最近、英会話の勉強を通じていろんな人と出会う機会がある。そんな中で思うのは、自分の費やしたお金と時間に対して、それに見合う利益を当然のように得られると考えている人が、世の中には多く存在するということだ。
たとえば、英会話の勉強のために大手英会話教室に通っている人がいる。彼が言うにはもう2年以上通っているということだが、その発音はどう聞いても日本語のカタカナにしか聞こえない。彼がどれぐらいの頻度でその教室に通っているのかはわからないが、週に何時間か、そして月に何万円かを費やしていて、彼はその費やした時間とお金に比例して、英会話能力を得られると信じているのだろう。
また、過去海外にホームステイした経験のある人と話すことも多い。オーストラリアで1年間ホームステイをしていた人の話す英語は語彙も発音も正直いまいち。1年のホームステイの英語の上達なんてそんなものか…と思ったが、その後、別の機会に11ヶ月ベルギーに住んでいた人と話す機会があって、英語の美しさに驚いた。「たった11ヶ月でここまで上達するものなのか、と」
きっと、オーストラリアの彼女は、1年間という期間に見合う英会話能力を当然のように得られると思ってその1年を無計画にオーストラリアで過ごしたのだろう。
これは日本人独自の文化なのだろうか。答えはもはや明確だが、費やしたお金と時間に見合うメリットなどその人の気持ち次第で何倍にもなるし時には逆にゼロにもなる。
英会話教室に通っているなら、行くたびに知らない単語に出会うことだろう。きれいな発音を耳にすることもあるだろう。そういう刺激を自分の中でどうやって処理していくか、それを常に考えずに英会話教室のメリットなど教授できるはずもない。オーストラリアの彼女もまた同様である。街へ出るだけでたくさんの英会話の機会があったに違いない。それでも日本人だから英会話のコンプレックスという障壁を越えられずにひきこもっていたのかもしれない。
お金と時間、それをどうやって、いかに効率的に使うか常に考えて使わなければ、無駄に費やすだけである。あたりまえなことなのだが、実は意外と多くの人にこれができていない。
投稿者 masato : 2008年08月14日 12:46


