2007年12月06日

「正しい」言葉?

食卓で両親が談笑していた。

「『そちらは○○さんのお宅でよろしかったでしょうか?』だって(笑)」

そんな、電話による売り込みの、セールスマンの文句が母のツボにはまったらしい。

僕個人の感想としては、そこまで笑える表現だとは思えない。必要以上に丁寧に言おうとしているのかな、と思わなくもないが許容範囲である。この辺が、日々、いろいろな表現に触れている人間と、同じ人間としか日常的に言葉を交わさない人間の違いなのだろうか。

そもそも「正しい言葉」とはなんなのだろう。広辞苑に載っているか否か?、それとも、元々の使われ方か否か?通じるか否か?これを定義せずに表現を「正しい」か「間違っている」か議論しても永遠に収束しないだろう。

例えば、「一所懸命」ではなく「一生懸命」と表現する人が多いが、どちらが正しいかは、義務教育期間に日本史をマジメに勉強したことのなる人なら知っているはず。「初めまして」ではなく「始めまして」と記述することもかなりの人に認められている。誰かが「こんにちわ」と書いた文字を「こんにちは」といちいち訂正しようものなら、逆に反感を買うだろう。結局言葉なんて、「通じればいい」ということになりはしないか。もちろん元々の使い方を知ることは大切なことだし、それを疎かにしていいとは思わない。状況に応じて、言葉を使い分けられる人間にはその人の底の深さを感じるし、いたずらに流行り言葉を使う人にはその移り気な考え方から、頼りない印象さえ受ける。

ただ、漢字から平仮名が生まれたように、英語がカタカナとして日本語化するように、言葉は常に変化し続ける。その変化を受け入れないで、人の言葉を「おかしい」と切り捨てることは、自分の世界を狭くすることにしかならない。

「言葉が変化するのはわかるが、それにしたって急すぎるだろう」

そんな反論が聞こえてきそうだ。

しかし、そんな言葉の変化の驚異的な速度こそが、携帯電話とインターネットが作り出したものなのだ。コミュニケーションの量に比例して言葉の突然変異の可能性が高まるのだから、携帯電話やインターネットによって24時間コミュニケーションを取ることが可能になった今、その変化の速度は以前と比較にならないほど早くなるのは当然である。

投稿者 masato : 2007年12月06日 14:07
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