2008年05月08日

ふやけなくなった

最近気づいたのだが、一時期、風呂に入った後、必ずといっていいほど右手だけ過剰なふやけかたをしていたのが、最近なくなった気がする。体の中のバランスが少しずつ戻ってきたのだろうか。

投稿者 masato : 01:02 | コメント (0)

2007年05月13日

その後

脳脊髄液減少症で悩む人たちのために自分の経過をまとめておこうなどといいつつ、12月27日の退院からまったく続きを書いていないことに気づいた。そんなわけで、その後の経過をまとめてみることにする。

12月のブラッドパッチから1ヵ月後の1月下旬に再度横浜の病院に行ってS先生に経過を報告した。

S先生 「どうですか?その後」
僕 「相変わらずです。」
S先生 「具体的には?」
僕 「めまいと頭痛と吐き気、あと乗り物酔いですね」
S先生 「めまいがまだある?」
僕 「ええ」
S先生 「そっか・・・、ま、まだ1ヶ月だからな、じゃあ、もう1ヶ月様子を見て2回目のブラッドパッチをやるかどうか決めよう」

というわけで、もう1ヶ月様子を見ることになった。そして2月下旬の問診。ショックなことを告げられる。

S先生 「どうですか?その後」
僕 「相変わらずです。」
S先生 「ええと、めまいと乗り物酔いが激しいんだっけ?」
僕 「ええ、あと先週ぐらいから軽くスポーツを再開したのですが、スポーツの後に頭痛がすごくて・・」
S先生 「スポーツって、どんな?」
僕 「スカッシュです。」
S先生 「・・・・スカッシュって、かなり激しいよね?」
僕 「ええ、まあ、でも軽くですよ」
S先生 「めまいでボールを空振りしたりしないの?」
僕 「いえ、そこまで激しいめまいじゃないので、なんというか視野が揺れているような感じです。」
S先生 「え、ちょっと待って、スカッシュが出来るほどの状態で、一体何をどう治したいの?」(怒)

(なぜ怒られるのだろう)

僕 「もちろん、めまいと吐き気と乗り物酔いと頭痛ですね」
S先生 「う〜〜ん、申し訳ないけど、たぶん考えているレベルが違うんだよね。この病気によって日常生活ができないような人を、日常生活ができるレベルまで回復させるってのが僕の治療のポリシーなんだよ。この病気に悩まされている人はさ、仕事しようとしても頭痛や吐き気に悩まされて長続きしないからさ」

(自分も吐き気に悩まされて会社を辞めたんですけど)と、言いたかったが敢えて言わず。

S先生 「とりあえず、普通にスカッシュができるほど回復しているのに、それ以上症状が回復することを期待されても困るね。」

(自分と同じ症状の人が100人いたらそのうち何人がスカッシュのような激しいスポーツをやろうと思うか知りたい)と思ったが、敢えて反論せず。

僕 「回復というよりも症状はまったく良くなってなくて、むしろ12月の脳槽シンチの検査の前のほうが今よりも調子がいいんですけど」
S先生 「前のほうが調子がいいか。う〜ん、そうか。まあとにかく、その状態でもう一度ブラッドパッチをやるという決断は下せないね。」
僕 「ええと・・・、それはつまり・・・、もうこれ以上の治療法はないってことですか?」
S先生 「まあ、そういうことだね、もちろんまた調子が悪くなったりしたら考えるけどね。あと、これはこれ以上回復する可能性がないってことじゃなくて、少しずつ良くなる可能性もあるから、とにかく今の状態なら様子を見るしかないね。」

こうして、実質、治療は打ち切られた。ある程度覚悟していたこととはいえ、この日、回復の希望がほぼ絶たれた。

傷病手当の受給が1月で終わり、治療方法もなくなり、相変わらずめまいや吐き気に悩まされるとはいえ、もはや療養生活を続ける理由もなくなったわけで、社会復帰を目指して、少しずつ外出する回数を増やすようにした。

約4ヶ月間の半寝たきり生活を経て、2月にスカッシュを再開したときは、筋肉と体力はかなり衰えており、ボールが真っ直ぐ飛ばず、ドロップを拾うために前に走ると足がその勢いを止めきれずにフロントウォールにぶつかりそうになるなどしていたが、4月にはスカッシュを楽しめる程度まで速筋が復活してきた。また、2月、3月は1回スカッシュをするとその後3日ほど激しいめまいと頭痛で寝込む、という生活をしばらく繰り返したが、4月になるとその回数も少し減ってきた。

