最近、新規採用で多くの人を面接している。そんな中驚くのは、みんなしっかり時間どおり面接に来てくれるということだ。もちろん社会人なんだから時間を守るのは当たり前だと、いう人もいるかもしれないし、僕自身もんな考えの持ち主ではあるが、それでもみんながみんな5分前には会社のチャイムをしっかり鳴らすということに少々驚く。
もちろん面接をするのは、インターネット経由で応募された書類を熟読し、「これは・・」と思えたわずか1割程度の選び抜かれた候補者だけなのだから当然かもしれないが、その応募書類はもちろんすべてメールやインターネットというデジタル媒体である。
僕が言いたいのは、「手書きじゃないと気持ちや人間性は伝わらない」という意見を言う人がときどきいるが、そんなことはないということ。デジタルの世界でも、文章の紡(つむ)ぎ方、返事のタイミングなどで、その人の人間性は強く伝わってくる。少なくとも、今回応募書類で僕を魅了してくれた人々はほぼその期待を裏切らないふるまいを見せてくれている。
見たまんまかもしれないが、実はわりと年中泣いている。
最近のヒットはやはりアフラックのCM。闘病の末に幸せを掴んだフィギュアスケート選手、井上怜奈さんの話。30秒CMだけでも十分泣けるが、サイトに行ってその物語をゆっくり読むともはや涙は止まらない。
世の中には有名な画家をモデルにした映画が多数あることを、ある本を読んで知った。絵画をただ観て楽しむだけでなく、そこに画家そのものの性癖や、その人が生きた時代への知識が加わればさらに楽しむことができるだろうという考えから、そういう映画を時間が許す限り観てみようという考えに至った。その最初のステップがこの作品である。
ゴヤは肖像画が得意とされた画家だから、多くの権力者達の肖像画を描いている。しかし同時に、1700年代後半から1800年代前半というヨーロッパ動乱の時代を生きたことによって、時代が彼にもたらした衝撃がしばしばその作品に表れる。フランス革命やナポレオン率いるフランス軍のスペイン進行はまさにその最たる例である。
映画中には、ゴヤの作品はもちろん、他の有名画家たちの絵画も多数使用されていた。例えば、ヒエロニムス・ボス、カラヴァッジョ、ベラスケス、僕の乏しい知識で判断できたのはこの辺までだが、西洋絵画好きには楽しめる映画だろう。
ちなみに物語的にはどうかというと、もちろん期待していなかったのだが、やはりそれなりであった。今日の善が明日には悪になるような動乱の時代だから、もはや何がどうなればハッピーエンドかすらわからないのだから、仕方がないかもしれないし、この映画自体、歴史の一部を垣間見るような感覚で見るべき作品なのかもしれない。強いて言うならやはりナタリーポートマンの演技はある程度のインパクトをもたらしてくれた。
せっかくなので、画家を扱った映画をいくつか挙げておく。
我が社もようやく男だけの職場から脱して女性社員を採用することを検討している。しかしだ、このむさくるしい職場。このままではたとえ採用したとしてもそう長くいついてもらえるとは思えない。そこでいくつか社内のルールを変えることにした。とりあえず案としてあがっているのはこんなこと。
・トイレのフタは必ず閉める
・トイレットペーパーの端は三角に折る
・ネコの食べ残しが床に散らばらないように餌置きを変える
社内が基本的に靴を脱いで過ごす職場なだけに、清潔面に関する問題が大きそうだ。そもそも女性は職場に何を求め、何をもっとも忌み嫌うのだろう。普段女性と接点のないような男性ばかりなだけに、試行錯誤の日々が続きそうだ。
開演してすぐに思ったのは、「『オズの魔法使い』を復習しておくべきだったかも、ということだ。もちろん有名な物語だからいろいろな場面が記憶には残っている。例えば、オズの魔法使いが実はただの人間であることや、ドロシーが竜巻で飛ばされてオズにやってきて、最後は履いていた靴の魔法で故郷に帰ること。悪い魔女がバケツの水をかけられて死んでしまうことなどである。ただ、それでも観劇中に「あ、そんなエピソードあったな〜」というふうに思い出すこともいくつかあったということだ。もしこれから観にいこうと考えている人がいるならぜひその前にもう一度「オズの魔法使い」を読むことを勧める。
さて、もちろんネタバレするようなことは書かないとして、劇自体にも触れておくと、いくつかあるエルファバのシーンはすごく良かった。特に休憩間際の中盤の山場は圧巻。その歌声が強烈だったから、初めて出演者のリストをもらってきた。せっかくだから載せておく。
ちなみに、前回ライオンキング観劇後に、「物語重視の作品より、音楽と踊り重視の作品の方が好きだ」と書いたが、前言撤回。本作品は物語抜きには語れない。もちろん演出もよかったが、その悲しい物語に涙が溢れ出て来た。この辺は言葉でいくら説明しても足りるものではないので、僕にできるのは、ぜひ足を運んでくれるように言うだけである。
ちなみに、休憩時間にスタッフに閉演時間を尋ねる人や、クライマックスに席を立って出て行くグループがわずかながら見られた。おそらく遠方から上京して観劇しに来た人が交通機関の都合でやむなく去ったのだと思う。こういうとき自分があらゆる芸術にアクセスしやすい、先進国の首都である東京周辺に住んでいることの幸運を感じるのである。
それにしてもいつからだろう。悪が悪でなくなったのは。ギリシア神話の中で人々の恐怖の対象であるメデューサが実は、アテナの怒りを買って髪を蛇に変えられてしまった美しく可哀想な少女であったように…、一寸法師に登場する鬼が、実はその容姿から村人に忌み嫌われた外国人であったように…、幼いころは簡単に、「この人は善人」「この人は悪人」って決められたのが、大人になるにつれて簡単に割り切れなくなっていくのだ。
まあ、なにはともあれ、ウィキッド最高。高いハードルを見事に超えてくれた。



