前回のイラストの色味が気に入らなかったのでまた描いた。このカカシキャラは情景を描くには楽でいい。キャラに個性がなければ風景に目が行くということか。
つい最近も似たようなことを書いた気がするが、きれいなイラストを見るとやはり絵を描きたくなる。そう思い立って半日ほどせっせとマウスを動かし続ける。
何がすごいって最後までタブレットを使わずにマウスだけで完成させたこと。昔はもっと、世の中の矛盾とか人の心の中にある葛藤とか、深いテーマを絵の中に込めようとしていた気がするが、こういうほのぼのとしたイラストを描きたくなったのは、大人になったということかな。
この時期だし、年賀状にいいかなと思って「2008」の文字を入れたけど、我が家は喪中だった。
先日、母が、2つの予定が重なったときのその間の時間の潰し方について話していた。普段あまり電車を利用しない母はやはりそのようなときに困るという。「単純にスタバでよくない?」というと、入りにくいし注文の仕方もわからないのだそうだ。
さて、昨日の話。スカッシュラケットのガットが切れたので恵比寿まで張りに行った。年末のせいか、張りあがるまでに1時間半ほどかかるというので、駅前で時間を潰すことにした。以前恵比寿の会社に2年勤めていたこともあって勝手知ったる恵比寿。ATREの有隣堂で本を買って、エクセシオールカフェが混んでいたのと、着ていたダウンをわざわざ脱ぎたくなかったのでオープンテラスのエスカレーター脇のスタバへ。さて、1時間半を過ごすとなるとコーヒーの量もいつものサイズでは物足りない。
「えーと、キャラメルマキアートの…」
そこでようやく気づく。ショート、トール…その次は何だ?考えてみれば今までスタバでトール以上のサイズを頼んだことがない。メニューにはショート、トールを示す「S」「T」の隣に、「G」と「V」…平均以上の英語力と自負しながらもまったく想像できない。そもそもこれは英語なのか?
確かにここで店員に読み方を尋ねられない空気がスタバには…特に恵比寿のスタバのこの店員にはある。母の言っていた「入りにくい」の正体はこれだったのか。そもそも行き着けのカフェはスタバでもタリーズでもエクセルシオール(エクセシオール)でもなくカフェドュモンドなのだ…どうしようもない。
「トールで」
人生とは妥協の積み重ねである。とはいえそのままでは成長もなにもないので、一応おさらい。
例によって地道に、しかもお金をかけずに英語の勉強を続けている。「英語のヒアリングの勉強には洋画を英語の字幕表記で見るのが一番にいい」というのは以前からよく聞く話だが、DVDって高価なイメージがあったのでなかなか実行する気にならなかった。
しかし、先日久しぶりにお店でDVDをみてみると、実は最近のDVDはずいぶん安く1,000円切っているものまであるのだからこれは利用しない手はない。
さて、そうなると問題はどのような内容の映画を選ぶかである。アクションモノは爆発シーンばかりで会話が少ないからあまり役に立たないし、遠い昔を舞台としたものやハリーポッターのような魔法を扱ったものだといろいろ特殊な単語が出てくるだろう。結局、ラブストーリーがもっとも日常会話が多く現代の会話が含まれているという結論に達した。
そこで、1,200円で売っていたDVD「スウィートノベンバー」を購入。キアヌリーブスとシャーリーズセロンのラブストーリー。英語字幕を表示してひたすら部屋のPCで流し続ける。
ところだが、気がつくと部屋の空気がどんよりしてくるのだ。それはそうだ。2時間に一回、ヒロインが癌であることを告げられるのだから。そう、ラブストーリーは多くの場合、物語を盛り上げる障害として病気や別れのシーンがあるのだ。そんな映画を永遠と流せばそりゃあ部屋の空気は暗くなる。
というわけでそんな空気に耐え切れなくなって、今はひたすら「バックトゥザフューチャー」3部作。これは名作。見れば見るほど、90年代頭にこの作品ができあがっていたことに驚きである。
先ほどからルネサンス佐世保の銃乱射事件の速報が流れている。
多くのスポーツクラブは入り口の付近にフロントがあり、その前を通らずには施設を利用できないつくりになっている。とはいえ、厳重に警備しているわけでもないので、時々フロントが無人のときもあるし、食事を買いに行って帰ってきた会員を装えばフロントの前を素通りすることも出来る。そういう意味では、多くのスポーツクラブで部外者の侵入に対する対策ができているとは言い難い。なんにしても今回の事件のように銃を乱射しながら侵入を試みられたら、もはやどうしようもないだろう。
今回の事件を受けて、スポーツクラブは気軽に見学者を受け入れて施設内を案内し、少し高級なイメージを与えがちのスポーツクラブを、「一般的なもの」だとアピールする方向から、部外者を簡単には施設内には入れないという、安全性を謳う方向に変わるのかもしれない。
