2007年05月29日

ボイスチャット in Second Life

4月の頭からSecond Lifeのベータグリッド(テスト環境)でボイスチャットの試験運用が開始されている。ようやく先日試してみることが出来た。

感想はというと、試験運用ということでまだまだ不安定ではあるが、予想以上に可能性を感じさせるものだった。音質もMSNよりいいような気がするし、なんといってもSecond Life世界の距離に応じて人の声が大きくなったり小さくなったりするのが新鮮である。ちなみに声でリアルの性別がわかってしまうことから、Second Life内で異性を演じていた人にとっては憎むべき進歩なのだろう。

英語のヒアリングにまだついていけないが、ある程度会話を続ければそのうち理解できるようになるだろう、と楽観的。しかし、こんな面白い世界を無料で提供してもらってしまったら、ピンクのウサギ達にとっては脅威に違いない。

投稿者 masato : 12:51 | コメント (0)

2007年05月27日

選手への敬意

テレビ埼玉で横浜Fマリノス対浦和レッズの試合を観ていた。ワシントンを中心としたレッズの攻撃は相変わらず退屈で、それに対して運動量の豊富なマリノスの攻撃は流動的でなかなか魅力的。特にマリノスのエースナンバー10を背負う山瀬功治は相変わらず上手い。内に秘めた闘志と冷静さを兼ね備え。余計なプレーをせずに、ゴールを奪うための効果的なプレーを選択するそのスタイルはかなり好みである。日本屈指の技術を持ちながらも、余計なことをしてボールを取られることの多い小野伸二あたりにぜひ見習って欲しいもの。

今日はそんな山瀬功治の話。彼は2003年と2004年に浦和レッズでプレーし、浦和をナビスコ杯優勝というJリーグ発足以来レッズを初のタイトルに導いた選手の一人、当然多くのレッズサポーターの記憶にはその勇姿は鮮明に焼きついているはずだ。しかしだ、マリノスに移籍した今、埼玉スタジアムは彼がボールを持ったり、コーナーキックを蹴ろうとするとブーイングの嵐。当然といえば当然かもしれないが。彼をそんなに憎んでいるわけではないだろう。むしろ彼を評価しているレッズサポーターの方が多いはずだ。きっとサポーターはただブーイングしたいだけ。叫びたいだけ。そこに大きな意味など無いのだろう。

そんなことを考えながら思い出されるのは、イタリアセリエAでの中田英寿が所属していたパルマとローマの一戦。中田がローマディフェンダーをドリブルで切り裂くと、ローマサポーターからも拍手が沸いた。なぜならローマサポーターの中では中田はその前年にローマをスクデットに導いた尊敬すべき選手だからである。

試合中に敵チームの選手への拍手を送る。Jリーグでもそんなことってあるのだろうか。

投稿者 masato : 17:30 | コメント (2)

2007年05月26日

サッカーが嫌いな人

「サッカーが嫌いな人」というのがいるらしい。そりゃあ世界一人気のあるスポーツなだけに、それを嫌う人もまた多いのは当然だろう。しかし面白いことに、サッカーが嫌いな人の多くは、2002年の日韓ワールドカップ開催や、その以前はJリーグの発足を期に嫌いになったという。つまり彼等は「人気があるものが嫌い」という人種なのだ。

そういえば、昔勤めていた会社の同僚でこんな人がいた。昼時に映画の話題になったときのこと、彼はレオナルド・ディカプリオ主演の「タイタニック」を観たことがない、と言う。その理由を聞いたところ「世間が騒いでいるから観なかった」とだそうだ。確かに「タイタニック」は、その質以上に観客を動員したという印象はあるし、人気があるからといって傑作であるということにはならない。世間が注目するかしないか、と、それが傑作か駄作かは必ずしも一致しないのである。

きっと、このような「人気があるものが嫌い」的な嗜好を持つ人の多くは、「俺は周囲に流されない人間」的な芯の通った個性を主張しているつもりなのだろう。確かに、他の人が騒いでいるものに対して、見向きもしないという行動自体は、「周囲に流されていない」と言えるのかも知れないが、彼等のようにあえてそれを避けようとする行動は結局「周囲に思いっきり振り回されている」と言えるのではないだろうか。

