一昨日六本木ヒルズに行って感じた「ひょっとしたら正月は美術館関係空いているんじゃないだろうか」という勢いそのままに本日はネット上で話題になっていたアンカー展へ。109の前のものすごい人ごみを見たときはひるんだが、いざBunkamuraに入ると騒がしさはどこかへ。
さて、見始めてすぐに抱いた感想は、フェルメールとクールベとジャンフランソワミレーとジョンエヴァレットミレーを足して4で割ったような感じ、というもの。特徴的なのは子供をモデルとした人物画の多さだろう。輪郭をはっきりさせて光の陰影をしっかりキャンバスに表現するスタイルは、非常に好みである(だから見に来たのだが)。特に描かれている子供達の顔と手の表情が印象的だった。
個人的に気に入ったのは、「おともだち」という作品。残念ながらネット上にその画像が見つからないのだが。もし見に行かれる方はぜひ注目して欲しい。二人の女の子の表情が訴えてくる物語が…涙が出てくる。
今回の展覧会は絵の横のパネルに書かれている当時のエピソードや関連項目の説明もも非常に充実していて楽しむことができた。特に、アンカーの生きていた時代(1831-1910)は写真を発明したルイ・ダゲールともかぶっていたため、アンカーは写実的な正確さと絵画的な大胆さの間で悩んだというエピソードが興味深かった。
そんなアンカーだからか、生計を立てるための肖像画を描く際に、客にこう尋ねたことがあったという。
絵画における大きなテーマだったのだろう。そして、写真という文化の出現によって多くの画家たちは自分のスタイルを改めて見つめなおしたのではないだろうか。
肖像画においては客の要望に従うにしても、単に画家が描きたい対象物を描く場合に、見たまま描くか意図して変えるかという考えは、昨今の映画のCG(コンピュータグラフィック)などと通じる部分があるように感じる。
例えば映画「タイタニック」で悠然と海を航海する豪華客船のCGなどは、見ている人にそれを実写だかCGだかを考えさせないことが重要であり、同様に絵画においても、光の陰影を調整して意図して見ているも人の目線を訴えたいもの対象物に導きながらも、その作為を感じさせないことが大切な気がする。
そのような例だと最近よくメディアで取り上げられたフェルメールの「牛乳を注ぐ女」の台形のテーブルなどは有名であるが、今回のアンカーの作品にも注意してみるとそのような細かい意図的なアレンジは随所に見られた。