そうなったら、部外者の進入を大量に許すスカッシュの大会などは開きにくくなるのだろうな。
週末にこのブログのデザインを見直した。間に合わせのデザインのままずいぶんとほったらかしにしてしまったと反省している。同時にこのブログを書き始めてすでに4年が経過しているというから驚いた。Niftyのココログのサービスが始まったのが2003年の12月というから、このブログを始めた頃は「ブログ」という言葉をほとんどの人が知らなかった時代である。
そもそもこのブログは、「朝起きて、会社に行って、帰ってきて、少しゆっくりして、寝る」。そんな、サラリーマンにとっては一生のうちに何回も繰り返される、一見同じような日々の中にも、何かしらの変化を感じ取って自分の糧にして行こう。日々ブログネタを探すことにはそんな意味があるだろう。そう思って始めた。狙い通りの効果はもちろんあったが、その意義はそれだけに終わらない。
実はこのブログは、人が読むか読まないかは重要ではない。重要なのは、自分に「ひょっとしたら誰かが読むかもしれない」と思わせることだ。そう思うことによって、文章の中で使う言葉や表現を曖昧なままでは終わらせることを自分に許さない。そんな気持ちが、表現力を向上させ、僕の知識や関心事をより深く掘り下げることに役立っているのを感じる。
Jリーグの入れ替え戦が終わって、サンフレッチェ広島の降格と京都サンガの昇格が決まった。2004年から始まった入れ替え戦はこれで3年連続でJ2のチームが勝利したことになる。
入れ替え戦において、このままJ2側チームの昇格が続くようだったら、自動降格チームを今の2チームから3チームに増やして、入れ替え戦を16位のチームから15位のチームに変更しよう。と主張する輩がひょっとしたら出てくるのかもしれない。しかしそれはあまりにも短絡的な考えである。結果的にJ2のチームが勝ち越しているとはいえ、Jリーグを年間通じて戦ったときにJ2で3位のチームの方が、J1で16位のチームよりも好成績を収められるとは限らないからだ。
入れ替え戦におけるJ2チームの勝ち越しの大きな要因、それこそが「勝者のメンタリティ」と呼ばれるものである。今シーズンを例にとって言うなら、サンフレッチェ広島は8勝18敗8分で勝率3割に対して、今日とサンガは24勝10敗14分で7割を超えているのである。この勝率の違いは試合中の選手の気持ちの大きく反映される。「流れ」とか「勢い」と言われるモノの正体がこれである。
例えば、シュートがゴールポストを叩いたとき、前者は「このままの方法で点が取れる」と考えられるのに対して、後者は「このままでは点が取れない」と考える。リードされてハーフタイムを迎えたとき、前者は「まだ45分ある」と考えられるのに対して、後者は「もう45分しかない」と考えてしまう。そして、そんな迷いの生じたチームの連携は簡単に崩れてしまうのである。
つまり入れ替え戦においては、「J1のチームは強い」というような気持ちに負けない限り、J2のチームはいつだって精神的に優位に立てるのである。
FX(外国為替証拠金取引)の人気が投資家の間で高まっているのだそうだ。そしてFXにのめりこむ人の多くは高レバレッジ、つまり、業者に預けた保証金の何倍もの取引をしているのだと言う。
ちなみに僕自身は3年ほど前から貯金の半分程を外貨建ての投資信託で運用しており、為替の変動を利用して資産を増やすという点ではFXと変わらないが、せいぜい年間で5%程度の利益である。FXの手数料の安さと、閲覧画面に取引結果がリアルタイムに反映する点に魅力を感じて、以前口座開設を申し込んだが、なぜか業者からの口座開設通知が来ないのでその段階で止まっている。
さて話を戻すと、このFXブームの原因は一体どこにあるのだろう?と考えたとき、ふと一つの可能性を思いついた。上にも書いたように、FXにのめりこむ人の多くは高倍率の取引で、ほとんどギャンブルのような運用の方法を行っている。実際、その多くが多額の損失を抱えた経験を持ちながらも、ハイリスクハイリターンの魅力からやめることができないのだという。
つまり、その多くはパチンコや公営ギャンブルにのめりこむ人と根本的には違いがないのである。ただ違うのは、「ギャンブルなんかにのめりこんで・・」とか「どうせ儲かるわけないのに・・」という風に、世間から冷たい見られることがないということだ。それどころか、「FX?為替?」「ホームトレード?」「なんだか賢そう・・」という目で見られさえする。そんな尊敬のまなざしを欲している人は意外と世の中にいるのだろう。
結局、FXの高倍率取引は、実質ギャンブルと大差ないにも関わらず、無知な世間の人々がそれを推奨する空気を作り出し、パチンコなどにのめりこむことに抵抗を持ちながらも、人から尊敬されたい、というような世間体を気にする潜在的なギャンブラー達を覚醒させた結果ではないだろうか。