結局「人気があるものが好き」な人も、「人気があるものが嫌い」な人も、自分自身でその対象を評価しようとする意識が希薄な人でしかなく、興味の対象を選別する方法としてはとても見習えるものではない。

投稿者 masato : 22:25 | コメント (2)

2007年05月18日

肺癌

筑紫哲也の肺癌報道によって一部のノンスモーカー達がネット上で歓喜に湧いている。ジャーナリストという職業柄、アンチを多く抱えるのは仕方がないとは言え、目に余る発言も多い。どうやらそんなノンスモーカー達の頭の中には「非喫煙家=善、喫煙家=悪」というなんとも単純な人間の分類方法が確立されているようだ。

僕が気になるのは、もし筑紫哲也が癌を克服して復帰することができたら、彼は一体、喫煙の害についてどのように触れるのだろうかとういこと。1日にタバコを3箱も吸うジャーナリストが肺癌になったのだから、禁煙気運の高まる今、何も触れずにはいられないだろう。個人的にはタバコを吸うことの害よりも、煙を撒き散らされることによって周囲の人が受ける不快感を訴えて欲しいものだ。タバコを吸うことの害など多くの喫煙家は認識しているだろうし、タバコの箱にも軽く書いてある、それらを認識した上で彼等は喫煙を楽しんでいるのだから。

とりあえず、何も言わずに隣でタバコを吸い始める人は論外として、隣の人に「タバコ吸ってもいいですか?」と許可を求めながら、さらにその隣の人には何も聞かなかったり、「勘弁してください」と答えるとあからさまに不機嫌になる人はどうにかして欲しいもの。

「喫煙を憎んで喫煙家を憎まず」とうポリシーの下、「彼等もニコチン中毒という病気の被害者なんだ」と考えるようにしてはいるが、それでも不快感と共に印象に残った人の顔にはやはり不快感が伴うのが人間の性(さが)である。幸いなことに現代はネットの普及によって同じ空間にいなくてもいくらでも意見交換ができる。そう考えると、わざわざ人間関係悪化のリスクを背負ってまで喫煙家と長い間行動を共にする必要もないのかな。

投稿者 masato : 00:05 | コメント (0)

2007年05月17日

スカッシュとトランス状態

最近、どこかのカナダ人がYouTubeにアップしてくれた世界ランカーのスカッシュの試合をヒマさえあれば眺めているのだが、時々1,2時間平気で見続けていることに気づく。そんなことを繰り返して思ったこと。

人が野球やサッカーなどの人気スポーツを観る理由はきっとそれが興奮や緊張感を与えてくれるからだろう。しかし、スカッシュの場合はやや異なるように感じる。それはむしろトランス状態に近い。トランス状態とは人間が理性の働きを静めることによって心地よさを感じること。音楽を聴いたり、アルコールを飲んだりするのも理性の働きを沈めて心地よさを感じるための一つの手段である。

スカッシュの場合は他のラケット競技であるテニスや卓球とは異なり、とにかくラリーが長く続くので、ラケットがボールを打つ音が単調なリズムで響き続ける。単調なリズムが人間の聴覚に働きかけることもまた、人間の理性の働きを静めトランス状態に導く効果がある。パチンコやディスコなどはこのトランス状態を利用して被催眠性の高い利用者に繰り返し足を運ばせる娯楽(むしろ「誤楽」か?)である。

つまりだ、スカッシュをプレーとして楽しむ分には体力的な問題もあるかもしれないだろうが、観る分には被催眠性の高い視聴者を惹き付ける効果があるかもしれない。そんなことをふと思ったのだ。どうだろう、日本のお偉いさん方。この適当な推測を基に日本のスカッシュ界にもう少し投資してみないだろうか?

