「まっすぐ進め」石持浅海

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
川端直幸(かわばたなおゆき)が書店で遭遇した美しい女性は腕にふたつの腕時計をしていた。
本書は、直幸(なおゆき)が書店で出会った女性の謎を解く事から始まる。腕時計を2つしていたその女性、高野秋(たかのあき)は過去の辛い出来事ゆえにそのような行動をとっていたのである。そんな過去の重荷を背負った高野秋(たかのあき)はその複雑な心に気付いた直幸(なおゆき)とともに人生を歩もうと考え始める。
共に行動することが多くなった直幸(なおゆき)と高野秋(たかのあき)であるが、物語は終盤に進むにつれ、秋(あき)に起こった悲しい出来事の真実が明らかになって行く。心を開き始めた秋(あき)とそれに答えようとする直幸(なおゆき)の関係が温かい。
日常的なことのなかに、登場人物たちが推理を繰り返す石持浅海の世界観が今回も全快である。どちらかというと殺人絡みなのだが、本書は直幸(なおゆき)と秋(あき)の恋愛を中心に展開される点が新鮮である。
小さな謎と深い推理を楽しみ、読後は温かい気持ちに慣れるのではないだろうか。
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「耳をふさいで夜を走る」石持浅海

「耳をふさいで夜を走る」石持浅海
オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
自らが信じる正義のために並木直俊(なみきなおとし)は3人の女性を殺すことを決意した。しかしそこにはいくつかの傷害が立ちふさがる。
他の石持浅海作品のような、わずかな出来事から導き出される推理の連続を期待したのだが残念ながら中途半端な作品になってしまった印象を受けた。1晩で3人の女性の殺害しようとする殺人者目線で展開し、もちろん殺人者並木直俊(なみきなおとし)がその目的を達成するためにいろいろな事実から推理を働かせながら行動をするのだが、他の石持浅海作品と比較するとその推理は表面的なものでしかなく、その一方で、登場人物それぞれの行動の動機も説得力を持つほど詳細に練られているとは言えない。
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「届け物はまた手の中に」石持浅海

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
恩師である益子(ましこ)先生を殺害した犯人を殺して復讐を果たした楡井和樹(にれいかずき)は、同じく復讐を誓いながらも、起業家としての幸せな家庭を築くことを選んだ友人設楽宏一(したらこういち)にその報告に向かう。
この奇抜な設定がすでに石持ワールドへの入り口である。この設定に抵抗がある人は石持浅海の世界はあまり楽しめないのかもしれない。さて、友人設楽(したら)の家に復讐の報告に向かった楡井(にれい)は設楽の妻、妹、秘書の女性3人と設楽(したら)の子供の4人の歓迎を受ける。設楽(したら)は急な仕事で部屋から出てこないのだと。不自然な女性3人の行動と、友人が久しぶりに訪れているにも関わらず部屋から出てこない設楽(したら)。そんなか、楡井(にれい)は訪問の目的を果たそうと試行錯誤するのである。
ほとんど設楽(したら)邸で物語が進むという石持らしい作品。女性3人のわずかな不自然な動作を元に真実に近づいていく楡井(にれい)の思考を楽しめるだろう。
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「わたしたちが少女と呼ばれていた頃」石持浅海

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
横浜の女子校に通う上杉小春(うえすぎこはる)は碓氷優佳(うすいゆか)と同じクラスになる。一緒に学生生活を送る中で少しずつ優佳(ゆか)の能力に魅了されていく。
石持浅海の作品に触れている人ならばすぐに気づく事だろう。本書は「扉は閉ざされたまま」「君の望む死に方」「彼女が追ってくる」で見事な推理で活躍した碓氷優佳(うすいゆか)の高校時代を描いてている。物語の目線を上杉小春(うえすぎこはる)という普通の女子高生に据えることで、碓氷優佳(うすいゆか)のどこか不思議な空気を演出している。
受験、恋愛、夢など、女子高生の生活のなかで起きる出来事の中で碓氷優佳(うすいゆか)がその洞察力を見せて物事を解決していく。石持浅海ファン、というか碓氷優佳(うすいゆか)ファンには読み逃せない作品だろう。
舞台が女子校ということで、あまり緊迫感のある推理にならないのが残念な部分。また、本書だけを楽しもうと思っている人にはあまり進めない。あくまでも他の碓氷優佳(うすいゆか)登場作品とあわせて1つの世界を楽しむのがいいだろう。
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「八月の魔法使い」石持浅海