体力に関しても走った量に応じて少しずつ体力が戻ってきた。昨年の少し走るとすぐに普段の息切れ以上の激しい肺周辺の痛みが生じた理由も今ならある程度予想がつく。どうやら「神経症」と誤診されたことによって処方されていた飲み薬に、脈を早める効果があったことが理由らしい。とりあえず、あとは遅筋の復活を待つ。

スカッシュ後の2日程度の体調の悪化が、運動中に身体から出る水分の量が体調に影響を与えるのではないかと思い、飲む水分の量を変えたりして試してみたが未だその関連性はわかっていない。

そして現在、体調の波の法則を分析しながらのんびり就職活動中である。

投稿者 masato : 01:46 | コメント (0)

2006年12月27日

退院

1時をまわっても目が冴えていたので最近見続けているアニメの「デスノート」を見逃さずに済んだ。病室ではおのおのイヤホンで音を聞きながらテレビを見ることになっているのだが、それでも消灯時間過ぎるとカーテンを閉めていても部屋中に光が漏れる。そのような理由から自分一人というのは気楽である。

6時には目を覚ます。顔を洗ってひげを剃ってベッドに戻ると、再びウトウト。

S先生「おはよう」
僕「あ、おはようございます」(~_~)..zzZZ

現状の僕の状態について報告すると、しばらくは体調のいいときと悪いときを繰り返しながら回復に向かうはずだという説明と、しばらくの間、腰に負担のかかるような重い物を持つのは控えるように言われた。

再びウトウト

看護師「おはようございます」
僕「あ、おはようございます」(~_~)..zzZZ

退院の手続きと次回の診察の予約表を渡される。次回は1月下旬だそうだ。

再びウトウト

事務の女性「すいません」
僕「あ、はいはい」(~_~)..zzZZ
事務の女性「じゃあ、これを帰り際に会計に出してください」

明細を渡される。保険が効くか効かないかはもっとも気になる部分で、最初にこの「脳脊髄液減少症」について知った「報道ステーション」での特集では、10月から保険が効かなくなるため、検査から治療まで約30万円かかるということであったが、費用は30,960円で、どうやらすべて保険が適用されているらしい。この辺の事情については改めて調べてみる必要があるようだ。

帰り際少し吐き気を覚えたので、さいたま市の自宅までタクシーで帰宅。約25,000円。

投稿者 masato : 17:34 | コメント (1)

2006年12月26日

1夜明けて

病院の朝は早い。いろんな人の動き出す音が聞こえて目を覚ますとまだ7時前、目が覚めても大した違いはない。もう慣れてしまった視野の違和感と耳の後ろの頭痛は相変わらずである。もちろん治るにしても時間がかかることは聞いていたのだが、どこかで次の日にはすべてが回復している、みたいな奇跡を期待したりもしていたのだ。

朝食を摂ってからまた点滴を開始し、ベッドの上半身部分を持ち上げてしばらく本をよんだ。またウトウトしていたら看護師が昼食を持ってきてくれた。昼食の到着を伝える館内放送に気付かなかったらしい。

「カーテン開けるよ。だって閉めておく必要ないでしょ。」

そう言ってカーテンが開かれると、なんと今朝までいたはずの他の5人のベッドはきれいさっぱり。5人とも退院してしまったらしい。

夕方になると腰の痛みはかなり治まってきて、点滴の袋のぶら下がった金属の棒(なんて名称なのだろう)を転がしながら、歯磨きに行ったり、別の棟にある売店近くの自動販売機にコーヒーを買いに行ったりした。昼間寝過ぎたせいか消灯時間が過ぎても寝れるはずもない。

23時半を過ぎた頃、12月だというのに、雷鳴が鳴り響く。病院の夜は少し楽しい。ドラマなんかだと怖いイメージがあるが、常に誰かが動いている気配があるのでそんなことはない。子供の泣き声や、いびきや、看護師の歩く音が常に聞こえている。

投稿者 masato : 23:31 | コメント (0)