投稿者 masato : 02:51 | コメント (0)

2007年05月16日

理想の携帯ストラップを求めて

今年3月、Suicaが東京メトロや首都圏私鉄および都営バスなどでも利用可能になりその勢力を大きく拡大した。それに伴い、僕自身もカードから携帯端末利用のモバイルSuicaへと移行したわけだが、それによって携帯の持ち方は以前と大きく変わった。

これ以前の僕にとっての携帯はというと、PCから転送されてくるメールをチェックする程度のものでしかなかったので、特に人との約束のない日は、鞄の中に入れっぱなしで一日に数回チェックする程度であった。それが、モバイルSuicaの利用によって、携帯が定期券やパスネットの代わりとなってしまったわけだから、外出時は今までのように鞄に入れっぱなしというわけにはいかなくなった。

モバイルSuicaを利用している人の多くは、携帯をポケットに入れたり、女性であればトートバッグの中に入れたりしてすぐ出せるようにしているのだろうが、僕の場合はそうも行かない。まず、ジーンズの型崩れが嫌なので、ジーンズのポケットに財布や携帯を入れることは論外である。また、スポーツをするとき以外の外出時はだいたいウェストポーチを利用しているので、荷物は背中側にあり、出し入れは手探り。つまり頻繁に出したり入れたりするのには非常に不向きなのだ。

では、上着のポケットにいれればいい、ということになるだろうが、冬の厚手のコートならともかく、夏に向かうこの時期の薄い上着などは、携帯程度の重さでも左右のバランスが崩れるし、夏のTシャツ主体の時期になればポケットすらなくなってしまうので解決策としては不完全である。

そのような理由から、現在のところ、電車に乗って外出するときは基本的に携帯を手で持っているのだが、そろそろどこかでうっかり落としそうな予感。トイレに入るときなどは「水没」という最悪のシナリオが頭をよぎるし、電車とホームの隙間の闇も携帯を呼んでいるようだ。それは話のネタにはなるかもしれないが、あまりにも代償が大きい。

そこで、僕の求める理想のストラップ(むしろ「携帯グッズ」と呼ぶべきか)を探してみることにした。

残された装着場所としては、首に提げるか、ジーンズのベルトループ(←そういう名称らしい)に引っ掛けるか、のいずれかなのだ。しかし、ただ単純に首に提げただけでは、駅の改札を通るときには携帯を改札にタッチするために少しかがまないといけないし、単純にベルトループにフックで引っ掛けただけでは、改札機にお尻を向けないと改札を通過できないだろう。その動作はお世辞にも美しいとは言えない。できれば引っ張ると伸びる仕様が理想である。さらに贅沢を言えば、できれば首に提げるのは避けたいもの、携帯依存症の女子高生のような印象を受けるから。

つまり、僕の求めているストラップはジーンズのベルトループに引っ掛けてぶら下げることができ、さらに引っ張ると伸びる。という仕様のもの。そこまで考えて、そのぐらいの商品はすでに出回っていることだろう。とネットでは楽天を一通り探し、リアルではOPENして間もない大宮東急ハンズを探してみた。

ところが理想の商品に近いものはあるが見事に一致するものはない。リールストラップと呼ばれる引っ張ると伸びるストラップはあるのだが、あくまでもそれを付けたうえでポケットに入れる仕様になっており、常時携帯をぶらさげる仕様にはないっていない。さらに言うと、出回っているリールストラップの多くはあまりデザイン的に洗練されていない。

きっとリールに常に携帯の重さを支えられる程度の張力をつけると、今度は逆に引っ張るときに不便という理由から求めているような商品は存在しないのだろう。しかしそれなら、何かのボタンを押したときのみ引っ張ることができる仕様にして、携帯の重さは別の素材で支える仕様にすればいいと思うのだが。

結局、半日探して理想のストラップがないことを悟り、取り外し可能なネックストラップで妥協することにした。

半日ほどそのストラップを使用して思った感想。歩くのが速いと、携帯が繰り返し胸に当たって鬱陶しいのと、ストラップのトトロがガチャガチャ音を立ててうるさいし、少し可哀想。さらに言えば、上の方でも触れたが、やはり首に提げるのは僕のキャラクター的に違うような気がするば、ま、一時的なものとして我慢するとしよう。とりあえずトトロのストラップははずすことにした。考えてみればこいつは今まで何度改札機に身体をぶつけてきたことか・・・。