とりあえず、無知が当人だけを苦しめているうちは我関せずである。
食卓で両親が談笑していた。
「『そちらは○○さんのお宅でよろしかったでしょうか?』だって(笑)」
そんな、電話による売り込みの、セールスマンの文句が母のツボにはまったらしい。
僕個人の感想としては、そこまで笑える表現だとは思えない。必要以上に丁寧に言おうとしているのかな、と思わなくもないが許容範囲である。この辺が、日々、いろいろな表現に触れている人間と、同じ人間としか日常的に言葉を交わさない人間の違いなのだろうか。
そもそも「正しい言葉」とはなんなのだろう。広辞苑に載っているか否か?、それとも、元々の使われ方か否か?通じるか否か?これを定義せずに表現を「正しい」か「間違っている」か議論しても永遠に収束しないだろう。
例えば、「一所懸命」ではなく「一生懸命」と表現する人が多いが、どちらが正しいかは、義務教育期間に日本史をマジメに勉強したことのなる人なら知っているはず。「初めまして」ではなく「始めまして」と記述することもかなりの人に認められている。誰かが「こんにちわ」と書いた文字を「こんにちは」といちいち訂正しようものなら、逆に反感を買うだろう。結局言葉なんて、「通じればいい」ということになりはしないか。もちろん元々の使い方を知ることは大切なことだし、それを疎かにしていいとは思わない。状況に応じて、言葉を使い分けられる人間にはその人の底の深さを感じるし、いたずらに流行り言葉を使う人にはその移り気な考え方から、頼りない印象さえ受ける。
ただ、漢字から平仮名が生まれたように、英語がカタカナとして日本語化するように、言葉は常に変化し続ける。その変化を受け入れないで、人の言葉を「おかしい」と切り捨てることは、自分の世界を狭くすることにしかならない。
「言葉が変化するのはわかるが、それにしたって急すぎるだろう」
そんな反論が聞こえてきそうだ。
しかし、そんな言葉の変化の驚異的な速度こそが、携帯電話とインターネットが作り出したものなのだ。コミュニケーションの量に比例して言葉の突然変異の可能性が高まるのだから、携帯電話やインターネットによって24時間コミュニケーションを取ることが可能になった今、その変化の速度は以前と比較にならないほど早くなるのは当然である。
川崎に住んでいた頃、なにげなくテレビをまわしたときなどに東京MXテレビで放送していた演劇。キャラメルボックスを最初に知ったのはそんなとき。それからずっと生で観たいと思ってて、ようやく今回実現させることができた。
例によって比較対称がないので絶賛も批評もしにくいのだが、まあ、良かったのではないかと思う。しっかりストーリーに入れて、涙できたし。ただ、池袋サンシャイン劇場は少し狭くて、(普通の身長の男性は足のやり場に困る)2時間座りっぱなしってのは少しきつく、間に10分でも休憩が欲しかった。
とりあえず、どこからがキャラメルボックス色でどこからが原作の色なのかがわからないのでこの空気に浸っているうちに原作であるいしいしんじの「トリツカレ男」を読んでみよう。
その名の通り、普段IT技術に接しているからこそ陥りやすい病気のこと。勝手に名前を付けさせてもらった。別に健康を害するほどのものではないので、その手の話題があると面白おかしく読ませてもらっている。
例えば以前ここのテーマでも書いたが、散らかった部屋のなかから目的のものを探そうとするときの最後の手段として何故か「検索」という考えが頭の中にあったり、携帯電話のバッテリーが足りなくなっていると、精神的にも憂鬱になって来て、まるで携帯電話のバッテリーが自分自身のバッテリーのように振舞う人。時計をしていないときでも時間を知ろうとしてつい左腕を見てしまう人など。まだまだ列挙すればたくさん出てきそうである。今回語りたいのも同類の病気。
スマートフォンが普及している海外のメディアで以前取り上げられていた話。その人はスマートフォンをバイブ機能で腰のベルトにつけている。もちろん着信を振動で知るためなのだが、そういう使い方をして3年程経ったある日、振動を感じたので腰を見ると、スマートフォンがない。鞄の中を見てもない。そこでようやく、彼はその日、家に端末を置き忘れていたことに気づいたのだそうだ。では振動はどこから?もちろん錯覚である。このように感じるはずのない振動を日常的に感じてしまった経験は、スマートフォンを日常的に使っている人の多くにあるのだそうだ。
当然このような症状は日本の携帯ユーザーにも生じるはずである。こんなことを急に思い出したのは、先ほどリビングでラーメンを食べているときに携帯のメール着信音に設定している「ドラえもんのタイトルコール」を聞いたような気がしたから。携帯は2階の自分の部屋においてあって、しかもマナーモードだった。着信音はどこから?。