2006年12月25日

入院 ブラッドパッチ

さて今日から入院である。朝からまた横浜南共済病院へやって来た。11時頃到着し、受付で名前を告げてしばらく待つと病室に案内された。6人部屋のもっとも入口に近い左側。テレビと冷蔵庫が一人一台づつ備え付けられている。部屋自体はナースステーションから最も遠くに位置していて、それはつまりこの部屋の入院患者は自分の事は自分でできる人だけだということだ。看護師A(男性)の説明によるとブラッドパッチの治療は15時半頃を予定しているという。また、治療後に気分が悪くなる人も多いので昼食は半分程度に控えるように言われた。

昼食がナースステーション前に届いたとの館内放送があり、自分の分を取りに行くとあまりの少なさにビックリ。すべてを食べたところで普段食べている量の半分に満たない。というわけで看護師Aの忠告を無視して完食。ウトウトしながら2時半頃になると、看護師がやって来て、S先生(担当医)に手術が入りそうだから先にブラッドパッチをやってしまいたい旨を告げられる。というわけで予定より1時間程早く治療を行う事となった。

しばらくして処置室に案内されて、そこのベッドに横たわる。体の右側面を下にして膝と頭をつけるようにして丸くなり背中を突き出す。まずは左手に点滴用の針を刺す。

プス

続いて背中に痛み止めの麻酔を注入する。

S先生「今、いい感じで腰を曲げているので、これから麻酔を刺しますけど痛みで腰を引っ込めないでくださいね」

これは4日に受けた脳槽シンチ検査でもやったので予想の範囲内。

プス

看護師達が雑談している。
看護師B(女性)「次の患者さんは三重から来たんだって〜」
看護師C(女性)「三重からブラッドパッチを求めて、いやS先生を求めてかな、すごいですね〜」

なるほど、この先生はそんなにすごい人なのか、運が良かったかも。

S先生「今生理食塩水を注入してまーす。手足がしびれたりとかしてないですか?」
僕「今のところないです。」

麻酔のせいで感覚はないのだか背中にまた針を入れてるのだろう。
しばらくして今度は何か細いもので背中の中をかき混ぜられているような感覚が。(もちろんこれも痛みはないのだが)

S先生「はい、今いい感じで針が刺さってます。あとは血液を入れるだけですよ。」

いい感じ?一体どんな状況なのだろう。背中を見たいような見たくないような・・・・見たくない。

今度は看護師Aが僕の右手をとり採血を始める。

プス

2本分の40ccの血液を採り終わるとすぐに

S先生「では今から入れて行きます」

すると背中に妙な感覚が、背中の一部分が無理に広げられているような、「痛い」というのかわからないがとにかく辛い。

S先生「手足がしびれたりとかしていませんか」
僕「ないです」
S先生「頭に何か抜けるような感じはないですか」
僕「いえ、特には。ただ耳鳴りがしてきたような」
S先生「圧が変わりますからね。辛かったら言ってください」
僕「あ〜、ちょっと辛いです」
S先生「はい、じゃちょっとストップ」

背中の表面近くに注入された血液が少しずつ体の奥の方に染み渡って行くような感覚とともに辛さが軽減。

S先生「大丈夫ですか?じゃ、続いて行きます」
僕「は〜い」

再び同じような感覚が襲う。

S先生「はい、今20ccはいりました、もう一本いきま〜す」
僕「はい〜」

また、再び同様の感覚が。

僕「あ〜、ちょっと辛いです」
S先生「はい、じゃちょっと休憩。今全部で32cc入りました。あと8ccです。どうしても辛いならもう30cc入っているのでここで止めておきますけど」
僕「いえ、行っちゃってください」
S先生「はい、じゃあいきま〜す」

再び同じ感覚が。

僕「あ、辛い〜」(この辺で敬語がなくなった)
S先生「はい、ストップ、あと3ccです。」
僕「はぁ〜、ふぅ〜」(深呼吸)「はい、お願いします」
S先生「はい、じゃあゆっくり行きます。」
 ・
 ・
S先生「はい、終わりました、じゃ、絆創膏貼っておきます」