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
洗剤メーカーの役員会議で報告されていない事故報告書が見つかり、役員たちは副社長のいすを巡ってそれぞれを非難し始めた。その間、万年係長である松本係長も事故報告書の処理を部長に訪ね始める。小林拓真(こばやしたくま)と恋人の美雪(みゆき)は腐敗し始めた会社の大改革を目撃する事になる。
石持浅海(いしもちあさみ)らしく、今回も会社の会議室と、一つのセクションと言うわずかな空間だけで展開する物語。会議室では夏休み中の気楽な会議だったはずのものが、誤って差し込まれていた事故報告書によって一変するのである。そして、小林拓真(こばやしたくま)は与えられたわずかな情報から誰がこの一連の出来事を意図して、何を目的に行っていくかを解明していく。
企業のなかの権力争いを題材にしているせいか、残念ながら他の作品のようなスリルは味わえなかった。この辺の受け止め方は、現実の世界で、企業にどのように所属し、それをどう捉えるかによるのかもしれない。
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「心臓と左手 座間味くんの推理」石持浅海

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
警視庁の大迫警視はあるハイジャック事件を機に知り合った沖縄を愛する青年、通称「座間味くん」とたびたび過去の事件について意見を交わす。そんな中で「座間味くん」はその推理力を見せる。
本物語は、石持浅海の別の作品「月の扉」と関連する部分が多く、「月の扉」を読んだ人のほうがより楽しめるだろう。僕自身、「月の扉」の物語を漠然としか覚えていなかったのだが、「座間味くん」の推理を楽しむ分にはまったく問題がなかった。
短編集の形をとっていて、最後の一編をのぞいてはいずれも大迫警視が事件の概要を話して、それに対して「座間味くん」が意見を述べる、という形をとっている。つまり、「座間味くん」は大迫警視が語った言葉だけで状況を分析し、警察が気づかなかった真実を推理してみせるのだ。物語が展開する場所の狭さはいかにも石持浅海らしい。
しかし、感想としてはやや「座間味くん」の推理は行き過ぎていて納得しかねると感じる部分も多々あった。また、最後の1編をのぞいた6編ともに事件の概要以外はほとんど同じ展開だったため、やや退屈を感じてしまった。
ちなみに石持作品ではすでに碓氷優香(うすいゆか)というヒロインがいるが、この本名の明らかになっていない「座間味くん」も今後何かほかの展開があるのだろうか。
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「彼女が追ってくる」石持浅海

オススメ度 ★★★★☆ 4/5

コテージ村で年に1度開催される親睦会。それを数少ないチャンスと捉えて、中条夏子(なかじょうなつこ)は死んだ恋人の復讐として黒羽姫乃(くろはひめの)を殺害する。そして罪の問われないために策を練るのだが、参加者の一人の碓氷優香(うすいゆか)が立ちはだかる。
石持浅海らしい作品と言えるだろう。世界を限定し、登場人物を限定し、その中で特に大きな行動を起こす訳ではなく、会話と推測、駆け引きだけで物語をすすめるのである。現実感がないと切り捨ててしまう事もできるが、どこか中毒性のあるミステリーである。
本作品でも殺人者となった夏子(なつこ)が自分の無実を示すためにいろいろな策を練り、姫乃(ひめの)の死体が発見されて親睦会の人たちと何が起こったかを論じている間も、自らの思い描く方向に状況をすすめるために、慎重に言葉を選んで行動するのだ。
何度か石持作品を読んだ事のある人には結末は見えているのだが、その過程に期待するのだ。碓氷優香(うすいゆか)はどうやって謎を解き、どういう結論へ導いていくのか、と。
好みは別れるだろうが、今回はこれを期待して本書を読み始めたのでしっかりと期待に応えてくれたと言える。
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「君の望む死に方」石持浅海