しばらく最新のストラップ情報を欠かさずチェックするとしよう。

投稿者 masato : 11:38 | コメント (2)

2007年05月15日

ニューラケット

先日ガットを張り替えた際、2年以上使っている今のラケットに小さなひびがあることを知った。やはり、スカッシュラケットたるもの、どんなに丁寧に扱おうともいずれ折れる運命にあるようだ。

そこで同じラケットを2本新たに購入。


左、現在使用中のラケット、ガードの裏に小さなひびがある。
中央、新ラケット、すでにガットの張替え済み、しばらく左のラケットと2本を使いまわす予定。
右、新ラケット、サービスガットのまま。左の2本のいずれかが折れるまで大切に保管。

投稿者 masato : 01:19 | コメント (1)

2007年05月14日

命日ランキング

先月亡くなった祖母の四十九日。前日の5時間半スカッシュのせいでやや足腰の筋肉にはりを感じながらも6時半には目を覚まし、両親と一緒に車で富士山の麓の街を目指す。

「母の日」だから、ネタに困ったカーラジオの番組はそれにちなんだ内容ばかり。「『親孝行したい時には親は無し』って言いますからね〜」。母の日や父の日に必ずと言っていいほど耳にするこんな言葉も、今日に限っては車内に一味違った空気を醸し出す。

左手に見えてきたあまり綺麗じゃない富士山を見ながら考えた。そういえば祖母は4月1日のエイプリルフールに死んだんだな、と。そして、正確に49日目ではないとはいえ、「母の日」に四十九日の法要を行うとは。もし故人が命日を自分で選べるとしたら4月1日は命日ランキングベスト3以内にランクインしそうだ。

さらに余計なことまで考える。ひょっとして12月25日に死んだら、四十九日はバレンタインデーかな?もしそうなら自分の番のときは少し狙ってみるかな。そう思って数えてみたが、残念ながらクリスマスからバレンタインデーまでは51日あった。ちっ、惜しい。12月と1月は31日まであるのだから当然といえば当然。まぁ、たとえ49日だったとしても、遺族にとってはそんな迷惑な死なれ方はないに違いない。

投稿者 masato : 00:03 | コメント (0)

2007年05月13日

その後

脳脊髄液減少症で悩む人たちのために自分の経過をまとめておこうなどといいつつ、12月27日の退院からまったく続きを書いていないことに気づいた。そんなわけで、その後の経過をまとめてみることにする。

12月のブラッドパッチから1ヵ月後の1月下旬に再度横浜の病院に行ってS先生に経過を報告した。

S先生 「どうですか?その後」
僕 「相変わらずです。」
S先生 「具体的には?」
僕 「めまいと頭痛と吐き気、あと乗り物酔いですね」
S先生 「めまいがまだある?」
僕 「ええ」
S先生 「そっか・・・、ま、まだ1ヶ月だからな、じゃあ、もう1ヶ月様子を見て2回目のブラッドパッチをやるかどうか決めよう」

というわけで、もう1ヶ月様子を見ることになった。そして2月下旬の問診。ショックなことを告げられる。

S先生 「どうですか?その後」
僕 「相変わらずです。」
S先生 「ええと、めまいと乗り物酔いが激しいんだっけ?」
僕 「ええ、あと先週ぐらいから軽くスポーツを再開したのですが、スポーツの後に頭痛がすごくて・・」
S先生 「スポーツって、どんな?」
僕 「スカッシュです。」
S先生 「・・・・スカッシュって、かなり激しいよね?」
僕 「ええ、まあ、でも軽くですよ」
S先生 「めまいでボールを空振りしたりしないの?」
僕 「いえ、そこまで激しいめまいじゃないので、なんというか視野が揺れているような感じです。」
S先生 「え、ちょっと待って、スカッシュが出来るほどの状態で、一体何をどう治したいの?」(怒)

