ちまたで話題の六本木クロッシング2007へ行って来た。着いたときには既に正午を回っていたのだが、大晦日という日にちとミッドタウンの影響だろうか、なぜかヒルズはやたらと空いていて快適に展覧会を楽しむことができた
「枠に収まりきらない作家」と銘打つだけあって、どれも好みの別れそうな作品ばかり。そもそもこの手の作品展は好き嫌いで見るものではなく、心を刺激するために利用するのがいいのだろう。そして、そんな変わった作品ばかりなので見るほうも少々戸惑う。床にタオルが落ちているかと思って見たら実はタオルの上に鉄塔の模型があり、どうやら緑のタオルを山に見立てた作品らしい…とか、壁にある赤いソファは作品なのか、それともただの休憩スペースなのか、どこまでが一つの作品でどこからが次の作品か分からないものも数点あった。
やはり自分の好みなのだろう、時間軸のない2D作品に目を奪われてしまう。個人的には入り口付近にある立石大河亜(たていしタイガー)の作品「FUJI HIGH WAY」の奇抜な遠近法の使い方とタッチが好みである。
毎日新聞をひたすら鉛筆でコピーした吉村芳生(よしむらよしお)のドローイング新聞には不思議な刺激を受けた。彼の作品はなにかをひたすら描いただけ。金網をひたすら書き続ける、新聞をひたすら書き写す、そして自分の顔をひたすらデッサンし続ける。なんというか、アートというのは評価されるために作るのではなく、作りたいものを作り、それが評価されるか否かは時の運なのだと。そんなふうに感じた。
映像など、時間軸を取り入れた作品はもちろん、見る人のアクションへのレスポンスとして表現された作品も多々あった。ただ、そういう作品を見て思うのは、やはり、2Dの静止画として仕上げられた写真や絵画と違って、それを展示するための空間や、見る人のなかに「見るための意識」が必要だということ。そして、やはり自分は忙しい日本人がその生活の中でたやすく受け入れられる、時間軸のない2D作品が好きだということを再認識した。
さて、今回初めて音声ガイダンスを利用した。まあ、今回の作品展の作品ゆえにもう少しガイドがほしいと思った結果だが、なかなかよかったので、他の展覧会でもこれからは利用してみようかな、と思った。
ちなみに今回初めてヒルズの展望台から風景を眺めたが、元麻布ヒルズの美しいシルエットが魅力的だった。そして、国立新美術館のフォルムも印象に残ったので調べてみた。そうか、これが先日亡くなった黒川紀章(くろかわきしょう)の作品だったのか。