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
社長である日向貞則(ひなたさだのり)は、医師に余命6ヶ月と診断されたことによって、一つの計画を実行することにする。それは、自分に恨みを持つ社員梶間(かじま)に自分を殺させることだ。そして実行のために、その人物とカムフラージュのために何人かの幹部候補社員たちを熱海の保養所に集める。
なによりもその設定自体が面白いだろう。「誰かに自分を殺させる。」こんな設定はそうそうあるものではない。ひょっとしたらそんなあり得ない設定に抵抗を抱く人もいるかもしれないが、すでに何冊か石持浅海作品を読んでいる僕にとっては、これから展開される物語に対して期待感が高まるのを感じた。
本作品も石持浅海らしく保養所という狭い空間のなかで進んでいく。そこに集められた5人の幹部候補社員と、社長である日向(ひなた)。補佐役の専務。そして、その場をコントロールするために日向(ひなた)に招かれた3人である。その3人のうちの一人が、碓氷優佳(うすいゆか)なのである。読んだことある読者ならすぐに気づくことだろう。この物語は石持浅海の別の作品「扉は閉ざされたまま」と同じ世界で、その数年後を描いているのだ。そして「扉は閉ざされたまま」でも碓氷優佳(うすいゆか)が重要な役を演じた。
さて、二泊三日の研修という雰囲気でイベントは進みながらも、2人の駆け引きが進む。どうやって日向(ひなた)を合宿中に殺してなおかつ自分は警察に捕まらないように、と考える梶間(かじま)。そして、どうやって梶間(かじま)に「復讐を果たした」と思わせながら、自分を殺させて、そのうえで警察に捕まることなく会社を継いでもらおうかと考える日向(ひなた)。
とはいえ、「扉は閉ざされたまま」を読んだことのある人間には最後の展開が予想がついてしまうことだろうう。最終的に碓氷優佳(うすいゆか)がすべてを解決してしまうのだろう、と。それを知ったうえでなお先が楽しみなのは、2人の意図をどうやって碓氷優佳(うすいゆか)が上回って解決するかというその爽快感への期待ゆえなのだ。結果が見えているのにここまで楽しいのは、必ず事件が解決されるとわかっている探偵物語と似ているかもしれない。
そしてその期待は最後まで裏切られることはない。正直学ぶもののない物語のための物語と切って捨てることはできる、そんな人によって好みの分かれる作品ではあるが、それを補うだけの魅力を感じるのは、単に僕の好みが知的な女性、という理由のせいだけではきっとない。
過去の石持作品の雰囲気が好きで、それを再度味わいたくて本書を手に取った人には決して後悔させない一冊。個人的には先に「扉は閉ざされたまま」を読んでから挑戦して欲しいもの
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「アイルランドの薔薇」石持浅海

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
南北アイルランドの統一を目指す武装勢力NCSの1人が、とある宿で殺される。同行していたNCSのメンバー2人と、同じ日に宿泊していた一般客数人が、事件が解決するまで宿にとどまることを決める。
限られた空間で物語を最後まで展開する流れは、石持浅海(いしもちあさみ)作品の特長である。本作品ではその空間はアイルランドのスライゴーという場所にある宿である。他の石持作品と異なる点は、日本以外を舞台としている点と、その国の歴史的背景を物語に取り入れている点だろう。
実際、本作品では、アイルランドとグレートブリテン王国(いわゆるイギリス)の悲劇的な歴史について触れている。中途半端な位置にある国境の理由や、それぞれの宗教の違いについて理解を深めることになるだろう。
さて、本作品ではたまたま宿泊していた中にいた日本人、フジが事件の解決への大きな役を担う。今回も最後で読者の想像を見事に裏切ってくれる。