(なぜ怒られるのだろう)

僕 「もちろん、めまいと吐き気と乗り物酔いと頭痛ですね」
S先生 「う〜〜ん、申し訳ないけど、たぶん考えているレベルが違うんだよね。この病気によって日常生活ができないような人を、日常生活ができるレベルまで回復させるってのが僕の治療のポリシーなんだよ。この病気に悩まされている人はさ、仕事しようとしても頭痛や吐き気に悩まされて長続きしないからさ」

(自分も吐き気に悩まされて会社を辞めたんですけど)と、言いたかったが敢えて言わず。

S先生 「とりあえず、普通にスカッシュができるほど回復しているのに、それ以上症状が回復することを期待されても困るね。」

(自分と同じ症状の人が100人いたらそのうち何人がスカッシュのような激しいスポーツをやろうと思うか知りたい)と思ったが、敢えて反論せず。

僕 「回復というよりも症状はまったく良くなってなくて、むしろ12月の脳槽シンチの検査の前のほうが今よりも調子がいいんですけど」
S先生 「前のほうが調子がいいか。う〜ん、そうか。まあとにかく、その状態でもう一度ブラッドパッチをやるという決断は下せないね。」
僕 「ええと・・・、それはつまり・・・、もうこれ以上の治療法はないってことですか?」
S先生 「まあ、そういうことだね、もちろんまた調子が悪くなったりしたら考えるけどね。あと、これはこれ以上回復する可能性がないってことじゃなくて、少しずつ良くなる可能性もあるから、とにかく今の状態なら様子を見るしかないね。」

こうして、実質、治療は打ち切られた。ある程度覚悟していたこととはいえ、この日、回復の希望がほぼ絶たれた。

傷病手当の受給が1月で終わり、治療方法もなくなり、相変わらずめまいや吐き気に悩まされるとはいえ、もはや療養生活を続ける理由もなくなったわけで、社会復帰を目指して、少しずつ外出する回数を増やすようにした。

約4ヶ月間の半寝たきり生活を経て、2月にスカッシュを再開したときは、筋肉と体力はかなり衰えており、ボールが真っ直ぐ飛ばず、ドロップを拾うために前に走ると足がその勢いを止めきれずにフロントウォールにぶつかりそうになるなどしていたが、4月にはスカッシュを楽しめる程度まで速筋が復活してきた。また、2月、3月は1回スカッシュをするとその後3日ほど激しいめまいと頭痛で寝込む、という生活をしばらく繰り返したが、4月になるとその回数も少し減ってきた。

体力に関しても走った量に応じて少しずつ体力が戻ってきた。昨年の少し走るとすぐに普段の息切れ以上の激しい肺周辺の痛みが生じた理由も今ならある程度予想がつく。どうやら「神経症」と誤診されたことによって処方されていた飲み薬に、脈を早める効果があったことが理由らしい。とりあえず、あとは遅筋の復活を待つ。

スカッシュ後の2日程度の体調の悪化が、運動中に身体から出る水分の量が体調に影響を与えるのではないかと思い、飲む水分の量を変えたりして試してみたが未だその関連性はわかっていない。

そして現在、体調の波の法則を分析しながらのんびり就職活動中である。

投稿者 masato : 01:46 | コメント (0)

2007年05月12日

なぜ頭を抱える、なぜ拳を握る

僕らが日々なんの疑問も持たずに接している習慣の中には、人間であるが故の「必然」であるものと、そうでないもの、つまりが「偶然」があるように思う。例えば、人間の表情は「必然」と言えるだろう。つまりそれは、地球を人類の誕生まで巻き戻してもう一度やり直したとしても、やはり人間は楽しいときに笑顔を作り、怒ったときに怒りの表情をするということだ。反対に「偶然」は、例えば「お辞儀」などが挙げられる。人に出会ったときになんらかの儀式を行うことは「必然」だろうが、それが「お辞儀」だったり「握手」だったり(国によってはつばを付けるところもあるらしいが)、その手段は「偶然」である。

