2007年10月14日

汎用性の維持のために

新聞の購読率が落ちているという。インターネットの普及と世間の環境問題への関心の高まりを考えれは当然である。

もちろん、今まで新聞で多くの情報を得ていた人たちはインターネットと言う手法にシフトしたわけだが、それはつまり「欲しい情報だけを得る」という方向へ情報を得る手段が変化してきていると言える。

この流れは何も新聞というメディアに限ったことではない。例えばテレビのようね映像媒体である。インターネットを通じたオンデマンド放送が既に広がりを見せ、さらにニコニコ動画やYouTubeなどの動画アップロードサイトも一部のユーザーにとっては必要不可欠となっている。つまり映像媒体もまた「見たい番組だけを見る」という形へと確実に変化しているのである。そして、この流れは2011年の地上波アナログ放送の停止をもって一気に加速するだろう。

この変化は「無駄を省くことができる」という面では喜ぶべきことなのかもしれない。しかしどんなものにも長所と短所はあるもので、インターネットを新聞代わりにするということは、今まで、1面からスポーツ面へと大きな紙面をめくろとしたときに、ふと目に止まった社会面の記事に興味を持つ、などということは、これからはなくなるわけだ。テレビについても同様に、普段見ている番組を見終わってから、少しぼーっとしているうちに次の番組が始まり、面白そうだったからそのまま見てしまう。ということもなくなる。

つまりだ、興味のある部分はひたすら情報が入ってきて、興味のない部分についてはほとんど入ってこない。そんな情報環境への変化とも言える。そして、そのような環境で育つのは、限られた情報ばかりをひたすら得た、いわゆる専門性の高い人間なのだ。

多くの社員を抱え、分業化が徹底している大企業にとっては専門性の高い人間は大歓迎である。しかし、ベンチャー企業やプライベートでは、「木を見て森を見ない」人間ほど扱いにくい人間はいない。専門性も重要だが汎用性も決しておろそかにしてはいけない。技術があっても視野の狭い人間はその技術を有効利用はずもないのだから。

すでに先端技術を使いこなしていると自負する方々は、そろそろ汎用性を維持するため情報収集方法を考え始めるべきなのかもしれない。

投稿者 masato : 2007年10月14日 13:53
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