スライゴ
アイルランド共和国スライゴ州の州都。コノート地方においてはゴールウェイに次いで人口の大きな町である。(Wikipedia「スライゴ」)
ベルファスト合意
イギリス北アイルランドのベルファストで1998年4月10日にイギリスとアイルランド間で結ばれた和平合意。(Wikipedia「ベルファスト合意」
参考サイト
Wikipedia「アイルランド」

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「ガーディアン」石持浅海

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
勅使河原冴(てしがわらさえ)にはガーディアン、つまり守護者が憑いている。どうやらそれは死んだ父親らしい。だから怪我もしないし、誰かが冴(さえ)に対して悪意をもって攻撃しようとするとガーディアンはその悪意の大きさに応じた対応をしてくれる。
ガーディアンと、女性を主人公としていることから、過去の石持浅海作品とは若干異なる作品かもしれないと考えていたのだが、ガーディアンという不思議な存在以外は石持ワールド全快である。
ガーディアンは冴(さえ)の意識に関係なく、冴(さえ)に危害を加えようとした人に相応の報復をする。たとえそれが、冴(さえ)の友達だろうと関係なく。この非現実手はありながらも一貫したガーディアンの行動指針が物語に不思議な面白さを与えてくれる。
さて、物語では、同じプロジェクトに参加していた6人のうちの男性の1人が不自然に階段から落ちて死んだことにより、その人間関係が一変する。ある人は、ガーディアンの容赦ない仕打ちに、冴(さえ)から距離を取ることを選び、また冴(さえ)自身も、ガーディアンが、男を殺したということから、男が自分に殺意を持ったに違いないという結論に至り、人から殺意をもたれるほど憎まれた、という事実に悩む。
例のごとく、登場人物の何人かがやたらと洞察力、推理力に優れていたり、と突っ込みどころは満載なのだが、石本作品5作品目にして、その中毒性を改めて認識させてくれる作品である。「扉は閉ざされたまま」「セリヌンティウスの舟」など、タイトルの美しさもその魅力の一つだろうか。
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「セリヌンティウスの舟」石持浅見

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
年齢も職業もバラバラの6人は石垣島のダイビング中に起きた遭難事故によって絆を深める。しかしそれから数ヶ月、そのうちの1人である米村美月(よねむらみつき)が自殺を遂げた。彼女は仲間を裏切ったのだろうか。鎮魂のために、その死の疑問点について残された5人が考え始める。
物語の大半は、ダイビングメンバーの1人で最年長者の三好(みよし)の部屋の中でのみ展開することとなる。小さな世界の中で、知性あふれる人たちが問題や謎を解決するために言葉を交わして真実に近づいていくのが石持浅見作品の特徴である。今回の物語も登場人物は死んだ美月(みつき)を除けばわずか5人で、そのうち真実への近づくための牽引役となるのは、どちらも冷静で論理的思考回路を持つ磯崎義春(いそざきよしはる)と吉川清美(よしかわきよみ)である。
発端は、なぜ美月(みつき)は自殺の際に青酸カリの入った瓶のふたを閉めることができて、なぜその瓶は転がっていたのか。ということである。小さな不審点に対して異常とも思えるこだわりを持ってすべての可能性を検討する5人。そのやや強すぎるこだわりと、すべての人間が合理的な行動をするはずだという考え方の2つの不自然さにさえ目をつぶれば、石持浅見作品は大いに楽しむことができる。
そして往々にしてこの著者の物語の結末には、ゾクリとするような瞬間が用意されている。だからこそ僕は、やや広がりに欠けるという不満をこの著者の世界観に感じながらも、繰り返し作品に手を伸ばすのだろう。また、今回は「セリヌンティウス」という言葉も僕の目には新鮮に映ったのだ。