さて、今回気になったのは次のよくある2つの動作。

・物事が上手くいかなかったときに頭を抱える動作。
・物事が上手くいったときに拳を握る、一般的にガッツポーズと言われる動作。

この2つは「必然」なのか「偶然」なのか。世界のスポーツを見る人ならこれが日本だけの習慣ではないことはすぐに分かるだろう。ヨーロッパのサッカーを観ていれば、シュートがゴールマウスをかすめた時に、ゴール裏で頭を抱えている観客を目にしているはずだ。テニスの大会を観ていれば、ショットが決まった瞬間に左手を突き上げる選手を見たことがあるはずだ。

とはいえ、日本以外でも行われているのだから「必然」と単純に言い切れるものでもない。どんな映像でも一瞬で世界を駆け巡る時代なのだから。テレビもないような未開の地で同じような動作をする人達がいるのかが重要である。そして「必然」であれば、どうしてそれは「必然」なのか、人間の身体の構造上の必然なのか、であれば、猿は。犬は。興味は尽きない。

ここまで書いて思い出した、2,3年前、頭を抱えるシロクマのニュースを見た記憶が・・・。

ちなみに、他にも同様に気になった例を挙げると、人間、右利きが多いのは「必然」?

投稿者 masato : 05:28 | コメント (0)

2007年05月11日

スポーツ指導の変化

日本のスポーツ競技スポーツへの取り組み方は、ひたすら厳しい練習をこなすことであった。「厳しい練習」=「上達のための近道」という考えが根拠もなく指導者の中に染み付いていたように思う。僕もそのような非科学的なスポーツ文化の中で育ったものだから、中学、高校の頃のサッカー部では、練習中に自由に水を飲むことなど考えられなかったし、真夏には、光化学スモッグ注意報の中、100本ダッシュやうさぎ跳びをやらされることもしばしばあった。

確かに「厳しい練習」も高い技術や強い精神力を身につけるための一つの手段ではあるだろう。しかし、上達のための手段を「厳しさ」とするか「楽しさ」とするかは、やはり本人の意思に委ねられるべきである。

「巨人の星」や「アタックNo.1」の影響なのか、それとも日本には元々「鍛錬」を美とする慣習があったのか、とのかく日本には「楽しさ」を「上達のための手段」として提供する練習環境が少なかったように思う。だから、「厳しさ」を乗り越えた人のみがいい選手になり、いい選手になれたからこそ、指導者として招かれ、自分のしてきた「厳しい練習」を次の世代に強いる。その結果「楽しさ」を求める人は排除され、練習ができないためにいい選手にもなれず、指導者にもなれない。こんな悪循環があったのではないだろうか。

そんな「厳しさ」を重視する日本のスポーツ文化の中で、楽しいはずのスポーツが、楽しくなくなってしまった人もたくさんいたのだろう。ひょっとしたら、退屈な練習に嫌気がさしてスポーツから離れてしまった人の中に、歴史に名を残せるような才能を持った人がいたのかもしれない。

あと10年遅く生まれていたなら、僕も学生時代にもっとスポーツを楽しんでこれただろうな。ときどきそんな風に思う。

投稿者 masato : 01:39 | コメント (0)

2007年05月03日

体脂肪率、BMI値

年上の人からよく聞く言葉。

「30過ぎたら太るよ」

実際、年齢と共に体力が衰え、スタイルの維持も難しくなるのは事実なのだろう。しかし、ぶよぶよの腹をさすりながら「いやー、若いっていいねー」などと昔を懐かしみつつ自分を卑下するような人間にはなりたくないものだ。今のところなんの兆候も感じないが、多くの先人達がそのように語っている以上そろそろ警戒すべき時なのかもしれない。そこで目標値を考えてみることにした。

体のバランスの指標としてそれなりの地位を確立しているのは体脂肪率とBMI値。体脂肪率は男性で15%以上20%未満、BMI値は18.5以上25未満が適正とされている。ただ、スポーツを生活の一部とする僕にとって、ただ適正の範囲におさまれば満足というものでもない。運動をするために十分な筋肉をつけるということを考えるならBMI値は高め、体脂肪率は低めというのが理想なのだろう。