全身、冷や汗でぐっしょり。そのままストレッチャーで病室まで運ばれる。ストレッチャーを押してくれているのは再び看護師A

看護師A「どうでした〜?」
僕「いや〜予想以上に辛かったです」
看護師A「昨日の患者さんなんか5ccぐらい入れたら『もう駄目だー』って言ってましたよ、あはは」

笑えない・・

その後は2回の点滴を受けながらベッドで横になる。この病院では点滴の針は常に左手に刺したままで、チューブ部分のみを変えるようだ。前回のさいたま赤十字病院に入院したときは点滴のたびに針を刺したのだが今回はそれがないのが嬉しい。病院による機器の違いなのかそれとも4年の間の技術の進歩なのか。

夕食前に尿意をもよおして、点滴ごとトイレへ行くが、長くたっていると血液を注入した部分にまた嫌な感覚が起きる。そのためその後はずっとベッドで横になる。夕食を看護師が運んできてくれた。昼食を食べてから箸を洗っていないのだが洗いに行く気力もないので気にしないようにしてそのまま使用。

10時の消灯時間を過ぎると、となりのベッドから強力ないびきが聞こえてくる。どこでもどんな状況でも眠れる僕としては眠るのに支障はないが、起きている分にはイライラさせられる。このいびきで眠れなくなる人ってたぶんいると思う。

なんか今日はクリスマスみたい。そういえばクリスマスって誰かの誕生日だったような・・・そうだ、弟の誕生日だった。とりあえず僕は一人でクリスマスにクルシミマス。

投稿者 masato : 23:30 | コメント (0)

2006年12月24日

健康と入院

さて、明日から入院するわけだが、僕にとってはこれが2回目の入院となる。1回目は約4年前。サッカーの試合中に左足を骨折したのが原因である。僕が雪の中を半そでで走り回ろうと、雨の中をずぶ濡れになろうと、めったに風邪をひかないし、アホみたいに健康なのは自分がサッカーをやっているせいだと思っていた。でも皮肉なものだ。サッカーをやっていなければこの2回の入院はなかった。

投稿者 masato : 18:06 | コメント (0)

2006年12月23日

病気と怪我

「病気」と「怪我」ってどう違うんだろう。どちらも「大変だな〜」とか「つらいだろうな」と思うことには変わりはないが、「怪我」と聞くと少し「カッコイイ」と思ってしまうのは僕だけだろうか。僕に4回の骨折経験があることを知ると、「私も一度骨折してみたい」なんて言っていた友人もいたから、そんな感想を抱く人は他にもいるのだろう。考えていても仕方がないので調べてみた。Goo辞書より。

【病気】
肉体の生理的なはたらき、あるいは精神のはたらきに異常が起こり、不快や苦痛・悩みを感じ、通常の生活を営みにくくなる状態。

【怪我】
不注意・不足の事態などのため、身体を傷つけること。また、その傷。

だそうだ。ということは、今の僕の状態は「怪我」だ。なんか少しいいかも。

投稿者 masato : 04:52 | コメント (0)

2006年12月20日

横浜南共済病院

今月4日に大宮の自治医大病院で脳脊髄液減少症を確認するための脳槽シンチという検査を受け、それによって脳脊髄液減少症であることが確定し治療を受けることになったわけだが、治療を行っている病院は限られており、自治医大の担当医が近場のを候補として挙げてくれた、山王病院、日本医科大学、横浜南共済病院である。山王病院はどうやら保険が効かないらしく治療費が高くつくらしい、日本医科大学はどうやら早くても来年の5月になってしまうそうだ。そして残された横浜南共済病院、こちらは行って診察を受けてみないとどれくらいの時期に治療を受けられるかわからないと言う、というわけで母に付き添ってもらって横浜南共済病院まで行くことにした。

最寄り駅が京浜急行の追浜(おっぱま)という駅なのでJR東大宮駅から湘南新宿ラインで横浜まで行って、そこから京急に乗り換えるというルートを選んだ。母が電車に乗りなれていないということで最も乗り換えの少ないルートを選んだわけだが、電車に乗るにあたって脳脊髄液減少症の症状の一つである乗り物酔いが少し障害となるわけだ。もちろんその症状があるからこのルートを選んだのだが、単純に早く目的地に着けば嬉しいかと言うとそんなことはない、いつ吐き気が襲ってくるかわからない状態においては、長い間止まらない湘南新宿ラインよりも、気分が悪くなったらすぐに降りられる各駅停車の方が気分的には楽なのである。

