2007年05月13日

その後

脳脊髄液減少症で悩む人たちのために自分の経過をまとめておこうなどといいつつ、12月27日の退院からまったく続きを書いていないことに気づいた。そんなわけで、その後の経過をまとめてみることにする。

12月のブラッドパッチから1ヵ月後の1月下旬に再度横浜の病院に行ってS先生に経過を報告した。

S先生 「どうですか?その後」
僕 「相変わらずです。」
S先生 「具体的には?」
僕 「めまいと頭痛と吐き気、あと乗り物酔いですね」
S先生 「めまいがまだある?」
僕 「ええ」
S先生 「そっか・・・、ま、まだ1ヶ月だからな、じゃあ、もう1ヶ月様子を見て2回目のブラッドパッチをやるかどうか決めよう」

というわけで、もう1ヶ月様子を見ることになった。そして2月下旬の問診。ショックなことを告げられる。

S先生 「どうですか?その後」
僕 「相変わらずです。」
S先生 「ええと、めまいと乗り物酔いが激しいんだっけ?」
僕 「ええ、あと先週ぐらいから軽くスポーツを再開したのですが、スポーツの後に頭痛がすごくて・・」
S先生 「スポーツって、どんな?」
僕 「スカッシュです。」
S先生 「・・・・スカッシュって、かなり激しいよね?」
僕 「ええ、まあ、でも軽くですよ」
S先生 「めまいでボールを空振りしたりしないの?」
僕 「いえ、そこまで激しいめまいじゃないので、なんというか視野が揺れているような感じです。」
S先生 「え、ちょっと待って、スカッシュが出来るほどの状態で、一体何をどう治したいの?」(怒)

(なぜ怒られるのだろう)

僕 「もちろん、めまいと吐き気と乗り物酔いと頭痛ですね」
S先生 「う〜〜ん、申し訳ないけど、たぶん考えているレベルが違うんだよね。この病気によって日常生活ができないような人を、日常生活ができるレベルまで回復させるってのが僕の治療のポリシーなんだよ。この病気に悩まされている人はさ、仕事しようとしても頭痛や吐き気に悩まされて長続きしないからさ」

(自分も吐き気に悩まされて会社を辞めたんですけど)と、言いたかったが敢えて言わず。

S先生 「とりあえず、普通にスカッシュができるほど回復しているのに、それ以上症状が回復することを期待されても困るね。」

(自分と同じ症状の人が100人いたらそのうち何人がスカッシュのような激しいスポーツをやろうと思うか知りたい)と思ったが、敢えて反論せず。

僕 「回復というよりも症状はまったく良くなってなくて、むしろ12月の脳槽シンチの検査の前のほうが今よりも調子がいいんですけど」
S先生 「前のほうが調子がいいか。う〜ん、そうか。まあとにかく、その状態でもう一度ブラッドパッチをやるという決断は下せないね。」
僕 「ええと・・・、それはつまり・・・、もうこれ以上の治療法はないってことですか?」
S先生 「まあ、そういうことだね、もちろんまた調子が悪くなったりしたら考えるけどね。あと、これはこれ以上回復する可能性がないってことじゃなくて、少しずつ良くなる可能性もあるから、とにかく今の状態なら様子を見るしかないね。」

こうして、実質、治療は打ち切られた。ある程度覚悟していたこととはいえ、この日、回復の希望がほぼ絶たれた。

傷病手当の受給が1月で終わり、治療方法もなくなり、相変わらずめまいや吐き気に悩まされるとはいえ、もはや療養生活を続ける理由もなくなったわけで、社会復帰を目指して、少しずつ外出する回数を増やすようにした。

約4ヶ月間の半寝たきり生活を経て、2月にスカッシュを再開したときは、筋肉と体力はかなり衰えており、ボールが真っ直ぐ飛ばず、ドロップを拾うために前に走ると足がその勢いを止めきれずにフロントウォールにぶつかりそうになるなどしていたが、4月にはスカッシュを楽しめる程度まで速筋が復活してきた。また、2月、3月は1回スカッシュをするとその後3日ほど激しいめまいと頭痛で寝込む、という生活をしばらく繰り返したが、4月になるとその回数も少し減ってきた。

体力に関しても走った量に応じて少しずつ体力が戻ってきた。昨年の少し走るとすぐに普段の息切れ以上の激しい肺周辺の痛みが生じた理由も今ならある程度予想がつく。どうやら「神経症」と誤診されたことによって処方されていた飲み薬に、脈を早める効果があったことが理由らしい。とりあえず、あとは遅筋の復活を待つ。

スカッシュ後の2日程度の体調の悪化が、運動中に身体から出る水分の量が体調に影響を与えるのではないかと思い、飲む水分の量を変えたりして試してみたが未だその関連性はわかっていない。

そして現在、体調の波の法則を分析しながらのんびり就職活動中である。

投稿者 masato : 2007年05月13日 01:46
コメント
コメントする









名前、アドレスを登録しますか?