しかし、筋肉をつければつけるほど運動に適しているというものでもない。力、速さ、瞬発力そして持久力を備えた体が理想であり、筋肉をつけすぎると体が重くなって速さと瞬発力が落ちてしまう可能性もあるわけで、そのバランスが非常に重要なのである。もう一つ贅沢を言わせてもらうと、好きな服を着たいのであくまでも細身のスタイルは維持したいところ。

参考に、身長の同じくらいのアスリートのデータを探してきた。

中田英寿 175cm 72kg 体脂肪率4% BMI値23.5

中田はあまり瞬発力、速さで勝負するタイプの選手ではないので、目標BMI値はこの値より少し低めに設定すべきだろうか。足の速いスポーツ選手を探してみた。

坪井慶介 179cm 67kg BMI値20.9
田中達也 167cm 63kg BMI値22.5
エメルソン(元浦和レッズ) 171cm 69kg BMI値23.5
アンリ(アーセナル) 188cm 83kg BMI値23.4

日本人にエメルソンやアンリのようなバネのある肉体を求めてもそれは無理な話。さらに、僕はここで挙げた選手達のようにスポーツを仕事にしているわけではないので、体脂肪率1桁というのはさすがに現実的ではない。結局、これまでのことを考慮して最後は直感で目標値を決めると、体脂肪率14%以内、BMI値22以上でどうだろうか。

・・・・・、目標設定に甘さを感じる。

投稿者 masato : 03:42 | コメント (5)

2007年05月02日

ウォームアップ

最近、またウォームアップについてよく考えるようになった。もちろんスポーツが生活の一部になっている人間にとって、ウォームアップの問題は避けて通れないものなのだが、ここ数年それをあまり意識しなかったのは取り組むスポーツによってその重要性は多少異なるからだ。

例えば、サッカーやフットサルのような団体競技では、本来の動きができるようになるまでチームメイトのウォームアップの上手い連中がフォローしてくれるので、致命的にはならないが、スカッシュのような個人競技においては、身体が動き始めた頃にはすでに点差が開いて、試合の主導権を完全に握られている。ウォームアップの得手不得手が試合を決定付けかねないのである。

正直、僕はウォームアップの下手な人間。学生時代スカッシュの試合に出ていた頃は、ウォームアップがもっとも大きな悩みの種であった。自分の実力を出し切って負けるのであれば満足感もまたあるが、ウォームアップ不足で大して動くこともできないで負けるのであればそれは情け無さしか残らない。

その後社会人になって、サッカーやフットサルの前に行っているウォームアップは次のような流れ。

(1)下半身を中心とした柔軟
(2)軽いジョギング(500mほど)
(3)80%ほどの力でダッシュ(30m×5本ほど)

ちなみに、スカッシュにおいては走るようなスペースがないことが多いので、柔軟とその場ダッシュに限られてしまう。学生時代もその程度のウォームアップで試合に臨んでいたのだから、怪我をしなかっただけ幸運だったのかもしれない。毎回初戦がウォームアップ代わりだったから、初戦の勝ち負けが大会の満足感を左右したのも当然だったのだろう。

さて、そこで正しいウォームアップ方法を調べてみた。どうやら、柔軟の前に身体の温度を上げておかなければならないらしい。つまり

(1)少し汗が滲む程度の軽い運動(ジョギングなど)
(2)静的ストレッチング(反動をつけない柔軟)
(3)心肺機能を高めるための運動
(4)動的ストレッチング(反動をつける柔軟)

というのが正しい流れらしい。

しかし、これをスカッシュの試合前に実行するのは難しい。基本的に大会参加者にはスカッシュコート以外の利用を禁じていることが多いからだ。ランニングシューズを持参して、スポーツクラブの外をジョギングするしかなさそうだが、商店街のど真ん中にあるようなスポーツクラブではそれもできやしない。うーん。

投稿者 masato : 11:23 | コメント (2)