とりあえず今回は、途中少し怪しい気配を胸の辺りに感じながらもなんとか無事にたどり着くことができた。紹介状を持ちながらも予約無しの初心と言うことで3時間ほど待たされて診察を受けた。担当医はS先生。横浜南共済病院がこの治療を行っているというよりも、このS先生がこの治療を行っていて、最近になって川崎の病院からこの病院に移ったということである。自治医大病院から紹介状と共に渡されたMRI画像と、脳槽シンチの結果の画像を見て、すぐに聞いてきた。

「年内にやりますか」

早くても3月頃だろうと思っていただけに心の準備ができていなかったが、それでも断る理由はないので

「お願いします」

ということで12月25日から27日まで入院することになった。

その後治療ないようについていくつか聞いてきた。治る確率は70%程度だという。僕の症状が始まったのが2年程前であることを告げると渋い顔をした。先生が言うには、症状が出始めてすぐにブラッドパッチの治療を施した人はスパッと綺麗に治ることが多いと言う。ブラッドパッチを施したことによって治るか治らないかは、それによって髄液の漏れが止まるか止まらないかによるものではなく、ブラッドパッチをすれば大抵の場合髄液の漏れは収まるのだという。しかし長い間髄液が漏れていた人は、髄液の循環自体が通常とは異なる流れになってしまっていて、それによって髄液の漏れを塞いだとしても、元の流れに戻るまでに時間がかかったり、いつまでたっても戻らなかったりするそうだ。

さらに僕の今の症状について尋ねてきた。頭痛とめまい、吐き気に主に悩まされていることを告げると、頭痛とめまいであれば治りやすいと言っていた。ちなみに治りにくいのは、味覚がおかしくなっていたり、手足がしびれたりする症状だそうだ。

同じ日の少し前に診察した女性について話してくれた。その女性はフライトアテンダントで乱気流で機体が揺れた際に腰を強く打ち付けて、それから乗り物酔いが激しくて仕事をするのがつらくなったという。そして1週間ほど前にブラッドパッチの治療を受けて、もう全くめまいなどの症状が消えたという。その女性は症状が出てから半年ほどでブラッドパッチの治療を受けたという。

また、4日の脳槽シンチの検査の後に始まった頭痛が治まらないことを言うと、脳槽シンチの検査は髄液を漏らす検査だから、本来はこの検査で髄液が漏れていることがわかったらすぐにブラッドパッチの検査をすることが理想だという。とはいえ自治医大病院側にも、脳脊髄液減少症であることがはっきりしないと紹介状を書きにくいという都合もあったのだろう。

頭痛についてもどこが痛いのか具体的に聞いてきた。耳の後ろあたりであることを告げると、その症状であれば治りやすいということを言われた。もし頭が痛くて、普通の頭痛のように頭を抑えるのであれば、それは脳脊髄液減少症の症状ではないということだ。

入院などの諸手続きについても一通りの説明を受けたあと、心電図と採血と胸部レントゲンを撮って病院を後にした。ちなみに最近、この脳脊髄液減少症が注目されているのは10月から保険の適用外になることによるものだが、この日の診察にも保険は適用されていたし、4日の脳槽シンチの検査でも保険は適用されていた。この日の先生の話にも保険が効く効かないについての話はなかった。

投稿者 masato : 23:42 | コメント (0)

2005年05月31日

どん底日記 20050531

数ヵ月後、自分でこの日記を読んで笑うといい。
「あの頃はどん底だったな〜」って
ちょっと感情的に書きたいから一人称で「俺」を使ってみる。
普段は「俺」なんだよね・・。

例の症状は今日はかなりひどい。
吐き気がすごいし、「揺れ」も結構すごい。
日曜日の昼間から薬を飲んでないせいかな。

それでも月曜の定例行事の社内ミーティングではみんなやたら明るくて
新しいロゴマークで「わが社は笑顔を絶やさない」なんて盛り上がって、
とても付いていけない。
もともと笑顔の下手な俺が、こんなに吐き気むんむんで笑顔なんてできるわけない。

1週間前の社内ミーティングでは
自分の症状でみんなに迷惑をかけていることもあって、
今と、今どんな治療を受けているかと、もう少し迷惑をかける旨を伝えたけど
今日はさらに調子悪くて、もはや改善方法も見えないから何もいえなかった。

