最近スカッシュラケットを持ち運ぶとき、あえてラケットを外に出すようにしている。といってもラケットを生で持ち運ぶのではなく、購入した時に付属しているケースにのみ入れて持ち運ぶということだ。多くのスカッシャーたちはやがてバドミントン用や数少ない流通しているスカッシュ用ラケットバッグに入れて持ち運び、僕も学生時代はそうしていたが、ここ数年はあえてそれをしない。
こうやって持ち運んでいると、実は意外と世の中にはスカッシュというマイナーなスポーツに興味を持っている人がいることに気づく。
「そのラケット…なんですか?ひょっとしてスカッシュ?」
そして、その大半は、興味を持ちながらも始め方が分からないらしい。
「私、やってみたいんですよー」
「あれ、どこで始めたらいいんですか?」
よく行くマルイ店舗内のスタッフのお兄さんは(といってもたぶん年下)は最近地元でスカッシュを始めたと報告してきた。別件で出会ったまだ社会人なりたての女の子にはmixiの初心者が集まるスカッシュコミュニティを紹介しておいた。
中学生や高校生にはともかく、社会人の多くを魅力するのは、メジャーなスポーツよりもむしろ話題性のあるマイナースポーツなのかもしれない。
ここ1ヶ月ほど左足に痛みがあるのがシューズのせいかと考えて、新しいスカッシュシューズを注文した。ここ、半年ぐらいは週3から週4でスカッシュをやっていたのだからシューズの消耗が激しいのも仕方がない。
しかし最近スカッシュにもやや物足りなさを覚える。マーフィーの法則か何かにこんな言葉があった。
「悲しみは分かち合えば小さくなり、喜びは分かち合えば大きくなる」
そう、やはり勝利の喜びは分かち合ってこそ大きくなるもの。一緒に勝利を目指すことによって、一緒に喜び、時にはケンカし、そういう過程を経てこそ深い信頼関係が出来上がるもの。
うーん、団体競技が恋しい。もちろん、個人競技には個人競技の良さがあるから、やはり両方に常に取り組むことが理想だろう。
そういえば最近スカッシュ好きのカナダ人がまた新しい映像をアップしてくれていた。足を一度完全に完治させるためにしばらく練習を控えているので、これを観てまたイメージトレーニングをしている。とりあえず1ゲーム目だけ載せておく。世界ランキング36位対世界ランキング49位。
なんか、米倉涼子のバンテリンのCMや、先週のガリレオの福山雅治のシーンでスカッシュのシーンが使われたので、自分も少しスカッシュの普及に貢献できればいいなと思うこのごろ。
最近、どこかのカナダ人がYouTubeにアップしてくれた世界ランカーのスカッシュの試合をヒマさえあれば眺めているのだが、時々1,2時間平気で見続けていることに気づく。そんなことを繰り返して思ったこと。
人が野球やサッカーなどの人気スポーツを観る理由はきっとそれが興奮や緊張感を与えてくれるからだろう。しかし、スカッシュの場合はやや異なるように感じる。それはむしろトランス状態に近い。トランス状態とは人間が理性の働きを静めることによって心地よさを感じること。音楽を聴いたり、アルコールを飲んだりするのも理性の働きを沈めて心地よさを感じるための一つの手段である。
スカッシュの場合は他のラケット競技であるテニスや卓球とは異なり、とにかくラリーが長く続くので、ラケットがボールを打つ音が単調なリズムで響き続ける。単調なリズムが人間の聴覚に働きかけることもまた、人間の理性の働きを静めトランス状態に導く効果がある。パチンコやディスコなどはこのトランス状態を利用して被催眠性の高い利用者に繰り返し足を運ばせる娯楽(むしろ「誤楽」か?)である。
つまりだ、スカッシュをプレーとして楽しむ分には体力的な問題もあるかもしれないだろうが、観る分には被催眠性の高い視聴者を惹き付ける効果があるかもしれない。そんなことをふと思ったのだ。どうだろう、日本のお偉いさん方。この適当な推測を基に日本のスカッシュ界にもう少し投資してみないだろうか?
先日ガットを張り替えた際、2年以上使っている今のラケットに小さなひびがあることを知った。やはり、スカッシュラケットたるもの、どんなに丁寧に扱おうともいずれ折れる運命にあるようだ。
そこで同じラケットを2本新たに購入。

左、現在使用中のラケット、ガードの裏に小さなひびがある。
中央、新ラケット、すでにガットの張替え済み、しばらく左のラケットと2本を使いまわす予定。
右、新ラケット、サービスガットのまま。左の2本のいずれかが折れるまで大切に保管。