わからない。セリヌンティウスには、メロスがどうやって帰ってきたのかがわからない。

今回も石持浅見らしいラストが用意されていた。残念ながら僕の心をわしづかみにするほどのものではなかったが…。
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「扉は閉ざされたまま」石持浅見

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大邸宅で行われた同窓会の最中に、伏見亮輔(ふしみりょうすけ)は新山(にいやま)を事故に見せかけて殺した。しかし、参加者の中には並外れた洞察力を持つ碓氷優佳(うすいゆか)がいた。
登場人物は7名のみで、ほとんど殺人の舞台となる大邸宅のみで物語が完結する王道のミステリー。犯人である伏見(ふしみ)が新山(にいやま)を殺すところから物語は始まり、そのまま犯人である伏見(ふしみ)の目線で展開していく。
同窓会参加者の優佳(ゆか)がずば抜けた洞察力の持ち主であることも早い段階で描かれるため、多くの読者が早々に物語の最後を推測できることだろう。最終的には優佳(ゆか)が真相を解明し、犯人が伏見(ふしみ)であることに気づくのだろう、と。
だからこそ、多くの読者は伏見(ふしみ)の言動を注意しるのだ。一体どこで優佳(ゆか)が真相を突き止めるためのボロを出すのか、と。僕もそうやって物語を読み進んでいったが、残念ながら優佳(ゆか)の気づいた小さなてがかりに僕自身は気づくことができなかった。(もちろん小説ゆえになせる業だと信じたいところだが)そして、そんなミステリーの王道ともいえる物語展開に加えて、本作品は臓器提供という未だ日本では広まっているとはいえない文化についても言及しており、個人的にはその考え方も物語に負けず劣らず印象的であった。
久しぶりにミステリーらしいミステリーを読んだ。石持浅見作品は本作品で3作目の読了になるが、いずれも非常に狭い範囲で物語が完結する点が特徴的である。例えば「月の扉」はハイジャックされた飛行機と飛行場のみで物語が終わり、「水の迷宮」は水族館という狭い建物の中だけであった。もう少し広く現実世界をうまく取り込んだ作品もあるのであれば読んでみたいものだ。
【楽天ブックス】「扉は閉ざされたまま」

「水の迷宮」石持浅海

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
羽田国際環境水族館発展のために尽くしていた職員がある日、不慮の死を遂げた。そして3年後のその日、水族館宛てに脅迫メールが届く。古賀孝三(こがこうぞう)と深澤康明(ふかざわやすあき)を含む十数名の職員、関係者達は、水族館の未来を守ることを最優先事項としながら事態の解決を試みる。
物語は水族館と言うあまり馴染みのない場所で展開する。そのため物語を通じて普段知ることのできない世界の舞台裏を知ることができる。それは小説という媒体に限らず、物語に触れる中で得られる楽しみの一つであるが、同時に、想像しにくい舞台で物語が展開されるために、その臨場感が伝わりにくいというデメリットも孕(はら)んでいる。特にそれは、視覚に訴えることの出来ない小説という伝達方法で顕著に現れる。
さて、この物語において、一連の謎の解明にもっとも貢献するのは深澤康明(ふかざわやすあき)である。探偵モノのミステリーと同様に、彼の分析力と論理的なものの考え方、伝達力はこの物語の大きな見所と言えるだろう。ただ、他にも数名状況に応じて的確な考えを述べる登場人物がおり、深澤(ふかざわ)を含めた彼等の言動があまりにも的確すぎて、物語を意図的にある方向へ導いているような印象さえ受ける。(もちろん著者によって作られた登場人物が著者の意図した方向に物語を進めようとするのは当たり前なのだが)。その不自然さが登場人物の人間味を薄れさせているような気がする。
物語は終盤まで、犯人の脅迫メールに応じて職員が対応するという展開で進む。そのミステリーの中では非常にありがちな展開は読者をやや飽きさせることだろう。上でも述べたようにメインの数名以外の登場人物にあまり人間味が感じられないこともまた、物語の吸引力を弱めている要因の一つなのかもしれない。
このまま深沢(ふかさわ)が格好よく真相を解明して終わるのだろう、と思いながら読み進めていたが、終盤にきて、ぞくりとするような展開や台詞が待ち受けていた。ラストのわずか数ページが、この作品をどこにでもある退屈なミステリーとは一線を画す存在に変えているといっても過言ではない。それは前回読んだ石持作品の「月の扉」にも共通して言えることであり、これが石持浅海の個性なのかもしれない、と、二作目にして著者の輪郭が見えたような気がする。