そんなで、もう精神的にかなりまいってるのを感じる、
まさか自分がこんなデリケートな生き物だったとは・・・
なにがつらいって、これがいつまで続くかわからないのがつらい。
2年前、足を折ったときもいろいろつらいことあったけど
あのときは「せっかくだから本をたくさん読もう」とか
「これを機会に趣味を増やそう」とか例によって前向きに思えた。
あのときとは比較にならないくらいつらい。

社内で同僚が結構バタバタしてるんだ。
本当は俺が行くはずの打ち合わせや、俺がやらなければならない作業で。
もちろん俺も会社に行っているから作業はしているけど、
乗り物にすごい酔うし、閉鎖的な空間がもはや恐怖の対象だから、
打ち合わせは出れないし、長く話すと口のなかから出てきそうであまり声を出すのも控えているし、
それを社長をはじめ気遣っての結果が今の状況なんだけど、これも1ヶ月も続くとね。

薬を飲まなかったのだって、
薬が明日切れるけど、みんなに「医者に行ってきます」なんて
この大量に仕事をこなしている状況で
言いずらくなって、少しでも薬を取りに行く日を先延ばししようとしての結果だ。

人数の少ない会社だから最近仕事が増えてきて、
社長も俺に大量の仕事を振らざるを得ないんだ。
普段なら結構淡々とこなしている仕事の量なのかもしれないけど
ものすごく多く感じる。
いつ落ちるかわからないPCで保存せずに何十時間も作業しているような感じ。

つらいのは、人数の少ない会社だから
俺がリタイヤしたらほかの人がさらにつらくなるってことなんだよ。
リタイヤしてもいつ直るって保障がないからつらいんだ。
だから、一ヶ月くらい前なら「具合が悪いからちょっと休む」って口にできたことが
今は口にできずに、強烈なめまいと戦いながら無理してパソコンの前に座って
どうしようもなくなったら、誰もいない下のフロアでみんなに見られないように横になって
そんなことを繰り返しながら仕事をしてる。
それが、さらにストレスになって症状を悪化させているんだろうと思いながらもどうにもならない。
「みんなごめん!」って仕事放り出せるくらい責任感のない人間だったらよかったのに。

さらに通勤がつらい、田園都市線の、溝の口から渋谷までの区間。
急行なら13分、各停なら20分の距離。
これだけの時間でも電車がきついんだ。
いつ吐き気が襲うか・・なんてびくびくしながら、
ほかの乗客に最悪の迷惑をかけることのないようにスミのポジションを取るんだけど、
外を見るとまた酔いやすくなるらしいから上の広告をずっと見つめているんだ。

それなのに帰りは0時42分、渋谷発の最終電車に乗ってるから俺はアホだ。
もし、途中で気分悪くなって降りたらもう電車ないのに、
もうタクシーじゃないと帰れないのに、
さらに言えば、タクシーだともっと酔うかもしれない。
歩いても2時間ぐらいだから最悪それもいいかと、
前向きに考えても追い討ちをかけるように今日は雨なのに。

明日は5月31日。
もう、覚悟を決めて社長に言おうかな。
「6月中に改善の見込みがなければやめさせてください。」って。
そうすればこんなにつらいのもどっちにしろあと1ヶ月。
そう思えばなんとか我慢できそうな気がする。
どっちにしろ1ヶ月はたぶん精神的にも持たなそうな気がする。

たぶん社長からは言ってこないだろうな。
なんだかんだ感情的で長く一緒にやってきた社員には冷たくできない人だから、
2年ほど前までいた女の子でもずっと熱が下がらなかった子がいたけど、
彼女に対しても社長はそうだった。結局その子は2ヶ月ほどで「辞める」って決断を下したけど。

そういう決断を下しても、
きっと本調子に戻って、新しい生き方を見つけたら
「あのときの決断は正しかった」っていつものごとく前向きに考えられるんだ。
「あの症状があったから、仕事漬けの毎日からおさらばできたんだ」って。

あ〜〜
これ書いて
自分をどん底まで落とした気がする。あとはあがるだけかな・・

投稿者 masato : 03:42 | コメント (7)

2005年05月18日

風呂は眠る15分前

内耳の病気に悩まされている。といっても結局のところ血液の循環が悪くなることによるもので、原因はというと、仕事のしすぎと、スポーツのしすぎである。
治療の方法として、医者にこう言われた。「とにかくリフレッシュして、体を冷やさないように。お風呂に入るのは寝る15分前」と。

