの金具からなり、1方はフック型の部分をもつ外側の扉に固定された金具で、もう1方は、把手の付いた半円状の盤に突起を設けた金具で内側の扉に固定される。
ガンザー症候群
ヒステリー性心因反応による退行状態である。的外れ応答をなす偽痴呆であり、拘禁反応として生じやすい。
捲土重来(けんどちょうらい)
敗れた者が、いったん引き下がって勢いを盛り返し、意気込んで来ること。
体感機
パチンコ・パチスロなどの遊技台の攻略に用いられる器具の一種。大当りなどのタイミングを振動によって打ち手に知らせる機能を持つ。(Wikipedia「体感機」
モース硬度
主に鉱物に対する硬さの尺度のこと。硬さの尺度として、1から10までの整数値を考え、それぞれに対応する標準物質を設定する。ここでいわれている「硬さ」とは「あるものでひっかいたときの傷のつきにくさ」であり、「叩いて壊れるかどうか」の堅牢さではない。ダイヤモンドは砕けないというのは誤りであり、ハンマーで叩くなどによって容易に砕けることもある。(Wikipedia「モース硬度」
向精神薬
精神に働きかける作用を持ち、精神科などで使用される薬剤のこと。向精神薬には第1種から第3種まであり、いずれも医師の処方箋が必要な処方薬であり、中枢神経に作用して、精神機能に影響を及ぼす物質(医薬品としては抗不安薬、催眠鎮静薬、鎮痛薬等が該当)であって、麻薬及び向精神薬取締法及び政令で定めるものを言う。(はてなダイアリー「向精神薬」
ドレープカーテン
厚手のカーテン・室内側のカーテンのことを指す。日本では、厚手の室内装飾用の布地の意で使われている。
参考サイト
鍵と錠前の知識

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「青の炎」貴志祐介

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
「黒い家」「ISOLA」「天使の囀り」のような貴志祐介らしい(?)内容を期待したのだが、この作品は今までの作品とくらべるとずいぶん違う色の作品である。
この本を読んで改めて気付かされた。人はそれぞれ自分の気持ちを中心に生きていて、その中で少しづつ摩擦が生まれる。誰かを傷つけようなどとは誰も思っていなくても、人と人との間に生まれる誤解や嫉妬の中から犯罪は生まれ、そして犯罪に手を染めた人は、それを補うために犯罪を重ねる。そんなどうしようもない状況がこの世の中にはあるということ。