「海の見える理髪店」萩原浩

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第155回直木三十五賞受賞作品。

家族を描いた6つの短編集。

どれも家族愛を描いた作品ではあるが、個人的に印象的だったのが6番目の「成人式」である。中学生の時に交通事故で亡くなった娘、鈴音(すずね)の代わりに、40を過ぎた両親が成人式に出ようと試みる物語である。娘のためにと思いついた出来事が、娘を失った2人の人生に輝きを与えるのである。

優しい物語ではあるが、自分としては若干物足りない。もう少し年を取ってから読むといいのかもしれない。

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「あの日にドライブ」荻原浩

オススメ度 ★★★☆☆
現在43歳の伸郎(のぶろう)は元銀行員で現在はタクシーの運転手。その生活を描く。
「もしあのときこうしていたら…ああしていたら…」。誰もが一度は考えたことがあるのではないだろうか。生きているうちに時に迫られる選択。人生のターニングポイント。一つの道を選択したら、もう一方の道を選択した場合に自分の人生に起こる結果を僕らは知ることができない。
過去のエリート人生から脱落して、その間の期間だけのつもりで選んだタクシーの運転手という職業。長距離の客に出会えるかどうかが運に左右され、それ以外の時間を車の中で一人でいろいろ考えてしまうからこそ陥いる、後ろ向きな後悔のスパイラル。読んでいる人間までへこませるようなマイナス思考のオンパレードだが、やがて自分だけが不幸なわけではなく、また、青く見える隣の芝生も、実際には多くの欠点を抱えていることに気付いていく。

曲がるべき道を、何度も曲がりそこねた。脇道に迷ったし、遠回りもした。でも、どっちにしたって、通り過ぎた道に、もう一度戻るのは、ちっとも楽しいことじゃない。

結局は今を前向きにとらえて生きることこそ人生を楽しむ最良の方法なのだと伝えたいのだろう。僕にとってはそれは新しい考え方でもなんでもなく普段から意識していることではあるが、普段人生や運命をどうとらえているか、そういう読者の人生に対する姿勢によって、本作品の受け止め方は変わってくるのではないだろうか。
難しいことを考えずにのんびりとした気分で読むには悪くないかもしれない。
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「さよならバースディ」荻原浩

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
霊長類学研究センターではバースデーと名づけられたボノボに言語習得実験を行っている。田中真(たなかまこと)と恋人の由紀(ゆき)が中心となってプロジェクトを進めるが、そこで事件は起きる。
人間の次に賢いと言われるボノボを題材としているだけに、ボノボと人間の生き方を比較したような描き方を期待して本作品を手に取った。例えば最近読んだ「償い」の中で、「ボノボはその賢さゆえに人間のように地球を汚すような生き方をせずに森と共存している。」という考え方があった。ボノボやイルカなどの知能の高い動物を扱う物語においては、その動物と比較して、「では科学を使っている人間は本当に賢いのか・・・?」という問いかけにたびたび出会う気がする。そんな答えのないテーマに今回も僕は浸りたかったのだろう。
しかし、物語は終始、ボノボの実験内容の詳細な描写とその施設で起こった事件について展開する。ボノボの知能の高さを見せているにしては内容が浅く、ミステリーとしての面白さを見せようとしているのなら、テンポが遅い、というように、最終的に、ボノボに焦点を当てたかったのか、それとも霊長類学センターで起きた事件に焦点を当てたかったのかなんとも中途半端な印象を受けた。
また、複雑な研究設備を文字で説明しようとしているのはわかるのだが、物語の中で大して重要でない出来事まで細かく書くためにスピード感が乏しく、ラストはすでに結論が見えているのになかなか終わらない、というようにややじれったさまで感じてしまった。同時に著者の読者を涙させようという意図が見え過ぎた点も残念である。
本作で読了した荻原作品はまだ2作目であるが、読者の感情をコントロールしたいばかりに物語中に登場する文化や事件、人間などの心情についてやや過剰に演出された描き方が多い気がする。物語を楽しみながらも、世の中の問題点や知らない文化を知識として蓄えたい、というふうに読書の意義を考える僕の求めているものとは、この著者の作品は一致しないのかも、と感じた。
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「明日の記憶」荻原浩

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第18回山本周五郎賞受賞作品。
広告代理店営業部長の佐伯(さえき)は、若年性アルツハイマーと診断された。仕事や日常生活が少しずつ出来なくなって行く中で悩み、生き方や人間関係を考えていく。
昨年やっていた、2時間ドラマの原作だと気づいたのは読み始めてからである。今回は萩原浩という最近よくみる作家の代表作に触れるという意図しかなく、アルツハイマーを扱った作品だと知らなかったので少し後悔した。「世界の中心で愛を叫ぶ」などと同様に、一人の元気だった人間が病気によって次第に衰えていく様子を描く作品は、涙腺を刺激することはあっても内容の濃いものであることは少ない。この作品もまた、人を涙させるためのもっとも安易な手法を採ってしまっただけで、とりててて大きなテーマもない作品ではないか、と。
物語は最初から最後までアルツハイマーに犯された佐伯(さえき)本人の目線で進む。生き方に悩んだり次第に物事を忘れていくことで、数ヵ月後の自分を想像して恐怖する姿は描かれているのだが、その心情描写がリアルだとは残念ながら言い難い。見所はむしろ妻である枝美子(えみこ)の夫を支える姿なのではないだろうか。また、アルツハイマーと診断されてから、佐伯(さえき)は「備忘録」と名付けた日記を書くことを習慣づける。その日記が作品の中の要所要所に登場するのだが、次第に同じことを繰り返し書かれたり、間違った漢字を使い始めたり平仮名が多くなったりする。それによって次第に病状が進行していくことを表現しているのだが、そんな手法も本作品の個性と言える。

記憶が消えても、私が過ごしてきた日々が消えるわけじゃない。私が失った記憶は、私と同じ日々を過ごしてきた人たちの中に残っている。

読み進めるに従い懸念したことが現実となる。徐々に記憶を失っていくその姿は悲しく、アルツハイマーという病気の恐ろしさは伝わってくるが、内容自体にあまり密度を感じない。それでも最後の2ページは著者の思惑通り涙が溢れ出た。このラストシーンを描きたくて著者はこのテーマを選んだのだろう。そう思った。


たたらづくり
板状に伸ばした粘土を型紙に合わせて切り取り、石膏型などにかぶせて成型する陶器の技法の1つ。

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