仕事が遅くなったために、最寄り駅の前のドラッグストアはすでにシャッターが下りていた。仕方がないのでスポーツクラブの自動販売機で150円出してDAKARAを購入。とりあえずストレッチしながらぐびぐびっと。むむむ・・・味が違う。よく見ると今までなかった「カロリーオフ」の文字が…、ついでにデザインも変わっている。はっきり言っておいしくない。多くのスポーツドリンクがカロリーオフを謳う中、その流れに逆らうように甘さを保ったDAKARAの味が好きで愛用していたというのに。
そもそも世の中のカロリーオフドリンクの多さを歓迎している人ってどれくらいいるのだろう。多くの場合カロリーオフの飲み物はカロリーオフでない飲み物よりも味が落ちる。にもかかわらず、世の中にこれだけカロリーオフの商品が溢れるのは、その需要が多いからだろう。
しかし考えると妙だ。そういう人たちはつまり、同じお金を出して、美味しいものよりもまずいものが飲みたいということか。喉が渇いたけどカロリーが摂りたくないのであれば水を飲めばいい。「水にはない成分がスポーツドリンクにはある」というのなら、その成分を言ってみて欲しいものだ。ここで「100ml中に含まれる食物繊維0.4gとマグネシウム6mgが大切なの!」と答えられる人がいるなら素直に納得するだろう。
先日、携帯大手のドコモが新しいロゴを発表した。正直あまりかっこいいとは思わないのだが、ひょっとしたら時間の経過とともに慣れていくのだろうか。そんなこともあって少しロゴについて語ってみたくなった。
企業のロゴはここ数年で大きく変化したように思う。2000年以降に立ち上げられた企業のロゴの大多数には、複数のカラーやグラデーションが施されているのではないだろうか。これは、ソフトウェアなどのデザイン環境の普及によってのせいだろう。そうやってグラデーション処理などが施されたロゴは、非常に新鮮で、その企業は何か新しいことをやってくれそうな印象を受ける。
しかし、それは優れたロゴと言えるのだろうか。
グラデーション処理や、異なる色を隙間なく重ねてこそ個性的なロゴは、当然のことだが、白地にカラーという印刷物でしかその魅力を発揮できない。しかし、ロゴとは、製品や印刷物など、その企業に関連するあらゆるものに印刷されて他社のモノとの違いを明確にするためのもの。時には単色で、時には黒字に白抜きでも個性を発揮してこそ、ロゴの役割を果たしているといえるのだろう。
だから、伝統ある企業のロゴは必ず、フルカラーのパターン、モノクロのパターン、白抜きのパターンなど、複数のパターンが用意されているのだ。そして、長い間愛されるロゴというのは、往々にして単純な図形の組み合わせであることが多い。
個人的に好きなのは、三井住友銀行のロゴ。

今でも一塁へのヘッドスライディングを美学とするプロ野球選手がいるという記事が印象に残ったせいだろう。僕はときどきこのフレーズを使う。
野球において、一塁へヘッドスライディングをするよりベースを走り抜けたほうが速いことは知られているし、それは科学的にも証明されていることだ。しかし、それでもヘッドスライディングをする選手がいるという。確かに少しでも早くベースにたどり着きたいという思いから、手と頭からベースに突っ込む気持ちもわからなくはない。しかし、走り抜けたほうが速いという事実があるにも関わらず、ヘッドスライディングという選択肢を取る行為は、試合に勝つための最大限の努力をしているといえるのだろうか。
似たようなことは普段の生活の中でも起こりうる。例えば仕事において、抱えている作業が多いからといって徹夜で仕事をして、その後2,3日の作業が眠気のせいで滞るのであれば、それはまさに一塁へヘッドスライディングをするようなもの。
人それぞれ多くの考え方があるだろうが、目の前の結果に目を奪われて最終的な結果のための最善の方法を知りながら放棄するような行動を僕は評価しない。
ユニフォームを汚したり、「眠い」と繰り返しながら仕事を続けるような行為で褒めてもらえるのは、「結果」より「過程」の評価を求める甘えた考え方。「頑張ったんだから褒めて…」「一生懸命やったんだから認めて…」そんな考え方で評価されるのは浅はかな考えと乏しい知識しか持たない、せいぜい小学生までの話だ。
僕らは学ぶべきことを学び、深く考える知識を持った大人なのだから。
会社で新しい人を採用しようと考えたときのことである。実力重視で選びたいのはもちろんなのだが、履歴書と面接と過去の実績や作品でその実力を正確に把握しようとしてもそれは無理があり、では、明確な尺度として何を重視して判断するのが、実力のある人間を採用するための最善の手段なのか、ということを話し合った。結果、「学歴重視」で意見が一致した。
WEBクリエイターなのに「学歴重視」。少し妙な印象を受けるかもしれない。確かに「過去の実績重視」という考えもないことはないのだが、WEBクリエイターとてアーティストではない、現在もっている技術だけで満足されても困る。
日々、世に出てくる新しい技術に対して常にアンテナを張り巡らし、自分の技術に取り入れる努力を怠たらないのは当然であり、さらにその労力をすぐに仕事に反映できる、努力の効率性を兼ね備えて欲しいもの。そんな一言で言うと「優れた人材」がどこに多く存在するかと考えたとき、やはり「高学歴」の中から探すのがてっとり早いだろうという結論である。
もちろん、学歴のない人の中にも優れた人材はいるし、高学歴の中にも使えない人間はたくさんいる。しかし、採用活動というのは、労力がかかるのだから、他の仕事と同様に費用対効果を考えて、もっとも効率の良い方法を選択しなければならない。であれば、確率的に「優れた人材」の存在確率の高い「高学歴」という集団に目を向けるのはむしろ当然の流れなのだろう。
伝統ある大きな企業はともかく、うちみたいな小さな会社でさえ学歴を重視するのだから、やはり学歴はあるにこしたことはないのだろう。将来、下の世代の人間に「学歴って必要?」と聞かれたら「とりあえずあって損はないよ」と答えるとしよう。
とはいえあくまでもこれは確率論である。個人的な経験則からいって、その確率の違いは、一般には20人のうち1人いるかいないかの「優れた人材」が、「高学歴」に絞れば20人のうち3人程度に増える程度で、しょせん、低い可能性であることに変わりはないのである。
最近、日曜日の午前中は英会話倶楽部に顔を出すようにしている。結構大きな組織らしく、一応参加表明はウェブからフォームで送らなければならない。
いつもは前の週の月曜日には出席表明をするのだが、先週は仕事や遊びで、木曜日になっても出席表明をするのを忘れていた。すると木曜日の夜から突然風邪をひいて、日曜日まで寝込むことになった。これはただの偶然だろうか。それとも自分がどこかで風邪をひくことを予感していたから出席表明をするのを躊躇(ためら)っていたのか。
自分は思うんだ。出席表明をしなかったから風邪をひいたのではないかと。言い換えるならこういうことだ。「人との約束を破りたくない」という気持ちが、健康を維持するということってあるのではないだろうか。
良くも悪くも心と体は常に影響を及ぼし合うのだから。