夢を語ることは誰にでもできる。けれどそれを実現に導くのは周到な準備と、それに続く労力だ。実際にはなにもせずに、夢だけを語る人間のなんと多いことか。

ホーロー
金属(鉄)の表面にガラス質のうわ薬を塗り高温で焼き付けたもののこと。鉄のサビやすさ、ガラスのもろさというそれぞれの欠点を補う効果がある。
リーフィーシードラゴン
海水魚の一種。タツノオトシゴに似ている。(Wikipedia「リーフィーシードラゴン」)

【楽天ブックス】「水の迷宮」

「月の扉」石持浅海

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
柿崎修(かきざきおさむ)、真壁陽介(まかべようすけ)、村上聡美(むらかみさとみ)の3人は、那覇空港で離陸直前の航空機をハイジャックした。沖縄のキャンプ仲間で不思議な力を持ちながら、警察幹部の陰謀によって不当逮捕された石嶺孝志(いしみねたかし)を奪還するためである。
ハイジャックを実行した3人がいずれもどこにでもいるような善良に市民であり、だからこそ殺人や一般市民を脅威に晒すことに対して人並みの罪悪感を抱く。ハイジャックされた航空機の中の描写は、そんな犯人の一人である聡美(さとみ)の視点で展開するからこそ、テロリストのハイジャックを扱ったような良くある作品にはない、この作品独自の面白さが際立つのだろう。
そして、この物語の中で何より魅力的なのは、偶然ハイジャック機に乗り合わせ、重要な役どころを担うことになった若い男性、通称「座間味くん」である。(むしろ彼が主人公のようにも感じる)。もちろん本作品がフィクションであるがゆえに容易に作り出せるキャラクターではあるだろうが、彼のようにどんな状況においても冷静に先入観を持たず、状況に応じて的確な決断が下せるような人間になりたいものだ。
物語は目的を同じくしながらも各々の採る手法の違いから、思わぬ方向へと進んでいく。そんな展開の中で通称「座間味くん」のつぶやいた言葉が印象的である。

思い出してほしい。他人からの悪意に耐えられるということは、他人への悪意を持つことができるということなんだ

また、本作品中ではあまりその人柄の描かれることのなかったカリスマ、石嶺孝志(いしみねたかし)の存在も読者を惹き付ける要素の一つだろう。一緒にいるだけでその人の心を少しずつ変えてしまう人間。そんな人に今まで僕は会ったこともないが、存在を否定するつもりもない。科学では説明できないなにかの力。それはいつだって僕の好奇心を強く刺激するのだ。
今回、石持浅海(いしもちあさみ)の作品に始めて触れた。題材のせいか、著者のポリシーのせいかはわからないが、本作品には、世間の見方を変える様な印象的なエピソードも、新たな物事を知るためのきっかけもほんのわずかしか含まれていなかったが、始めから終わりまで一気に読ませるその展開力は秀逸である。さらなる傑作を期待して、しばらく石持浅海の作品を注目していこうと思った。


泡盛
今から約500年以上前の琉球王国時代から作られている沖縄だけの特産酒のこと。
シェラカップ
キャンプ用品。食べ物にも飲み物にも使用できて軽量カップ代わりのも使えるもの。

【楽天ブックス】「月の扉」