正直これはきつい。寝る時間なんて自分で意識したことないし、「いつ寝てるの?」って聞かれれば、気を失ったときである。だから毎日起きたときは電気もついてるしパソコンもついてるし、テレビもついている。「起きていられる限り起きている」というのが時間を有効に使うための僕のポリシーなのだ。

だから寝る前に風呂に入るなんて・・・寝そうになったときに風呂に入るだけの気力が残っていたら俺は寝ない。少し気力が残っていたら、まず電気を消すし、ベッドに移動するし・・・

とはいえ、この症状のせいでかなり周囲に迷惑をかけていることは確かだ。頑張ってやってみよう。パソコンなどの電気代ももったいないからね。

投稿者 masato : 14:47 | コメント (0)

2005年05月03日

3度目

この吐き気は今年に入って何度目だろう・・?青山一丁目のベンチに横になって意識朦朧としながら考えた。そういえば1月のサッカーの試合中に相手と激突して頭を強打してから体調崩すことが多くなったような気がする。その当時、上司には「友達で、酔って頭をぶつけて放っておいたら半年後に突然死んじゃった人がいて心配だから早く病院行ってきな」と言われていたが仕事が忙しくて結局行く機会がなかった。

確かに頭を強打してからその後普通に生活していてある日突然死ぬってのは良く聞く話だ・・。普段見ることのない地下鉄のホームの天井を見ながら考える。このまま眠ったら、そこで人生終わるのかも、28才で終了。なんかそれもありかな、とわりとあっさり受け入れられそうな気がしてきたが気掛かりがいくつかある。

もう少し部屋を奇麗にしてくればよかった。
友達に借りた本を返しておけばよかった。
チームメイトに借りたDVDを返しておけば良かった。
5日のサッカーの試合ことをチームメイトに連絡をしておけばよかった。

こんな日に限って携帯を家に忘れて来てしまったので誰にも連絡ができない。ホームは相変わらず人が行き交い、右側と左側は電車が来るたびに反対方向の風が吹く。都会の人の無関心さが少し有り難い。ベンチを3つ占拠しても誰も文句は言って来ないのだ。
1時間ほどすると駅員さんが声をかけてくれたので事務室に移動した。やっと電話を借りて会社に連絡。GWのためか特に仕事上の問題はないらしい。さらに3時間程寝る。
結局、会社の社長に迎えに来てもらったが、1月の頭を強打したことも気になるので救急車を呼ぶことで意見が一致。

結局、救急車で慶應大学病院へ運ばれる。救急車に乗るのはこれで3回目。最初は左腕の骨折、次は左足の骨折、「これで税金のもとをとったかな・・」などと考える。

病院で一通りの検査をしながら医者から聞かれた。
「最近食事を抜いたり睡眠不足だったりしてない?」

ここ2,3日を自分の中で振り返ってみる。

29日は17:00から20:00までスカッシュ。夜はなぜか缶珈琲を飲んだためかすぐには眠れずに。さらに暑いのでエアコンをつけて、結局4時頃就寝。30日、エアコンをつけっぱなしで朝を迎えてしまい睡眠不足と若干の体調不良のまま7:00起床。この日は久々の黄金スケジュールで、9:00から11:00までサッカーの練習、15:00から17:00までスカッシュの練習。途中強烈な腹痛と体調不良がぶりかえすがベンチで一眠りして、19:00からフットサルの練習。家に帰って、気が付くと翌日の朝。1日、前の日晩ご飯を食べた覚えがないが、あまり気にせずに、ジムで筋トレに向かう。そして今日、あんま体調よろしくないが、打合わせもあるし、自分にしかできない仕事もあるので普通に出社。

その日までの生活を伝えると
「ちゃんとご飯食べてゆっくり休めば問題ないでしょう」

ひたすら反省。


今回の教訓
・部屋は常に奇麗にしよう。
・周囲に迷惑かけまいと無理することで余計に迷惑をかけることもある
・食事はやっぱり大切
・一人暮らしでも体温計は必要
・ケータイのメモリ以外にも友人の連絡がわかるようにしよう。

投稿者 masato : 12:17 | コメント (2)